そしてふたりでワルツを

あっきコタロウ

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外伝(むしろメイン)

外伝十   からっぽのレゾンデートル

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※メイン:ボコ ジャンル:?

*********

 特にすることのない休日。
 なんとなくブラブラ出かけた街で、よく知ってる背中を見つけて、ボコは「おっ」っと走り出した。

「おーい。ボスー!」

 呼びかければ、ツンツンした銀色の髪が振り返る。スラムの王、マリク。その人がスラムを抜けた今でも、ボコはマリクのことを”ボス”と呼ぶ。

「おう」
「こんなとこで会うなんて偶然ッスね! 買い物の帰りスか? 今日休み? 飲み行きましょーよ」

 道の端では街灯が明るくなりはじめ、そろそろ腹も減る時間。ひとり飯よりふたり飯。と、ボコがとりあえずで誘ってみれば、「少しならいいぞ」と気の良い返事。

「よっしゃ! じゃあスラムのほう行きましょ。いつものあの店、ボスは最近行ってないしょ?」



 そうして並んで到着したのは、スラムの安酒場。昔はマリクもよく一緒に来てた店で、ボコは今でもここの常連。
 ギーギーうるさいドアを押して入店。カウンター席に座ると、すぐに出てくる最初の一杯。冷えたグラスにはいってるのは、ちょっと苦い金色のアルコール。ボコは一気にぐいっといって、ダンとテーブルにグラスを打った。

 もう一杯注文しようと腕を伸ばしたボコの目に、ふと飛び込んだのは茶色い袋。今日、会ったときからマリクが抱えていた紙袋。

「ボス、それ何スか? 何買ってきたんス?」
「花の種」
「まだやってたんスかそれ! 花なんか欲しいんスか?」
「うっせーな。ほっとけよ」

「だってボス、こっちにいるあいだずっと花とかキョーミ無かったじゃん。オレも今から花育てたほうが良いスか?」
「やりたきゃ勝手にやれよ。いちいち俺に許可とんじゃねえ」
「だってオレもボスみたいにやんないと。ボスのあと継いでるわけなんで!」
「別になんでもかんでも真似しなくていーだろ」
 
 マリクは最近、新しい世界に行ってしまった。ボスが抜けた穴。それを埋めるのは、彼と同じ、強くて、かっこよくて、なんかそーゆーものであれ。
 昔、ボコを助けてくれたマリクは、ボコにとって最高にヒーローだったから。

 だからボコは、マリクにならう。いつかここスラムを出るかどうかはまだ分からない。けどここにいるあいだ、マリクのように生きれたら、きっとそれは良いことだろう。

 こうやってちょっとずつ、いろんなことがかわってく。今だって、何も無かったテーブルに、どんどん重なってくカラの皿とジョッキグラス。

「あっ、てかボス、聞いて! オレ最近めっちゃ鍛えてて、もうちょっとで手からビーム出そうなんス! 出るようになったら見てほしいッス」
「出るわけねーだろ……」
「いや出るって! 出る感じしてるッスもん! 筋トレのやつ買ったんスよ」

 強くなったところをマリクに見せようと、ボコは立ち上がり、手のひらに意識を集中。思い浮かべるのは、部屋に転がる筋トレのやつダンベルとプロテイン。埃をかぶりはじめてることは、あえて言わないことにして。

「うおおおおっおおお!」

 気合を手のひらに集めてると、突然聞こえたクスクス声。絶対に男には出せない高い音。声のしたほうを見ると、たわわなボインがふたり。あわせてよっつのぶるんぶるんが、うふふと色っぽい笑顔で。

「ボス見て! あのおねーさんたちオレに気があるっぽい?」

 ボコはこそっとマリクに耳打ち。視線はボインから外さない。狙った獲物は逃さないの構えでソッコー勝負に出る。

「ねーねーこっち来ていっしょ飲もうよ。てかどっちかオレと付き合わね?」

 まずは軽くジャブを出してみれば、右のボインが、
「ごめんねー。ボコくんは可愛いけど、付き合いたいって感じじゃないかもー。友達ならなったげてもいーよ」
 なんて冷たいことを言い、次に左のボインまで、
「はなしやすくてたのしーんだけど、どっちかっていうと彼氏より子分とか弟っぽい感じ。それか犬」

 よっつもボインがあって、ひとつもボコのものになるつもりが無いなんて。



 いちおうボコは、今ではこのあたりを取り仕切ってる顔役のひとり。隣を見れば、今はもう取り仕切ってないはずのマリクが、それでもボスらしくクールに座ってる。比べてボコは、女の子に笑われて。こんなんじゃ”ボスのあと継いでしっかりやってる”感が全然出ない。
 ボコがボスになるには一発逆転、KO勝ちしか……ないのかもしれない。


「ボス、オレと勝負っす!」
「は!?」

 テーブルには、数えきれないほどの空きグラス。そこにはいってたアルコールは全てボコの胃のなかに。派手に動くとゲロっちゃいそうなのを我慢して、ボコはグラスをひとつ掴んで床に投げつける。それからフラつく足で割れた破片を蹴り上げれば、必殺・砂かけならぬグラス破片かけの術!

「なっにしやがんだてめー」
 突然のボコの攻撃をマリクはすかさず腕でガードした。飛び散るガラスの粉が振り払われて、手加減する気がちょっとも無さそうな勢いの前蹴りがボコに向かってくる。
 長いことマリクといっしょに修羅場をくぐり抜けてきたボコには、もちろんその攻撃は予想の範囲内。ボスは蹴りが得意。
 ボコはひるんだように見せかけ後ろに飛び退いて、一瞬の隙も与えないよう、ソッコーで隠し持ってたナイフを投げた。

 ボコがマリクの攻撃を読めるなら、その逆も当たり前にあるわけで。マリクはそばにあった酒瓶を素早く掴み、ボコが飛ばしたナイフをはじいた。ナイフは飛びあがって方向をかえ、カウンターのなかの棚にぶっ刺さる。

「あぶねーな」
 ボコが次の手を用意するよりさきに、マリクがボコに足払い。避けきれずすっ転んだボコは馬乗りで押さえつけられ、マリクの下でもがくしかできなくなった。勝負有り。ボコの負け。

 さっきまで楽しく飯食ってたはずなのに、いったいなんでこうなったのか。天井からぶらさがった電気の光はマリクの背中でとめられて、ボコには影しか落ちてこない。そのせいでマリクがどんな顔をしているのか、ボコには見えない。でもわかることがひとつある。絶対怒ってる。

「飲み過ぎだろ。もう帰れよ」
 怒鳴り散らされることは無く、でもそれが逆にコワイ。
 ボコを床に押し付けるちからが緩まった瞬間、

「ボスのばかー! てゆーか全員ばーかー!」

 大声で叫んで、ボコは店から飛び出した。

 

 ゆらゆら、ふらふら、ぐらぐら。しこたま飲んで、ちょっと暴れて。からだじゅうにまわったアルコールが、景色もぐるぐるまわして見せる。
 いつもの道は、歪んで見えてもいつもの通り。道の端には酒瓶抱いて寝てるオッサン。ひとりぼっちでさみしく飲んで、家にも帰らず道でダウン。下手したら、帰る家が無いのかもしれない。それでも酒瓶だけは抱きしめて。
 路地の隙間には、金で愛を売る女と買う男。金で買える愛はほんの一瞬。ずっとは続かない、今だけの気持ちよさ。
 あっちも、こっちも、そんなヤツたちばっか。何になるわけでもない空気みたいなものに、必死になってるばかばっか!

 ……けど。
 ボコの目には、みんな、一瞬だけでも夢中になれる何かがあって、なんだか幸せそうに見えた。

 それに比べて、今日のボコはめっちゃかっこ悪い。
 ボスがいなくなったスラム。そこで毎日頑張って、だいぶうまくできてる気がしてて。もうちょっと頑張ったら手からビームだって出せそうで。そんな自分を見せたかったのに、まわりの反応はボコが思ってたのとだいぶ違う。
 最終的に、直接実力を見せようなんて、あのマリクに向かって喧嘩まで売っちゃって。どうせ勝てるとは思わなかったけど、ちょっとくらいは良い勝負できるかと思えば、少しも届かないでコテンパン。

 何も持ってないヤツらをばかにして、でも実は、自分がいちばん何も無い。
 きっと、自分は今、世界でいちばんみっともなくて寂しい。

 そんなことを考えながら、ボコはひんやりした風のなかをトボトボ歩く。
 ちょっと酔いがさめてくると、だんだんと寂しさは薄くなってって、さっきの失敗のほうがヤバい気がして怖くなってくる。

「やべーなー。次ボスに会うのいつっけ? 絶対蹴り来るし超こえー。パーカーに鉄板仕込んでこっかな……。いや、それよりもはやくビーム出せるように……」

 なんとか怒られるのを回避したい。ボコが作戦を考えていると、突然、
「ねぇねぇ」
 と、後ろから袖を引かれ、振り返ると小さな女の子が立っていた。

 女の子はガリガリに痩せた腕に似合わない大きなカゴをさげていて、そのなかにはどこかで摘んできてそのまま詰めたみたいな花がわっさりと、重そうに。どこからどう見ても、売るのが下手くそで商品余りまくってる花売りだ。

 ボコだって、花なんてわざわざ金を払ってまで欲しくはない。追い払ってしまおうと気合をいれて怖い顔をするも、女の子は逆に一歩近づいて、上目遣いで首を傾けた。

「おにーちゃん、かっこいいね」
「え? マジ?」
「かっこいいからお花かって」
「あ、うん」

 流れる動作でポケットからコインを取り出してしまうボコ。気がつけばボコの手に、小さい白い花が一

「あっ、ちくしょ。ズルいぞ!」
「何が?」

 かっこいいから花を買え、なんて、まるでわけがわからない。文句を言おうとしたボコだったが、そういえばかっこいい男代表のマリクは、花の種を買っていた。
 もしかして、ボコが知らないだけで……かっこいい男は花を買うものなのか。(確信)

「……あのさー、そのカゴの花、全部かってやるよ」
「えっ、全部?」
「うん。いくら?」
「えっと……」

 こう見えて、そこそこの金はある。買おうと思えば女の子だって買えるくらいに。案の定、カゴの花全部買ったって、まだポケットにはが詰まってる。

「よし。ちょっとまってろよ」

 少女に言われた通りの金を払ってボコはその場にしゃがみ込み、買った花をカゴから地面にぶちまけた。

「何するの?」
「いーから見てろって」

 右手に一本、左手に一本。ボコは両手に花を取りスルリと編む。もう一本、もう一本。地面の花はどんどん少なくなって、あっというまに完成したのは、自然の匂いがする花かんむり。

「はい。これやるよ」
「え? せっかく買ったお花、私にくれちゃうの?」
「オレべつに花とかキョーミねーし。買うことに意味あんの。オレが持ってるより良いっしょ。似合ってんよ」
「あ、ありがとう……。かっこいいお兄ちゃん」
「うぇい。じゃーな。気ぃつけて帰るんだぞ」

 女の子はカラになったカゴを持って、走って行く。女の子の後ろに伸びる影は、やっぱり腕は細いけど、カゴの大きさは最初に比べるとさっぱりした。

 女の子を見送って前を向けば、さっき路地で女を買っていた男が、なんだか満足気な顔をして通りすぎてった。
 金さえあればが買える。一瞬だけでも、寂しさを忘れられる。ボコはそれがほんの少しだけ、うらやましくなる。

 でも。
 ボコがほしいのは、そーゆーのそんな幻みたいなものじゃなくて。

「あー。彼女ほしー。どぉーしたら、いーんだろーなぁー。もーちょっと散歩して、帰ったら筋トレしよ……」

 ボコは歩く。空を掴むみたいに腕を伸ばして、ちょっと背伸びをしたら、いつもの路地を通り越してちょっとだけ知らない道へ。生き先が見えぬままふらふらと。この道はどこへ続くだろう。
 それは、抜けてみないとわからないことなのだ。


 外伝十 END



***

 おまけ

 ボコが飛び出したあと、店に残されたマリク。

「アイツ、店の会計……!! 俺が全部払うのかよ! ほとんどあいつの飲み代だぞ……!」

 別の意味で、お怒り。

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