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外伝(むしろメイン)
閑話二 マリクたろう※
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メイン:吾妻&スラム組 ジャンル:ギャグ時空
ギャグ時空とは。本編と一切関係のない不思議時空のことである。
=========================================
「マリクの本をつくりました」
「は?」
マリクが屋敷の玄関ホールの手すりを磨いていると、突然うしろから声がかけられた。
状況を理解できない彼の目の前で、カミィは一冊の本を掲げている。その横にはジュンイチ。そして本日は、デコとボコもいる。ボコだけならまだしも、デコまで参加するのは珍しいのではなかろうか。
本とは一体何のことだ。このなかで説明してくれそうなヤツと言えばデコだ。チラと視線をむけるとデコは頷いた。が、その前にカミィが動いた。
「読んであげるね」
「お、おう」
カミィはその場にしゃがみこんで、本を床においた。マリクを含む残りのメンバーがそのまわりを囲む。一冊の本と少女を中心にして組まれた円陣は、少し呪術めいたものを思わせる。
そして、ページがめくられる。最初のページには、手書きで大きく、こう書かれていた。
「マリクたろう」
「……マリクたろう」
カミィが読み上げたタイトルを、マリクは真顔で復唱するしかできなかった。マリクたろう。名前アンド名前。
「むかしむかし、あるところに、おじいさんのマリクとおばあさんのマリクがいました」
「おじいさんの俺と、おばあさんの俺……」
ふたり居る。
いや、つっこむべきはそこだろうか? どこから……どこから、何を、問うべきか。
紙面には見知った文字と、これまた見知った奇妙な絵。色使いこそ七色で明るいが、一歩間違えれば子どもが泣き出しそうなほどびっしりと描かれた丸い物体(顔のようなものがついている)。
明らかに文章と絵の内容が合っていない。だがマリクは理解した。どうやらこれは、カミィの手作り絵本らしい。絵も物語もまるで謎だが、自分をテーマにして本をつくったということだろう。なぜテーマに選ばれたのかも分からない。ただ、黙ってきいてやることが、今この瞬間の正解なのだろう。いろんな意味で。
「おばあさんのマリクは川にいきました。そうしたら、おおきなカレーが出てきました。そのカレーのなかから、子どものマリクと、犬のマリクと、鳥さんのマリクと、お猿さんのマリクが出てきました」
おじいさんとおばあさんのふたりのマリクなど些細なこと、とでも言うようにさらに四人のマリクが登場。計六人のマリク。しかもカレーからうまれたという。ここから一体どのような物語が織りなされていくというのか。少々楽しみになってきたところで。
「おしまい」
「ここで!?」
「はい次ジュンイチくん」
カミィの描いた部分は数ページ。本はどう見ても数十倍の厚みがある。カミィだけでなく、他のメンバーも執筆に参加したらしい。
はい、と本を手渡されたジュンイチは、一切の無駄な動作を省いて流れるように続きのページをめくった。
「(x)=(0)マリク2+(vcosa)マリク
(y)=(-g) (vsina)
マリク2+-(2gy-v2)±√(2」
「待て待て待て待て」
この場の誰ひとりとして理解できない数式は、よどみ無く滑らかに紡がれる。まるで歌をきいているかのような錯覚に陥りながらも、マリクはそれを止めた。
「なんだそれは」
「砲弾の初速度と着弾点を求める数式に代数マリクを用いて」
「あーっ、わかった。わかった、もういい。その数式とやらはあと何ページあるんだ」
「だいたい百ページくらいかな」
紙の厚みにもよるが、パッと見で判断するに、本の半分以上はこの眠くなりそうな数式らしい。とうてい全部聞いてなどいられない。
「ボス! 次、オレ! オレのやつ聞いてくれッス!」
「よし、ボコ読め!」
たいして聞いて欲しいわけでもなかったのだろう。おおよそ、カミィにねだられて参加したとみえる。ジュンイチはさして残念そうにするでもなく、ボコへと本を手渡した。
「ドカーン! オレの目の前でボスはトラックに跳ねられた!」
「何っ……!?」
ボコの一人称視点の物語らしいが、冒頭一行目にていきなり主役であろうマリクが車に跳ねられた。唐突なはじまりに、ジュンイチを除く一同は生唾を飲んだ。
「『ボスー! し、死なないで!』
『ボコ、俺はもうだめだ。俺のあとはお前に任せた。頼んだぞ、ガクッ!』
『わかったッス! オレが立派にボスのあとを継ぐッス!』
そしてオレは目の前の敵を魔法で倒しまくった。ズシャア! バコーン! 悪いヤツをぶっ倒してオレは王になった。そして、モテモテになった。
終わり」
「お前の物語じゃねーか!」
自信満々に読み終わったボコの頭を、マリクは思い切りはたいた。バコーン!
「お前は一体、俺から何を継いだんだ。魔法って何だよ。バコーン! て完全に物理的な擬音じゃねーか!」
「ええー。超上手く書けたと思ったのに。ボスきびしーッス」
「あのね、ボコくん。どうぶつが出たほうが、かわいいよ」
「なるほど」
見当ハズレもいいところなカミィのアドバイスに、なるほどじゃねーよ! とつっこんで、マリクはボコから本を奪い取った。残るはデコひとり。
「読みます」
「おう」
マリクから本を受け取り、デコはひとつ咳払いをして、静かに語りはじめた。
「マリクは激怒した。必ず、かの邪智暴虐の王を除かなければならぬと決意した。マリクには政治がわからぬ。マリクは、スラムの金貸しである。金を貸し、利息を取り立てて暮らしてきた。けれども幼い頃の約束に対しては、人一倍に敏感であった。きょう未明マリクはスラムを出発し、街をこえ森を抜け、結構はなれたオフィーリア城にやって来た。マリクには父も、母も無い。女房も無い……」
おだやかに時刻は進み。
「……ひとりの貴族が、執事服をマリクに捧げた。マリクは、まごついた。佳き部下は、気をきかせて言った。
『ボス、行ってもいいスよ! オレら仕事のやり方はわかるから、引き継いでやりますよ!』。
以上です」
全てを読み終わり、デコは本を閉じた。
「デコ、お前、すげーな」
ボコと顔を見合わせ、マリクは素直に感心した。前の三人がひどすぎたせいもあるが、デコの物語が一番物語らしい体裁を保っていた。拍手を送りたい気持ちにすらなっている。文芸というものについてマリクはとんと門外漢ではあるが、デコの紡いだ物語はそれなりに内容も分かりやすく、ストーリーも山あり谷ありで、かつ、登場人物達にも親しみが持てるものであり、素人目に見ても完成度が高い作品のように思える。
「デコくんすごーい。ちょっと難しいけど、ちゃんとお話だったねぇ。ね、ジュンイチくん」
いつの間にやらジュンイチの膝の上にかかえられていたカミィが背後を見上げれば、それを受けてジュンイチは、
「これは、実際の出来事をフィクションに落とし込んで叙事詩とした作品ということでいいの?」
「そうですね。俺からみたボスです」
「なるほど。自己の認識を物語へと投影して特定の人物を描き出すという手法を取ったんだね」
「はい。じゃあおしまい。本はマリクにあげるね」
ジュンイチのひざから抜け出して、カミィは本をマリクに手渡した。
「お、おう。サン……キュー……?」
喜ぶべきなのかどうなのか首をかしげながらも、マリクは本を受け取った。
「ちょっとおなかすいちゃった。おやつたべたいなぁ」
「じゃあお茶にしよう。マリクくん、お茶いれて」
「ボス! オレも欲しいッス!」
「あぁ!? お前は調子に乗るんじゃねえ」
とは言いながらも、茶うけのお菓子は何を出そうか、と考える。イチゴジャム入りのスコーンならたっぷり用意できるはずだ、と計算しながら歩くマリクの手には、四人の作者が制作した世界に一冊だけの本が握られているのである。
閑話二END
ギャグ時空とは。本編と一切関係のない不思議時空のことである。
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「マリクの本をつくりました」
「は?」
マリクが屋敷の玄関ホールの手すりを磨いていると、突然うしろから声がかけられた。
状況を理解できない彼の目の前で、カミィは一冊の本を掲げている。その横にはジュンイチ。そして本日は、デコとボコもいる。ボコだけならまだしも、デコまで参加するのは珍しいのではなかろうか。
本とは一体何のことだ。このなかで説明してくれそうなヤツと言えばデコだ。チラと視線をむけるとデコは頷いた。が、その前にカミィが動いた。
「読んであげるね」
「お、おう」
カミィはその場にしゃがみこんで、本を床においた。マリクを含む残りのメンバーがそのまわりを囲む。一冊の本と少女を中心にして組まれた円陣は、少し呪術めいたものを思わせる。
そして、ページがめくられる。最初のページには、手書きで大きく、こう書かれていた。
「マリクたろう」
「……マリクたろう」
カミィが読み上げたタイトルを、マリクは真顔で復唱するしかできなかった。マリクたろう。名前アンド名前。
「むかしむかし、あるところに、おじいさんのマリクとおばあさんのマリクがいました」
「おじいさんの俺と、おばあさんの俺……」
ふたり居る。
いや、つっこむべきはそこだろうか? どこから……どこから、何を、問うべきか。
紙面には見知った文字と、これまた見知った奇妙な絵。色使いこそ七色で明るいが、一歩間違えれば子どもが泣き出しそうなほどびっしりと描かれた丸い物体(顔のようなものがついている)。
明らかに文章と絵の内容が合っていない。だがマリクは理解した。どうやらこれは、カミィの手作り絵本らしい。絵も物語もまるで謎だが、自分をテーマにして本をつくったということだろう。なぜテーマに選ばれたのかも分からない。ただ、黙ってきいてやることが、今この瞬間の正解なのだろう。いろんな意味で。
「おばあさんのマリクは川にいきました。そうしたら、おおきなカレーが出てきました。そのカレーのなかから、子どものマリクと、犬のマリクと、鳥さんのマリクと、お猿さんのマリクが出てきました」
おじいさんとおばあさんのふたりのマリクなど些細なこと、とでも言うようにさらに四人のマリクが登場。計六人のマリク。しかもカレーからうまれたという。ここから一体どのような物語が織りなされていくというのか。少々楽しみになってきたところで。
「おしまい」
「ここで!?」
「はい次ジュンイチくん」
カミィの描いた部分は数ページ。本はどう見ても数十倍の厚みがある。カミィだけでなく、他のメンバーも執筆に参加したらしい。
はい、と本を手渡されたジュンイチは、一切の無駄な動作を省いて流れるように続きのページをめくった。
「(x)=(0)マリク2+(vcosa)マリク
(y)=(-g) (vsina)
マリク2+-(2gy-v2)±√(2」
「待て待て待て待て」
この場の誰ひとりとして理解できない数式は、よどみ無く滑らかに紡がれる。まるで歌をきいているかのような錯覚に陥りながらも、マリクはそれを止めた。
「なんだそれは」
「砲弾の初速度と着弾点を求める数式に代数マリクを用いて」
「あーっ、わかった。わかった、もういい。その数式とやらはあと何ページあるんだ」
「だいたい百ページくらいかな」
紙の厚みにもよるが、パッと見で判断するに、本の半分以上はこの眠くなりそうな数式らしい。とうてい全部聞いてなどいられない。
「ボス! 次、オレ! オレのやつ聞いてくれッス!」
「よし、ボコ読め!」
たいして聞いて欲しいわけでもなかったのだろう。おおよそ、カミィにねだられて参加したとみえる。ジュンイチはさして残念そうにするでもなく、ボコへと本を手渡した。
「ドカーン! オレの目の前でボスはトラックに跳ねられた!」
「何っ……!?」
ボコの一人称視点の物語らしいが、冒頭一行目にていきなり主役であろうマリクが車に跳ねられた。唐突なはじまりに、ジュンイチを除く一同は生唾を飲んだ。
「『ボスー! し、死なないで!』
『ボコ、俺はもうだめだ。俺のあとはお前に任せた。頼んだぞ、ガクッ!』
『わかったッス! オレが立派にボスのあとを継ぐッス!』
そしてオレは目の前の敵を魔法で倒しまくった。ズシャア! バコーン! 悪いヤツをぶっ倒してオレは王になった。そして、モテモテになった。
終わり」
「お前の物語じゃねーか!」
自信満々に読み終わったボコの頭を、マリクは思い切りはたいた。バコーン!
「お前は一体、俺から何を継いだんだ。魔法って何だよ。バコーン! て完全に物理的な擬音じゃねーか!」
「ええー。超上手く書けたと思ったのに。ボスきびしーッス」
「あのね、ボコくん。どうぶつが出たほうが、かわいいよ」
「なるほど」
見当ハズレもいいところなカミィのアドバイスに、なるほどじゃねーよ! とつっこんで、マリクはボコから本を奪い取った。残るはデコひとり。
「読みます」
「おう」
マリクから本を受け取り、デコはひとつ咳払いをして、静かに語りはじめた。
「マリクは激怒した。必ず、かの邪智暴虐の王を除かなければならぬと決意した。マリクには政治がわからぬ。マリクは、スラムの金貸しである。金を貸し、利息を取り立てて暮らしてきた。けれども幼い頃の約束に対しては、人一倍に敏感であった。きょう未明マリクはスラムを出発し、街をこえ森を抜け、結構はなれたオフィーリア城にやって来た。マリクには父も、母も無い。女房も無い……」
おだやかに時刻は進み。
「……ひとりの貴族が、執事服をマリクに捧げた。マリクは、まごついた。佳き部下は、気をきかせて言った。
『ボス、行ってもいいスよ! オレら仕事のやり方はわかるから、引き継いでやりますよ!』。
以上です」
全てを読み終わり、デコは本を閉じた。
「デコ、お前、すげーな」
ボコと顔を見合わせ、マリクは素直に感心した。前の三人がひどすぎたせいもあるが、デコの物語が一番物語らしい体裁を保っていた。拍手を送りたい気持ちにすらなっている。文芸というものについてマリクはとんと門外漢ではあるが、デコの紡いだ物語はそれなりに内容も分かりやすく、ストーリーも山あり谷ありで、かつ、登場人物達にも親しみが持てるものであり、素人目に見ても完成度が高い作品のように思える。
「デコくんすごーい。ちょっと難しいけど、ちゃんとお話だったねぇ。ね、ジュンイチくん」
いつの間にやらジュンイチの膝の上にかかえられていたカミィが背後を見上げれば、それを受けてジュンイチは、
「これは、実際の出来事をフィクションに落とし込んで叙事詩とした作品ということでいいの?」
「そうですね。俺からみたボスです」
「なるほど。自己の認識を物語へと投影して特定の人物を描き出すという手法を取ったんだね」
「はい。じゃあおしまい。本はマリクにあげるね」
ジュンイチのひざから抜け出して、カミィは本をマリクに手渡した。
「お、おう。サン……キュー……?」
喜ぶべきなのかどうなのか首をかしげながらも、マリクは本を受け取った。
「ちょっとおなかすいちゃった。おやつたべたいなぁ」
「じゃあお茶にしよう。マリクくん、お茶いれて」
「ボス! オレも欲しいッス!」
「あぁ!? お前は調子に乗るんじゃねえ」
とは言いながらも、茶うけのお菓子は何を出そうか、と考える。イチゴジャム入りのスコーンならたっぷり用意できるはずだ、と計算しながら歩くマリクの手には、四人の作者が制作した世界に一冊だけの本が握られているのである。
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