血と束縛と

北川とも

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第38話

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 店を出ると、予想以上に冷たい夜風に頬を撫でられて和彦は首をすくめる。
 隣に立った御堂はコートを羽織ることなく腕にかけると、灰色がかった髪を掻き上げながら辺りを見回した。すると物陰から、男たちがスッと姿を現す。和彦と御堂にそれぞれついている、護衛の男たちだ。
 ここで二人は別れることになるため、和彦は御堂に礼を言って頭を下げた。食事をご馳走になったのだ。
「君と秘密の話ができるなら、安いものだよ。悪かったね。明日も仕事があるのに、遅くまで引き止めてしまって」
「とんでもない。こちらこそ、御堂さんとゆっくり話ができて楽しかったです」
 もう一度頭を下げて、護衛のもとに向かおうとした和彦だが、御堂に呼び止められて振り返る。
「――近いうちにまた誘ってもいいかな?」
「えっ……、ええ、それはもちろん」
「実は数日前に伊勢崎さんから連絡があって、近いうちにまたこっちに来るようなんだ。そのとき、ぜひ佐伯くんも食事を誘いたいと言われた」
 伊勢崎、と聞いてドキリとする。この瞬間、和彦の脳裏に鮮やかに蘇ったのは、伊勢崎玲の若く凛々しい顔だ。もちろん、御堂が指しているのは、玲の父親である龍造のほうだ。
 うろたえる和彦に対して、御堂はこう続けた。
「息子が世話になった礼をしたいと、伝言を言付かった」
 居たたまれない気持ちとは、まさに今の和彦の心境を指すのだろう。おそらく龍造は、『世話』という言葉に特別な意味を込めているはずだ。
 よほど罪悪感に満ちた顔をしたのか、御堂は安心させるように和彦の肩に手を置き、小声で言った。
「心配しなくていい。玲くんのことで抗議したいとか、そういうつもりではないだろう。むしろ――君に感謝しているはずだ」
「感謝、ですか?」
「伊勢崎龍造は……というより伊勢崎組は、長嶺組と接触する機会を持ちたがっていた。君はきっかけとしては最適だ。そんな君に無体を働いたら、伊勢崎組はこちらでは身動きが取れなくなる。賢吾の執念深さについては、わたしがたっぷり語って聞かせているからね。だから今後のことを考えて、君とまず友好的な関係を築きたいんだろう」
 伊勢崎組の組長である龍造と会うのは、はっきり言って怖い。しかし、伊勢崎玲の父親と会うのだと考えたら――。
 和彦はブルッと身を震わせる。ふと思い出したのは、初めて賢吾と対面したときのことだった。あのときの凍えるような恐怖が蘇り、血の気が引きそうになる。玲が向けてくれた一途さや情熱を、体で受け止めた和彦としては、同じ過ちを犯したとは言いたくない。一方で、怯みそうになる自分がいる。
「そんなに不安そうな顔をしなくても大丈夫」
 突然、頬にさらりと乾いた感触が触れ、和彦は目を見開く。御堂の手が頬にかかっていた。
「何も、伊勢崎さんと二人きりで会えと言っているんじゃない。当然、わたしも同席するし、万が一にも伊勢崎さんが君を責めようとするなら……、そうだね、あの人の口におしぼりでも詰め込んでやろう」
 笑っていいのかどうか判断に困り、自分でもわかるほど微妙な表情を浮かべた和彦に、御堂がぐいっと顔を近づけてくる。息もかかる距離で秀麗な美貌を目の当たりにして、視線を逸らすことはできなかった。
「つまり、そう気負わなくていいということだ。せっかくだから、玲くんの近況とか聞いてみるといいよ。気になるだろう?」
「……はい。でも、ぼくの気持ちはともかく、伊勢崎さんと会うことを、まずは賢吾さんに相談しないと……」
「それは、わたしに任せてほしい。賢吾に説明して、否とは言わせない」
 色素の薄い御堂の瞳は、ときおりヒヤリとするような強い光を湛える。それはきっと、自信であったり自負と呼べるものだと和彦は思う。裏の世界で生き抜くために必要なもので、それがあるから賢吾とも堂々と渡り合えるのだ。それに南郷とも。
 羨ましいと、率直に感じた。これは嫉妬とは切り離された感情で、憧れに近いかもしれない。
 和彦がぎこちなく頷くと、ようやく頬から御堂の手が離れる。このときふと、離れた場所にひっそりと立つ二神に気づいた。普段、物憂げで陰りのある表情を浮かべていることの多い男だが、今は、微妙にうろたえているように見える。
 そんな二神に対して御堂が、艶やかな笑みを向けた。
「うちの二神には、刺激が強かったみたいだ……」
 ぽつりと御堂が洩らし、今度こそ二人は別れた。
 車に乗り込んだ和彦は、思わずため息をつく。御堂の口から伊勢崎父子の話題が出たことで動揺してしまったが、それも長くは続かない。
 夜の街の光景を漫然と眺めながら、頭を占めるのは、俊哉と守光のことだった。
 御堂は、知りたいことは長嶺の男たちに直接聞けばいいと言った。聞く相手は守光しかいないのだが、真実を聞かされたとき、自分がそれを受け入れられるか和彦には自信はなかった。強い拒否感を抱いた瞬間、他の長嶺の男たち――賢吾や千尋とこれまで築いてきたものをすべて失ってしまうのではないかと不安もある。

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