血と束縛と

北川とも

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第42話

(31)

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 自分たちがいると不審がられるからと、寒いのに店の外で待っていた組員たちと合流し、駐車場へと向かう。
 途中、頬にぽつりと冷たい粒が落ち、反射的に空を見上げる。ここに来るまで雨が降りそうだと思っていたが、そろそろ危なそうだ。
 車に戻った和彦は、もう寄るところはないからと組員に声をかけ、マフラーを外す。秦から受け取った紙袋にちらりと視線を向けてから、余計なことを聞くのではなかったと後悔していた。
 秦と中嶋の仲がこじれたままだとしても、二人で解決してくれなどと言ってしまった手前、首を突っ込むべきではない。そう、頭では理解しているのだが、こじれる瞬間を目の当たりにした身としては、まったく知らん顔をするのは道義にもとる気もする。
 秦はともかく中嶋は、裏の世界での数少ない友人なのだ。
 コートのポケットから携帯電話を取り出し、少しの間見つめていた和彦だが、低く一声唸ってから電話をかけた。


 ドアを開けた中嶋の顔を一目見て、和彦は目を見開く。口を開こうとしたところで、素早く腕を掴まれて玄関に引き込まれた。ドアが閉まる寸前、部屋までついて来てくれた組員に、車で待っていてくれと早口で告げた。
 中嶋が不自然に顔を背けようとしたので、容赦なくあごを掴んで阻む。それからじっくりと、顔を覗き込んだ。
「――……これは確かに、人前には出られないな」
 左頬が赤紫色になって腫れており、只事ではない事態が中嶋の身に起こったとわかる。ハンサムな顔が台無しだ。
 秦と別れたあと、車中から中嶋に電話をかけて話したとき、和彦は漠然とした違和感を感じた。その違和感を無視できなくて、結局、本宅に戻るのをやめ、こうして中嶋のマンションに押し掛けてきたが、その判断は間違っていなかったようだ。
 中嶋のほうは、隠し通そうとしたものがバレてしまい、甚だ不本意そうではあるが。
「先生、勘がよすぎですよ……」
「医者を舐めるな。電話越しに、君の話し方がいつもと違うと思ったんだ。それだけ腫れてたら、口も開けにくいだろ」
 中嶋は否定せず、部屋に上がるよう言ってくれた。
 こうして中嶋の部屋を訪れるのはいつ以来だろうかと、ざっと計算する。初めて訪れたとき、この部屋のベッドには傷だらけの秦が横たわり、中嶋が献身的に面倒を見ていた。
 あのときから、和彦だけではなく、中嶋や秦が身を置く環境も状況も変わった。
「秦さん、俺のことを何か言ってましたか?」
「ぽろぽろと弱音をこぼしていた。あの、色男がだ」
 少しだけ誇張したが、決してウソは言ってない。中嶋は小声で何事か呟くと、腫れた頬をそっと撫でた。
 ここで和彦は、ここに来る途中のスーパーで買ってきた弁当と飲み物が入った袋を、押し付けるようにして中嶋に渡す。お節介かと思いつつも、さすがに手ぶらでは押し掛けられなかったのだ。
 中嶋は袋を覗き込み、はにかんだような笑みをこぼした。
「実は買い物に行ってないんで、何食おうかって悩んでたんです。あっ、座ってください。コーヒー淹れてきますね」
「いいよ。怪我人が気を使わなくて。――ほら、こっち座って」
 ソファに腰掛けた和彦が自分の隣をポンポンと叩くと、観念したのか中嶋は素直に従う。ここぞとばかりに、もう一度中嶋のあごを掴んだ。口を開けるよう言うと、困惑の表情で返される。
「変なことはしないよ。ただ、これだけ腫れてるとなったら、口の中を切ってるんじゃないかと思って。歯は折れてないのか?」
「さすがに、そこまでは……」
 口の中を見てみたが、内頬に裂傷ができてはいるものの、縫わなければならないほどのものではない。血も止まっている。
 荒事と無縁のヤクザなどいるはずもなく、中嶋はその荒事の現場を駆け回る立場にいる。こういう姿を目の当たりにすると、そんな現実を実感させられる。
「……ぼくは他人が傷を作っていても、けっこう平気なほうなんだ。それが医者の性質だと思うし、ぼくは特に、自分が痛い思いさえしなければ、他人はどうでも、というところがあるし」
「はっきり言いますね、先生」
「でも、この世界に入ってわかったが、親しい人間の傷ついた姿は、やっぱり見ていて苦しい。……ホストまでやってた色男が、こんな顔になってどうするんだ」
 話しながら和彦は、中嶋の腫れた頬にそっとてのひらを押し当てる。まだしっかりと熱を持っており、痛みまで伝わってきそうだ。なぜか中嶋は、ふふっ、と笑った。
「心配してくれる先生に、正直に話すのも心苦しいですが、俺が怪我した理由、けっこうくだらないですよ」
「……笑わないから、話してみたらどうだ」
「加藤と小野寺の殴り合いの、とばっちりです」
「どっちも……、第二遊撃隊の隊員だろ」

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