【完結】砂の香り

黄永るり

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合流

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 赤砂漠の中にある町に滞在していた第二王女一行は、宿舎としていたタージル縁の商館から輿で出発すると赤砂漠で夜営中のタージル一行と合流した。
「やっといつもの格好に戻れた」
 安堵したサマラの声が漏れた。
「よほど少年の姿がお嫌だったと見えますな」
 タージルは、王女らしいとまではいかないが、王都で着ていた職人衣装を旅姿に仕立て直したものを身にまとっているサマラを微笑みながら見ている。その表情は、サマラとファジュルを旅に送り出した時と何も変わっていない。
「いえ、そうではないのですが。やっぱり着なれた職人の衣装は落ち着きます」
「さようにございましたか」
「はい」
 仕立てられた衣装が絹でなく木綿製というのもサマラにとっては慣れた着心地だった。
 絹製だったら逆に緊張してしまうところだ。
「では早速本題に参りましょうか」
 サマラは背筋を伸ばしてその場に座りなおした。
 天幕内にはサマラとタージル、ファジュルの三人のみがいて、完全に人払いされている。
「王女様におかれましては、現状どうなっているのか大体の状況をご存じでいらっしゃいますね?」
「はい。あちらで教えて頂きました。それから、この旅でタージル殿から課せられた試験はほぼ答えられたと思います」
「恐れ入ります」
「ほぼ、ですので、全問回答するためにはこれから王宮へ戻らなければなりませんが」
「さようでございますな。そこまでお分かりなのでしたら、やるべきこともわかっておられますな?」
「だと、思います」
 少しサマラの瞳から自信の色が翳った。
「思います、ですか? お考えに自信がないのですかな?」
「その通りです。確かに自信はあまりありません。ですが、私はこの旅で色々考えさせられました」
 あの高く分厚い土壁に囲まれている円形都市にずっといれば、恐らく考える必要もなかったことを。
 ただ職人として祖父に教えを乞い、王に命じられるままに、毎日薔薇水を作り、薔薇の香料のことを考えているだけで良かった。
「もう私は、何も知らなかった職人の仕事だけをしていれば良かった私には戻れないのですよね?」
 わかってはいたが確認してみたくなった。
「はい。あなた様には価値がございます。王族としての価値、大地の女神の嗅覚を司る一族の者としての価値。その尊い価値を誰に命じられることなく、己の意思で使うには知識と知恵、そして創意工夫が必要にございます。そして王太女様と同じかそれ以上の思慮深さも。そうでなければ、カーズィバごとき商人にいいように使われて踏み台にされて人生を終わらせるだけでございます」
 タージルはサマラが望む答えを率直にくれた。
「そうですね」
「知識は王太女様がお授けになられていたでしょう? そして知恵はこの旅で得られましたかな?」
 サマラはゆっくり頷いた。
 政務の合間に王族の系譜も国内の政治経済の状況も、果ては国外の情勢までサマラが香水を献上するたびに教えてくれたのはシャリーファだった。
 シャリーファに教えられながらも、サマラは何が役に立つのか良くわかっていなかったのだが、今回、旅に出てみてその重要さが良く理解できた。
 何も知らなければ旅に出ても何の成果も得られなかっただろう。刺客に襲われても、その言葉のままに素直にシャリーファとその母である王妃を疑っていただろう。
「我が館を出られた頃よりは、なかなか思慮深くなっておられるようですな。結構です。ここまでは上出来です」
 タージルは淡々と笑み一つ浮かべずに、そう述べた。
「でしたら早速、私のやるべきことを果たして参りましょう。タージル殿、勅使の天幕へ案内頂けますでしょうか?」
「もちろんです」
 そう言うとタージルは背後で黙って座っていたファジュルに顔を向けた。
「ファジュル、そなたは今日より第二王女様の護衛をしなさい。私が良いと言うまでは館に帰ってくるな。良いな?」
「え? そんな! 俺は王女様の旅のお供だけすれば役目は終わりのはずだったではないですか!」
 一気に慌てるファジュル。
「だから今新たに一族の長として命令を下したではないか。否やは言わせんぞ」
「……わかりました」
 タージルの絶対命令にファジュルは不承不承頷いた。
 一族に名を連ねている以上は、長の命令に従うことは絶対とされている。ましてやファジュルは長の息子だ。従わなければ一族から追放ということになるだけだ。
「王女様、構いませんよね?」
「よろしくお願いします」
 さんざんファジュルとの二人旅に嫌々だった様子のサマラは、タージルの申し出を断らなかった。
 むしろ丁寧にお願いされてしまった。
「では王女様、こちらこそよろしくお願い申し上げます」
 ファジュルとしてもそう答えるしかなかった。
「それでは勅使殿の元へ参りましょう」
「はい」
 三人は勅使が滞在している天幕へ向かった。
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