そしてふたりでワルツを

あっきコタロウ

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本編

第四話   第一楽章:ちくはぐなシンフォニー(2)※

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 はじめての舞踏会は、不思議がいっぱい。見たこと無いものばっかりで、カミィはわくわく。あっちはキラキラ、こっちはピカピカ、夢みたい。

 大きな音がしたほうへ行くと、黒い髪の女の人が慌ててた。
「すみません! すみません! 高そうな食器が!」
 まわりにはこぼれたお料理と、いろんな大きさの透明の石。

「きれいだねぇ」
「あっ、ガラス、危ないですよ! 私拾いますから!」
「一緒に拾おう」

 全部拾って並べたら、何の形ができるかな。

*

 場内に響き渡った音は、もちろん本日の主催者の耳にも届いた。



 少し離れた場所で貴族達に囲まれる麗しい王子は、マスク越しでも分かる端正な笑顔そのままに、音のした方向へさりげなく視線を走らせる。澄んだ青い瞳が捉えたのは、ふたりの女性が屈み込んで食器の破片を拾い集めている姿。

「何かあったみたいだ。少し外します。あとは皆様で気兼ねなくお楽しみください」
「まあ、王子様。ご自身で様子をうかがいに行かれずとも、食器が割れた程度でしたら使用人がかたづけられますでしょう? 放っておいてもよろしいのでは?」
「そういうわけにもいきませんよ」
「さすがは王子様。その心がけ、ご立派」
 見え透いたおべっかを使う成金貴族達や名残惜しそうな娘達にひらり手をふり、王子は輝く月色の髪を揺らして輪から退出。

 破片飛び散る場所へ歩み寄ると、タイミングを見計らったように横から声がかかった。

「王子。ちょうど良かった。ご挨拶の機会をうかがっていたのです」

 マスクで顔は隠れているものの、柔らかく波打つ薄紫の髪と、どこまでも通りそうな雄大な声には覚えがある。先日この人物から謁見の申し入れをうけたばかり。

「あなたはヘルトゥ様ですね?」

 他国の王族だと自称するヘルトゥは、普段は身分を隠し、吟遊詩人として諸国を周遊しているらしい。謁見は、この国の文化を学ぶ為に舞踏会へ参加させてほしいといった内容だった。

「この国の料理は素晴らしい。飲み物も美味しい。参加できて光栄です。ぜひお礼をと、お姿を探していたんです。お会いできて良かった」
「それはなにより。っと、そういえば。お嬢様、大丈夫ですか?」

 視線をうつし声をかけたのは、白桃色の髪の小柄な少女。
 肩に手を置くと、黙々と破片を拾っていた少女はゆっくりと振り返った。
「え? あ、痛っ」
 同時に発せられる小さな悲鳴。
 胸元に寄せられた手を見れば、サテンのグローブにじんわりと滲みつつある赤い色。


「大変だ。すぐに手当てを」
 王子は少女を優雅な動作で引き上げる。

「ヘルトゥ様もどうぞ引き続きパーティをお楽しみください」
「それじゃお言葉に甘えて。ところできみ、ひとりかい?」
「へっ?」

 もうひとりの女性に声をかける彼を背に、王子と少女は連れ立って医務室を目指す。

*

 ホールの奥から歩いてちょっとのところにあるお部屋。そのソファで今カミィは、お医者さんに怪我を見てもらってる。

 夢のなかみたいだったホールから変わって、音楽も聞こえない静かなところ。ここは、夢じゃなくてほんとの場所。

「深く切ってはいないようですね。すぐに出血は治まるでしょう。処置が終わるまで少し話でもしませんか?」
 ここまで連れてきてくれた男の人が、隣に座って、にっこりしてる。
「僕はトーマス・ファン・ビセンテ・ラ・セルダ。本日は主催を務めております」

 男の人の名前を聞いて、カミィは顔から目が落ちちゃいそう。

 本のなかじゃない、本物の王子様。舞踏会ってすごい。
 上手におしゃべりできるかな? です、とか、ます、とか、頑張って。

「わ、わたしはカミィ・セシルです」
「ほう。セシルというと、今日の招待客のなかでは……オルレアン領のセシル伯爵ですね」
「お父様を知ってるの?」
「直接の面識はありませんが、お名前は。たしか、爵位があるのに、自らも貿易を営んでいるとか。お嬢さんがいるのは存じてましたが、こんなに可愛らしいとは知らなかった。良いモノをお持ちですね。そちらの風変わりなマスクもお父様の貿易のお品で?」

 そちら、と指をさされたのはさっきもらった不思議なマスク。

「ううん。これはさっき知らない人にもらって、わたしのマスクは……あれれ? ごめんなさい。さっき暑かったから脱いで、仮面舞踏会パーティなのに、マスクが無いです」
「構いませんよ。咎めるつもりで言ったのではありません。それに、あなたは仮面マスクをつけないほうが良い」

 とっても素敵なマスク。ごちゃごちゃして、よくわからないけどかっこいい。ちょっと怖くて、胸がきゅっとするところも好き。つけないほうが良いなんて言われると、悲しい気持ち。

「ああ、肩を落とさないで。悪い意味ではありません。必要無い、と言い換えましょうか」

 仮面舞踏会なのにマスクがいらないなんて。王子様のお話は難しい。
 王子様はそれから何も言わないで、ただ目を細くした。


 
 そのとき、道具箱を片付け終わったお医者さんが立ち上がった。
「処置が終わったようですね」
 包帯を巻いてもらったカミィの指に、王子様はそっと触る。

「えっと、よくわからないけど」
「気にしないで、あなたはただ笑っていればそれでいい。でないと猫が死んでしまいます。それでは、残りもごゆっくり。お大事に」

 ダンスみたいなエスコート。気がついたらカミィはドアの外。目の前で鳴った鍵の音が、ちょっとだけ冷たいと思った。





 お部屋を出たら、帰る道はまた夢のトンネル。
 ホールでは音楽が大きくなってて、パーティはまだまだ終わらない。

「パパとママはどこかなぁ」
 パパとママを探してたら、頭が何かにポスン。

「ちゃんと前を向いて歩かないと危ないよ」
「ごめんなさい。あっ、あなたは」
「用があってきみを探してたんだ。ここは人が多いから、あっちのテラスへ行こう」

 そう言って、ぶつかった人――不思議なマスクをくれた人は、カミィの手を引いて外へ。



 雪の朝みたいにキラキラのパーティホールとは違って、テラスはぼんやり小さい光。お空の上で、こどもの星が遊んでる。空気が冷たくて、ふぅっと息を吐いたら赤ちゃんの雲が生まれて消えた。

「この包帯はどうしたの?」
「キラキラ拾ってたらお怪我しちゃったから、お医者さんがつけてくれたの」
「血が出たの?」
「ちょっと」
「新しいの巻いてあげるから、この包帯、僕にちょうだい」
「ほわぁ」

 お医者さんがつけてくれた包帯が、くるくるまわってとれていっちゃう。
 ポッケから出した新しい包帯をつけながら、男の人は、急に言った。
 
「ところで本題なんだけど、僕、きみを好きになったみたい」




――。


 魔法の呪文で、目の前が虹色になる。
 目の前に、いろんな色のバブルがぶくぶく。お絵かきするおもちゃ箱が転んじゃった。テラスがテラスじゃなくなって、絵の具の海みたいな、ここはどこ?

 時間が止まって、息が苦しくて、何も言えないでいると、マスクをくれた人は早口で、

「きみを見ていると、今まで感じたことのない不可解な気分になるんだ。他の人間の前ではこんな症状が出ないから、病気でないとすれば、僕はきみを好きになったっていうことになると思う。きみに近づくと感情が昂るんだ。おそらくドーパミンが多量分泌されている。手を握ると心拍数が増加するのはノルアドレナリンの分泌のせいだ。そして今、少し不安になっているのはセロトニンの分泌が少なくなっているからだ。明らかに平常時とは違う脳内物質が出ていて心とからだに変化を起こしている。この症状から導き出される答えは……恋……というものだと思う。この心理状態をもっと詳しく研究してみたい。ひとりじゃ無理なんだ。協力してくれるよね?」

 そう言って、カミィの手を、お祈りみたいに両手で優しく触った。



 難しいことはわからないけど、この人はわたしに「恋」しちゃったんだって。

 恋。恋って何だろう。
 カミィが好きな絵本では、王子様とお姫様は、いつでもすぐに恋をする。王子様はお姫様を好きになって、お姫様も王子様を好きになる。好きと好きになったら恋。百年眠ったお姫様も、毒の林檎を食べたお姫様もおんなじ。
 それじゃあ、この人がわたしの王子様?






 からだが、ふわふわ、シャボン玉。雲の上まで飛んでいっちゃう。
 繋いでる手が温かい。ポカポカがからだ中に広がって、あっという間に春になる。
 何か言わなくちゃ。なんて言えばいいんだろう。
 男の人の目は暗い金色。そのなかに、口をパクパクする金魚が見える。

「あの、わ、わたし、わたしも……」
 なんとかお返事しようとしたとき。

「お話中失礼致します。セシル家のカミィお嬢様でいらっしゃいますね? お父君からあなたを探すよう言付けを預かって参りました」
 お城の人が、しゃぼん玉を突っついた。パチンと破れて、夢は終わり。

「あっ、わたしもパパを探してたんだった。もう帰らないとだから。えっと、今度お手紙を書くから、きっと読んでね」

 カミィは慌てて手を離して、急いでホールへと走る。履いてる靴はガラスじゃないから、ちゃんと両方、足にくっついたまま。

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