血と束縛と

北川とも

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第37話

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 城東会の事務所を出てから、ほとんど表情を変えることがなかった三田村だが、このときやっと、顔を曇らせた。和彦が沈み込んでいると、当然気づいていたのだ。
 側にやってきた三田村が、静かに窓を閉める。そのまま片腕で抱き寄せられたので、素直に身を預けた。
「顧問に、何か言われたんだろう、先生?」
 ああ、と答えた和彦は、三田村の肩に額を押し当てる。
「あの人には、若い時分から目をかけてもらっていた。若頭補佐の肩書きを得たときも、長嶺組長預かりの身になって、側で働くことになったときも、いつでも、我がことのように喜んでくれた。俺がいつか若頭になったときには、世話をするのが楽しみだとも言ってくれた。だからこそ、先生とのことがあったときは、烈火のごとく怒り狂っていた。それでも、長嶺組長や若頭と話し合って、俺の若頭補佐の役職は解かないと決めてくれたんだ」
「それだけ、あんたを評価しているんだな」
「ありがたいことに。先生との仲を認めないにしても、見ないふりはしてくれるんだと思って、感謝していた」
 ここで三田村は一旦言葉を切ったあと、ひどく優しい声で問うてきた。
「教えてくれないか? 館野さんに、何を言われたのか」
「……嫌だ」
「俺と館野さんの関係を心配しているなら――」
「ぼくはそこまで優しくない。……正直に話して、あんたがその気になったら、困る」
「その気、というのは、俺が先生のオトコをやめるということか?」
 三田村自身が発した言葉の残酷さに、胸をつかれる。和彦がビクリと肩を揺らすと、宥めるように背をさすられた。
「すまなかった。俺が、軽率だった。組のために仕事をしている先生を、責める人間がいるなんて、思いもしなかった」
「責められたわけじゃない。組を……城東会を想う気持ちがあるからこその、当然の要求だったんだ」
「だから、俺はもう必要ないか?」
 パッと顔を上げた和彦は、次の瞬間には、三田村を睨みつけていた。
「そんなこと、絶対に思わないっ……」
「でも、動揺はしただろう? 先生は優しいから、俺の将来を心配してくれた」
 三田村の指に髪を梳かれ、胸が疼く。ハスキーな声での穏やかな言葉を聞いていると、ざわついていた気持ちは現金なほど静まっていく。結局、自分が受けた衝撃はこの程度なのかと思わなくもないが、三田村への信頼の表れともいえるかもしれない。
「さっきも言ったが、ぼくは優しくない。――……浅ましいぐらい、欲望に正直なだけだ。ぼくの〈オトコ〉を解放なんてしたくない、って」
 ふうっと三田村が深く息を吐き出した。
「俺を解放してほしいと言われたのか」
「……長嶺組でのみんなの対応に慣れきっていた。ぼくは、有能な組員の将来を潰しただけじゃなく、あんたの知らないところで、勝手にあんたの命まで危険に晒したこともある。もっと責められても、仕方ない」
「俺の命……? ああ、前に先生が、組長相手に啖呵を切ったときのことか。三田村を殺すなら、順番は自分が先だ、と言ったんだったな。――あとで組長から聞かされたとき、俺の命の半分は先生のものにしようと思ったんだ。何があっても守りたいと……」
 当時の自分の必死さと興奮ぶりを思い出し、そんなに遠い過去のことではないというのに、懐かしい気持ちとなる。あのときからずっと、和彦と三田村は関係を築き続けてきたのだ。
「あんたが欲しくて、必死だった。だから――解放なんてしてやらない。どんなに恨まれても、憎まれても」
 誰に何を言われても――。和彦は心の中でこっそりと付け加える。このとき脳裏に浮かんだのは、館野の顔ではなかった。
 抱き締めてくる三田村の腕の力が強くなる。和彦は、三田村の耳元に唇を寄せて囁いた。
「館野さんとのことは、誰にも言わないでくれ。ぼくが胸に仕舞っておけば済むし、余計な波風は起こしたくない。多分もう……、城東会の事務所に行くこともないだろうし」
「せめて、うちの若頭に相談はしておきたいんだが……」
「ダメだ。ぼくとあんたの関係が、城東会の中に不和をもたらす可能性があると、思われたくない」
 それに今はこれ以上、心配の種を抱えたくないというのが正直なところだった。実害を被ったというならともかく、和彦はこうして三田村の腕の中にいて、惜しみなく情熱的で優しい言葉を注がれている。三田村との関係で、さらに何か求めようとするのは、欲深いというより、罪深いというべきだろう。
「難しいことは考えたくない……。忙しいあんたが時間を作ってくれて、この部屋でこうして会えているんだから」
「先生……」

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