血と束縛と

北川とも

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第40話

(13)

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『わたしも同席するけど、夕食を一緒にとりたいと言っている人がいる。まあ、伊勢崎組の組長……伊勢崎さんのことなんだけど。少し前に話しただろう。伊勢崎さんが、ぜひ君も食事に誘いたいと言っていたと。あちらのスケジュールが流動的なので、わたしもどうしたものかと困っていたが、ようやく確定してね。それで肝心の君の予定はどうかと』
 御堂にそう言われたことは覚えているが、まさか本当に自分と会うつもりだったとは、和彦は思ってもいなかった。正直なところ、龍造との再会は避けたいという気持ちがあったのだ。もちろんそれは、和彦自身が抱える後ろめたさのせいだ。
 伊勢崎玲の若く凛々しい顔を思い返すと、甘く苦しい感覚が胸に広がる。自分がそんな感覚に陥ることすら、玲の父親である龍造は快く思わないだろう。
 普通の父親とは、きっとそういうもののはずだ。
『佐伯くん?』
「あっ、はいっ……。あの、賢吾さんには、このことは――」
『もちろん、今さっき連絡して、相談させてもらった。君と賢吾には、余韻に浸っているところに不粋な電話をして申し訳ないと思うよ。こうも慌ただしい状況になったのは伊勢崎さんのせいなのに、本人は気楽に頼み事をしてくるから。おかげでわたしは、賢吾の不機嫌そうな声を聞かされるハメになった。それでも、許可はくれたけどね』
 和彦の行動は、賢吾による判断が基準となる。その賢吾が許可をしたということで、おのずと返事は決まる。
「……でしたら、ぼくのほうは問題ありません」
『人や組織同士、面倒な事情は絡んではいるけど、揉めているわけではないんだから、君は気にせず顔を出せばいい。賢吾の機嫌を損ねたくない伊勢崎さんは、君の機嫌も損ねたくない。それなりに紳士的に振る舞ってくれるよ」
 御堂の説明からして、やはり食事を共にするのは三人だけらしい。
 総和会の第一遊撃隊隊長と、北辰連合会という組織の大幹部でもある伊勢崎組長という顔ぶれに挟まれ、食事をする自分の姿を想像して、料理の味などわかるのだろうかと今から不安になる。
 何より不安を駆り立てるのは、龍造が玲の父親という点なのだが。
 食事会の日時と場所が決まったら改めて連絡すると言って電話が切られ、和彦は深々と息を吐き出す。
 賢吾の誕生日というサプライズはあったものの、自分が背負った事情は何一つ変わっていないのだと思い知らされる。それどころか、龍造と会うことで、背負うものがまた増えるかもしれない。
 賢吾に、龍造との食事会の件を確認したほうがいいかもしれないと思いながらも、今は疲労感と眠気が勝った。和彦は小さくあくびをすると、携帯電話を持って寝室へと引き返す。
 本格的に寝入るつもりで、寝室のカーテンをすべて引いて室内を薄暗くすると、ようやくベッドに潜り込む。
 いつ賢吾から連絡が入ってもいいよう、携帯電話は枕の下に突っ込んだ。
 ようやくゆっくり休めると、安堵の吐息を洩らす。
 昨夜から今朝にかけて、ウトウトしながらも絶えず賢吾の存在を側に感じており、あまり熟睡できなかった。おそらく賢吾は、一晩中猛ったままだったのだ。本人は自制しているつもりだったようだが、非力な存在である和彦は、圧倒され続けた。
 どこまで求められるのか、怖くなかったといえばウソになる。昨夜超えた一線は、あまりに強烈で、刺激的で――。
 眠くて堪らないはずなのに、いざ目を閉じても、賢吾と耽った恥辱的な行為が次々と脳裏に映し出され、つい一つ一つを丹念に辿ってしまう。
 じわりと体の熱が上がる。和彦はもぞりと身じろぐと、ずっと違和感を訴え続けている両足の間へと片手を這わせる。
 その瞬間、賢吾の官能的な囁きが耳元に蘇った。


「――お前の穴という穴は、全部俺のものだ」
 ゾクリとするような艶を帯びた声が、耳に直接流し込まれる。体に力が入らない和彦は、横向きとなった体勢のまま、かろうじて視線だけを動かす。
 すぐ側にいるのに賢吾の顔を見ることはできず、がっしりとした肩に彫られた大蛇の精緻な鱗だけが、やけにはっきりと目に映る。
「んっ……」
 和彦の耳の穴に、熱い舌がヌルリと入り込んでくる。狭い場所を舐められながら、濡れた音に鼓膜を震わされ、不快さと紙一重の快感に肌が粟立つ。
「この狭い穴も、こっちの、俺の精液でドロドロになっている穴も――」
 繋がりを解いたばかりで、まだ激しくひくついている肉の洞に、賢吾が無遠慮に指を突き込んでくる。すぐにその指は引き抜かれ、戯れるように柔らかな膨らみを揉みしだいたあと、力を失っている欲望をまさぐってきた。

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