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外伝(むしろメイン)
異聞二 ゲツトマ冒険記( ウソツキたちの夜 編)
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メイン:ゲツエイ、トーマス ジャンル:ぷちホラー
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彩度の低いオレンジやグリーン、コーラルイエローやアイボリー。カラフルなレンガでつくられた、こじんまりとした建物が立ち並ぶ街。
その街の大通りを、ひとりの男が歩いていた。顔の左上を仮面で覆っているにもかかわらず、光を具現化したような輝きを振りまいて、一瞬でも視界にはいればもう目が離せなくなってしまう美しい造形の顔をした男。
石畳の中央を我が物顔で闊歩している彼の名前は、トーマス・ファン・ビセンテ・ラ・セルダ。
未開の地をあとにしてから(異聞一参照)、トーマスとゲツエイは気の向くままに進んだ。
ひとつ山を超えただけで、そこに広がるのはまったくの異界。様々な事情から他国との交流を持てずに独自の文化で発展しているいくつもの国々。呪術を信仰し、医療すらもまじないでどうにかしている国や、一切の言語を用いず身振りのみで国民同士交流している国、体が汚れているほど美しいとする国や、人間よりも動物の地位のほうが高い国もあると聞く。
そんななか、今回たどり着いたこの国は、オフィーリアと近しい発展を遂げているように見える。建物の構造や科学技術。それに、美的感覚も。
彼が一歩進めばそのたびに、道行く女性が振り返り、「ヒッ!?」と小さく息をのむ声や、「見て! め、めちゃくちゃカッコイイ!」とはしゃぐ若い歓声、声すら出せずにその場で固まる姿が視界の端に映る。
そんな女性達のなかから、トーマスは適当なひとりに声をかけた。
「そこのあなた。ちょっとお尋ねしたいのですが」
「は、はイっ!? なにか誤用……御用でしょうカ!?」
女性の返事は不思議なイントネーション。
「ん……? 僕の言葉が分かりますか?」
「あっ、わ、わかります。すみません。緊張して」
この世界の言語は、地域ごとに発音の違いはあれど、一部の例外(※異聞一など)を除いて基本的には音や文法が似ている。とくにオフィーリア国はもともと多民族から形成された国なだけあり、言語に関してはクセが少なく、どこへいってもそれなりに通じやすい。この国でも問題はない様子。
「僕は諸事情で旅をしています。この国にはさきほど到着したばかり。この国で食べものを手に入れるにはどうすれば良いんです? 貨幣で購入できるのですか? それとも、なにか別の方法が?」
いかなる方法であっても、どうせ実行するのはゲツエイである。
「そっ、それでしたら! あなたはよい日にお越しくださいましたわ! 今日は"ワタヌキ"と言って、この国の祝日。女性が、目当ての男性に贈りものをする催事がございますの。きっと食べものもたくさん差し出されます」
四月朔日または四月一日。
この国のイベントについては初耳だが、言葉としての意味は知っている。春のはじまりを指す言葉。
オフィーリアの暦に照らしあわせると、ちょうどトーマスの誕生日にあたる。そんな日に貢ぎものをもらえるイベントが開催されるとは。この国はなかなか悪くない。ちょっと滞在してみる気にもなろうというもの。
「国のイベントに、旅人が突然参加してもよろしいのですか? それに、こんな夕方から」
「もちろんです! あなたのような美しい男性なら大歓迎! よろしければ催事場へご案内いたします。今からなら、ちょうどはじまるくらいの時間に着けますわ」
そうして女性に連れられたのは、歴史を感じさせる外観の建物。
到着してすぐ、
「わ、私もあなたに贈りものをしようかしら」
と残して彼女は去り、入れ違いでイベントスタッフらしき女性が現れた。
「旅人様。ご参加ありがとうございます。会場へご案内いたしますので私の後について来てください」
無表情で愛想は無いが、街なかにいた女性達よりも高級感のある雰囲気。
案内された先は、すでに大勢の人でにぎわっていた。
国のイベントにはやや手狭に感じられる規模の会場には、等間隔で円いテーブルが配置されている。その上には様々な酒やジュースの瓶が並べられ、客らしき女性達がめいめいに手にしたグラスに好きなものを注いでいる。食べものは見当たらないが、立食パーティのような印象。
前面には一段高くなった演壇に似た場所があり、ほんの数名の男性が立ってスポットライトで照らされている。まるで商品の展示かのように。
「参加する男性はあれだけ?」
「ええ、そうですよ」
贈りものがもらえるという素晴らしいイベントだというのに、男性側の参加者が少なすぎる。そういえば街を歩いているときも、ほぼ女性しか見かけなかったということを、トーマスは思い出した。
「旅人様はこの箱を持ってあちらの壇上へ」
そう言って手渡された箱の中身は、大量の黄色い羽根。
「これは?」
「あなたと『ひとつになりたい』と思う女性から贈りものを渡されますから、『ひとつになってもいい』と思う女性の胸元に羽根を刺してあげてください。複数人選択可能です」
「ひとつになりたい? それは一体……?」
「もちろん、食べられて血肉となることです」
「……は?」
女性は面のような表情を崩さずに抑揚のない声で続ける。
「本日は"腸抜き"。美容と健康の為に、男性がその身を女性に捧げる日です。その感謝として、直前に女性から男性へ贈りものがなされるのです」
「美容と健康?」
「そうです。古来から、人間の臓物や生き血は美の為に欠かせません。美しさを保つために処女の生き血風呂に入っていたという女帝の話もあるくらいですから」
冗談を言っているようにはまるで見えない。本当にこの国では女が男を食べるというのか。ゲツエイじゃあるまいし、そんな馬鹿な。
トーマスは羽根の詰まった箱を突き返し、ジリジリと後退。
「そういうイベントだとは知らなかったもので……辞退します」
「そうはいきません。国の男はもうほとんど残っていない。貴重な男をみすみす逃すとお思いか」
走り出そうとした瞬間女に手首を掴まれ、トーマスは、呼ぶ。その名は、
「ゲツエイ!」
呼ばれて飛び出る赤黒い忍者は張り付いていた天井から一直線に落ちて女の手首を切断。
引く力の反動で転びそうになったトーマスは体勢を立て直し、掴んだまま腕に残る女の手を引き剥がしその場に捨てる。
「逃しませんよ!」
切断面を抑えて女が声を上げる。
参加者の視線は一斉にふたりのほうへ。事態に気づいた彼女らは無言で頷き合い武器を持つ。男性解体用であったのか、メスやナイフ、斧や鉈、はてにはチェーンソーまで。
ゲツエイは振り返り、チラリと視線をトーマスに向けた。
トーマスが黙って頷くと、ゲツエイは大きく口を開けて無声で笑い――舞った。
ゲツエイの動きは常人の目では追えぬ。
ただ立って見ているトーマスの目に映るは、女達のからだが突然バラバラになっていく様子。
斧を振り上げた女の腕がとび、メスを構えた女の脳天が割れ、鉈を握った女は膝下を失い、チェーンソーの女は紙テープのように臓物を散らす。ついでに壇上の男もひきちぎられ、最後にナイフの女が首を変な角度に曲げ崩れ落ち、ゲツエイは築いた死体の山の頂上でからだを小刻みに震わせ、フィニッシュ。
動くものがなにもなくなったのを確認して、トーマスは再び催事場へ足を踏み入れる。
周囲をみまわし、贈りものだったであろう箱の山に近づいて、中身をあらためていく。
ピチャピチャという音を発して欲求を満たしているゲツエイを背に、金目のものはポケットに、食べられそうなものは胃へ。
「ゲツエイ」
トーマスは旅のあいだの保存食になりそうな缶詰や干した果物を放り投げる。ゲツエイはそれを懐へ隠した。
「この国はダメだ。別の国へ行くぞ。見つかると厄介だ。俺様を運べ」
ゲツエイは頷いて、トーマスを抱きあげる。
そのまま窓から脱出し、雨樋をつたってあっというまに屋根のうえ。
外はもうすっかり暗く。
今宵は新月。
月の無い闇夜、霧に紛れ、ウソツキ達は翔んで行く。
新たな地を求めて。
異聞二 END
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彩度の低いオレンジやグリーン、コーラルイエローやアイボリー。カラフルなレンガでつくられた、こじんまりとした建物が立ち並ぶ街。
その街の大通りを、ひとりの男が歩いていた。顔の左上を仮面で覆っているにもかかわらず、光を具現化したような輝きを振りまいて、一瞬でも視界にはいればもう目が離せなくなってしまう美しい造形の顔をした男。
石畳の中央を我が物顔で闊歩している彼の名前は、トーマス・ファン・ビセンテ・ラ・セルダ。
未開の地をあとにしてから(異聞一参照)、トーマスとゲツエイは気の向くままに進んだ。
ひとつ山を超えただけで、そこに広がるのはまったくの異界。様々な事情から他国との交流を持てずに独自の文化で発展しているいくつもの国々。呪術を信仰し、医療すらもまじないでどうにかしている国や、一切の言語を用いず身振りのみで国民同士交流している国、体が汚れているほど美しいとする国や、人間よりも動物の地位のほうが高い国もあると聞く。
そんななか、今回たどり着いたこの国は、オフィーリアと近しい発展を遂げているように見える。建物の構造や科学技術。それに、美的感覚も。
彼が一歩進めばそのたびに、道行く女性が振り返り、「ヒッ!?」と小さく息をのむ声や、「見て! め、めちゃくちゃカッコイイ!」とはしゃぐ若い歓声、声すら出せずにその場で固まる姿が視界の端に映る。
そんな女性達のなかから、トーマスは適当なひとりに声をかけた。
「そこのあなた。ちょっとお尋ねしたいのですが」
「は、はイっ!? なにか誤用……御用でしょうカ!?」
女性の返事は不思議なイントネーション。
「ん……? 僕の言葉が分かりますか?」
「あっ、わ、わかります。すみません。緊張して」
この世界の言語は、地域ごとに発音の違いはあれど、一部の例外(※異聞一など)を除いて基本的には音や文法が似ている。とくにオフィーリア国はもともと多民族から形成された国なだけあり、言語に関してはクセが少なく、どこへいってもそれなりに通じやすい。この国でも問題はない様子。
「僕は諸事情で旅をしています。この国にはさきほど到着したばかり。この国で食べものを手に入れるにはどうすれば良いんです? 貨幣で購入できるのですか? それとも、なにか別の方法が?」
いかなる方法であっても、どうせ実行するのはゲツエイである。
「そっ、それでしたら! あなたはよい日にお越しくださいましたわ! 今日は"ワタヌキ"と言って、この国の祝日。女性が、目当ての男性に贈りものをする催事がございますの。きっと食べものもたくさん差し出されます」
四月朔日または四月一日。
この国のイベントについては初耳だが、言葉としての意味は知っている。春のはじまりを指す言葉。
オフィーリアの暦に照らしあわせると、ちょうどトーマスの誕生日にあたる。そんな日に貢ぎものをもらえるイベントが開催されるとは。この国はなかなか悪くない。ちょっと滞在してみる気にもなろうというもの。
「国のイベントに、旅人が突然参加してもよろしいのですか? それに、こんな夕方から」
「もちろんです! あなたのような美しい男性なら大歓迎! よろしければ催事場へご案内いたします。今からなら、ちょうどはじまるくらいの時間に着けますわ」
そうして女性に連れられたのは、歴史を感じさせる外観の建物。
到着してすぐ、
「わ、私もあなたに贈りものをしようかしら」
と残して彼女は去り、入れ違いでイベントスタッフらしき女性が現れた。
「旅人様。ご参加ありがとうございます。会場へご案内いたしますので私の後について来てください」
無表情で愛想は無いが、街なかにいた女性達よりも高級感のある雰囲気。
案内された先は、すでに大勢の人でにぎわっていた。
国のイベントにはやや手狭に感じられる規模の会場には、等間隔で円いテーブルが配置されている。その上には様々な酒やジュースの瓶が並べられ、客らしき女性達がめいめいに手にしたグラスに好きなものを注いでいる。食べものは見当たらないが、立食パーティのような印象。
前面には一段高くなった演壇に似た場所があり、ほんの数名の男性が立ってスポットライトで照らされている。まるで商品の展示かのように。
「参加する男性はあれだけ?」
「ええ、そうですよ」
贈りものがもらえるという素晴らしいイベントだというのに、男性側の参加者が少なすぎる。そういえば街を歩いているときも、ほぼ女性しか見かけなかったということを、トーマスは思い出した。
「旅人様はこの箱を持ってあちらの壇上へ」
そう言って手渡された箱の中身は、大量の黄色い羽根。
「これは?」
「あなたと『ひとつになりたい』と思う女性から贈りものを渡されますから、『ひとつになってもいい』と思う女性の胸元に羽根を刺してあげてください。複数人選択可能です」
「ひとつになりたい? それは一体……?」
「もちろん、食べられて血肉となることです」
「……は?」
女性は面のような表情を崩さずに抑揚のない声で続ける。
「本日は"腸抜き"。美容と健康の為に、男性がその身を女性に捧げる日です。その感謝として、直前に女性から男性へ贈りものがなされるのです」
「美容と健康?」
「そうです。古来から、人間の臓物や生き血は美の為に欠かせません。美しさを保つために処女の生き血風呂に入っていたという女帝の話もあるくらいですから」
冗談を言っているようにはまるで見えない。本当にこの国では女が男を食べるというのか。ゲツエイじゃあるまいし、そんな馬鹿な。
トーマスは羽根の詰まった箱を突き返し、ジリジリと後退。
「そういうイベントだとは知らなかったもので……辞退します」
「そうはいきません。国の男はもうほとんど残っていない。貴重な男をみすみす逃すとお思いか」
走り出そうとした瞬間女に手首を掴まれ、トーマスは、呼ぶ。その名は、
「ゲツエイ!」
呼ばれて飛び出る赤黒い忍者は張り付いていた天井から一直線に落ちて女の手首を切断。
引く力の反動で転びそうになったトーマスは体勢を立て直し、掴んだまま腕に残る女の手を引き剥がしその場に捨てる。
「逃しませんよ!」
切断面を抑えて女が声を上げる。
参加者の視線は一斉にふたりのほうへ。事態に気づいた彼女らは無言で頷き合い武器を持つ。男性解体用であったのか、メスやナイフ、斧や鉈、はてにはチェーンソーまで。
ゲツエイは振り返り、チラリと視線をトーマスに向けた。
トーマスが黙って頷くと、ゲツエイは大きく口を開けて無声で笑い――舞った。
ゲツエイの動きは常人の目では追えぬ。
ただ立って見ているトーマスの目に映るは、女達のからだが突然バラバラになっていく様子。
斧を振り上げた女の腕がとび、メスを構えた女の脳天が割れ、鉈を握った女は膝下を失い、チェーンソーの女は紙テープのように臓物を散らす。ついでに壇上の男もひきちぎられ、最後にナイフの女が首を変な角度に曲げ崩れ落ち、ゲツエイは築いた死体の山の頂上でからだを小刻みに震わせ、フィニッシュ。
動くものがなにもなくなったのを確認して、トーマスは再び催事場へ足を踏み入れる。
周囲をみまわし、贈りものだったであろう箱の山に近づいて、中身をあらためていく。
ピチャピチャという音を発して欲求を満たしているゲツエイを背に、金目のものはポケットに、食べられそうなものは胃へ。
「ゲツエイ」
トーマスは旅のあいだの保存食になりそうな缶詰や干した果物を放り投げる。ゲツエイはそれを懐へ隠した。
「この国はダメだ。別の国へ行くぞ。見つかると厄介だ。俺様を運べ」
ゲツエイは頷いて、トーマスを抱きあげる。
そのまま窓から脱出し、雨樋をつたってあっというまに屋根のうえ。
外はもうすっかり暗く。
今宵は新月。
月の無い闇夜、霧に紛れ、ウソツキ達は翔んで行く。
新たな地を求めて。
異聞二 END
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