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第38話
(23)
しおりを挟む明日の今頃、自分は俊哉と会っているのだと、ベッドに腰掛けた和彦はぼんやりと考える。
久しぶりの父親との対面だというのに、湧き起こるのは困惑と恐れという感情だけだ。自分勝手な行動の果て、実家に迷惑をかけていることに対する申し訳なさは、自分でも不思議なほど感じなかった。
かつて、英俊と会うことになったとき、和彦はひたすら警戒し、委縮していた。自分の背後にあるものの存在を悟られてはいけないと、そのことだけに神経を費やしていたかもしれない。あのとき、同じ状況の相手が俊哉になったら、と考えないわけではなかったが、現実は和彦の想定を超えてしまった。
俊哉は、何もかも知っている。鷹津が把握している範囲のことを。
守光から、俊哉に会うよう告げられたあと、胸にじわじわと広がっていったのは、諦観だ。もし俊哉から、実家に戻るよう宣告された場合、和彦は抗う術がない。英俊にはかろうじて虚勢を張れたが、俊哉が相手では――。
和彦はブルッと身を震わせると、ベッドを下り、落ち着きなく室内を歩き回る。
ここは、総和会本部四階の宿泊室が並ぶ一角の、和彦のために準備されたワンルームだ。人の気配を気にせず過ごすには申し分ないスペースだが、窓の外の景色を見ることも叶わず、なんとなく自分が檻に閉じ込められた動物のような感覚に陥る。
総和会の都合で本部に留まるのは、よくあることだ。そのこと自体に誰も――、賢吾が不審に感じることはないだろう。まさか、和彦と総和会が父子対面の準備をしているとは、考えもしないはずだ。そうでないと困る。
賢吾を裏切っているという罪悪感に心が痛まないわけではないが、自分たちの事情に巻き込みたくなかった。
俊哉にぶつけるのは、総和会であり、長嶺守光でなければならない。
ひっそりと心の中で呟いたとき、ナイトテーブルの上に置いた携帯電話が鳴った。反射的に駆け寄り、携帯電話の一台を取り上げる。里見との連絡用に持っているもので、今晩話せないか、事前にメールを入れておいたのだ。
『――今、平気かな。和彦くん』
里見の穏やかな声で呼びかけられると、和彦の感覚は高校生までの自分に戻る。甘く優しい、里見と過ごした時間に。
「ごめん、里見さん。どうしても話したいことがあって、突然メールして……」
『何言ってるんだ。電話ぐらい、気を使わずにかけてくれていいのに』
「そういうわけにはいかないよ。仕事、忙しいんだろう? それに――誰かと一緒にいるかもしれないのに」
ふいに里見が黙り込む。しかしそれは気まずいものではなく、よく耳を澄ますと、微かな笑い声が聞こえた。
『君に話したいことがあると言われたら、わたしは何を差し置いても優先するよ。それに今晩は、もう部屋に帰っている』
「……なら、いいんだ」
和彦はふと、里見が自宅マンションの他に、職場近くに仕事部屋としてもう一室を借りていることを思い出す。部屋というのはどちらのことなのだろうかと、少しだけ気になった。
『なんだか元気がないけど、困ったことでもあった?』
「ううん。そういうわけじゃ……」
『わたしはいつでも、君の力になるよ』
里見と話すと、嫌でも自分の現状を振り返ることになり、なんとも苦々しい気持ちになる。だから里見と電話で直接話すのは、必要最小限に留めていたのだ。
「本当に、なんでもないんだ。ただ、教えてもらいたいことがあって」
『まあ、君のその心細そうな声を聞くと、だいたい予想はつく。実家のことで、何かあった?』
ある程度、佐伯家の事情に通じ、そのせいで巻き込まれている里見だが、今回の件は何も知らされていないらしい。そのことに素直に安堵する。
和彦は窓際に歩み寄り、ガラスに片手を押し当てる。
「最近の、父さんたちの様子が知りたいんだ」
『佐伯審議官――……、と、この呼び方はいい加減やめろと言われているんだった。君のお父さんとは、滅多に会う機会はないよ。相変わらず忙しいみたいだ。仕事もそうだけど、退官後のことを見据えて、いろいろと勉強されているらしい』
「ぼくのことは、何か言ってなかった?」
『特には。電話だと、仕事の話ばかりなんだ』
「だったら、ぼくの実家に誰か出入りしているなんてことは、わからないよね……」
『誰か?』
迂闊なことを口走ったと、和彦は口元に手を遣る。咄嗟に鷹津の存在を気にしてのことだが、あの俊哉に限って、ありえない行為だった。俊哉と鷹津の繋がりは秘匿されている。万が一にも佐伯家に近寄らせるはずがない。
自分はまだ冷静にものを考えられる状態ではないと、和彦は痛感する。
『気になるなら、直接連絡すればいいのに。自分の実家なんだから、遠慮する必要はないだろ。君の声を聞かせれば、ご両親も安心する』
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