上 下
13 / 21
第一章 フローラ セルティー

藤黄の宝玉

しおりを挟む
「次は藤黄の宝玉だ。考えるのは記憶世界でやれ。 」

「わかった。いってくるわ。」


 メイブが記憶世界に入ると、式典から数日が過ぎていた。なにやら、ロイスは父親と言い争っている。今回は冗談などはなく、お互いに興奮している。

「絶対に嫌だ。自分が結婚する相手は自分で決める。それに、俺は世界中を旅して生きて行く予定だ。家も継がないし冒険者になる。」 

「馬鹿な事を言うんじゃない。たいていの貴族は親が結婚相手を決めるものだ。それに家督をお前が継がないなら、うちに子供はあとはアルマしかいないんだぞ。アルマに継げと言うのか?いいか。世襲出来るのはお前だけなんだ。どうにか商会の方だけでもアルマに継がせるとしてティオール商会をアルマの嫁ぎ先の名前に改名しろと言うのか?」 

「そんなのは知らない。先の事は父上が自分で考えてくれ。とにかく、俺の異能である【天眼】は、戦闘に於いて最強の異能だという事が証明された。まさに1級冒険者にこそ相応しい能力だ。」 

「鑑定系の異能は、我が商会にこそ相応しい。お前の異能は商売に於いて最強なのだ。お前はその天才だ。俺の代でティオール商会は凄まじい発展を遂げた。だがお前はその俺より遙かに優れた才能を持っている。結婚は絶対だ。相手がウィリアム殿下の御息女なのだからな。殿下は、もうじき王になるお方だぞ。お前の代で公爵家に名を連ねるか、私の代で貴族の身分を剥奪されるか。これは、そういう二択なんだ。」 

「父上が縁談をどう進めようとも、俺は絶対に結婚しない。もちろん家も継がない。父上が支援しなければ、ウィリアムは王にはなれないから、縁談を持ち込まれたんだろ。それなら支援だけをすれば良いじゃないか。」 

「ロイス……どんなに駄々をこねても絶対に変わらないものはある。お前の態度一つで私達家族がどうなるかをよく考えるのだな。アルマが心配じゃないのか?」 

「くそっ。……さっきから、いちいちアルマの名前を出すな。俺がアルマが好きな事を毎回毎回、利用しやがって。結婚はしない。父上と話が通じないなら、俺が相手に謝罪して理解をして貰う。」 

「そうか。では、フローラ様に入って頂こう。フローラ様お待たせしました。」 

「……は?」 

 ティオール家のリビングに美しい少女が現れた。メイブはその面影に生前のフローラの姿を思い浮かべる。それは、まぎれもなく、フローラ セルティーの若かりし頃の姿だった。

 

「皆さま、はじめまして。私はフローラ セルティー スリーダンです。ロイス様はどちらかしら?」 

「フローラ様。愚息はあちらです。」 

「まあ。…なんと。とても素敵なお方ですわ。洗練された綺麗なお顔立ちに、ほれぼれするような肉体美。ですが、この縁談はなかったことにし――」 

「本当か?それは願っても無い話だ。実は俺も結婚は出来ないと父上と言い争っていた所なんだ。フローラさんこの縁談はなか――」 

「お断りするつもりでしたが、やはり考えが変わりました。私は、この縁談をそちらが熱望しているものだと考えていたのです。ロイス様がいかにお美しくても、権力を欲する心があるのなら、私に相応しい相手とは言えません。なぜなら、その思考は王族にとって、とても危険なのです。ですが、ロイス様が断るつもりなのでしたら、話は変わってきますわ。少しずつお互いの事を知っていきましょう。」 

「え?ですが…私はあなたを愛せな――」 

「それは関係ありません。私に近づいて来るのは、野心を持った危ない人ばかりです。あなたのような人と巡り合えたのは奇跡と言えます。お互いに好きになるまで、今の関係を続けましょう。」 

「とても申し訳ないですが、父上が勝手に決め――」 

ロイスはここで言葉を閉ざした。フローラが言葉を被せてきたという事もある。だが、それは、別の理由の方が大きかった。

「ぷぷっ。おかしな方。貴族社会でそれは当たり前の事ですよ。今日はこの辺で失礼しますわ。次は学園でお会いしましょう。」 

ロイスがこの話し合いを途中で放棄ほうきしたのは、断るどころではなくなっていたからだった。なぜなら、部屋の入口から、アネモネが姿を現したのだ。 

ここまでの段階で、ロイスはちゃんと理解していた。アネモネが命がけで挑んだ使命。それを遂行する為に必死の一年間を一緒に過ごした。だからこそ見えた主人との深い信頼関係。アネモネが主人の娘の婚約者を愛せるわけがない。頭の中を駆け巡る数々の思考。 

 ロイスがアネモネとの再会に感じたのは、胸を裂くような激しい苦痛。なんて声をかければ良いのかがわからなかった。フローラは、軽く会釈をすると部屋を後にした。アネモネはロイスと目を合わせる事もせずに立ち去っていた。 

 


***



 

メイガス教の大賢者が逃亡した事で、メイガス教はすぐに解体された。メイガス教の信徒達はデメテル教への改宗を余儀なくされる。デメテル教とメイガス教は、王弟ウィリアムを通し、国家管理の新らしいデメテル教として二つの良い所・・・・・を組み合わせ統合される。そして、これまでメイガス教によって運営されていた魔導塾は、先生も生徒も全てがスリーダン魔法学園に移され、二つの教育機関もまた合併する事となった。 


スリーダン魔法学園のSクラスでは、担任の先生が教団の前に並ぶ転入生達に指示を出す。
 

「それでは、自己紹介も終わった事ですし、転入生達は自分の名前がある席に座りなさい。ここは魔法学園の中でも最高のSクラス。優秀な魔法学園の中でも、更に優秀な生徒達が集まっている。自分も含めたクラスメイト達が、将来国家を背負う人間になる事を自覚し、良好な関係を築くように。これでホームルームはおしまいだ。」 

 
ホームルームが終わると、ロイスの席に魔法学園の新しいクラスメイトがやってくる。
 

「ロイス様ー。これお弁当作らせましたの。食べて頂けないかしら?」 

「フローラさん。それは食べないよ。申し訳ないんだけど、昨日も言ったように、俺はあなたと結婚するつもりはない。」 

「そうですか。せっかくアネモネに作らせましたのに。では――」 

「やっぱり食べる。作ってくれた物は、ちゃんと食べないともったいないだろ。だが、こういうのは、これで最後にしてくれ。」 

「うふふ。嬉しいですわ。こうしてクラスメイトになれた事もですが、あなたに出逢えて私は幸せです。」 

 
フローラが弁当を手渡し、嬉しそうにしながら自分の席に戻ると、入れ替わりで少年が礼儀正しくロイスにお辞儀をした。
 

「ロイス様。私はフローラ様の家の執事見習いのアルバートと申します。弟のオリバーが大変お世話になりました。これからクラスメイトとしても、よろしくお願いします。」 

「オリバー? あー。式の時の奴か。こちらこそ、世話・・になったな。そちらの都合の良いように踊らせてくれてありがとうと、お前の主人にも伝えておいてくれ。」 

「ずいぶん挑発的におっしゃるんですね。それならば、こちらも。――ロイス ティオール。よく聞け。フローラ様を泣かせたら絶対に許さないぞ。」 

突然の荒々しい言葉と目つきに、ロイスは笑みを浮かべている。そこにアルバートからフローラへの愛を感じていた為だ。それをみてアルバートが元の礼儀正しい少年に戻る。

「泣かせるもなにも。俺は距離を置くつもりだ。ところで、アネモネはなぜ来ないんだ?」 

「アネモネは使命を全うしました。今は家政婦として、本来の仕事をやっていますよ。」 

「そうか。では後で会いに行くと伝えてくれ。」 

ロイスにとって、アネモネと会う事は当然の事。だが、アルバートにとっては、それは地雷だった。アルバートは先程より更に威圧的な態度でロイスを捲し立てる。

「は? お前は言っているそばから、フローラ様を泣かせるつもりなのか? お前には今後アネモネと会う事を禁じる。それにフローラ様はウィリアム様の計画も、お前とアネモネに接点がある事も知らない。そもそも、自分が王女になる事に納得していないんだ。余計な情報をお耳に入れるな。」 

しかし、その態度に今度はロイスが激昂げきこうする。アネモネとの関係を拒絶きょぜつするもの。それがロイス側の地雷だった。

「なんでお前に指図をされなきゃいけない? 今ここで立場をわからせてやろうか?」 

「――兄貴。ストップ。それ以上は止めときなよ。仮にも次期王と呼ばれるウィリアム様の家の者。兄貴がいくら強いからって、国家と戦争でも始めるつもりなのかい?」 

席から立ち上がり今にも飛び掛かるようなロイスの勢いは、クラスメイトの元魔導塾の四聖レオ ウォードによって遮られた。ロイスはその衝動を抑え再び席に座る。それを見たアルバートもまた、元の紳士的な態度に戻る。

「それでは、ロイス様。私はこれで失礼します。」 

 ロイスはレオに感謝をする。この数日アネモネに会えなかった事で、焦りや不安がピークに達していた。そこからの昨夜の再開である。アネモネの別人のような冷たい態度に、心が押しつぶされそうになった。その関係を修復したいロイスにとって、それを禁じるアルバートがとても大きな敵に見えた。だが、それはフローラを想う少年が、フローラの為を思って言葉にしただけ。職場に於けるアルバートとアネモネの関係がわからない以上、アルバートを怒らせるのは得策ではないと考えなおしていた。
 

「レオ。サンキューな。ちょっと熱くなり過ぎた。……。」 

「別にいいよ。それよりも魔導塾の四聖と最強の兄貴。みんなが同じクラスで勉学に励めるとなって、とてもワクワクしてるんだ。」 

「俺はどうせ冒険者になるから、学園の事なんて、なんでも良いんだけどな。」 

「冒険者か。だから、親衛騎士団になる事を辞退したんだね。」 

「ああ。俺の目的はザラスを公に晒す事だけだったからな。」 

「ザラス グリズリーか。まさか、あの大賢者ザラスが、邪悪な【門】の異能を持つ者だったとは、とても驚きだよ。スリーダン国を裏で操っていた邪悪な黒幕だった事も恐ろしいよね。」 

 

メイブはその話を聞きながら、藤黄の宝玉で得た新しい情報を整理する。ザラス グリズリーは、魔王としてではなく、【門】の異能を持つ者として捜索をされていた。ザラスの持つ異能【門】が歴史上魔王を生み出す邪悪な異能として広く知られていた為だ。いつの時代も魔王の誕生は【門】の異能と深く関わっている。そして、その異能は例え最上位の鑑定であっても、呪いの効果で別の鑑定結果が表示されるという。今回、ロイスがこれを鑑定出来たのは、現場に呪を弱体化させる【破邪】の勇者がいたからという奇跡の結果だった。 

ザラスは式典から姿を消した後で、皇太子のジョゼフを誘拐してから逃亡をしている。  

スリーダンでの罪状は、あくまでも皇太子誘拐罪。【門】の所持者は、一国の判断でどうにか出来る問題ではない。その為、世界各国のリーダーを集め会議の結果でザラス グリズリーをどうするのか決める事になっていた。 

メイブはそれらの情報を昨夜フローラ訪問後のロイスと父親とのやり取りや、ティオール家の執事達の話の中からかき集めていた。


「それな。ザラスは王や皇太子という国の大切な宝を、ただ守りたかっただけなのかもしれない。今出ている【門】の情報は嘘ではないよ。俺が鑑定したんだしな。だが全体的に見れば時の権力者が流した都合の良い情報だ。元は善良な思想。皇太子の方も、実際には誘拐ではなく今も守っているだけなんだろうな。」 

「そうなの?じゃあ。ザラスは悪ではないという事なのかい?」 

「いや。今回の騒動中。俺への恨みと闇落ちした事を自分で話していたよ。皇太子を連れ去った事が例え守る事だとしても、俺やスリーダン国に対しての恨みで、何をするかわからないな。」 

「なら。合っているじゃないか。」 

「いや。そこに王弟の情報がないだろ?ウィリアムは自然に次期王と言われているんじゃない。次期王と呼ばれる為に何をしてきたか。その結果、ザラスは邪悪な力に手を染めるしかなかったんじゃない?」 

「なるほど。流石兄貴だね。」 

 

 

魔法学園初日。昼食後の休み時間。メイブは昼寝をしているロイスから目を離し、フローラの事を眺めていた。制服姿のフローラは、誰が見ても美しい金髪巻き髪の美少女だった。母親になりセルティー食堂の店主だった時も、20代で通用する美しさだった。メイブは幼いフローラの天使のような美しさを堪能していた。メイブから見ると、平凡な感じのアネモネより、高貴な雰囲気のフローラの方が美しく感じる。 

 

フローラが食事を終えると、クラスメイトの男子二名が近づいて来た。 


「フローラ様。フローラ様は甘酸っぱい果実が好きだと聞きまして、家政婦に果実入りのクッキーを焼かせました。」 

「果実のジュースもありますよ。学園内の庭園で、一緒に召し上がりませんか?」 

「あら。アンドレ。フォクシー気がきくわね。それはありがとう。たまには庭園でお茶をするのも悪くないわね。」 

「そうですよね。そうだ。アルバート君は席を外したらどうかな?毎回堅苦しい態度で接していては、フローラ様が息を詰まらせてしまうよ。」 

「そうね。アルバートはここにいて頂戴ちょうだい。」 

「ですが、お嬢様。私は強くはないですが、お嬢様をお守りする事が出来ます。それに現在の職務はただの執事ではなく護衛を兼ねております。それを放棄ほうきして何かあったら旦那様に――」 

「アルバート。これは命令よ。私はお茶を楽しんでくるから、あなたはここで待っていなさい。」 

「ですが――」 

「待っていなさい。」 

「アルバート君。大丈夫さ。僕達がいるから安全だよ。僕達は君よりだいぶ強いと思うんだが。」 

 

 

スリーダン魔法学園 庭園。 

メイブがフローラの後についていくと、色とりどりの美しい花壇で埋め尽くされた庭園があった。その中央には小さな芝生のスペースがある。フローラ達は、そこにあるベンチに座るとアンドレがクッキーの箱を開ける。それをフローラの席の横に広げていた。 

「さあ。どうぞ。フローラ様。絶品ですよ。」 

 二人が見守る中フローラがその菓子を口の前まで運んだ所で、突然現れたロイスがそれをフローラの手から奪い取っていた。 

「ロイス様。いったい何をなさっているの?」 

「やり方が姑息なんだよな。」 

アンドレとフォクシーを交互に見た後で、ロイスは深いため息をついた。その様子を見てもフローラはまったく意味がわからない。

「ロイス様?」 

「アンドレ スカルポンたしか侯爵家の長男だったな。フォクシー ブリエンヌ。お前も侯爵家の長男だ。高貴な身分の御子息はこんな姑息な方法でフローラを自分達のものにしようとしているのか?」 

「ロイス ティオール。分をわきまえろ。貴様はたしか子爵家だったよな。僕達に意見が出来る身分ではないだろうが。うせろよ。」 

「アンドレの言う通りだ。身分の低いお前はこの場所から立ち去れ。」 

「いやー。それは出来ないんだよな。一応は今、フローラさんの婚約者という事になっているし、気付いてしまった以上は放置したら目覚めが悪い。」 

「だからどうした。もう一度言うぞ。うせろ。」 

「あっそ。じゃあ。立ち去るとして、立ち去る前にフローラさんに聞こうか。このクッキーと果実のジュースにはどちらも惚れ薬が入っている。それも呪いのような希少でやばい代物だよ。あと、あそこの木陰に二人。あっちの建物の陰に五人隠れているけど、惚れ薬を飲ませた後で拉致られるぞ。それでも、俺は立ち去るべきなのかな?」 

フローラがロイスがゆび指す方向を見ると、木陰からフローラの方を窺う二人組がいる。アンドレとフォクシーはあからさまに焦っているようだった。

「アンドレ。フォクシー。これはいったいどういう事ですの?」 

「……仕方ないじゃないですか。俺はフローラ様にずっと前から惚れているんだ。でも婚約した以上、既成事実を作るしか方法が思いつかなかったんだ。」 

「アンドレは悪くない。僕達はそそのかされただけなんだ。フローラ様どうか見逃して下さい。」 

フローラはクラスメイトの二人に愛想を尽かしていた。 

「あなた達、本当に見損ないましたわ。この事は父上に報告します。」 

「駄目だー。こうなったらもう仕方ない。強行手段だ。お前達、出て来い。この男を倒しフローラ様を屋敷まで運べ。」 


アンドレに雇われ、隠れていた七人の冒険者達が現れる。だが、ものの数秒でロイスにあっさりと撃退されていた。それは1~6級まであるうちの4級の冒険者パーティーだ。ちょうど中堅に入る部類だが、ロイスはそれを雑魚扱い出来る程に強くなっていた。 

「アンドレ。フォクシー。身分がどうしたって? 公爵令嬢にこれだけの悪だくみをしたんだ。分をわきまえるべきなのはお前等の方じゃないか? 国の裁きは別として、二度と悪さが出来ないよう、俺からも二人にプレゼントをしないとな。」 

「ひ~。化け物。」「助けてくれ。本当に僕達は唆され・・・ただけなんだ。」 

ロイスは、アンドレとフォクシーの顔面に、それぞれ拳をお見舞いする。二人は恐怖と激痛で失神していた。 

 

「ロイス様。本当にありがとうございました。とてもお強いのですね。それに……やっと婚約者であると認めてくれました。」 

「それはこの二人の間に入る為の口実で――」 

「私……初めてです。ロイス様を本気で好きになりました。この胸の高鳴りはもう止められません。」 


メイブの姿が徐々じょじょに薄まっていく。わずか二日分のフォルトナの前世の記憶。

藤黄の宝玉はフローラがロイスを愛し始める所で終わっていた。
しおりを挟む

処理中です...