上 下
15 / 26

先代巫女

しおりを挟む
 ラアナはアーシャとは違い、大陸屈指の大帝国の皇帝の娘だった。
 だが生まれつき嗅覚が鋭かったことと、生母がさほど身分の高くない側室で、しかもラアナが二十番目の皇女だったということで、皇帝は娘を神殿に上げて、その見返りに多くの乳香と没薬を手に入れたのだった。
 ラアナは巫女としての能力も高く、一時は今の大巫女よりも『次期大巫女に』と言われたほどの実力のある巫女だった。
 しかし、ラアナは様々な思惑によりハジャルの先々代の王に乞われて降嫁することになってしまった。
 巫女調べのために神殿を訪れた王に選ばれれば、どんな事情があっても、たとえ降嫁後に問題が起こるだろうと予想がついたとしても、巫女には断ることは許されない。

 降嫁したラアナを待っていたのは『王の側室』としての暮らしではなく、その高い知識と能力を買われたゆえの乳香と没薬を使った新たな香料品や医薬品の研究と開発を強いられる生活だった。
 そう先々代のハジャル王は、ラアナを女人として愛することは一切せずに、ただ自国の香料品と医薬品の開発研究のために、一番知識と能力が高かったラアナの降嫁を願っただけなのだった。
 先々代の王には誰よりも寵愛する貴族出身の側室がいた。
 だから王がラアナに振り向くことはなかった。
 その側室の容姿がラアナよりも優れていなかったことが、さらにラアナを傷つけた。
 ラアナは強いられる仕事にただ黙って従うしかなかった。
 神殿に帰ることも、母国に帰ることもできずに、ただただ王の無理難題に従わされた。

「そうして先王陛下は、その寵愛されていた側室さまとの間にお生まれになられた王子様で、王妃様や他の側室様との間に王子様はお生まれにならなかった。だからその王子様が即位なさって……」
 指先で系譜をたどっていく。
「そして先王陛下も、正室の王妃様の他に母方の従妹さまを側室に迎えられて、その方との間に今の陛下と弟君がお生まれになられた。そして陛下には王妃様しかおられない」
 名目上は、アーシャ自身も王の妻の一人なのだが、この際、除外するとして。
「さようでございますね」
 ラダーは頷いた。
「でもこれを見ていると、陛下に王子さまがお生まれにならなかったら、世継ぎ問題でもめそうだね」
 ハジャル王国も他国同様に、最優先で王子が王に即位する。
 王女が即位する法律は現状、ない。
「そうでございますね。陛下の弟君の王子さまは生まれてすぐに亡くなられて、その後は王女さまがお二人生まれておられます。しかし、そのお一人も亡くなられましたし。先王陛下に男兄弟はおられず、先々代の王の男兄弟ともなれば、五人はおられますからねえ。しかも、そのご兄弟のお子様方も、最近では男子が生まれずに、生まれたお嬢様方に軒並み婿を迎えて何とか家名を保っておられますし」
「じゃあ絶対もめるわね?」
「ですからこのたびの王妃様には期待がかかっているのでございます。何としても王子さまをお産み頂かないと」
 ラダーの言葉に、なぜかアーシャは難しい顔で頷いた。
「アーシャさま?」
「え?」
「なぜだか厳しいお顔つきになられておられるようですが」
「あ、うん。何だか王妃さまのお立場を思うと大変だなあって」
「さようですね」
 アーシャは一通り王族の系譜を確認すると、それを元の場所に戻して、いつものように過去に降嫁した巫女たちの書物を持って閲覧室で読みだした。
 その姿は、ラダーが見る限りでは今までのアーシャと変わったところはなかった。
しおりを挟む

処理中です...