最初じゃなくて、最後に選んで

シィータソルト

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第1話

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「久遠~、一緒に学校行こ~! 今日から高校二年生だよ! うちら! 始業式から遅刻なんてしたら先生から目付けられるよ!」
「はーい、今行くから!」
 玄関から、幼稚園の頃より幼馴染で近所に住む今別刹那の声が二階にいる時田久遠の部屋まで届く。久遠は急いで制服に着替え、鞄を持って階段を下りていく。
「おぉ、ちゃんと着たね。リボンも忘れていない。鞄もよし! じゃ、行こっ!!」
「行ってきます」
 鳥はさえずり、春のうららかな日差しが心地よい。今日から、高校二年生が始まる。といっても、きっと、刹那と過ごしていることが多いだろう。それが、例え、クラスが同じだろうと違うだろうと。今までもそうだった。ご飯の時はお弁当を持ち寄って、一緒にどちらかの教室に集まり食べて、放課後はどちらも部活に所属していないから、一緒に勉強したり、遊びに行ったり。それは、きっと、高校卒業まで続くのだろう。けど、その先は、別れてしまうだろう。久遠は大学進学希望、刹那は専門学校進学希望。だから、せめて、高校の間は一緒に過ごす時間を少しでも作ってたくさん思い出を作りたい。卒業して忙しくなってからも、月一とかでも会えたら理想だけど。本音は学生の時と変わらず平日は毎日会えたらいいけど。まぁ、とにかく、今は、この時を楽しもう。
「ねぇねぇ、刹那、二年生は同じクラスになれるかな?」
「まぁ、腐れ縁だし、今度は一緒になるかもね~」
「なによ、その言い方。一緒になるの嫌なの? 私はなりたいよ」
「いやだって、クラス離れたって、他は一緒に過ごしているじゃん。久遠ってば、大袈裟」
「だって、こうして過ごせるのも高校の内だよ? 私は少しでも過ごす時間増やしたいのよ」
「まぁ、そうか。高校卒業したら進路違うもんね。久遠は大学進学希望。うちは専門学校希望だし」
「このまま、刹那と過ごせたらいいな。他の友達とグループで遊ぶのも楽しいけど、やっぱり、刹那とだけ一緒なのが一番落ち着く」
「うちもそうかな。やっぱり、ほっとするのは久遠とだけいる時かも」
「そういえば、お互い、恋人も作ったことないよね」
「そーね。久遠が隣にずっといるからね。いらないかな」
 ちょっとそっけない発言もあるけど、何だかんだ言って、久遠と刹那は互いを一番大切に思っていた。学校に着くと、まず、一年の頃の教室に行くよう掲示板に指示があり、着席する。朝礼が始まる。元担任から、紙が配布される。成績、選択科目、友好関係、進路希望などを考慮されたクラス編成がされている紙だ。クラスは、A~E組の文系、F~H組の理系であるが、久遠も刹那も文系のため、所属はA~Eのどれかだ。紙に書かれる時田久遠と今別刹那の名前を探す久遠。見つけた。どちらも、A組に名前が記載されていた。
「皆さん、自分の名前がどこのクラスに所属しているか確認しましたか?では、これから二年の教室に移動します。ここは、もう新入生の教室になります。ゴミを落とすことや忘れ物をしないようにして各自の教室に移動してください」
 元担任の指示に従って、移動する元クラスメイト達。久遠も急いで、二年A組に向かう。二階が二年生の教室となる。階段を上がって右端がA組となる。扉から入ると、ちらほらもう着席しているクラスメイト。黒板には、出席番号順に座るようにと書いてあった。字は誰の字だろうか?新しい担任のだろうか。まぁ、最初は顔と出席番号を担任が覚えやすくするためだから仕方ない。席替えした時に、刹那が近いといいな。あたりを見回したが、まだ刹那は来ていないようだ。
「久遠、クラス一緒だね」
「わっ、びっくりした!!」
 後ろから、肩に手を置き、声をかけてくる刹那が教室に来た。
「何々、教室着いたら、うちのこと探した?」
「うん、探した。まだ刹那来ていないなって」
「この寂しがり屋め。どうせ、一年間一緒なんだから、少しくらい待ちなさいよ」
「嫌よ。私は、朝も言った通り、少しでも長く過ごせる時間を増やしたいんだから!」
「本当、この先、うちなしでやっていけるの?」
「べ、別に作ろうと思えば作れるし! でも、たくさん過ごしたいのは、刹那だけ!」
「はいはい、わかった、わかった。じゃあ、そろそろ担任が来るかもしれないから、座るね」
 久遠達の学年は一クラス四十人クラスであり、縦五席、横八席の並びとなっている。出席番号は、名前順で編成されているため、刹那は「い」から始まる氏名で三番。よって、黒板から見て、一番左の列の前から、三番目。久遠は、「と」から始まる氏名で十八番。よって、左から四列の前から三番目。横という平行には、刹那が見える席である。ただし、前から三番目であるから、先生からよそ見をしていたら注意されやすい席でもある。上手く隙をついて、刹那を見ていよう。教師の板書なんて、予習復習を徹底して学年トップを誇る久遠にとっては退屈なものなのだ。と、授業をどのようにサボろうか考えているところに、二年A組の担任となる男の教師が入ってくる。
「この一年、担任を務めることになった槙枝だ。よろしく頼む。二年生は受験までまだ期間があるからと中だるみをしやすい時期。だが、この二年生での努力をし続けた者が受験生になっても、本番でいつも通りの実力を出せて合格を勝ち得よう。気を引き締めて、勉学と運動、そして部活に取り組むといい。では、この後は休み時間のうちに、手洗いや水分補給などを済ませ、体育館にて、始業式を執り行う。出席番号順に並んで、静かに行くように」
 始業式から、説教くさい話をし始める担任で面倒そうだと思った刹那。もはや、そんなことはわかりきっていて退屈だと思った久遠。どちらも、早く終わらないかなと頭の中は上の空であった。体育館へ移動し、校長や来賓などの話が退屈でしょうがない二人。久遠は、刹那と放課後どこへ遊びに行こうか考えていた。刹那は、欠伸をしながら眠気を堪えていた。教室に戻ってからは、授業はなく、終礼の時間であった。担任の槙枝が話し始める。
「では、一年間、このクラスでやっていくからなぁ。俺はお前たちが一年生の頃受け持っていないから、知らない奴ばかりだ。テニス部は顧問だからテニス部の奴ならわかるけど。授業教科は国語の担当だ。とにかく、これから覚えていくからよろしくな! じゃ、部活ない奴は気をつけて帰れよ~。部活の奴は、精一杯励んでこいよ!」
 手短に終わらせてくれた。あやうく、久遠は刹那の方を見るところであった。久遠は、鞄に荷物を整理し終えるとすぐに、刹那のところへ向かう。

「刹那! 帰ろう! 今日は何して遊ぶ?」
「そうね、駅前に新しいクレープ屋できたらしいじゃん? そこ行こ」
「いいね! クレープ! お腹すいた~。ご飯系にしようか、甘い系にしようか悩む~」
「両方食べればいいじゃん」
「両方食べたら太るじゃない!」
「痩せているアンタが言っても嫌味なだけよ。どうせ、ご飯も食べないといけないんだから、いいじゃん」
 始業式は、午前中で終わりのため授業もない。2人は部活に所属していないからこのまま帰宅である。今日はクレープで昼ご飯兼おやつとする。


 駅前のクレープ屋についた。そこには、開店を聞きつけた人々の列がすでに出来上がっていた。久遠と刹那は顔を見合わせた。
「すごい行列。他校の子もいるね。今日は始業式で午前終わりだから」
「うわぁ、待つのダルいわぁ。久遠、また今度にしない?」
「えぇ、そうしたら、どこでご飯食べるの? それに、他のところもきっと同じように混んでいると思うよ」
「ん~、どうしよう?」
「こんにちは! 開店セール実施中です!! 今日限り、全品五十%OFF! お試しください!!」
 クレープ屋の店員さんであろう女性が、メニューの紙を配っていた。その紙を受け取り見てみると、五十%OFFのクーポンがついていた。
「どうする? セール今日までだってよ。せっかく、並んだし、お得なクーポンももらったし。メニュー見ながら話してたらあっという間だよ。ほら、並んでいよう」
「まぁ、そうね。久遠がうちを退屈させないように話して~」
「もう、無茶ぶりしないでよ~。会話は一人でするものじゃないでしょー。じゃあ、刹那は、何味のクレープ食べる?」
「そうね~。うちは、食事系のはツナマヨクレープで、デザート系は、チョコバナナプリンかな!!久遠は?違う味にして一口ちょうだい!」
「いいわよ。私は、食事のは、チーズフランクフルトコーン。デザートは、いちご生クリームね」
「わぁ、美味しそう!! やっぱ、一口じゃなくて、二口!!」
「もう、しょうがないわね。なくならない程度になら分けてあげるわ」
「やったぁ! クレープなんていつぶりだろ?」
「中学生の頃は、帰りに買い食いが禁止だったから、休日によく食べていたわよね」
「そうだよね~。でも、高校からは、自由なんだ! このピアスや茶髪も自由だし、あぁ、大人になっていく方が自由じゃん!」
「そうね……」
 正直、刹那には黒髪でいて欲しかった。その方が髪の艶が良かったし、私とお揃いだったから。それに、ピアスも綺麗な耳にピアスの穴が複数開いている。昔のままでいて欲しかった。そう思いながら、見つめていると、
「いいでしょ! ピアスに茶髪! やっと自由にお洒落ができるようになった! 化粧もしよっかな~」
 化粧だって、若いうちからしていたら肌が荒れる。やめて欲しい。どうして世間は、化粧することが推奨なのかが理解できない。肌は、化粧をしなくたって常に生まれ変わって、綺麗になる。そして、やがて誰もが老けていく運命なのだから、こんなこと強制しないでほしい。化粧は落とす時に肌の常在菌を落としてしまうのだから。せっかくの刹那の肌がボロボロになるなんて耐えられない。
「化粧は、社会人になってから強制されるほどさせられるよ。今は、すっぴんを楽しんでもいいんじゃない?」
「それもそっか~。化粧するのも時間かかるしね~。朝はどっちかったらギリギリまで寝ていたいし朝ごはんもゆっくり食べたいし~」
「そうよ、それがいいわ。肌を大切にしなさいな」
「久遠、なんかママみたい」
「私は、ママじゃないわよ! あなたのこと心配する幼馴染なだけ!」
 幼馴染……本当はそれ以上に刹那と近くなりたいと思っている。恋人……になりたいのかはわからないけど、とにかく、もっと刹那と、深い関係性になりたいと思っている。
 そうこうしているうちに、行列は久遠達の番となった。お目当てのクレープを買い、久遠達は食べさせ合いをした。あえて、刹那のかじったところから貰った。余計に甘く感じた。ご飯系のクレープも本来しょっぱいはずなのに甘く感じた。


 今日から、授業が始まる日である。さて、どう暇つぶしをしようかと考える久遠。独学で勉強の予習復習を進めてしまっているから、授業が退屈でしょうがない。刹那を見てようかしら。あの子は、ちゃんと勉強しているかしら。でも、いいの。わからなかったら、私が見てあげると思う久遠。今までもそうしてきたから、これからも久遠が傍にいてあげられる間は私が面倒を見てあげようと思っていた。
 教室に入ると、席の関係の為、久遠と刹那の間は距離ができる。久遠が刹那のところへ行けばいい話なのだが、久遠は他の生徒から話しかけられるのがものすごく嫌なのだ。人除け結界を張る為の分厚い小説を鞄から取り出す。さぁて、読書の世界に入り浸り、早く過ぎ去って欲しい時間を浪費しよう。だが、小説の前に目をやった刹那のところにいつもと違う景色が広がっていた。刹那が前の席の男子と話をしているのだった。前の席に座っているのは、確か……。思い出せない。久遠はクラスメイトに関心がなさ過ぎて顔と名前が一致しない。いや、どのような名前が所属していたかすら興味を抱いていなかった。ましてや、顔なんて、昨日担任の自己紹介の後に、一人ずつやらされたが、他のクラスメイトになんて見向きもしていなかった。担任の先生くらいだろうか、今のところ辛うじて覚えているのは。ただ、思い出す行為をすることで、朧気なクラスメイトの氏名が浮かんでくる。刹那は「い」から始まる氏名で三番。では、前にいるのは、「あ行」か「い行」の苗字の奴だ。どちらだっただろうか。相沢……。これは確か、一番の男子の名前……。次もあ行だったような……。あお……。そうだ、青木だ……。下の名前は何だったか。そうだ、良樹……。青木良樹……。おのれ、青木。私の幼馴染に何気安く話しかけているんだよ。刹那があんなに笑っているなんて。何の話をしているというの。刹那は誰にでもフレンドリーに接することができるタイプ。男女問わず、彼女を好く者は多い。だから、彼女のまわりには誰かしらがいる。今までだって、クラスが離れている時も男子と話している時はあっただろう。でも、何だか嫌な予感がする。刹那があの青木と関わっていたら、離れていってしまうような……。いや、そんなはずはない。幼馴染の腐れ縁はこんなことで腐って朽ち果てることはない。何の話をしているのか。聞こえない。クラスメイトのざわめきで打ち消されている。カクテルパーティー効果も望めないなんて。気になる、だけど席を離れたくない。周囲に溶け込むのが嫌だ。私には刹那がいれば十分。高校生の間までに培った友情をたかが、このクラスで初めて同じクラスになったくらいで愛情に昇華なんてさせやしない。だけど、阻止することもできない。阻止することもまたクラスメイトと関わらなければならないことだからだ。久遠は悶々としたまま、ただ流し目で本の文字を読んでいくことしかできなかった。
 久遠が、読書に集中しているか、はたまた心ここにあらずのような曖昧な状態の中、刹那は、前にいる青木と会話を弾ませていた。
「青木君、昨年も同じクラスで前の席だったよね~。今年もよろしく~」
「あ、ああ。今別さんか。また同じだなんて。よろしくな」
 久遠は結局、拾いたい会話の内容が聞き取れていなかった。クラスメイトの浮かれ騒ぎにも、自分の思考の騒めきにも揉み消されてしまっていた。刹那は、青木とは、すでに昨年、クラスメイトであったため、知り合いの仲が出来上がっているということに。



 六月のある日の朝。もうすっかり、夏服だ。ブレザーは着用休止期間となり、ブラウスとベスト、生地の薄くなったスカートとなる。一緒に登校し終えてから、互いの席につき、教科書、筆記用具などを机にしまう。刹那は素早く済ませ、久遠の席にやってくる。
「久遠、話があるの」
「えっ、何々、今日の放課後遊びに行く?」
「違うの。ここじゃなんだし、ホームルームまで、まだ時間あるし、屋上行かない?」
「屋上? いいけど。ここではできない話なの?」
「うん、できれば久遠だけに聞いてほしい」
 深刻な悩みでもあるのだろうか。それを打ち明けてくれるなんて。やはり、周りを囲む人が多かろうとも最後に選んでくれるのは私だなと喜ぶ久遠。だが、その喜びが壊されようとは思いもしない。
 屋上に着くと、初夏の照りが二人に浴びせられる。この時期からも日焼けは容赦なく起こる。だが、乙女の嗜みは日焼け対策も含まれる。日焼けは対策できるけど、ある悩みはいつだって乙女を悩ませるのだ。
「それで、話って?」
 刹那がいつまで経っても話を切り出さないため、久遠から問いかける。緊張しているが、おずおずと口を開く刹那。
「実は……彼氏ができたの」
「……」
 久遠は、眩暈と吐き気が起こった。初夏の日差しのせいではない。目の前の親友の言葉で体調が一気に悪くなり、足元が覚束なくなったのだ。
「久遠?」
「……え?あぁ、そうね。おめでとう、刹那」
 親友の姿がぐにゃぐにゃ歪む。もう、立っていられない――
「え? 久遠、しっかりして久遠!!」
 久遠は刹那に呼びかけられるも意識を失った。倒れ込む前に刹那が久遠を受け止めさらに呼びかけを続けるが全体重が刹那にもたれかかってくる。刹那は、その場に久遠を横たわらせて、保健の先生を呼びに行った。


――――
「ん……ここは?」
「あ、久遠が目覚めた!ここは、保健室よ! 貧血か、熱中症で倒れたんじゃないかって、大丈夫? とりあえず、このスポーツドリンク飲んで」
「ありがとう」
 刹那からスポーツドリンクを受け取り、少し喉に通す。飲み物は受け付けるようだ。だが、飲んだばかりの液体を戻しそうだ。これ以上飲むのはやめておいた。
「まだ、飲んだ方がいいよ」
「いや、無理。今飲んだら、戻しそう」
「そんなにひどいの!? ごめんね。暑い中。外に連れ出しちゃったから」
「……ごめんなさい、気分が優れないから一人にさせてもらえないかしら」
「うん、わかった。久遠が体調崩して保健室にいるの、担任の槙枝先生に行っておくから」
 そう言い残して、刹那は教室に戻った。
「時田さん、今日は朝ごはん食べた?」
 と入れ替わるように、保健の先生がベッドのカーテンを開けて入ってくる。質問をされながら、体温計が渡された。すでに介抱の時にベストは脱がされており、ブラウスのボタンも数個開けられていたため、隙間から体温計を脇に挟む。
「はい、食べてきました」
「そう、じゃあ貧血持ちであるって医者に言われたことは?」
「いいえ、特に言われたことはありません」
「そう。じゃあ、朝から体調がなんだかおかしいと思ったりしなかった?」
「いえ、朝は元気でした。さっき、屋上に行ったら急に具合が悪くなって」
 ピピピと体温計のアラームが鳴る。見ると三十六度であった。自分の体温を確認してから、保健の先生に体温計を返す。
「急性の熱中症かしら。……でも、体温はあまり高くなっていないわね。平熱はどれくらいかしら?」
「普段も三十六度前後です」
「そうなのね。でも、念の為、エアコンかけるから冷えるようなら言って。あとタオルに包んだ氷まくらひかせてもらうわね」
「……すみません」
「いいのよ。これが私の仕事なのだから。具合が良くなるまで、寝ていること。そして、また具合が悪化してきたら私に声をかけること。急用以外は基本、この部屋に居るから。出ていく場合も時田さんに声をかけるわ」
「……はい、ありがとうございます」
 保健の先生は、仕事を終えると気遣って、すぐにカーテンを閉めて出て行ってくれた。本当は、暑さでやられたわけではない。親友からの思いもよらない言葉が久遠を打ちのめしたのだ。まさか、新年度に、恋人いらないよねと話した数ヵ月後に恋人ができた報告をされるなんて思いもしなかった。裏切られたような感覚に陥ったのだ。だけど……彼氏ができたからって、私とだって過ごしてくれるよね。そりゃ、彼氏と過ごすという時間が増えるわけだから必然的に私との時間を割かなければならない部分も出てくるけど、私とだって過ごしてくれるよね。この杞憂すらも久遠に追い打ちをかけるとはこの時は思いもしなかった。とりあえず、今は早く体調を回復させて刹那の居る教室に戻りたくてしょうがない久遠であった。


 授業の終礼ベルが鳴る。
「時田さん、具合はいかがかしら?入るわよ」
「……は、はい、どうぞ」
 いつの間にか寝ていたようだが、呼びかけによって目を覚ました。カーテンが開けられて、保健の先生が久遠の体調を診に来た。
「顔色は良くなってきたみたいね。昼休みになったけど、どうする? 体調がまだ優れないようなら、お弁当をここへ持ってきて食べていいわよ」
「いいえ、十分に休ませていただきました。ありがとうございました。教室に戻ります」
「そう。また、体調が優れないなと思ったらいつでもいらっしゃいね。お大事に」
「はい、失礼致しました」
 久遠は保健室を出てから駆け足で教室へ戻る。教室の扉を開けようとすると、刹那が現れる。
「うわぁ! あ、久遠! ちょうど良かった! 様子見に行こうと思ってたのよ。それに、お弁当も届けてあげようと思って」
「そうだったの。ありがとう。でも、大丈夫よ。お弁当、一緒に食べましょう。心配かけてごめんね。さっきの話の続き聞かせて」
「ううん、気にしないで! 屋上いこっ!」


 屋上に着き、敷地の柵が立っているところには淵があり座れるようになっている。そこへ腰かけて、弁当を食べ始めた二人。
「それでね、久遠。さっきも言ったけど……、私、彼氏ができた」
「うん、聞いてたよ。おめでとう。刹那」
 やはり、聞き間違いではなかった。刹那に彼氏ができたこと。けど、久遠は、平静を装って、祝いの言葉を贈った。
「ありがとう、あのね、彼氏は前の席に座っている青木良樹君なんだけど、昨年からクラスが一緒でしかもその時も出席番号が前後でよく話してたんだ」
 あの青木が……刹那を……。私が一年生の時、クラスにいなかったことを良いことに、刹那に取り入りやがって……。鬱屈とした心情から次々と立ち込めるのは、憎悪、仇敵、敵視、殺気、怨敵といった、とにかく憎いという感情が沸々と。だが、今は、それを抑圧して、刹那の話を傾聴するのに徹しなければならない。辛い。でも、聞かなきゃ。久遠と刹那の共に過ごせる時間は変わらないことを確かめないといけない。
「そう、昨年から仲がよかったのね。良い人に巡り会えたわね。でも、彼氏できたからって、私とはこれまで通り、仲良くしてくれるわよね!?」
「当たり前じゃん!! ……あ、でも、登下校とお弁当と放課後遊ぶのはこれから彼としたいかも……」
「……は?」
「だって、最初が肝心じゃん! 良樹君に、うちのこともっと知ってもらいからさ~。久遠も親友なら、うちの恋愛、応援してくれるよね?」
 また、視界がぐらぐらと歪んでくる。この親友は残酷だ。私との時間を削って、奴に一日の大半の時間を捧げると言い出して。登下校と弁当と放課後だったら、いつ私と遊ぶというのだ……?
「そのスケジュールだと、私といつ遊ぶの……?」
「えと……そだね、休日……?」
 私と遊ぶのは休日だけ……!?体調がまた悪化してきた。弁当の味が感じられない。さらには、戻しそう。久遠は口を手で抑えながら
「う……。刹那、私、また体調が悪くなってきたから、保健室に行くわ。ごめんなさい。また、話の続きはまた今度ね……。残りはその、青木さんと過ごして」
「え……!? まだ、体調悪かった!? 屋上来なければ良かったね……。一緒に保健室に行こう、久遠!!」
「いえ……いいわ。一人でいく。教室戻って青木さんと話してて。また、次の授業の先生に私は保健室にいる事伝えておいて」
「わかった、お大事に……」
 本当は癪だが、刹那を一人にさせているのが罪悪感に苛まれるので、仕方なくだ。今日は、この重圧に耐えられない。だけど、いつかは、このような別れが来るのだ。受け止めねばならない。その時が早まっただけ。でも、今日だけは逃避したい。保健室に覚束ない足で避難する。


「失礼します。また、気分が優れないので寝かせてください」
「あら、時田さん、まだ本調子じゃなかったのね。奥のベッドが空いているから、そちらで休んでいいわ」
「はい……ご迷惑おかけして申し訳ありません」
「いえいえ、いいのよ? もしかして、何か悩みでもあるの?」
 久遠は思わず、汲み上げられた気持ちに吐露してしまいそうな衝動に駆られるが、飲みこむ。周囲に相談したところで、応援してあげなよと言われるのがオチだろうと。
「いえ、ただ急に気分が優れなくなっただけです。横にならせていただきます」
 と、言われていた奥のカーテンを開けて、中にあるベッドに横たわる。今日は、このままこのベッドの中の殻に閉じこもっていよう。どうせ、授業などそこに居ても聞いていないようなものだ。今は、安寧を取り戻したい。久遠が意固地になればなるほど、刹那が彼氏と過ごす時間となってしまうのだが、それでも今は逃避していたかった。今日の帰りもここでしばらく休んでから一人で帰ることにしよう。刹那にメールを入れておく。久遠は、思考を一時期的に止めるために眠りの世界へと逃避を始めた。


「時田さん、入るわよ」
「……はい」
 保健の先生の呼びかけで目が覚める。
「もう、下校時刻だけど、帰れそう? 帰れなかったら車で送るけど……」
「いえ、大丈夫です。眠らせていただいたら調子が回復しました。一人で帰ります」
「一人で? 危ないから、友達と帰りなさい。先程、私を呼びに来てくれた今別さんは友達ではないの?」
「友達ですけど……。今日は何時に帰られるかわからないから、先程メールして帰ってもらうことにしました。私は徒歩圏内の家なので、問題ないです。一人で帰ります」
「そう。じゃあ、私の携帯番号を渡しておくから、もし、帰りに具合悪くなったら私を呼びなさい。すぐ駆けつけるから」
「ありがとうございます。では、何度もお手数をおかけしました。さようなら」
「えぇ、気をつけて、帰るのよ」


 家路に着く。いつもは、隣に刹那がいるけど、今日は一人で帰る。思えば、お互い、体調不良で学校を休んだ日以外は、どちらかに用事があったとしても待っていて必ず二人で帰宅していた。刹那は、青木と帰ったのだろうか。きっとそうに違いない。どの方面か知らないけど、一緒の道を途中まで歩いたのだろう。寂しい。自分で選んでおいて。だけど、明日からは突き付けられた現実を受け入れなければならない。この一人で過ごす時間を過ごさなくてはならない非常事態を。クラスメイトに心を開かないのも悪いし、刹那にいずれ恋人ができることを認められない未熟さも悪い。だけど、譲れない黒い気持ちが蠢き、浸食してくる。
 セツナニハ、ワタシダケミテイテホシイ。ワタシトダケアソンデホシイ。ダンジョカンケイナクワタシトダケアソンデ。ドウシテセツナノマワリハソンナニジャマモノバカリナノ?コウコウセイノアイダハワタシトダケアソンデイレバイイデショ?ワタシトノオモイデヅクリ、サイゴニナルカモシレナインダヨ?ドウシテワタシノキモチハムゲニスルノ?コンナニサビシイノニ、キヅイテクレナイ。セツナ……セツナ……セツナ……。



 昨日の家に帰っている時から、自分が何をしていたかわからない程になっていたが、ただ脳内が刹那への想いで侵食された。だが、今日から、現実で悪夢が始まる。さっそく宣言していた通り、刹那は青木と登校していた。青木もどうやら徒歩圏内の家に住んでいるようだ。久遠が後ろでストーカーをしているかのような図になってしまったが、同じ学校の生活時間が同じ身として、時間をずらせば久遠が時間ギリギリに行動をしなければならないことになる。視界に入れているのも苦痛だったが、刹那のことは見て居たかった。密かに恋慕の情を抱いていたとわかった親友を遠目から見ていることしかできないのを、熱鉄を飲む思いで歯ぎしりした。歯が欠けてしまいそうな程の咬合力であった。


 そして、刹那と付き合いだしてから、刹那に纏わりつく虫は、コンタクトに変えたようだった。その話題を教室でしている。
「あ、良樹君、コンタクトに変えたんだぁ。ほら、言った通りでしょ? 素顔の方が、カッコいい顔が映えるって」
「そうかな、刹那。カッコいいって褒めてくれて嬉しいよ」
「垢抜けたよ~。やっぱ、私の見立てに間違いはなかったね! こういうセンスは、女に任せておいた方がいいって」
「おいおい、俺の身だしなみに、けちつけるなよ」
「違うよ。恋人の目線で良いところ引き出してあげてるんだって」
 奴らついには、名前で呼び合う関係にまで発展している……!?もしかして、付き合いだして早々に二人は大人の階段上る関係にまで至ったんじゃ……。だとしたら、許さない。許サナイ……。穢れなき潔白の布を邪悪で邪淫な色に染め上げるだなんて。刹那も刹那だ。あの青木を自分色に染め上げようとして。ますます、他人の入る余地をなくそうとしている。私と刹那の過ごせる時間がなくなっている気がすると思う。休み時間もと言っていたか……否。休み時間は言っていなかった。私のところに来てくれてもいいじゃない。刹那。私があまりそちらに行かないこと知っているでしょ。それを汲んで、いつもあなたが来てくれているでしょ……。久遠の消え入りそうな思いが届いたのか、刹那が久遠のところにやってくる。
「久遠~」
「刹那……何?」
 ほら、やっぱり、私のことも大事なのね……!!
「久遠も良樹君、コンタクトの方が似合うって思うよね?」
「……、え、えぇ、そうね。爽やかでいいと思うわ」
 私はバカだ。刹那の恋人となった奴の肩を持つ。だけど、奴はもはや刹那の一部。貶してしまえばそれは刹那を貶してしまうことと同義になるのだ。久遠は、愛想笑いで肯定をすることしかできなかった。
 刹那は満足のいく答えが返ってきて、そのまま
「だよね~!! ありがとう!」
 と言って、また席に戻ってしまった。結局、惚気話をするためにしか利用されていないように感じる。空しくなってきた。いつもなら、授業のこと教えてと聞いてきたり、放課後何するかを話したり。それが全部、奴に変わってしまっている。張り裂けそうな心。この地獄から救ってくれる糸はない。むしろ日々が過ぎていくごとに、這い出ることができない沼に沈められていくような気がする。久遠は、もうすでに自分が壊れていることに気付かなかった。健全な者ならば、他の者と交際することを考えるだろう。しかし、一人に執着、依存をし過ぎていることに。ただ、それはもう愛故になのだ。痛みを受けながらも自分に集中して注がれる愛を渇望している。時間がかかろうとも、想いの長さを知らしめてやろうと復讐を誓う久遠。だが、結局、具体的な方法が思い浮かばず途方に暮れる。そもそも、コミュニケーションを取ることを拒否する、親友にももはや愛想笑いを返すくらいしかできないのが致命的なのだ。日に日に、弱る久遠。だが、保健室にはもう行かなかった。負けを認めるような気がして。ずっと痛みを喰らいながらも好きな人をただ目で追うことしかできない歯がゆさ。ギリギリと噛みしめる毎日。それは、夏休みになるまで繰り返された。そして、夏休みに入るまでの休日も結局、久遠と刹那は一緒に過ごす日がなくなっていたのであった。



 しかし、久遠の憂慮は、夏休み明けに解消されることとなる。初めての刹那のいない夏休みを過ごし夏の容赦ない暑さを浴びせてくる気温が気にならないほどの寒気を感じていた久遠。体調も夏休み期間中、芳しくなく、初日に夏休みの課題を済ませてからは、家で寝込んでしまい引きこもるざるを得なくなるほどであった。二人のイチャイチャを思い出し、歯ぎしりをして臥薪嘗胆の想いを起こす元気はなくなっていた。こんなにも思い出のない夏休みは、良くも悪くもこれっきりだ。今年で思い出を残せる夏休みなど最後であったのに。来年は、高校三年生。夏休みは勉強の毎日であろう。遊びに行ってくれる人は、彼氏を選んだからだ。昨年の夏休みには、プールにも、夏まつりにも、花火大会にも、その他夏に開催される催し物にまた一緒に行こうねという約束だってあったはずなのに。彼氏の存在で上書きされてしまった。彼氏と行ったに違いない。久遠は、寝込んで無味乾燥な日々を過ごしていたというのに。彼女は眩しい青春の日々を後から現れた彼氏に捧げてしまったのだろう。なんと、虚しいことか。彼氏分を補給しまくった刹那を教室で見なければならないのか。
 とうとう、二学期が始まってしまった。今日は始業式。ずる休みは親が許さない。たとえ、学業の成績が悪くなかろうと学校を休むことで内申点に響くからだ。全身が学校へ行くことへ拒絶反応を起こす久遠。教室に行くまでは会わないが、教室に行ってからの視界のやる方向をどうしようか。とりあえず、また分厚い小説を何冊か持っていくことにした。
 重苦しい気持ちで歩く通学路。夏休みが終わるのが信じられなくて登校拒否とかではない。むしろ、久遠は長期休みが嫌でしょうがなかった。刹那に会いたい一心だった。しかし、携帯の連絡の通知は一通も来ないまま夏休みは終わったのだった。久遠も刹那にどうやって連絡を取っていいかわからなくなっていたのだ。
 うつむいたまま、でも何度も通っていることによって覚えている足は学校へ向かう。同じ時間帯を歩くクラスメイトも何人かいたが、久遠が話しかけるようなことをしないため、クラスメイトもまた久遠を避けていた。
 二年A組の教室の扉を無言で開き、そのまま自席へ着く久遠。鞄から勉強道具を取り出して整理すると、即座に分厚い小説を取り出して誰も話しかけてくるな結界を展開する。しかし、その結界を破る者が現れた。
「……おはよう、久遠」
 小さい声だから、誰だろうと声の主の方へ向くと、そこには刹那がいた。
「……おはよう、刹那。どうしたの? 一人のようだけど、彼氏は?」
「そのことで、話があるから、またHR始まる前に屋上行かない?」
 また、屋上か。屋上にはすっかりトラウマを植え付けられたせいで行くのが恐怖である。しかし、大好きな刹那がまた話しかけてくれたのだ。どうせ、喧嘩して気まずいだとかの愚痴であろう。この時期のカップルならよく訪れる関係性だろう。正直、うんざりする気持ちもあるが、無視されているよりはいい。刹那の顔が見られるだけで、声が聴けるだけでいい。今はそう思いながら……。
「そう。じゃあ、屋上行きましょうか」
 刹那の提案に了承し、屋上へと向かった。


 残暑が残っている屋上はまだまだ照り返しが熱い。手短に済まさねば日焼けしてしまうだろうか。久遠は夏休み中家でもやしになっていた為、日焼け止めを塗っているとはいえ、すぐに肌が焼けて黒くなってしまうことだろう。
「それで、彼氏とはどうしたの? 喧嘩でもした?」
「その……よし……ううん。青木君がね……」
 刹那にいつもの覇気がない。どうやら事態は深刻のようだ。名前呼びすらも憚られて苗字呼びに戻っている。喧嘩以上にまずいことでも起こったのだろうか。刹那の言葉の続きが紡がれるのを黙って頷きながら聴く久遠。
「あのね……その、うち、青木君と夏休みの間にね、体の関係持ったんだけどね……う、ぐすっ」
「え!? え、えと、泣いていちゃわからないわ。はっきり言ってちょうだい」
「青木君が毎日、毎日、シようよって」
 あいつ、刹那の体を完全に穢しやがった!!あぁ、許せない。はらわたが煮えくり返りそうだ。今すぐに青木のところに行き、頬を殴りたい。馬乗りになって、ひたすら殴りたい。刹那の受けた心の痛みを奴にも味わわせたい。だが、私は刹那にも負の感情が込み上げている。もう、我慢できない。久遠は目の前の親友に向かって、普段の淡々とした喋り方から一変して、叫ぶように感情を露わにする。
「どうせ、体を早く許す女がいい女とでも勘違いしてたのでしょう!? 汚らわしい!! そんな尻軽女だなんて思いもしなかった! 刹那は中学生から変わってしまった。中学生から茶髪にして、ピアス開けてしまって。生活指導の先生に怒られるようになって……でも、お洒落になったことを否定したいわけじゃない。刹那は可愛くなったから。可愛さを追求している姿は素敵だった。だから、私は可愛いよって褒めた。校則なんて、学生の間だけ私達を拘束するものだから。実際、高校になってからは緩くなった規則だ。結局は、その環境の許容範囲次第。でも、もうその見た目通りの周りに流される女になってしまったのね。がっかりだわ。見た目は変わってしまっても、確固たる自分は持ってくれていると思っていたのに。あんたの周りの女子友達が彼氏とヤリだしたから自分も遅れを取らないようにしたのと、あの性欲の塊に言い包められたんだろ!? 見損なったわ!!」
 ここまで、息継ぎをせず叫びきった。我ながらとんでもない肺活量が現れた。しかし、普段ない肺活量が突然発揮されたのを補うために、酸素を急速に吸い込んでいる。
「……」
 刹那は、圧倒されてしまい、何も言葉を紡ぐことができない。久遠は深呼吸をしながら続ける。
「……いい? 体を簡単に売ってはダメ。学生が妊娠してしまったら、堕ろして、体に一生の傷を背負うか、若くして親となって育てなくちゃいけないのよ!?わかってシたの!? ねぇ!!」
「ううん……。避妊していれば大丈夫だと思ってた。青木君に嫌われたくないと思って、受け入れた。正直、毎日不安だった。妊娠しないだろうか、正直、痛いのにまたあの痛い思いをしないといけないのだろうかって……」
「……本当に想い合っている恋人なら、嫌だということを伝えたくらいで終わる関係性ではないわ」
「そうだよね。でも、久遠に言われた通り、周りの子が、もうシたっていう話を聞いて、うちも早く青木君の気持ちに応えてあげなきゃって焦ったの。夏休み入る前から言われていて……。でも、怖いから、夏休み入ってからねって。その間に、婦人科に行って、ピルを貰ってきたし、青木君には、避妊具を買ってもらった」
「……うん」
「それで、夏休みになってからは毎日。宿題が終わってからはシて。どこかへ遊びに行ってからは、ホテルみたいなところに連れられてシて。とにかく、毎日させられた。私も応えなきゃって。痛いけど、恋人同士なら、シているのが愛情表現だよねって自分に言い聞かせていた。でも、うちは、もっと健全でいたかった。普通に宿題して、普通に遊んで。でも、中学生の時よりは夜遅くまで一緒にいちゃって。それくらいで十分だった。だけど、それを伝えたら別れようって言われるんじゃないかって。でも、もうわかった。うちは、青木君の気持ちを背負うのが大変。嫌だ。逃げたいという気持ちが日に日に強くなっていくこと。もう耐えられないって思ったこと。久遠。久遠はうちとこれからも変わらず仲良くしてくれるよね?」
「……当たり前じゃない。私も寂しかったわ。おかえり、刹那」
「うん、今まで放っておいてごめんね、久遠。う……うわあああああぁぁぁぁぁぁ!!!」
 刹那の張りつめていた我慢の糸が切れたのだろう。咽び泣きだした。久遠はただ、抱きしめていた。始業のチャイムが鳴り出したが、構わず二人は屋上にいた。刹那が泣き止み、目の赤みが取れるまで。


 二人が戻ったのは、一時間目の授業が終わった頃。本当にそれまでずっと涙が枯れることなく泣き続けていた刹那。前に介抱してくれた時のお返しをするようにスポーツドリンクを刹那に渡す久遠。しかし、一口しか飲めない刹那。心配の気持ちもあったが、これで私の気持ちが理解できただろうととも思う久遠。しかし、体調不良になっていることも懸念して、二時間目の授業前に先生に断って、保健室に連れていった。
「あら、時田さん、また具合が悪くなったの?」
「いえ、今回は、せつ……今別さんが……」
「あら、本当、顔色が悪いわ。でも、なんだか時田さんの顔も赤いわね。風邪ひいていない?」
「あ、ああ~そうかもしれませんね……」
 違う。これは、好きな刹那にくっつかれていたからだ。恋の熱病に浮かされてしまったのだろう。
「心配だから、二人とも休んでいきなさい」
「「はい」」
「奥側が、二つベッドが空いているわ。ゆっくり休みなさい。そして、何かあったら私に言うこと。時々、廊下であなた達を見かけることがあってしばらく離れていたようだけど、結局は仲が良いじゃない。喧嘩しても仲直りできるのは相性が良い証拠よ。大切にしなさいな。その友情」
「へっ!? うちらのこと見てたんですか!!」
「えっ!? あ、はい。わかりました」
「まぁ、似たような反応。悩みを抱えている生徒ってどうしても気になってしまって時々、見に行ってしまうのよね~。お節介よね。でも、解決したようで何よりだわ。もし、私に打ち明けたいことがあったら、その時は頼ってよね。時田さん」
「!? ……は、はい」
 見透かされていたのか、あの時の相談しようか迷っていた気持ちを。保健の先生は学生の心理に長けているのだな。かつて学生だった時の経験、それに先生になるにあたっての基礎的な知識は有しているのだろうけど。あまり接点のなかった生徒でも見抜くのだから恐るべしと思った久遠であった。二人は結局、放課後まで休んでいた。昼休みはお弁当を保健室に持ってきて、久遠と刹那、そして保健の先生を交えて会話していた。中々新鮮だった。結局、打ち明けた。恋の悩み、友情の悩みを。それを聞いて、先生も同じような経験をして悩んだことを教えてくれた。もっと、大人を頼ってもいいのかもしれない。そう思えた有意義な時間であった。放課後、久遠と刹那は一緒に帰った。久しぶりの二人での家路だ。また、家に着くまで他愛のない話で盛り上がる二人。傍から見れば、喧嘩などまるでなかったかのように繰り広げられる仲良しの二人。わだかまりがなくなった二人かのように思えた……。



 こうして、刹那は久遠のところに戻ってきてくれた。青木はひどい男だったからだ。久遠は見抜けなかったことが悔やまれる。これに懲りて、刹那は高校生の間、恋人を作らず、私のところに居てくれればいい。そうすれば、私が楽しい思い出を共に刻んであげる。まずは、これから開催される、体育祭、文化祭、修学旅行を共に楽しもう。大学生になったって、社会人になったって、私の友情は変わらないでいてあげる。ただ、一方でこんな感情も抱いている。男は恋人として最初の人に選ばれたいと思い、女は最後の人に選ばれたいと思うという言葉がある。男は誰にも穢されていないものをマーキングして独占欲を満たすためと言われ、女は、何があったとしても最終的に自分とやがて産まれてくるかもしれない子供を守るために生涯連れ添ってくれる伴侶を求めるためだと言う。私も最初じゃなくて、最後に選んで一緒に居続けて欲しい。いや、私は強欲だ。そんな、聞き分けのいい清楚な女ではない。最初にも最後にも選ばれたかった。これが本音だ。これは、誰にも打ち明けず、ただ一人で抱えていようと決意する久遠であった。
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