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第43話
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しおりを挟む車中から総和会本部の建物が見えてきても、和彦に驚きはなく、また動揺すらしなかった。別荘を出発して、まっすぐ長嶺の本宅に送り届けてもらえるとは、最初から期待していなかったのだ。
体にかけていた毛布を畳み始めると、助手席に座っている南郷が振り返る。
「起きたのか、先生。よく眠っていた。さすがに疲れたんだろう」
こちらを気遣う言葉に、和彦の体はカッと熱くなる。二人きりであったなら、誰のせいだと声を荒らげていたかもしれない。しかしハンドルを握る人間がおり、何より今の和彦には、南郷相手に会話ができるほどの体力も気力もなかった。すべて、その南郷に奪い尽くされた。
和彦の精が搾り取られた一方で、南郷の精を注ぎ込まれたのは、ほんの数時間前だ。いよいよ和彦が湯にのぼせて気を失いかけると、南郷に抱えられて浴場を連れ出されてから、脱衣場で獣のように這わされ、欲望を受け入れさせられた。
南郷は執拗で、念入りだった。
麻痺していた屈辱感が蘇り、いまさらながら涙が滲み出そうになる。和彦は手の甲で目を擦ると、乱暴に息を吐き出す。悄然としている余裕はなかった。ようやく返してもらった携帯電話は不在着信で埋め尽くされており、メールも届いていた。移動中に一件ずつ確認しようと思っていながら、結局、疲労感から眠ってしまったのだ。
本部で与えられている部屋に入ったら、何を置いても賢吾に連絡を取らなければならない。冷静に話せる自信はまったくないが、無事であることは知らせておきたかった。それは、オンナとしての義務だ。
なんと切り出せばいいのだろうかと考えるだけで、指先が冷たくなっていく。さらに南郷が話しかけてきたが、耳に入らなかった。
車が駐車場に入って停まると、すぐに南郷が降りて、後部座席のドアを開ける。片手が差し出され、その手と南郷を交互に見た和彦は、邪険に押し退けようとしたが、あっさり手首を掴まれる。半ば引きずり出されるようにして車を降りた。
時間はすでに夕刻に近く、空が赤く染まり始めている。寒さにブルッと身震いすると、別荘から持ってきたダウンジャケットを肩からかけられた。
「さっさと中に入ろう。あんたには早く休んでもらいたいが、その前に話しておくことがある」
「……まだぼくに、話してないことがあるんですか?」
顔を伏せがちにして和彦は不機嫌に応じる。南郷は何か言いかけてから、前方を見て小さく舌打ちした。反射的に和彦も倣う。
足早にこちらに近づいてくる人影があった。すらりとした長身をスリーピースで包んでいる、息を呑むほど秀麗な顔立ちをした人物――。
「御堂さん……」
足音を立てずに歩く印象がある御堂だが、感情の高ぶりを物語るように靴音を響かせている。カツンと一際大きな音を立て、南郷の前で立ち止まった。色素の薄い瞳が怒気を込めて南郷を睨みつけた。見るものを凍り付かせるような冷たさに、和彦は息を詰める。
一方の南郷は、不快そうに眉をひそめた。
「どうかしたのか。第一遊撃隊の隊長ともあろう男が、俺たちの出迎えというわけでもないだろう」
「ふざけるなっ」
鋭い一声を発した御堂が、南郷に詰め寄る。状況が呑み込めず立ち尽くす和彦の視界に、御堂の数メートルほど後方に控える二神の姿が入った。何かあればすぐに飛び込むため、臨戦態勢に入っているようにも見える。不穏な空気を感じ取ったのか、運転手を務めていた第二遊撃隊の隊員が車から降りようとしたが、南郷が手で制した。
「珍しく、えらい剣幕だな。御堂。お前でもそんな顔をすることがあるのか」
「佐伯くんをどこに連れ出していたっ。昨日の臨時総会で、総和会と長嶺組が一触即発だったことは、耳に入っているんだろ」
御堂の発言に、和彦は愕然としたあと、ゆっくりと目を見開く。賢吾が必死に自分を探していたであろうことは、予想していたが、現実はそれ以上の様相を呈していたのだ。
「〈あんな〉決定をしておきながら、肝心の長嶺会長と君がいない。さらに、佐伯くんの行方がわからないとなったら、只事ではないと思うだろう。阿呆でもない限り」
「阿呆ではないが、よからぬことを考える人間は総和会内部にいる。嘆かわしいことに。俺は、オヤジさんと先生を、一時的に安全な場所にお連れしていただけだ。それは、幹部会にも事前に報告していた」
「ならどうして、長嶺組長に言わなかった。彼は、佐伯くんの――」
「この先生をオンナにしているのは、長嶺組長だけじゃない。総和会の中では、オヤジさんと、俺が」
ハッとしたように御堂がこちらを見る。和彦は、南郷の暴露に、血の気が引く思いがした。
「南郷、お前はっ……」
顔色をなくした御堂に対して、南郷が鋭い笑みを唇に浮かべる。
「お上品な第一遊撃隊隊長らしくない言葉遣いだな、御堂。『オンナ』という言葉は、やっぱり気に障るか?」
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