1,138 / 1,289
第43話
(41)
しおりを挟む
「……わたしのことはいい。総和会から一方的に、佐伯くんを預かると連絡があって、長嶺組長――賢吾がおとなしく引き下がるとは思わなかったんだろう。だから、総本部から離れられないようにしたんだな。突然、臨時総会の開催を通知して呼び出しておいて、数回の予定変更。幹部の誰に探りを入れても、長嶺会長の居場所を把握していなかった。個人的な所用のため、現在地は教えられないという伝言のみで。今の総和会で、長嶺会長のその言葉を受けて、あえて居場所を探ろうとする者は、佐伯くんが、長嶺会長と一緒にいると確信を持っている賢吾ぐらいだ」
「そして、その長嶺組長から相談を受けたお前と、か?」
「わたしは……、今朝まで動けなかった」
「隊の態勢が整うまでは、何かと雑事に煩わされるだろう。なんなら、うちから人手を貸してやってもいいが」
御堂は返事の代わりに、切りつけるような眼差しを南郷に向けた。
「――何を企んでいる。南郷」
南郷は緩く首を動かす。
「臨時総会の内容は耳に入っているんだろ?」
「年明け、お前に新しい肩書きがつくと……。統括参謀とは、大層な役職を作ったものだな。ただ、わざわざ臨時総会として人を招集する必要はなかった。長嶺会長個人の裁量で行った人事なら、用紙一枚の告知で済んだはずだ」
「うるさ型が多いからな、手順を踏むのは必要だ。何事も。肩書きについては……、地面を這いずり回って泥臭い仕事をし続けた俺に報いたいと、オヤジさんから言ってくださった。そして――」
南郷が意味ありげに和彦を見つめてくる。
守光は、南郷の働きに報いるために、自分のオンナである和彦を与えた。そういう形を取った。
いまさらながら、その事実が重く肩にのしかかる。和彦が微かに唇を震わせると、南郷がぞっとするほど優しい声をかけてきた。
「顔色が悪いな、先生。寒いのか?」
肩を抱かれそうになり、短く声を上げた和彦はダウンジャケットごと南郷の手を払いのけ、御堂のもとに駆け寄っていた。すかさず庇うように引き寄せられる。自分でも理解できない本能的な行動に、心臓が壊れたように鼓動が速くなっている。
おそるおそる南郷に目を遣ると、感情を一切排した顔をしていた。南郷を拒絶したことに対して、はっきりとした罪悪感はなかった。ただ、わずかな胸の苦しさはある。
「……すみ、ません……」
消え入りそうな声で和彦は謝罪したが、聞こえなかったのか、突然、南郷が話し始めた。
「――俺に新しい肩書きが増えるのは、先生のためでもある。長嶺の男たちにとって大事なオンナが、今後、総和会はおろか、こっちの世界で存在感と発言力が増していくのは、自明の理だ。よからぬことを考える奴が、この先生に近づいてくるだろう」
南郷がここで視線を向けたのは、御堂だった。
「年が明けたら俺は、総和会での佐伯和彦の後見人になることが決まっている。そのために、俺にはわかりやすい威光が必要で、立派な肩書きがつくというわけだ。お前が第一遊撃隊の隊長だから言うが、内々の決定だ。まだ他言はするなよ」
思いがけない言葉に、和彦の頭の中は真っ白になった。だが動揺しているのは確かで、自分の足で立っているという感覚がなくなってくる。
「俺が、先生を守り、補佐する役目を担うということだ。お前でも、長嶺組長でもなく」
「わたしはともかく、賢吾は納得しないだろう」
「――……御堂、総和会の敷地内で、長嶺組長を気安く名で呼ぶな。公私の区別をつけろ」
獣の不穏な唸り声が聞こえたようだった。しかし和彦はそれどころではなく、緊張が張り詰めていたところにさまざまなことがあり、そしてたった今、南郷の衝撃的な発言があった。
自分の関知していないところで、大事なことが決定していく。そこにもどかしさよりも、底知れぬ不安と恐怖を感じる。
そして和彦にとって何より衝撃的だったのは、すぐにでも賢吾に会いたいと思えない、自分自身に対してだった。会えば、賢吾の反応を目の当りにすることになる。南郷のオンナにされてしまった自分を。
大蛇の潜む賢吾の目に見つめられるぐらいなら、消えてしまったほうがいい――。
前触れもなく目の前が真っ暗になり、体が宙に投げ出されたような感覚に襲われる。傍らで御堂の鋭い声がした。
「佐伯くんっ」
強い力で体を引っ張り上げられ、ハッと我に返る。その場に座り込みそうになったところを、御堂と二神に支えられていた。
ああ、と吐息を洩らした和彦は、慎重に体勢を戻す。
「すみません……。急に気分が悪くなって……」
部屋で休んだほうがいいと言われて頷く。和彦の身を二神に委ねた御堂が、南郷と向き合う――というより対峙した。
「もう佐伯くんへの用が済んだんなら、かまわないな?」
「そして、その長嶺組長から相談を受けたお前と、か?」
「わたしは……、今朝まで動けなかった」
「隊の態勢が整うまでは、何かと雑事に煩わされるだろう。なんなら、うちから人手を貸してやってもいいが」
御堂は返事の代わりに、切りつけるような眼差しを南郷に向けた。
「――何を企んでいる。南郷」
南郷は緩く首を動かす。
「臨時総会の内容は耳に入っているんだろ?」
「年明け、お前に新しい肩書きがつくと……。統括参謀とは、大層な役職を作ったものだな。ただ、わざわざ臨時総会として人を招集する必要はなかった。長嶺会長個人の裁量で行った人事なら、用紙一枚の告知で済んだはずだ」
「うるさ型が多いからな、手順を踏むのは必要だ。何事も。肩書きについては……、地面を這いずり回って泥臭い仕事をし続けた俺に報いたいと、オヤジさんから言ってくださった。そして――」
南郷が意味ありげに和彦を見つめてくる。
守光は、南郷の働きに報いるために、自分のオンナである和彦を与えた。そういう形を取った。
いまさらながら、その事実が重く肩にのしかかる。和彦が微かに唇を震わせると、南郷がぞっとするほど優しい声をかけてきた。
「顔色が悪いな、先生。寒いのか?」
肩を抱かれそうになり、短く声を上げた和彦はダウンジャケットごと南郷の手を払いのけ、御堂のもとに駆け寄っていた。すかさず庇うように引き寄せられる。自分でも理解できない本能的な行動に、心臓が壊れたように鼓動が速くなっている。
おそるおそる南郷に目を遣ると、感情を一切排した顔をしていた。南郷を拒絶したことに対して、はっきりとした罪悪感はなかった。ただ、わずかな胸の苦しさはある。
「……すみ、ません……」
消え入りそうな声で和彦は謝罪したが、聞こえなかったのか、突然、南郷が話し始めた。
「――俺に新しい肩書きが増えるのは、先生のためでもある。長嶺の男たちにとって大事なオンナが、今後、総和会はおろか、こっちの世界で存在感と発言力が増していくのは、自明の理だ。よからぬことを考える奴が、この先生に近づいてくるだろう」
南郷がここで視線を向けたのは、御堂だった。
「年が明けたら俺は、総和会での佐伯和彦の後見人になることが決まっている。そのために、俺にはわかりやすい威光が必要で、立派な肩書きがつくというわけだ。お前が第一遊撃隊の隊長だから言うが、内々の決定だ。まだ他言はするなよ」
思いがけない言葉に、和彦の頭の中は真っ白になった。だが動揺しているのは確かで、自分の足で立っているという感覚がなくなってくる。
「俺が、先生を守り、補佐する役目を担うということだ。お前でも、長嶺組長でもなく」
「わたしはともかく、賢吾は納得しないだろう」
「――……御堂、総和会の敷地内で、長嶺組長を気安く名で呼ぶな。公私の区別をつけろ」
獣の不穏な唸り声が聞こえたようだった。しかし和彦はそれどころではなく、緊張が張り詰めていたところにさまざまなことがあり、そしてたった今、南郷の衝撃的な発言があった。
自分の関知していないところで、大事なことが決定していく。そこにもどかしさよりも、底知れぬ不安と恐怖を感じる。
そして和彦にとって何より衝撃的だったのは、すぐにでも賢吾に会いたいと思えない、自分自身に対してだった。会えば、賢吾の反応を目の当りにすることになる。南郷のオンナにされてしまった自分を。
大蛇の潜む賢吾の目に見つめられるぐらいなら、消えてしまったほうがいい――。
前触れもなく目の前が真っ暗になり、体が宙に投げ出されたような感覚に襲われる。傍らで御堂の鋭い声がした。
「佐伯くんっ」
強い力で体を引っ張り上げられ、ハッと我に返る。その場に座り込みそうになったところを、御堂と二神に支えられていた。
ああ、と吐息を洩らした和彦は、慎重に体勢を戻す。
「すみません……。急に気分が悪くなって……」
部屋で休んだほうがいいと言われて頷く。和彦の身を二神に委ねた御堂が、南郷と向き合う――というより対峙した。
「もう佐伯くんへの用が済んだんなら、かまわないな?」
67
あなたにおすすめの小説
結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした
紫
BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。
実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。
オメガバースでオメガの立場が低い世界
こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです
強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です
主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です
倫理観もちょっと薄いです
というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります
※この主人公は受けです
執着
紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。
秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~
めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆
―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。―
モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。
だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。
そう、あの「秘密」が表に出るまでは。
奇跡に祝福を
善奈美
BL
家族に爪弾きにされていた僕。高等部三学年に進級してすぐ、四神の一つ、西條家の後継者である彼が記憶喪失になった。運命であると僕は知っていたけど、ずっと避けていた。でも、記憶がなくなったことで僕は彼と過ごすことになった。でも、記憶が戻ったら終わり、そんな関係だった。
※不定期更新になります。
かわいい美形の後輩が、俺にだけメロい
日向汐
BL
過保護なかわいい系美形の後輩。
たまに見せる甘い言動が受けの心を揺する♡
そんなお話。
【攻め】
雨宮千冬(あめみや・ちふゆ)
大学1年。法学部。
淡いピンク髪、甘い顔立ちの砂糖系イケメン。
甘く切ないラブソングが人気の、歌い手「フユ」として匿名活動中。
【受け】
睦月伊織(むつき・いおり)
大学2年。工学部。
黒髪黒目の平凡大学生。ぶっきらぼうな口調と態度で、ちょっとずぼら。恋愛は初心。
君に望むは僕の弔辞
爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。
全9話
匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意
表紙はあいえだ様!!
小説家になろうにも投稿
帝は傾国の元帥を寵愛する
tii
BL
セレスティア帝国、帝国歴二九九年――建国三百年を翌年に控えた帝都は、祝祭と喧騒に包まれていた。
舞踏会と武道会、華やかな催しの主役として並び立つのは、冷徹なる公子ユリウスと、“傾国の美貌”と謳われる名誉元帥ヴァルター。
誰もが息を呑むその姿は、帝国の象徴そのものであった。
だが祝祭の熱狂の陰で、ユリウスには避けられぬ宿命――帝位と婚姻の話が迫っていた。
それは、五年前に己の采配で抜擢したヴァルターとの関係に、確実に影を落とすものでもある。
互いを見つめ合う二人の間には、忠誠と愛執が絡み合う。
誰よりも近く、しかし決して交わってはならぬ距離。
やがて帝国を揺るがす大きな波が訪れるとき、二人は“帝と元帥”としての立場を選ぶのか、それとも――。
華やかな祝祭に幕を下ろし、始まるのは試練の物語。
冷徹な帝と傾国の元帥、互いにすべてを欲する二人の運命は、帝国三百年の節目に大きく揺れ動いてゆく。
【第13回BL大賞にエントリー中】
投票いただけると嬉しいです((꜆꜄ ˙꒳˙)꜆꜄꜆ポチポチポチポチ
魔王の息子を育てることになった俺の話
お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。
「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」
現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません?
魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL
BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。
BL大賞エントリー中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる