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本編
第三話 第一楽章:ちくはぐなシンフォニー(1)※
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それぞれが心待ちにした舞踏会当日。
玲瓏たる金細工が四面に施され、空間自体を芸術品と称しても差し支えないホール。
到着して早々、ジュンイチは周囲を観察。その場に佇み視線を巡らせる。
と、突如、歩いてきた人物に、すれ違いざま袖を引かれた。視線を落とせば、鼻頭にホイップクリームをつけた小柄な少女が立っている。仮装かまじないの一種だろうか。
特徴的な桃色の眼球。記憶のなかにこの少女に該当する人物は居ない。初対面だ。
「そのマスク、不思議だねぇ。それなぁに?」
「ガスマスクだよ」
「お顔が全部隠れちゃう。お目々見えるの?」
「問題なく見えるよ」
「すごーい。ご飯は食べれるの?」
「食べるときは外すよ」
「そうなんだぁ。お洋服もツルツル。これはなぁに?」
「防護服だよ」
「ほわぁ」
少女は吐息に近い音を漏らし、開口したまま、煌めき潤む瞳で凝視してくる。
二分。三分。
無言で、瞬き以外微動だにせず。
――この少女の目的は何だ?
可能性として阿諛追従が脳裏に過るも、ならば会話を継続しようと試みるはず。無言で直視は不合理。
否定材料はもうひとつ。今夜の舞踏会は主催が王族であること。侯爵である自分よりも地位が高い人物。
あらためて少女を刮目すれば、白くきめ細かな肌に、血色良く赤みの差した頬。淡い色合いの髪はボリュームもあり柔軟そうで、溌剌とした声は人間の耳に馴染み良い周波数。華奢な四肢は力を入れれば折れそうではあるが、総合的に判断して容姿端麗と名状して差し支えない姿。この外見ならば、王子にも好印象である可能性は非常に高いと分析可能。であれば、侯爵よりも王族に甘言蜜語を弄するべきだ。
この場に留まる理由が不明。
「きみはここで何してるの?」
「あなたを見てるの」
「それは分かるよ。質問を変えよう。なぜ僕をじっと見てるの?」
「どうしてとか、ないよ。ただ見てるだけだよ」
「えっ!?」
予想外の返答に、意表をつかれた。これほど要領を得ない問答はかつて経験が無い。行動に原理が無いなどということがあり得るか?
常に研究という理論と結果の真理のなかで生命活動を営んできた。物事は必ず何かしらの因果関係を持つのが定石。なのに今、その因果がまるで見えない。少女の言動は予測不能で未知の領域。
新鮮な謎に直面。困惑は探究心に変化。興奮のためにからだが火照る。
「理由がないのに、僕を見てるの?」
「うん。見てちゃダメ?」
「ダメじゃないけど、理由が知りたい。無いなんてことはありえないよ」
「うーん。じゃあ、考えてみるね。ちょっとまってね。うーんと……あっ!」
「思い当たった?」
「うん。あのね、多分だけど、そのマスクがとっても不思議だからね、見てたの」
回答を得たジュンイチは、即座に顔を覆うマスクを脱いだ。こんなものいくらでも手にはいる。まったくもって惜しくない。
これを与えると、少女はどんな反応を見せるのか? 今すぐにそれを確かめたい。
「あげるよ」
「わぁい! やったぁ! うれしいな」
手渡すと、少女はマスクを掲げ片足立ちで一回転。全身で歓喜を表現したのち抱きしめた。
ガスマスクを渡してこんなリアクションをされたのもはじめての体験。
「どうもありがとう」
「どういたしまして」
継続して観察すれば、少女はガスマスクを玩具にしはじめた。無邪気に吸収缶を付け外し。
「すごい! ここが、取れるよ!」
「そこが取れないと吸収缶が交換できないからね」
「キャニスターってなぁに?」
「刺激臭や毒物をろ過するものを詰めた缶だよ」
「へぇー」
頷いて、少女は自らの夜会マスクを脱いだ。
そして、
「ふぅ」
何をするでもなく、その場に佇む。
「今度は何をしてるの?」
「ちょっと疲れちゃったから、お休みしてるの」
「なぜ今、夜会マスクを脱いだの? ガスマスクを装着するためじゃないの? 休憩するには脱ぐ必要があったの? 鼻にホイップクリームをつけてるのはなぜ?」
「え? クリーム? わぁほんとだ。なんだかずっと甘いなぁと思った。さっき食べたお菓子のクリーム、お鼻についちゃってたんだねぇ」
手のひらで鼻を拭う少女。
彼女の一挙一動が気になって仕方がない。言葉遣いにも、見た目にも、節々に幼さが残る少女の全てが魅力的に見える。
「きみ……すごく……面白いね」
徐々に心臓が早鐘を打ちはじめ、胸が苦しく、足がフラつき、体が熱い。風邪でもひいたかのように息苦しく、喉が乾く。それでいてなんだか心地良いような、経験したことのない感覚。
いつの間にか、思考レベルすら落ちた気がする。
このような心理現象は以前本で読んだことがある。
これはもしかして――。
辿り着いた結論が正しいのか確かめようと言葉を紡ごうとしたとき、不意に轟いたのは何かが割れたらしき派手な音。食器か、ガラスか、遠くから。
「何だろう? 見に行ってみよう。マスクどうもありがとう。だいじにするね」
それだけ言い残すと、少女は返事を待つこと無くドレスを翻す。
引き止める隙を与えられなかったジュンイチは、近くにあったテーブルからワインの入ったグラスを手に取り、中身を一気に飲み干した。
乾きは、増すばかり。
※本文でマスク外しちゃってるけど絵ではまだついてるので心の目でみてくださいお願いします。
玲瓏たる金細工が四面に施され、空間自体を芸術品と称しても差し支えないホール。
到着して早々、ジュンイチは周囲を観察。その場に佇み視線を巡らせる。
と、突如、歩いてきた人物に、すれ違いざま袖を引かれた。視線を落とせば、鼻頭にホイップクリームをつけた小柄な少女が立っている。仮装かまじないの一種だろうか。
特徴的な桃色の眼球。記憶のなかにこの少女に該当する人物は居ない。初対面だ。
「そのマスク、不思議だねぇ。それなぁに?」
「ガスマスクだよ」
「お顔が全部隠れちゃう。お目々見えるの?」
「問題なく見えるよ」
「すごーい。ご飯は食べれるの?」
「食べるときは外すよ」
「そうなんだぁ。お洋服もツルツル。これはなぁに?」
「防護服だよ」
「ほわぁ」
少女は吐息に近い音を漏らし、開口したまま、煌めき潤む瞳で凝視してくる。
二分。三分。
無言で、瞬き以外微動だにせず。
――この少女の目的は何だ?
可能性として阿諛追従が脳裏に過るも、ならば会話を継続しようと試みるはず。無言で直視は不合理。
否定材料はもうひとつ。今夜の舞踏会は主催が王族であること。侯爵である自分よりも地位が高い人物。
あらためて少女を刮目すれば、白くきめ細かな肌に、血色良く赤みの差した頬。淡い色合いの髪はボリュームもあり柔軟そうで、溌剌とした声は人間の耳に馴染み良い周波数。華奢な四肢は力を入れれば折れそうではあるが、総合的に判断して容姿端麗と名状して差し支えない姿。この外見ならば、王子にも好印象である可能性は非常に高いと分析可能。であれば、侯爵よりも王族に甘言蜜語を弄するべきだ。
この場に留まる理由が不明。
「きみはここで何してるの?」
「あなたを見てるの」
「それは分かるよ。質問を変えよう。なぜ僕をじっと見てるの?」
「どうしてとか、ないよ。ただ見てるだけだよ」
「えっ!?」
予想外の返答に、意表をつかれた。これほど要領を得ない問答はかつて経験が無い。行動に原理が無いなどということがあり得るか?
常に研究という理論と結果の真理のなかで生命活動を営んできた。物事は必ず何かしらの因果関係を持つのが定石。なのに今、その因果がまるで見えない。少女の言動は予測不能で未知の領域。
新鮮な謎に直面。困惑は探究心に変化。興奮のためにからだが火照る。
「理由がないのに、僕を見てるの?」
「うん。見てちゃダメ?」
「ダメじゃないけど、理由が知りたい。無いなんてことはありえないよ」
「うーん。じゃあ、考えてみるね。ちょっとまってね。うーんと……あっ!」
「思い当たった?」
「うん。あのね、多分だけど、そのマスクがとっても不思議だからね、見てたの」
回答を得たジュンイチは、即座に顔を覆うマスクを脱いだ。こんなものいくらでも手にはいる。まったくもって惜しくない。
これを与えると、少女はどんな反応を見せるのか? 今すぐにそれを確かめたい。
「あげるよ」
「わぁい! やったぁ! うれしいな」
手渡すと、少女はマスクを掲げ片足立ちで一回転。全身で歓喜を表現したのち抱きしめた。
ガスマスクを渡してこんなリアクションをされたのもはじめての体験。
「どうもありがとう」
「どういたしまして」
継続して観察すれば、少女はガスマスクを玩具にしはじめた。無邪気に吸収缶を付け外し。
「すごい! ここが、取れるよ!」
「そこが取れないと吸収缶が交換できないからね」
「キャニスターってなぁに?」
「刺激臭や毒物をろ過するものを詰めた缶だよ」
「へぇー」
頷いて、少女は自らの夜会マスクを脱いだ。
そして、
「ふぅ」
何をするでもなく、その場に佇む。
「今度は何をしてるの?」
「ちょっと疲れちゃったから、お休みしてるの」
「なぜ今、夜会マスクを脱いだの? ガスマスクを装着するためじゃないの? 休憩するには脱ぐ必要があったの? 鼻にホイップクリームをつけてるのはなぜ?」
「え? クリーム? わぁほんとだ。なんだかずっと甘いなぁと思った。さっき食べたお菓子のクリーム、お鼻についちゃってたんだねぇ」
手のひらで鼻を拭う少女。
彼女の一挙一動が気になって仕方がない。言葉遣いにも、見た目にも、節々に幼さが残る少女の全てが魅力的に見える。
「きみ……すごく……面白いね」
徐々に心臓が早鐘を打ちはじめ、胸が苦しく、足がフラつき、体が熱い。風邪でもひいたかのように息苦しく、喉が乾く。それでいてなんだか心地良いような、経験したことのない感覚。
いつの間にか、思考レベルすら落ちた気がする。
このような心理現象は以前本で読んだことがある。
これはもしかして――。
辿り着いた結論が正しいのか確かめようと言葉を紡ごうとしたとき、不意に轟いたのは何かが割れたらしき派手な音。食器か、ガラスか、遠くから。
「何だろう? 見に行ってみよう。マスクどうもありがとう。だいじにするね」
それだけ言い残すと、少女は返事を待つこと無くドレスを翻す。
引き止める隙を与えられなかったジュンイチは、近くにあったテーブルからワインの入ったグラスを手に取り、中身を一気に飲み干した。
乾きは、増すばかり。
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