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外伝(むしろメイン)

異聞五   ゲツトマ冒険記( 隠匿されし煌めきの郷 編)

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メイン:ゲツトマ ジャンル:ちょっと分かりにくい話をするトーマス

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 鉛は銀より強く、金は鉛より強い。

 銃弾として加工を施せば、の話である。
 それならばなぜ金の弾丸が広く流通しないのか。答えは簡単。この世界では、金という物質が鉛よりも稀少で、高価ゆえだ。では、もしも金を……いや、金のみならず、稀少な資源を思うまま手に入れられるとしたら?

*

 迷宮と呼んでも差し支えない洞窟。
 不揃いな道幅に、平衡感覚を失わせる傾き。いくつもの分岐点が待ち受け、通る者に先の選択を迫る複雑に入り組んだ地形。
 等間隔で天井に取り付けられたランプの灯りは、この迷宮に人の手が加えられたしるしにはなれど、目的地への道標にはなっていないようで、枝状に広がる全ての道を等しく照らしている。
 
 迷い込んだが最後、そのままここで生命朽ち果てる者があってもおかしくない広大な迷宮。
 そのなかを、およそ迷いなく移動するふたつの影――トーマスとゲツエイ。

 不死の軍団をあえなく手放し、あっけらかんと旅を続ける彼らの次の目的地は、この迷宮の奥にあると噂の「煌めきの国」。
 建物も植物も、地面すらも。国中が魅惑の宝石や貴金属でできていると囁かれる幻の場所。

『ゲツエイ! 次の分岐の先に、人間がいるな!』

 ゲツエイにしか届かない、蜘蛛のナビゲート。ここまで的確に道順を示してくれた相棒の声を受け、ゲツエイは担いでいたトーマスを肩から降ろし姿を隠した。


*

 地面に足をつけたトーマスの靴音が、コツ、と迷宮内に反響する。その音を聞きつけてか、

「誰か居るのですか?」

 と、分岐の先から声がした。

 トーマスは柔和な声をかたちづくり、壁を背に返答。
「えぇ。まさかこんなところで人の声を聞くとは」

「そうですね。私も驚いています。うまれたときからずっとこのあたりで働いていますが、外の人に会うのははじめてですよ」

 震える声とともに気配が近づいて。現れたのは、炭鉱夫を思わせる作業服を着た男。

「迷われているのでしたら、出口までご案内しましょうか?」
「と、いうと、あなたはこの洞窟に詳しい?」
「ええ。この近くにある集落に住んでいます」

 こんな洞窟の奥深く、いくつも人が住む場所があるとは考えにくい。男の言葉が真実ならば、目的地はすでに近い。

「実はこの洞窟にあるという国の噂を耳にして、ここまでやって来たんです。何か知っていますか?」
「噂というのは?」
「建物や地面すらも宝石や貴金属で形成され、一面眩い輝きに満ちた国だと。本当にそんな国が存在するなど、完全に信じたわけではありませんが」
「ははは。そんな国があるならぜひお目にかかりたいものですね。私はそんな国、知りません。いつか発見できたら、ぜひ教えていただきたい」

 噂を笑い飛ばし、話は終わりだとばかりに男はトーマスに背を向ける。その背から醸されるのは、得も言われぬありありとした違和感。

「そうですね。やはり噂はただの噂なのかもしれません。ところで……”この近くにある”というあなたの住む集落に、案内していただけませんか?」

 ピタリと、男の足が止まる。男は背を向けたまま、何かを逡巡するようにしばし沈黙。それからゆっくりと振り返った。汗の滴る顔に貼り付けられているのは、対面した瞬間とかわらぬ湿った笑み。

「何も聞かなかったことには?」

 男の問いに、トーマスは無言で笑みを返す。

「仕方ありません。案内しましょう。あなたがお探しの場所は、たしかに存在します」

 男はそう言うと、近くの壁面に両手を差し込み、壁を割りひらいた。



 割れたように見えた壁。実際はそこに壁はなく、薄手の布がカーテンのようにかけられていただけだった。
 カーテンの奥にあらわれた地下への階段を男と共に降りながら、トーマスは振り返る。

「あの仕掛けは?」
「布に特殊な加工光学迷彩が施してありまして。光に対して負の屈折率を持たせてあるんです。自衛手段の一種ですよ」
「見事ですね。身にまとえそうな薄さのたった一枚の布で、あそこまで巧妙に隠せるものですか。しかし、外観上は完璧でしたが、触れられると意味が無いのでは?」
「ええ、それはそうです。ですが、ここまで辿り着くことがそもそも困難だったでしょう?」

 思い返すは道中の局地雨。ひとつしかない道の幅は狭く、土砂崩れも頻繁に起こる危険地帯。
 大掛かりな商隊や盗賊では、荷馬車と仲間を諦めなければ越えられないだろう。

「この洞窟もね、はじめからこんなに入り組んでいたわけではないんですよ」
「でしょうね」

 迷宮の内部で目にした、明らかに人為的に設置された吊りランプと、炭鉱夫を思わせる男の風体。
 規模から考えて、相当な人数とながい時間をかけて、この迷宮は人の手によりうみだされたものなのだろう。それもひとえに、噂の場所へ辿り着くものを減らすため。

「私達の集落は希少な鉱石や金属資源に満ちています。それゆえ、常に略奪の危機に怯えている。ですからいろいろと工夫を凝らす必要があったのです。さぁ、そろそろ到着ですよ」

 男の手により、岩壁にはめ込まれた鉄製のドアがひらかれて。

「ここが、私達の集落です」



 ドアの奥にあったのは、背後とは別次元のような空間。
 そこは壁も天井も、視界全てが目眩を覚えるほど強迫的な強白色。

「銀ですね」
 トーマスはそばの壁に映り込む自身と隣に立つ男の姿を眺めて、呟いた。

「ええ。この集落に、太陽の光は届きません。ですから、できるだけ少ない明かりで快適に過ごせるよう、反射率の高い金属である銀を加工して壁としています。幸い、貴金属には事欠きませんから」

 男の話によると、この国では他にも鉱石や貴金属を有効活用した工夫がされているらしい。
 銀は抗菌性も高いことから、壁の他に、湧き水をひく水道管としても利用しているだとか、迷宮を拡張するための採掘機はダイヤモンドのブレードを使用しているだとか、奥には国民全員が自給自足できる広さの畑があり、白金プラチナを電極触媒とした燃料電池による人工灯によって作物が育てられているだとか。

「この国は、輸入や輸出に頼らず、国内だけで生活を営んでいる?」
「そうです。この国……というほどの規模はないので、私達は”集落”や、”郷”と呼んでいますが。この洞窟の資源の貴重さに気づいた先祖たちは略奪を恐れ、外界と関わらずひっそりと暮らせるようにと、時間をかけて、この内部だけで全てを賄えるシステムをつくり、それを歴史書として残しました」

「興味深い。歴史書には他にどんなことが記されているんです?」
「それはそれはたくさんのことです。この集落の起こり、まさに歴史と呼ぶような事柄から、効率的な食料の確保の仕方、快適に暮らすための知恵、侵入者の驚異と、その対策、過去の事例など」

 これだけ様々なことが記されている歴史書において、ひとつだけ記載が無いのは、迷宮の地図。
 この集落にうまれた者は、まず迷宮の地理を頭に叩き込まれる。どこにも書き残されていないそれは、それぞれの頭のなかにしっかりと記憶され語り継がれて行く。だが、地図を覚えても、実際に迷宮から外に出るものはほとんどいない。目に見えるかたちで残さないことと、実際に外に出ないこと。それらもまた、侵入者への対策になる。と、男は言った。

「集落内の様子を見て回りたいのですが」
「それなら良いルートがありますよ。ぐるっと集落を一周、案内しましょう」

 トーマスの希望によりまずふたりが足を運んだのは、話題にあがった畑地帯。各種の作物を囲う柵は全て純金製で、耕された土にずっしりと半身を埋めている。

「なぜ金で柵を?」
「洞窟を掘り進めているといくらでも出てくるのですが、他に使い道が無くて。金は柔らかく、加工がしやすいので、ちょっとした用途に便利です」

 説明を受けながら畑を横切り、次に辿り着いたのは閑静な広場。そこでトーマスが見たものは、悠然とそびえたつ水晶の柱。結晶が枝葉のように大きく手を広げて太い幹から伸びる様は、まるで無色透明の大樹。

「なんだか神秘的でしょう? この水晶の柱は、守り神です。集落ができたときからずっとここで私達の生活を見守り続けてくれています」

 水晶のまわりには、祈りを捧げているらしき人が散見される。そんななか、じっとこちらを見つめる老婆がひとり。トーマスの隣に立つ男もそれに気づいたらしく、老婆に向けてサッと手を振った。

「あの方はこの集落の現在のおさです」
「ずいぶんと熱心にこちらを見つめていましたが」
「長にとってもあなたははじめて見る外の人ですから、珍しいのでしょう」

「そんなに長期間、誰も訪れなかったと?」
「ええ。歴史書によると、最後に外の人が来たのはもう何代も前の先祖の頃です。迷宮はずっと広げ続けていますし、我々の隠れる技術も向上を続けておりますから、きっとあなたの次はまた何代も後になる……いえ、もう誰も来ないようにしてみせますよ」

 どこか切羽詰まった様子で、男はぐっと拳を握りしめた。


 それから最後に案内されたのは、色づいた石がレンガのように積み上げられた建物が整然と立ち並ぶ区画。建物を構成する鮮やかな石々は全て宝石の原石。

「なぜこの宝石たちは原石のままなんです?」
「わざわざ加工する必要性を感じないからです。我々にとって、これらはただの色のついた石ころと変わらない。あるから使っているというだけのものです」

 せわしなく移り変わるルビー、サファイア、アメジストを通り過ぎ、ふたりはエメラルドの家の前へ。

「ここは私の家です。少し休んでいかれませんか?」

 そっとドアを開き、男は家屋にトーマスを招きいれた。

「飲み物を用意しますから、どうぞかけてお待ちください」

 銀のテーブルに、銀のチェア。抗菌性を意識してか、男の家はダイニングルームの家具も銀で揃えられている。
 コーヒーを淹れ終えた男は、湯気を立てる暗色のカップをトーマスの前に置き、自身も向かい側へと腰掛けた。

「どうぞ、この集落で採れる豆で挽いたコーヒーです。ところで……あなたはどうして、ここを探しに来られたんです? 我々の集落の噂は、そんなに広まっているんですか?」
「いえ。信憑性の低い、密やかな噂です。ただ、貴金属が豊富に存在するという点に興味がありまして。もしも真実なら、僕の求めるものが手にはいるかもしれない、と」
「あなたの求めるものとは?」

「金の弾丸です」
 トーマスは置かれたカップを一瞥して微笑み、続けて、
「金の弾丸を見たことは?」

「ありません。この集落で、銃は一般的ではないですから」

 男は首を横振り、腰へと視線を下げた。そこにあるのは小ぶりのツルハシ。主な用途は採掘用だろうが、滅多に外部と接触の無いこの集落では、護身用としてもそれで賄えるのだろう。

「では説明しましょう。現在この世界で主流となっているのは鉛の弾丸。もしも、鉛よりも比重が重く、かつ、柔らかく加工のしやすい金で弾丸を作成できれば、より大きな力を手にすることになる」

 ときおり家の外で衣擦れの気配がする以外は静かな室内。トーマスの話に異論は無いと男は頷いて、続きを待っている。

「そもそも金の弾丸が作られないのは、資源的価値が高すぎるからだ。しかし、資源が豊富に存在するのであれば話は別。その気になれば、この集落は、もっと広い土地や各種の資源を持つ他国への有効カードを何枚も得ることになる」

 湯気をたてる銀のカップに黙って口をつける男へ、トーマスはより一層柔和な声で、

「ここまでこの集落を実際に自分の目で見て回り、僕は非常に残念な心持ちになった。各種の貴金属資源は軍事利用や科学利用など用途の幅が広く、ただの石ころとして扱われている宝石類は輸出することで大きな金になる。つまり、これら全てが金の弾丸。この国に眠ったままの資源はまさに力の宝庫。この量の資源があれば、近隣国を撃ち抜くことが可能だ。なぜ、眠らせたままにしておくんです?」

 手にした銀製カップのコーヒーを飲み干し、男はトーマスの前に置かれたカップに視線を移す。いまだ湯気の立つ暗色のカップ。中身は減っていない。

「そうは言っても、歴史書によれば、ここは大陸の端で、他の国へ行くにはとてつもない雨の地帯を越えなければならないとあります。それは我々にとってもハンデになりませんか? いくら金の弾丸を持っていても、射程内に的が無いんですよ」
「射程を伸ばせば良い。この迷宮をつくりあげたほどの採掘技術と、貴金属の加工技術があれば、地下を掘り進めて降雨地帯を抜けるトンネルをつくることは不可能ではないはず」

 実際に雨を抜けて来たトーマスの話は力強く場を支配する。返す言葉を探しているのか、俯く男の喉がゴクリと音を立て上下した。

「喉が乾いているのなら、僕のカップのコーヒーを飲むと良い。生憎、僕は紅茶派でね」

「お断りします」
「そうか。……ならば死ね」

 トーマスは腰のホルスターから銃を引き抜くと、躊躇いなく男の脳幹に向けて精密に二点バースト二発の発砲。男が伸ばした手は腰のツルハシへ届く前にあえなく空を切り、身体は真後ろへとなだらかに倒れ込む。

「なめるな。砒石を知らないとでも思ったか」

 ほとんどが眩い銀で揃えられたキッチンで、トーマスに出されたカップだけが異質に岩のような黒く荒い色。このカップの材料はおそらく砒石と呼ばれる鉱物。自然砒には猛毒となる方砒素華が付着している。飲めば中毒、最悪の場合死に至る。

 部外者との接触を徹底して避けるような生活で、場所が知られたからと手のひらを返し親切に案内までしたのはなぜかと考えれば、毒を盛られた理由は明白。
 ましてや招かれざる客人は軽装の男がひとり。毒が失敗しても、数で押せばどうにでもできると思われていた可能性も高い。
 だが、その思考はあまりに甘い。軽装だからこそ注意すべきだ。


「きゃー! ひ、人殺し!」

 間髪いれずに轟く耳障りな悲鳴。案の定、窓ガラス越しに合う目はひとつではなく。

 続いてカーン! と甲高い音が家中に響きわたり、エメラルドの壁に亀裂が走る。天然エメラルドはもともと内部に傷が多く衝撃に弱い。この家自体が罠!
 またたく間に瓦解がはじまり、よもや生き埋めになる手前。

「ゲツエイ!」

 月の呼びかけに呼応する影。トーマスの身体がふわりと浮いて、落ちる天井を避けて飛翔。崩れる瓦礫のひとかけらにもかすることなく、安全地帯へ降り立った。

「な、なんだ今のは……! 飛んだ!? 怪しい男め! ひとり・・・で我々全員に勝てるとでも思っているのか!」

 崩れ落ちたエメラルド、周囲に立つのは採掘具を手にした集落のもの達。広場で祈りを捧げていたものや長の姿もある。老若男女、それなりの数が一斉にトーマスを取り囲む。

「豚どもめ。おとなしく従えば力の使い方を教えてやるというのに」
「うるさい! 我々はただ静かに暮らしたいんだ! 放っておいてくれ!」

 ハンマー、ツルハシ、ノコギリ、スコップ。じりじりと、距離をつめてくる採掘具。使える人材は資源として置いておきたかったが、反乱因子となるならば仕方がない。

「ゴミども。透明な弾丸を見たことはあるか?」
「そんなもの、あるわけない!」
「あるんだよ。ここに」

 その刹那、風斬る音が縦横無尽。
 砕けるハンマー、割れるツルハシ、折れるノコギリ、吹き飛ぶスコップ。トーマスを囲んでいた輪はどんどんと血飛沫をあげながら直径を広げていく。
 崩壊したエメラルドが全てルビー色になったとき、やっと輪の拡大が止んだ。

「何……が……起きた」

 射程外に居た男が口を開いたと同時、何も無い場所からこつ然とトーマスの前に浮かんだのは一対の深緋の瞳。
 ゲツエイ。ただし、首から上だけ。

「生首!?」
「ずいぶんと非科学的なことを言う。貴金属の加工光学迷彩はお前達の得意技術だろ?」
「なっ……まさか、盗んだのか! いりぐちの仕掛けを!」
「人聞きの悪いことを言うな。この場所の噂が耳にはいった瞬間から、力の全てが俺様のものになると決まっていたんだ」
「泥棒! どろぼ」
「黙れ」

 トーマスが男に背を向けると、再びゲツエイは布を頭までかぶり、翔んだ。


*


『ゲツエイ! その布、まるで天狗の隠れ蓑な! あとでもっと着やすいように直そうさ! オイラの糸で縫ってやるな!』

 煌めきの国からの帰り道。耳のなかで響く声にゲツエイはうなずき、迷宮を駆ける。
 肩には新しい着物、服のなかにはキラキラ光る石とお弁当。
 振り返って、仲間がついてきているか確認。いつもと同じ月色の髪は、いつもと同じ表情をしている。

『トーマスは不機嫌だけど、でもまぁ、宝石はとれるだけとってきたし、これを売れば人間は良いエサが食べられる! きっとすぐ機嫌もなおるさ! オイラ達にはとっても得した旅だったな! 次はどこへ行く?』
『仲間の行くところについていくよ』
『次も楽しい場所だといいな! 人間は本当に面白いさ!』

 彼らの背後には、生命の気配が消え去った宝物庫。いずれは人の形をした白い石がそこに加わり、誰知ることなくひっそりと輝き続けるのだろう。

 もうかたちをかえることのない迷宮は、これからも侵入者を拒み続けながら永久に宝を守り続ける。


異聞五 END
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