そしてふたりでワルツを

あっきコタロウ

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外伝(むしろメイン)

閑話十三  プリンはどこへ消えた?

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メイン:吾妻組 ジャンル:藪の中

***

 穏やかな日差しと爽やかな風に、庭の花々がキラキラとそよぐ朝。
 ホールの掃除を終えたマリクは、奥様の朝食を用意するため冷蔵庫をひらいて、ふと、違和感を覚えた。

「あれ? プリンがえ」

 昨夜仕込んでおいたプリンが、食器だけを残しこつ然と消えている。
 ふんだんにバニラ香料が練り込まれた生地に、苦くないよう生クリームを加えた黄金カラメルが輝いていたプリン。スライスして花のかたちに並べた苺とホイップクリームで描いた兎のトッピングを中心に据え、周囲を白桃とさくらんぼでドレスアップした朝のデザートは”カミィ飛び起き特別仕様”。……だったはずが。

 冷蔵庫とにらめっこしていると、背後から足音が近づいてきた。渋く落ち着いた大人の男感が演出された足音は、顔を見ずとも誰のものだかわかる。

「おはようございます。マリクさん」

 予想通りの相手から声がかかり、マリクは振り返った。

「おはようございます。セバスチャンさん。あの、ここにあったプリン知らないすか? 昨日の夜に用意しといたんですけど」
「プリン、ですか? いえ、本日は今はじめてキッチンへ立ち入りましたので」
っかしいおかしいな……」

 カミィの盗み食いにしては、やりくちが抜け目無さすぎる。彼女が盗み食いをしたあとはだいたいいつも食べこぼしで周囲が散らかっている。だが今回現場に残っているのは、さっぱり洗いたてのように綺麗な食器がひとつきり。

 もうひとり盗み食いしそうな人物といえばこの屋敷の主人だが、彼は基本的には愛妻のデザートを盗んで食べることはしない。まさか、お花苺にうさちゃんホイップが自分のものだと勘違いはしないだろう。……以前、”たこさんソーセージ”をねだられた過去がある手前、完全に自信は持てないが。

「ふむ。少し状況を整理して考えてみましょう。マリクさん、昨夜からのことを、詳しく思い出せますか?」



*



■マリクの記憶



 えーっと。昨日の夜、いつもと同じように、カミィを起こすプリンの仕込みして……。
 詳しくは、プラスチックのファンシープレートに、プリンとカラメル、ホイップとフルーツ。これもいつもどおり。

 時間は……夜、俺が飯食ったあとっすね。たしか前にもこんなこと……つくっといたプリンが無くなったことあったんすよ。ほんとは朝つくればいいんだろーけど、俺、朝苦手で。で、そのときの犯人は、カミィだったんで、そんときから、夜はあいつの手の届かねーところにスプーン隠すようにしたんすよね。カミィには、賞味期限の長い市販のプリンとスプーンを部屋の冷蔵庫にいれてやって、夜中に腹減ったらそれ食えっつって。そっから、夜に仕込んだプリンがキッチンから消えることはなかったんすけど。

 やっぱあいつなのかな? あいつのプリン好きはマジで困る。飯の前に平気で二個、三個食って、飯いらねーっつーし。



■カミィのおはなし



 キッチンのプリン? 食べてないよぉ。プリンなくなっちゃったの? どうして? お散歩に行っちゃったのかなぁ?

 え? 昨日の夜のこと?
 んっと、昨日の夜は、夕飯のあとお布団にはいって、それですぐ眠くなっちゃったから、ジュンイチくんはまだ本のお部屋書斎にいたけど、わたしは寝ちゃったよ。

 それで、なんだかいい匂いがしたから起きたの。だからキッチンへ行ったら、プリンがあったんだよ。それで、プリン食べたくなっちゃったの。

 でも、スプーンがなかったから、ジュンイチくんにお願いしようと思って、本のお部屋に行って、それで、そしたらジュンイチくんのお部屋にプリンがあったから、食べたけど。とっても可愛くておいしいプリンだった!
 それからちょっとジュンイチくんと遊んで、それで寝ちゃって、それで、起きたら朝だったの。だからキッチンのプリンは食べてないよ。ちょっとだけクリームをペロペロしたんだけど、フルーツも食べたけど、プリンは食べてないよ。ほんとだよ。

 ふぅ。プリンのおはなししてたら、プリン食べたくなっちゃったから持ってきてほしいなぁ。お願い!



■ジュンイチの証言



 昨夜は、キッチンには行ってない。ずっと書斎にいたよ。
 屋敷に侵入者があったかどうか? 無いよ。防犯システムは正常に作動してる。地下室ラボのマウスやラットも、脱走した形跡は無い。



*



 書斎でジュンイチに聞き込みを終え、結局何の手がかりも得られず、マリクはお手上げだ、と首をひねった。

 昨夜マリクがプリンをつくって以降、ジュンイチはキッチンへ立ち入っていないと言う。嘘をつく必要は無いだろう。いつだって強引で、何でも思い通りにしてしまう男だ。キッチンへ行ったなら、悪びれなく「行ったよ」と答えるのがジュンイチだ。

 カミィだって、こんなかたちでの嘘はつかないのをマリクはよく知っている。過去の経験から考えるに、こういうときのカミィは、「プリン? 食べたよ! もういっこほしいなぁ」だ。

「プリンはいったい、どこへ消えちまったんだ……」
「ねぇ、マリク、はやくプリン持ってきて!」
「ん、あぁ……。しゃあねぇな。もういっこつくるか」

 考えているあいだにも、時間は過ぎていく。いつまでも無くなったプリンにばかりにかまってはいられない。

 この屋敷は、いつだって理不尽と不可解に満ちている。

 釈然としないまま部屋をあとにしたマリクが真相を知るのは、もう少しあとのことである。



*




■とある機械に繋がれたモニタに映し出される文字

 プロジェクト・量子テレポーテーション
 対象・プリン

 日時
 XX.XX.XX昨夜の日付、時刻

 座標
 A:X.XX/Y.XX/Z.XXキッチン・冷蔵庫のなか
 B:X.XX/Y.XX/Z.XX書斎・転移観測機

 A.B状態/量子もつれ解除・観測、テレポート成功
 

 閑話十三 END



ヒント:誰も嘘はついていない
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