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王太女からの贈り物
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翌朝サマラは王宮に上がり、薔薇園に出ていたジャミールにしばらくの暇乞いを正式に願い出た後、政務に向かう前のシャリーファにも挨拶に行った。
「異母姉上様、先日は陛下に対してのお口添えだけでなく、その後に大切な記録簿までお貸しいただき、ありがとうございました」
タージルの商館に行く前に、シャリーファから代々王家が管理していた栽培地の記録簿の一部を写し書きしたものを受け取っていたのだ。
「ふふふ。まだ大したことはしてないわ。そんなことよりフィラーサ、旅立つとは言っても一人で行くのではないでしょうね? もしそうなら私の手の者を手配するまで出発は待ちなさい」
「大丈夫にございます。タージル殿に同行者の手配をお願いいたしました。これからタージル殿の館に参る予定です」
「まあタージル殿にお願いしたのね?」
普段のサマラなら絶対に口にはしないであろう大物商人の名前が出たことに、素直にシャリーファは驚いた。
「はい」
「ではタージル殿の館で合流して商団のようにして砂漠に出ていくのね?」
「おそらく」
「どこの砂漠にまず向かうのですか?」
シャリーファは身を乗り出してくる。
「それはまだわかりません。館に行ってからタージル殿にご相談してから決めようと思っています」
「そう。わかったわ。でも、まさかタージル殿にお願いするとは。我が異母妹ながらなかなか冴えているわね」
シャリーファは満足げに頷いた。
「そうですか?」
内門の外に商館を構えられるということは、カーズィバのようなそれなりに財力が合って王族の御用聞き商人でもなければほとんど不可能だ。しかも、それくらいの商人でなければ王都に商団を出入りさせられない。
商う物が少ない小売りの商人などは、せいぜい市場内の一画を借りて自分の店とするぐらいが関の山だ。
「異母姉上様、これにて出立のご挨拶とさせていただきます。祖父アッタールと工房のことをなにとぞよろしくお願い申し上げます。では」
シャリーファに正式な拝礼をする。
「わかったわ。アッタールと工房のことは私に任せて、気にせずに行ってらっしゃいな。道中十分気を付けなさい」
「はい」
「最後にこれを餞別としてあなたに差し上げます」
シャリーファは卓の上にあった小さな二つの巾着袋をサマラに手渡した。
「まず一つ目はこれです。一つを開けてみなさい」
言われるままに紐を解いて開けてみる。
逆さに振ると、袋から乳白色の小石のようなものが手のひらの上に滑り落ちてきた。
ほのかな香りがサマラの鼻孔をくすぐる。
「これは!」
アッタールから昨夜受け取った香油の香りと同じものだ。
「それが乳香の樹液を固めた香粒です。そしてもう一つの巾着には没薬の香粒が入っています。王宮の宝物庫からほんの少し頂いてきたのです」
「良いのですか?」
確かラガバートの正室だった当時の王妃と王太子が何とか国内に流通していた乳香と没薬の香粒を必死でかき集めたものを宝物庫で厳重に保管されていると聞いたことがあった。
「ええ。もちろんです。探すものがどのようなものなのかわからなくては、例え見つけられたとしても、それが本物かどうかわからないでしょう? フィラーサの旅に役立てなさい」
「ありがとうございます」
アッタールから託されたものは香油の状態のものだったが、ちゃんと原料の状態がわかるものを手に入れられたのは、正直ありがたかった。
「そして二つ目はこれです」
シャリーファの卓の横に置いてあった布包みをサマラの目の前に置くと、包みを解いて中身を見せた。
「これは?」
現れたのは、金銀の象嵌細工であしらわれた見事な文箱だ。
おそらく国家間や王族間などで重要な文章をやり取りする際に使われるものだと思われる。
「少々、私なりに細工をしておきました。旅に出てから困った時にだけ開けなさい。もしかしたら役に立つかもしれないわ。旅の資金に困ったらこの文箱を売るだけでも相当な代金が得られるはずです」
「ありがとうございます」
時折りシャリーファは王太女らしからぬ豪快な発言をすることがある。
唖然としたまま文箱を受け取ると、軽く頭を下げた。
そして、なるべくギリギリまで預かった文箱は売らないで持ち帰ろうと思った。
「サマラ、危ないことはなるべく同行者に任せてあなたはすぐにお逃げなさい。私がかつて教えた『生き残る際に必要な知恵』を使いなさい」
「わかりました。異母姉上様、何から何までありがとうございます。ご忠告とご助力、感謝申し上げます」
立ち上がって扉前でシャリーファに対して深々と頭を下げると、サマラは素早く退出していった。
「フィラーサ、必ずその名に相応しい者としてこの王宮に帰ってきなさい」
扉の向こうに消えた異母妹の背に向かってそう呟くシャリーファの瞳からは、一切の感情が消えていた。
「異母姉上様、先日は陛下に対してのお口添えだけでなく、その後に大切な記録簿までお貸しいただき、ありがとうございました」
タージルの商館に行く前に、シャリーファから代々王家が管理していた栽培地の記録簿の一部を写し書きしたものを受け取っていたのだ。
「ふふふ。まだ大したことはしてないわ。そんなことよりフィラーサ、旅立つとは言っても一人で行くのではないでしょうね? もしそうなら私の手の者を手配するまで出発は待ちなさい」
「大丈夫にございます。タージル殿に同行者の手配をお願いいたしました。これからタージル殿の館に参る予定です」
「まあタージル殿にお願いしたのね?」
普段のサマラなら絶対に口にはしないであろう大物商人の名前が出たことに、素直にシャリーファは驚いた。
「はい」
「ではタージル殿の館で合流して商団のようにして砂漠に出ていくのね?」
「おそらく」
「どこの砂漠にまず向かうのですか?」
シャリーファは身を乗り出してくる。
「それはまだわかりません。館に行ってからタージル殿にご相談してから決めようと思っています」
「そう。わかったわ。でも、まさかタージル殿にお願いするとは。我が異母妹ながらなかなか冴えているわね」
シャリーファは満足げに頷いた。
「そうですか?」
内門の外に商館を構えられるということは、カーズィバのようなそれなりに財力が合って王族の御用聞き商人でもなければほとんど不可能だ。しかも、それくらいの商人でなければ王都に商団を出入りさせられない。
商う物が少ない小売りの商人などは、せいぜい市場内の一画を借りて自分の店とするぐらいが関の山だ。
「異母姉上様、これにて出立のご挨拶とさせていただきます。祖父アッタールと工房のことをなにとぞよろしくお願い申し上げます。では」
シャリーファに正式な拝礼をする。
「わかったわ。アッタールと工房のことは私に任せて、気にせずに行ってらっしゃいな。道中十分気を付けなさい」
「はい」
「最後にこれを餞別としてあなたに差し上げます」
シャリーファは卓の上にあった小さな二つの巾着袋をサマラに手渡した。
「まず一つ目はこれです。一つを開けてみなさい」
言われるままに紐を解いて開けてみる。
逆さに振ると、袋から乳白色の小石のようなものが手のひらの上に滑り落ちてきた。
ほのかな香りがサマラの鼻孔をくすぐる。
「これは!」
アッタールから昨夜受け取った香油の香りと同じものだ。
「それが乳香の樹液を固めた香粒です。そしてもう一つの巾着には没薬の香粒が入っています。王宮の宝物庫からほんの少し頂いてきたのです」
「良いのですか?」
確かラガバートの正室だった当時の王妃と王太子が何とか国内に流通していた乳香と没薬の香粒を必死でかき集めたものを宝物庫で厳重に保管されていると聞いたことがあった。
「ええ。もちろんです。探すものがどのようなものなのかわからなくては、例え見つけられたとしても、それが本物かどうかわからないでしょう? フィラーサの旅に役立てなさい」
「ありがとうございます」
アッタールから託されたものは香油の状態のものだったが、ちゃんと原料の状態がわかるものを手に入れられたのは、正直ありがたかった。
「そして二つ目はこれです」
シャリーファの卓の横に置いてあった布包みをサマラの目の前に置くと、包みを解いて中身を見せた。
「これは?」
現れたのは、金銀の象嵌細工であしらわれた見事な文箱だ。
おそらく国家間や王族間などで重要な文章をやり取りする際に使われるものだと思われる。
「少々、私なりに細工をしておきました。旅に出てから困った時にだけ開けなさい。もしかしたら役に立つかもしれないわ。旅の資金に困ったらこの文箱を売るだけでも相当な代金が得られるはずです」
「ありがとうございます」
時折りシャリーファは王太女らしからぬ豪快な発言をすることがある。
唖然としたまま文箱を受け取ると、軽く頭を下げた。
そして、なるべくギリギリまで預かった文箱は売らないで持ち帰ろうと思った。
「サマラ、危ないことはなるべく同行者に任せてあなたはすぐにお逃げなさい。私がかつて教えた『生き残る際に必要な知恵』を使いなさい」
「わかりました。異母姉上様、何から何までありがとうございます。ご忠告とご助力、感謝申し上げます」
立ち上がって扉前でシャリーファに対して深々と頭を下げると、サマラは素早く退出していった。
「フィラーサ、必ずその名に相応しい者としてこの王宮に帰ってきなさい」
扉の向こうに消えた異母妹の背に向かってそう呟くシャリーファの瞳からは、一切の感情が消えていた。
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