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第37話
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さすがに、この申し出を断ろうとは思わなかった。
和彦が守光とともに店を出ると、三台の車が待機していた。総和会の護衛の男たちは辺りに鋭い視線を向けて警戒しており、二人の姿を見るなり、あっという間に整列して人の壁を作り出す。
促されるまま素早く車に乗った和彦だが、助手席に座っている男の姿を認めてドキリとする。後ろ姿であろうが見間違えるはずもない。南郷だった。
今晩は一緒だったのかと、和彦は横目でちらりと守光を見遣る。守光とは電話で話すこともあったが、南郷とは、車で襲撃を受けた翌日に、病院まで付き添ってもらったとき以来だ。
その南郷が振り返り、後部座席の二人に向かって一礼したあと、前方に向かって合図を送る。静かに車が走り出した。
車中は静かだった。無駄な会話は必要ないとばかりに、誰も口を開こうとしない。和彦は静かにシートに身を預けたまま、すっかり暗闇に覆われた外の景色に目を向けていたが、程なくしてピクリと体を震わせた。守光の手が、腿にかかったからだ。
まったく知らないふりもできず、ぎこちなく隣に目を向ける。いつからなのか、守光がじっと和彦を見つめていた。対向車のヘッドライトの明かりを受けるたびに、守光の両目だけがやけにはっきりと浮かび上がって見え、そこに潜む獣の気配を感じ取ってしまいそうだ。
守光の片手がスラックスの上から腿を撫で始める。和彦は、自分の従順さが試されているのだとすぐに理解した。そこに、懲罰的な意味も含まれているとも。
守光の意に沿わない行動を取ったと、和彦には当然自覚がある。鷹津のこと、清道会のこと、御堂のこと。何より、守光を避けてしまったこと――。
強張った息を吐き出した和彦は、何事もないように前に向き直る。守光の手は動き続け、腿の内側へと入り込み、促されるまま足をわずかに開く。
両足の中心にてのひらが押し当てられたとき、さすがに声が洩れそうになったが、寸前のところで堪える。敏感な部分を刺激されながら和彦が危惧したのは、玲との間にあった出来事を、守光に把握されているのではないかということだった。
誰かに見られたわけでもなく、唯一察していた様子の御堂も、あえて守光に報告するはずがない。
「――何か、あったのかね? 最近会わなかったうちに、ずいぶんあんたの艶が増したような気がするんだが」
こちらの心の内を読んだように、守光に小声で囁かれる。和彦は正面を向いたまま答えた。
「いえ、何も……」
「塞ぎ込まれたままなのも心配だが、艶が増すのはそれ以上に困る。誰かがあんたに懸想して、あの刑事――元刑事のようにつきまといでもしたら、面倒だ」
せっかく追い払ったのに、と聞こえるはずのない守光の心の声が耳元でしたようだった。
和彦が体を強張らせている間も守光の手は動き続け、スラックスの前を寛げられ、指が入り込んでくる。
「あっ……」
下着の上から欲望をまさぐられたあと、ためらいもなく直に触れられ、さらに外へと引き出された。和彦は制止の声も上げられず、されるがままとなる。
欲望を柔らかく握られて、ゆっくりと扱かれる。突然与えられた刺激に、和彦は浅い呼吸を繰り返し、自分を律しようとするが、実はそこまでする必要もなく、気持ちはともかく体の反応は冷静だった。守光の指に根本や括れを擦られても、欲望は身を起こすどころか、熱くもならない。
前に座る男たちは、後部座席の二人の異変に気づいていないのか、あえて知らないふりをしているのか、様子をうかがう素振りすら見せない。和彦はそれでも、必死に声を殺し、物音すら立てまいと努める。
「いつもは愛想がいいのに、今日は機嫌が悪いようだ」
ひそっと守光に囁かれ、カッと体が熱くなる。手の中で欲望を弄びながら守光が続けた。
「さて、誰かに可愛がってもらったあとかな……」
和彦は言葉もなく、守光を見つめる。一体何を、どこまで把握しているのか、一切うかがわせない穏やかな表情のまま守光が、和彦のシートベルトを外した。指示されたわけではないが、和彦もおずおずと守光のシートベルトを外す。
肩を抱き寄せられ、息もかかる距離で視線を交わし合う。そのまま唇が重なっていた。
じっくりと丹念に唇を吸われ、促されるままに差し出した舌を通して唾液を流し込まれ、和彦は喉を鳴らして受け入れる。そのまま口腔に侵入してきた舌が、和彦の官能を呼び起こそうとするかのように蠢く。
丁寧で優しいが、拒絶を許さない傲慢ともいえる口づけだった。和彦にとっては、あまりに慣れ親しんだものだ。だからこそ、ふっと脳裏に蘇るのは、初々しくぎこちない玲との口づけだ。
思い出してはいけないと自分に言い聞かせるが、和彦の体は隠し事ができなかった。
「んっ」
和彦が守光とともに店を出ると、三台の車が待機していた。総和会の護衛の男たちは辺りに鋭い視線を向けて警戒しており、二人の姿を見るなり、あっという間に整列して人の壁を作り出す。
促されるまま素早く車に乗った和彦だが、助手席に座っている男の姿を認めてドキリとする。後ろ姿であろうが見間違えるはずもない。南郷だった。
今晩は一緒だったのかと、和彦は横目でちらりと守光を見遣る。守光とは電話で話すこともあったが、南郷とは、車で襲撃を受けた翌日に、病院まで付き添ってもらったとき以来だ。
その南郷が振り返り、後部座席の二人に向かって一礼したあと、前方に向かって合図を送る。静かに車が走り出した。
車中は静かだった。無駄な会話は必要ないとばかりに、誰も口を開こうとしない。和彦は静かにシートに身を預けたまま、すっかり暗闇に覆われた外の景色に目を向けていたが、程なくしてピクリと体を震わせた。守光の手が、腿にかかったからだ。
まったく知らないふりもできず、ぎこちなく隣に目を向ける。いつからなのか、守光がじっと和彦を見つめていた。対向車のヘッドライトの明かりを受けるたびに、守光の両目だけがやけにはっきりと浮かび上がって見え、そこに潜む獣の気配を感じ取ってしまいそうだ。
守光の片手がスラックスの上から腿を撫で始める。和彦は、自分の従順さが試されているのだとすぐに理解した。そこに、懲罰的な意味も含まれているとも。
守光の意に沿わない行動を取ったと、和彦には当然自覚がある。鷹津のこと、清道会のこと、御堂のこと。何より、守光を避けてしまったこと――。
強張った息を吐き出した和彦は、何事もないように前に向き直る。守光の手は動き続け、腿の内側へと入り込み、促されるまま足をわずかに開く。
両足の中心にてのひらが押し当てられたとき、さすがに声が洩れそうになったが、寸前のところで堪える。敏感な部分を刺激されながら和彦が危惧したのは、玲との間にあった出来事を、守光に把握されているのではないかということだった。
誰かに見られたわけでもなく、唯一察していた様子の御堂も、あえて守光に報告するはずがない。
「――何か、あったのかね? 最近会わなかったうちに、ずいぶんあんたの艶が増したような気がするんだが」
こちらの心の内を読んだように、守光に小声で囁かれる。和彦は正面を向いたまま答えた。
「いえ、何も……」
「塞ぎ込まれたままなのも心配だが、艶が増すのはそれ以上に困る。誰かがあんたに懸想して、あの刑事――元刑事のようにつきまといでもしたら、面倒だ」
せっかく追い払ったのに、と聞こえるはずのない守光の心の声が耳元でしたようだった。
和彦が体を強張らせている間も守光の手は動き続け、スラックスの前を寛げられ、指が入り込んでくる。
「あっ……」
下着の上から欲望をまさぐられたあと、ためらいもなく直に触れられ、さらに外へと引き出された。和彦は制止の声も上げられず、されるがままとなる。
欲望を柔らかく握られて、ゆっくりと扱かれる。突然与えられた刺激に、和彦は浅い呼吸を繰り返し、自分を律しようとするが、実はそこまでする必要もなく、気持ちはともかく体の反応は冷静だった。守光の指に根本や括れを擦られても、欲望は身を起こすどころか、熱くもならない。
前に座る男たちは、後部座席の二人の異変に気づいていないのか、あえて知らないふりをしているのか、様子をうかがう素振りすら見せない。和彦はそれでも、必死に声を殺し、物音すら立てまいと努める。
「いつもは愛想がいいのに、今日は機嫌が悪いようだ」
ひそっと守光に囁かれ、カッと体が熱くなる。手の中で欲望を弄びながら守光が続けた。
「さて、誰かに可愛がってもらったあとかな……」
和彦は言葉もなく、守光を見つめる。一体何を、どこまで把握しているのか、一切うかがわせない穏やかな表情のまま守光が、和彦のシートベルトを外した。指示されたわけではないが、和彦もおずおずと守光のシートベルトを外す。
肩を抱き寄せられ、息もかかる距離で視線を交わし合う。そのまま唇が重なっていた。
じっくりと丹念に唇を吸われ、促されるままに差し出した舌を通して唾液を流し込まれ、和彦は喉を鳴らして受け入れる。そのまま口腔に侵入してきた舌が、和彦の官能を呼び起こそうとするかのように蠢く。
丁寧で優しいが、拒絶を許さない傲慢ともいえる口づけだった。和彦にとっては、あまりに慣れ親しんだものだ。だからこそ、ふっと脳裏に蘇るのは、初々しくぎこちない玲との口づけだ。
思い出してはいけないと自分に言い聞かせるが、和彦の体は隠し事ができなかった。
「んっ」
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