1,072 / 1,289
第42話
(9)
しおりを挟む
「誰よりも繊細だから、組長や俺たちは先生を大事にしようとしているんだ。でも、それだけじゃ足りないと思うことばかりだ。先生の繊細さは、こちらの想像も及ばないときがあるからな」
「――……冗談だ。悪かった、試すようなことを言って。ぼくは繊細どころか、図太い人間だと自覚してる」
「先生はタフだが、繊細だ。俺にはそう見えている」
どんどん顔が火照ってくるのは、熱いラーメンを食べているせいだと、和彦は自分に言い聞かせた。
食事を終えてラーメン店を出たとき、辺りはすでに薄闇が落ちていた。この瞬間、ふっと寂しさが胸を駆け抜ける。三田村との別れの時間がすぐそこまでやってきているのだ。
物言いたげな和彦の視線に気づいていないのか、三田村が足早に車へと向かい、助手席のドアを開ける。黙って乗り込むしかなかった。
ラーメン店に向かっていたときとは違い、帰りの車中は沈黙に支配されていた。膝に置いたダウンジャケットを撫でながら、和彦は何度か話しかけようとして、そのたびにためらう。
仕事が休みの日に、わざわざ自分の送り迎えのためだけに来てくれた三田村を困らせたくないと思う一方で、もう少し甘えてみたいという衝動が湧き起こるのだ。
そもそも賢吾は、どこまで許してくれるつもりだったのか――。
大蛇の化身のような男の気遣いとは、甘くて優しい反面、残酷だ。和彦が煩悶することを見越していたのかもしれない。
そう思った途端、和彦はようやく言葉を発した。
「三田村、コンビニで停めてくれ。お茶を買ってくる」
頷いた三田村は、コンビニの駐車場へと車を滑り込ませる。和彦がシートベルトを外そうとすると、当然のように三田村が提案してくる。
「先生、俺が行ってくる」
「いいから。すぐに戻る」
三田村の顔を見ることなく言い置いて、和彦は車を出る。すぐに寒さに震え上がり、慌ててコンビニに駆け込んだ。
お茶を二本手に取り、一度はレジに向かいかけたが、少し考えてからカゴを持ってきて、お茶以外にミネラルウォーターのボトルや菓子なども入れる。
精算を終えて駐車場に戻ると、三田村はわざわざ車の外に出て待っていた。
「車の中にいればよかったのに」
駆け寄って和彦が言うと、三田村が小さく笑う。
「近くにいて先生の姿が見えないと、落ち着かないんだ」
そんな言葉を聞いてしまうと、もうダメだった。衝動に歯止めが利かなくなる。御堂から聞かされた賢吾の話も気になるが、今は目の前の男との事情を優先させたい。
和彦はさりげなく三田村に身を寄せ、通りから見えないよう自分の体で隠して、三田村の手をそっと握る。
「――……今夜は、一緒にいたい。組長への説明なら、ぼくがするから」
三田村は、和彦の手からコンビニの袋を取り上げる。重みから、お茶以外にも入っていると気づいたのだろう。吐息を洩らすように三田村は呟いた。
「俺はずるいな。先生から言ってくれるのを待っていた」
言われるまま再び車に乗り込むと、今度は三田村のほうから強く手を握ってくる。
「組長からは、先生を連れて帰るよう言われていたわけじゃないんだ。先生の好きなようにしてやれとだけ……。だったら俺から、先生を引き止めるわけにはいかない。だけど――」
「引き止めたくなったか?」
ああ、と答える声は掠れて聞き取りづらかったが、それが三田村の静かな激情を物語っているようで、和彦は興奮のため小さく身を震わせた。
「――……冗談だ。悪かった、試すようなことを言って。ぼくは繊細どころか、図太い人間だと自覚してる」
「先生はタフだが、繊細だ。俺にはそう見えている」
どんどん顔が火照ってくるのは、熱いラーメンを食べているせいだと、和彦は自分に言い聞かせた。
食事を終えてラーメン店を出たとき、辺りはすでに薄闇が落ちていた。この瞬間、ふっと寂しさが胸を駆け抜ける。三田村との別れの時間がすぐそこまでやってきているのだ。
物言いたげな和彦の視線に気づいていないのか、三田村が足早に車へと向かい、助手席のドアを開ける。黙って乗り込むしかなかった。
ラーメン店に向かっていたときとは違い、帰りの車中は沈黙に支配されていた。膝に置いたダウンジャケットを撫でながら、和彦は何度か話しかけようとして、そのたびにためらう。
仕事が休みの日に、わざわざ自分の送り迎えのためだけに来てくれた三田村を困らせたくないと思う一方で、もう少し甘えてみたいという衝動が湧き起こるのだ。
そもそも賢吾は、どこまで許してくれるつもりだったのか――。
大蛇の化身のような男の気遣いとは、甘くて優しい反面、残酷だ。和彦が煩悶することを見越していたのかもしれない。
そう思った途端、和彦はようやく言葉を発した。
「三田村、コンビニで停めてくれ。お茶を買ってくる」
頷いた三田村は、コンビニの駐車場へと車を滑り込ませる。和彦がシートベルトを外そうとすると、当然のように三田村が提案してくる。
「先生、俺が行ってくる」
「いいから。すぐに戻る」
三田村の顔を見ることなく言い置いて、和彦は車を出る。すぐに寒さに震え上がり、慌ててコンビニに駆け込んだ。
お茶を二本手に取り、一度はレジに向かいかけたが、少し考えてからカゴを持ってきて、お茶以外にミネラルウォーターのボトルや菓子なども入れる。
精算を終えて駐車場に戻ると、三田村はわざわざ車の外に出て待っていた。
「車の中にいればよかったのに」
駆け寄って和彦が言うと、三田村が小さく笑う。
「近くにいて先生の姿が見えないと、落ち着かないんだ」
そんな言葉を聞いてしまうと、もうダメだった。衝動に歯止めが利かなくなる。御堂から聞かされた賢吾の話も気になるが、今は目の前の男との事情を優先させたい。
和彦はさりげなく三田村に身を寄せ、通りから見えないよう自分の体で隠して、三田村の手をそっと握る。
「――……今夜は、一緒にいたい。組長への説明なら、ぼくがするから」
三田村は、和彦の手からコンビニの袋を取り上げる。重みから、お茶以外にも入っていると気づいたのだろう。吐息を洩らすように三田村は呟いた。
「俺はずるいな。先生から言ってくれるのを待っていた」
言われるまま再び車に乗り込むと、今度は三田村のほうから強く手を握ってくる。
「組長からは、先生を連れて帰るよう言われていたわけじゃないんだ。先生の好きなようにしてやれとだけ……。だったら俺から、先生を引き止めるわけにはいかない。だけど――」
「引き止めたくなったか?」
ああ、と答える声は掠れて聞き取りづらかったが、それが三田村の静かな激情を物語っているようで、和彦は興奮のため小さく身を震わせた。
75
あなたにおすすめの小説
結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした
紫
BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。
実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。
オメガバースでオメガの立場が低い世界
こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです
強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です
主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です
倫理観もちょっと薄いです
というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります
※この主人公は受けです
執着
紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。
秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~
めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆
―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。―
モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。
だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。
そう、あの「秘密」が表に出るまでは。
奇跡に祝福を
善奈美
BL
家族に爪弾きにされていた僕。高等部三学年に進級してすぐ、四神の一つ、西條家の後継者である彼が記憶喪失になった。運命であると僕は知っていたけど、ずっと避けていた。でも、記憶がなくなったことで僕は彼と過ごすことになった。でも、記憶が戻ったら終わり、そんな関係だった。
※不定期更新になります。
かわいい美形の後輩が、俺にだけメロい
日向汐
BL
過保護なかわいい系美形の後輩。
たまに見せる甘い言動が受けの心を揺する♡
そんなお話。
【攻め】
雨宮千冬(あめみや・ちふゆ)
大学1年。法学部。
淡いピンク髪、甘い顔立ちの砂糖系イケメン。
甘く切ないラブソングが人気の、歌い手「フユ」として匿名活動中。
【受け】
睦月伊織(むつき・いおり)
大学2年。工学部。
黒髪黒目の平凡大学生。ぶっきらぼうな口調と態度で、ちょっとずぼら。恋愛は初心。
君に望むは僕の弔辞
爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。
全9話
匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意
表紙はあいえだ様!!
小説家になろうにも投稿
帝は傾国の元帥を寵愛する
tii
BL
セレスティア帝国、帝国歴二九九年――建国三百年を翌年に控えた帝都は、祝祭と喧騒に包まれていた。
舞踏会と武道会、華やかな催しの主役として並び立つのは、冷徹なる公子ユリウスと、“傾国の美貌”と謳われる名誉元帥ヴァルター。
誰もが息を呑むその姿は、帝国の象徴そのものであった。
だが祝祭の熱狂の陰で、ユリウスには避けられぬ宿命――帝位と婚姻の話が迫っていた。
それは、五年前に己の采配で抜擢したヴァルターとの関係に、確実に影を落とすものでもある。
互いを見つめ合う二人の間には、忠誠と愛執が絡み合う。
誰よりも近く、しかし決して交わってはならぬ距離。
やがて帝国を揺るがす大きな波が訪れるとき、二人は“帝と元帥”としての立場を選ぶのか、それとも――。
華やかな祝祭に幕を下ろし、始まるのは試練の物語。
冷徹な帝と傾国の元帥、互いにすべてを欲する二人の運命は、帝国三百年の節目に大きく揺れ動いてゆく。
【第13回BL大賞にエントリー中】
投票いただけると嬉しいです((꜆꜄ ˙꒳˙)꜆꜄꜆ポチポチポチポチ
魔王の息子を育てることになった俺の話
お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。
「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」
現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません?
魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL
BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。
BL大賞エントリー中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる