血と束縛と

北川とも

文字の大きさ
952 / 1,292
第39話

(3)

しおりを挟む
 思いがけない出来事に動揺する和彦とは対照的に、賢吾は悠然としていた。おそらく、和彦がシャワーを浴びていると知っていたのだろう。わずかに目を細め、舐め上げるように和彦の裸体を見つめてくる。
 和彦は我に返ると、慌ててカゴに歩み寄り、用意されているバスタオルを取り上げて体を隠す。肌にはまだ、守光による愛撫の痕跡が残っているのだ。
「先生が起きたらすぐ知らせるよう、客間に立派な番犬を置いておいたはずなんだが――」
 賢吾が普通に話しかけてきたことに内心で安堵しながら、和彦は素早く体を拭く。
「千尋なら、よく寝ていた。起こすのもかわいそうだから、そのままにしておいた」
「明け方までは、起きて先生の様子をうかがっていたんだぜ、あいつも」
「……それを知ってるってことは、あんたも、か……?」
 返事のつもりか、賢吾は口元に薄い笑みを浮かべた。体を拭く手を思わず止めそうになったが、風邪を引くぞと賢吾に言われ、とりあえずスウェットの上下を着込む。すると、賢吾がバスタオルを取り上げ、まだしずくが落ちている髪を拭き始めた。
 和彦は、タオルの隙間から賢吾の様子をうかがっていたが、沈黙に耐えきれず口を開く。
「あんたに黙ってた。父さんと会うことを。……結局、知られたけど」
「なんとなく、先生が俺に隠し事をしているのは察していた。いや、隠し事はいくつもあっただろうが、あまり性質のよくないものだ。鷹津に連れ去られた後から、どこか怯えたように俺を見ることがあったからな」
 和彦が目を見開くと、バスタオルをカゴに放り込んだ賢吾が、乱れた髪を手櫛で整えてくる。その手つきはあくまで丁寧で優しく、無意識のうちに詰めていた息をぎこちなく吐き出す。
「――……あんたは、怖い。ずっとぼくを観察していたのか」
「強引に口を割らせたほうがよかったか? あいにく俺は、大事で可愛いオンナを痛めつける趣味はねーんだ」
 黙っていたことを責められる覚悟はしていたが、いざとなると身が竦む。賢吾の指先が頬を掠めた瞬間、和彦はビクリと肩を震わせていた。途端に賢吾が苦笑いを浮かべる。
「誤解しているようだが、俺は別に、先生に対して怒ってはいない。昨夜の涙を見たら、何を考えていたのかすぐにわかった。うちの組に――、俺や千尋に迷惑をかけたくなかったんだろう。自分の家のことで。……優しいな、先生。そんなんだから、俺たちみたいな極道に付け込まれるんだ」
 そう言う賢吾の口調が優しかった。ふいに嗚咽が洩れそうになった和彦は、ぐっと唇を引き結ぶ。シャワーを浴びる前に鏡で確認したが、顔色は青白いくせに、目は真っ赤なうえに瞼が腫れて、ひどい有り様だったのだ。また泣いてしまうと、目が開かなくなってしまいそうだ。
「ぼくは優しくない。……打算的なんだ。今の心地のいい場所をなくしたくない。何かとちやほやされるし、苦労もなくクリニックの経営者気分を味わわせてもらえる」
「たったそれだけのことで、先生の順風満帆だった人生を奪ったうえに、とんでもないリスクを背負わせているんだ。俺たちは、もっともっと先生に尽くしても、尽くし足りないぐらいだ」
 ふと、昨夜の俊哉の発言を思い出していた。あの守光に尽くさせていたというものだが、俊哉に限ってウソをつくとは思えないし、またそうする必要がない。つまり、事実ということだ。
 俊哉とはまったく違う人生を、俊哉によって歩まされてきたと思っていた和彦だが、本当にそうなのだろうかと、急に不安になる。長嶺の男と出会い、大事に扱われている現状は、計算でどうにかなるものではない。運命と呼んでいいはずだ。
 賢吾に肩を抱かれるようにして脱衣場を出たところで、和彦はぼそぼそと告げた。
「――……ぼくはまだ、あんたに隠し事をしている」
 賢吾が示してくれる優しさに、黙ってはいられなかった。すると大蛇の化身のような男が短く笑い声を洩らす。
「わかっている」
「どうしてあんたは、ぼくのことをなんでもわかるんだ」
「簡単だ。先生は隠し事をするのが下手だ。ついでに、ウソをつくのも。俺たちと知り合うまで、ずっと正直に生きてきたんだろうな」
「そんなこと……、ない。ずっと、隠し事をしてきた。ウソだって……」
「だったら、先生の周りにいた人間は、わかっていて、気づかないふりをしていたんだろう。必死に誤魔化す先生の姿は、なんとも言えない健気な風情がある」
 ふざけているのかと思ったが、横目でうかがった賢吾は実にまじめな顔をしている。和彦は視線を伏せた。
「……本当に隠したいことは、隠しているという意識すらなくなる。……父さんと話すまで、思い出しもしなかった」

しおりを挟む
感想 94

あなたにおすすめの小説

逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦

雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、 隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。 しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです… オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が なかたのでした。 本当の花嫁じゃない。 だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、 だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という お話です。よろしくお願いします<(_ _)>

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

一軍男子と兄弟になりました

しょうがやき
BL
親の再婚で一軍男子と兄弟になった、平凡男子の話。

過保護な父の歪んだ愛着。旅立ちを控えた俺の身体は、夜ごとに父の形で塗り潰される

中山(ほ)
BL
「パックの中、僕の形になっちゃったね」 夢か現か。耳元で囁かれる甘い声と、内側を執拗に掻き回す熱。翌朝、自室で目覚めたパックに、昨夜の記憶はない。ただ、疼くような下腹部の熱だけが残っていた。 相談しようと向かった相手こそが、自分を侵食している張本人だとも知らずに、パックは父の部屋の扉を開く。 このお話はムーンライトでも投稿してます〜

悪役の僕 何故か愛される

いもち
BL
BLゲーム『恋と魔法と君と』に登場する悪役 セイン・ゴースティ 王子の魔力暴走によって火傷を負った直後に自身が悪役であったことを思い出す。 悪役にならないよう、攻略対象の王子や義弟に近寄らないようにしていたが、逆に構われてしまう。 そしてついにゲーム本編に突入してしまうが、主人公や他の攻略対象の様子もおかしくて… ファンタジーラブコメBL シリアスはほとんどないです 不定期更新

劣等アルファは最強王子から逃げられない

BL
リュシアン・ティレルはアルファだが、オメガのフェロモンに気持ち悪くなる欠陥品のアルファ。そのことを周囲に隠しながら生活しているため、異母弟のオメガであるライモントに手ひどい態度をとってしまい、世間からの評判は悪い。 ある日、気分の悪さに逃げ込んだ先で、ひとりの王子につかまる・・・という話です。

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ユィリと皆の動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵も動画もあがります。ほぼ毎日更新 Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新 プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー! ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!

処理中です...