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第38話
(14)
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他の組員に聞いて、歩いていける距離にいい焼き肉屋があるということで、希望通りに食事会が決定する。その場で組員たちがあっという間に打ち合わせを済ませると、和彦は安全のため車で移動することになった。大げさだとは思ったが、気遣われる立場であることは自覚しているので、口には出さない。
慌ただしく玄関から出ると、外はすっかり日が落ち、マンションの共用廊下には電気がついていた。部屋の窓には厚手のカーテンを引いたままだったので、外の様子がよくわからなかったのだ。
和彦は風の冷たさに首を竦めながら、二人の組員とともにエレベーターに乗り込む。一階に降りると、車を正面玄関まで回してくると言って組員の一人が走って行った。残った組員の隣に立ち、なんとなく、人気のない通りを眺めていた和彦だが、少し離れた場所に設置された自販機の陰で何かが動いたように感じ、目を凝らす。一瞬、気のせいかとも思ったが、そうではなかった。
何か、ではなく、明らかに人がいる。そう察したとたん、肌がざわりと粟立った。
和彦の視線の先をたどったのか、隣に立つ組員が一気に殺気立つ。素早い動きで和彦をエントランスの中へと押し込むと、次の瞬間には、弾かれたように通りへと駆け出した。
「お前、どこの者だっ」
腹に響くような怒声が聞こえ、和彦は咄嗟に体を強張らせる。ガラス扉の隅からそっと外をうかがうと、組員が、自販機の陰から人影を引きずり出しているところだった。勢い余ったように地面に倒れ込み、そこを逃さず組員が相手の襟元を掴み寄せる。
ここで、街灯の明かりに照らされて、相手の顔がはっきりと見えた。
「あっ」
声を洩らした和彦は、慌ててエントランスから飛び出し、二人に駆け寄る。気づいた組員がぎょっとしたように目を剥く。
「先生っ、中にいてくださいっ」
「違うんだっ。彼は――、その子は、ぼくの知り合いだっ」
組員がパッと手を引き、困惑したように和彦を見る。
「……知り合い、ですか? このガキと……」
和彦は頷き、組員が『ガキ』と呼んだ相手の傍らに屈み込む。こんな状況にあっても動じた様子のない切れ長の目が、じっと見つめてくる。和彦は硬い口調で問いかけた。
「こんなところで、何をしてるんだ。――加藤くん」
焼き肉屋の一角は、長嶺組関係者で占領されていた。正確には、そこに総和会関係者が一人加わっている。もちろん和彦ではなく、加藤のことだ。
隣のテーブルから、組員たちの厳しい視線をちらちらと向けられながら、和彦はせっせと網に肉をのせていく。
「ほら、焼けた肉からどんどん食べて。まだまだ入るだろう、若いんだから」
「……すみません」
向かいの席に座っている加藤がぺこりと頭を下げる。状況として仕方ないのかもしれないが、なんとも空気が重苦しい。一方、乱闘で怪我まで負った青年たちは痛々しい見た目とは裏腹に、猛烈な食欲を見せて、次々に肉を注文しては瞬く間に食べ尽くしている。苦い顔をしているのは、加藤を眺める長嶺組の組員たちだけだ。
加藤から事情を聞くため、焼き肉屋に一緒に連れてきたのだが、先生は甘いと、組員たちの顔が言っている。しかし、加藤があの場で何をしていたか聞いてしまうと、厳しい態度を取る気にはなれなかった。
「――張り切ってるんだな、第二遊撃隊での仕事」
焼けた肉を自分の皿に取ってから、和彦はぽつりと呟く。その言葉に反応して、加藤がこちらをまっすぐ見つめてきた。見る者によっては不遜と映るかもしれない目つきだが、和彦は嫌いではなかった。多弁ではないからこそ、眼差しで訴えてくるタイプなのだろうなと分析する。
元ホストで口が上手い中嶋と、どんなやり取りを交わしたうえで体の関係になったのか、性質の悪い好奇心が疼きそうになり、和彦は冷たいウーロン茶とともに腹の奥へと流し込む。
「しかし、スクーターで車を尾行って、危ないことをするんだな。だからこそ、か。……そこの組員たちの機嫌が悪いのは、あとをつけてくる君に気づかなかったからだ。君に怒っているというより、己の不甲斐なさに腹が立っている」
「……途中で、見失ったんです。道が入り組んだ場所でグルグル回っているうちに、俺の視界から車がふっと消えて。それでずっと、当てもなく走っているうちに、駐車場に停まった車を見つけました」
「それで、あの場所でずっと待っていたと?」
「佐伯先生たちが出てきたところで、今日は尾行はやめようと思っていました」
加藤を見つけたときの組員たちの剣幕を思い出すと笑い事ではないのだが、それでも和彦は、小さく声を洩らして笑ってしまう。
慌ただしく玄関から出ると、外はすっかり日が落ち、マンションの共用廊下には電気がついていた。部屋の窓には厚手のカーテンを引いたままだったので、外の様子がよくわからなかったのだ。
和彦は風の冷たさに首を竦めながら、二人の組員とともにエレベーターに乗り込む。一階に降りると、車を正面玄関まで回してくると言って組員の一人が走って行った。残った組員の隣に立ち、なんとなく、人気のない通りを眺めていた和彦だが、少し離れた場所に設置された自販機の陰で何かが動いたように感じ、目を凝らす。一瞬、気のせいかとも思ったが、そうではなかった。
何か、ではなく、明らかに人がいる。そう察したとたん、肌がざわりと粟立った。
和彦の視線の先をたどったのか、隣に立つ組員が一気に殺気立つ。素早い動きで和彦をエントランスの中へと押し込むと、次の瞬間には、弾かれたように通りへと駆け出した。
「お前、どこの者だっ」
腹に響くような怒声が聞こえ、和彦は咄嗟に体を強張らせる。ガラス扉の隅からそっと外をうかがうと、組員が、自販機の陰から人影を引きずり出しているところだった。勢い余ったように地面に倒れ込み、そこを逃さず組員が相手の襟元を掴み寄せる。
ここで、街灯の明かりに照らされて、相手の顔がはっきりと見えた。
「あっ」
声を洩らした和彦は、慌ててエントランスから飛び出し、二人に駆け寄る。気づいた組員がぎょっとしたように目を剥く。
「先生っ、中にいてくださいっ」
「違うんだっ。彼は――、その子は、ぼくの知り合いだっ」
組員がパッと手を引き、困惑したように和彦を見る。
「……知り合い、ですか? このガキと……」
和彦は頷き、組員が『ガキ』と呼んだ相手の傍らに屈み込む。こんな状況にあっても動じた様子のない切れ長の目が、じっと見つめてくる。和彦は硬い口調で問いかけた。
「こんなところで、何をしてるんだ。――加藤くん」
焼き肉屋の一角は、長嶺組関係者で占領されていた。正確には、そこに総和会関係者が一人加わっている。もちろん和彦ではなく、加藤のことだ。
隣のテーブルから、組員たちの厳しい視線をちらちらと向けられながら、和彦はせっせと網に肉をのせていく。
「ほら、焼けた肉からどんどん食べて。まだまだ入るだろう、若いんだから」
「……すみません」
向かいの席に座っている加藤がぺこりと頭を下げる。状況として仕方ないのかもしれないが、なんとも空気が重苦しい。一方、乱闘で怪我まで負った青年たちは痛々しい見た目とは裏腹に、猛烈な食欲を見せて、次々に肉を注文しては瞬く間に食べ尽くしている。苦い顔をしているのは、加藤を眺める長嶺組の組員たちだけだ。
加藤から事情を聞くため、焼き肉屋に一緒に連れてきたのだが、先生は甘いと、組員たちの顔が言っている。しかし、加藤があの場で何をしていたか聞いてしまうと、厳しい態度を取る気にはなれなかった。
「――張り切ってるんだな、第二遊撃隊での仕事」
焼けた肉を自分の皿に取ってから、和彦はぽつりと呟く。その言葉に反応して、加藤がこちらをまっすぐ見つめてきた。見る者によっては不遜と映るかもしれない目つきだが、和彦は嫌いではなかった。多弁ではないからこそ、眼差しで訴えてくるタイプなのだろうなと分析する。
元ホストで口が上手い中嶋と、どんなやり取りを交わしたうえで体の関係になったのか、性質の悪い好奇心が疼きそうになり、和彦は冷たいウーロン茶とともに腹の奥へと流し込む。
「しかし、スクーターで車を尾行って、危ないことをするんだな。だからこそ、か。……そこの組員たちの機嫌が悪いのは、あとをつけてくる君に気づかなかったからだ。君に怒っているというより、己の不甲斐なさに腹が立っている」
「……途中で、見失ったんです。道が入り組んだ場所でグルグル回っているうちに、俺の視界から車がふっと消えて。それでずっと、当てもなく走っているうちに、駐車場に停まった車を見つけました」
「それで、あの場所でずっと待っていたと?」
「佐伯先生たちが出てきたところで、今日は尾行はやめようと思っていました」
加藤を見つけたときの組員たちの剣幕を思い出すと笑い事ではないのだが、それでも和彦は、小さく声を洩らして笑ってしまう。
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