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第一章 フローラ セルティー

新緑の宝玉

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 藤黄の宝玉の記憶世界から帰って来たメイブを心配そうにウェンディゴがみつめている。

「どうだった?」

「藤黄の宝玉はフローラさんがロイスを愛するまでの記憶だった。」

「そうか。やはり、フローラもフォルトナが闇落ちする事に深く関わっているんだろうな。」

「そうなのね。それよりなんだか怖いわ。もしかして、フォルトナの父親は自分の前世だったって事も考えられる展開なのよね。」

「それは次の記憶世界の中で考えろ。お前は次の新緑の宝玉へ急げ。」

「わかったわ。いってきます。」




 メイブが記憶世界に入るとそれ今までで始めてみるピンク色の家具が多い、豪華な部屋の中だった。大きなテーブルの上には蠟燭が立ったケーキがある。部屋は明るいが、その蝋燭を見覚えのある少女が吹き消している。
  

「アネモネ。15歳の誕生日おめでとう。これであなたも立派な成人ね。」 

「フローラ様ありがとうございます。」 

 それはアネモネとフローラの二人だった。

「もう。二人きりの時は、フローラって呼んでっていつも言ってるでしょ。小さい頃は普通に接してくれたのに寂しいわ。」 

「いつの話ですか。大恩あるウィリアム様の大切なお嬢様を、敬わない事は出来ません。」 

「アネモネは本当に律儀で頑固よね。これは私からのプレゼント。生命のネックレス。命の危機に瀕した時、装備している者を癒す効果があるの。他人には決して外せない国宝級のアイテムよ。」 

「え?そんな貴重なものを頂けません。」 

「だめよ。これを見つけた時、私はアネモネに渡すと決めていたの。あなたは私の一番大切な親友なの。絶対に失いたくない。」 


 メイブには、アネモネとフローラの仲の良さが伝わっていた。二人のやり取りからフローラは愛し始めたロイスよりもアネモネの事の方を大切に思っている事がうかがえる。だが、メイブには、とっくの昔にアネモネがフローラを一部では裏切っている事を知っている。アネモネは愛する心を封印してはいたが、気持ちの整理をしきれずにフローラの婚約者に口づけをしたのだ。
 今でもアネモネの事が好きになれないメイブは、恩のあるフローラ目線でものを考えている。しかし、アネモネがロイスを愛する気持ちは、あの時点で頂点に達していた。今後ロイスにしなくてはならない冷たい仕打ちを思い、せめて二人の思い出をと心の中で泣き叫びながらの悲しいキスだったのだ。


 メイブがアネモネとフローラの事を考えていると、そこで記憶世界にノイズが走る。空間が少しずつゆがんでいく。ゆっくりと、それが収まる頃には、景色は見慣れた風景へと一辺していた。
   
「ロイス。エリックの話だとフローラ様と最近うまくいっているみたいだな? 早く既成事実作っちゃえよ。」 

「エロ河童。アルマの前で変な事を言うな。向こうは知らんが、こっちはただのクラスメイトとして接しているだけだ。あれから三か月。事態が悪化しないよう少しずつ理解して貰う事にしたんだ。」 

 メイブは、ロイスとフローラとの出会いから三か月が経過していたという事に気付く。そして、次の言葉でメイブも大好きなロイスの妹に目を向けた。

「兄上。既成事実って何?」 

「アルマ。お前は気にしないで良い事だよ。朝食も食べ終わったみたいだし、レクシーと一緒に部屋に戻ってなさい。」 

 優しいロイスとは違いバイスは娘をしかる。メイブは長くこの親子を観察し父親のバイスにはおちゃらけて場を凍り付かせる時と、子供に対して厳しくしつける時の二つの顔がある事を知っていた。

「アルマ。子供じゃないんだから、いつまでも人形を持ち歩くな。燃やしてしまうぞ。」 

「兄上。私は父上の事を嫌いになりました。父上なんて、いなくなれば良いのに。」 

 だが、ロイスにはアルマを甘やかす事しかしない。ロイスは兄に甘えるかわいい妹を、小さい時から溺愛している。同時にアルマは突然いなくなったり、兄に心配を掛ける妹でもあった。だからこそ、ロイスはアルマのあれこれを過保護になって心配する。

「俺が15歳になったばかりだから、アルマはまだ11才の子供だもんな。まだまだレクシーと遊んでも大丈夫だぞ。あいつの言葉は気にしないでいいからな。お前の事はいつでも兄上が守ってやる。」 

「兄上大好き。」 

 アルマは人形のレクシーを握りながら、ロイスに抱き着いていた。

  


 ***




 スリーダン魔法学園。メイブは久しぶりに訪れたSクラスの教室が、何やら、ギスギスした雰囲気である事に気が付く。それは、元魔法学園側の生徒達による元魔導塾側への冷たい視線と、その差別感をあおる一人の少女が原因だった。

  
「もう限界。なんで魔導塾の劣等生達と机を並べなきゃいけないのよ。私達はこの国一番の優秀な生徒が集まる魔法学園の生徒なの。それに憧れて入学したのに、よりにもよって私達の代で奇人変人の集まる魔導塾と統合するなんて考えられない。あなた達もそう思うわよね? クズどもはせめてAクラス以下に移動しなさい。それが嫌なら学園に抗議するわ。」 

 それを聞いた魔導塾側の男子がおそるおそる立ち上がった。メイブは凄く心配になる。なぜなら、それはロイスの幼馴染で、とても気弱な少年。いつも魔導塾Dクラスの時は、いつもロイスの後ろに隠れ、もめごとに自分から首を突っ込むタイプではなかったからだ。

「……アーニャさん。……ば……馬鹿にするなら、僕だけにして下さい。魔導塾から来た生徒でまともに戦えない劣等生は僕だけです。ロイス兄貴を筆頭に他のみんなはとても優秀です。」 

「いや。エリック。それは戦闘の技術とかだろ。元魔導塾の生徒で一番優秀なのは、むしろお前なんだが。元からこの学園にいた生徒も含めて、成績だけなら一番になれるんじゃないか?たしかに先日、我慢しきれずに俺を選んでしまったせいで、お前は一般的には戦闘に向いてないとされている力を得た。だが上位の鑑定スキルとそのステータスがあれば、俺のように戦闘で十分優位に立て――」 

 アーニャは、ロイスの言葉を遮り、顔を赤くして激昂げきこうしている。

「なんですって。このクズ信じられない。学業に於いて一番優秀なのはこの私よ! そこまで言うなら勝負よ。今回の期末テストで魔導塾側の生徒が一人でも私に勝てたらあなた達を認めてあげるわ。その代わり負けたら全員がこの学園のSクラスを辞退してちょうだい。まあ。無理でしょうけどね。」 

「それは勝ち確定の勝負だな。それでお前のリスクはなんだよ? お前に認めるだけではどう考えても釣り合わない賭けだろ。」 

「私の方もSクラスから出て行く。その上で裸でグラウンドを10周するわ。」 

「面白い。受けて立ってやる。みんなはそれで良いか? エリックだのみだけど。」 

 ロイスの言葉を受け、魔導塾から来たSクラス生徒、オリビア、レオ、イアン、クレオンの四人は返事をする。

「ロイスが言うなら私はそれで構いません。」「もちろん。兄貴の言う通りにするよ。」「私はロイス君の意見には従うつもりです。」「面白いね。やってやろうじゃないか。」 

 残りの生徒達もそれぞれ快諾かいだくするが、一人だけそれに異を唱える魔法学園側の生徒がいた。ロイスの婚約者フローラである。

「いいえ。ロイス様。せっかく同じクラスになれたのに、それではあんまりです。アーニャはこの学園始まって以来の秀才ですよ。そんな勝負私が許しません。アーニャ。元魔導塾の生徒には私の婚約者もいるんですよ? 私と対立するおつもりですか?」 

「……フローラ様。……ですが。」 

 フローラの高貴な威圧にアーニャが身を縮める。だが、それを見たロイスはフローラを諫めた。

「まあまあ。フローラ。それなら大丈夫だ。さっきも言ったように勝ちは確定している。それにそいつには毎度毎度見下されてばかりで、いい加減うんざりしてたんだ。」 






 ***




  

 数日後 期末テスト 結果 

 エリック ホフマン   1位 500点 

 オリビア コスタ    2位 498点   

 ロイス ティオール  3位 495点 

 アーニャ ビアンゴ  4位 489点 

  
 Sクラス前の廊下に張り出してある結果を見て、アーニャが廊下に膝をついて項垂れている。

「そんな……満点なんて取れる人がいるの。……それに、この私が四位だなんて。っ? 姓がホフマン? まさか。」 

 それを見たロイスが不敵に笑っていた。自分がアーニャに勝てたのは想定外だったが、エリックが満点を叩き出すのは、いつもの光景だった。エリックはテストでは常に満点がゆえに負けようがない。

「三人だとグラウンド30周かな?後付けのルールだけど、自信満々だったから、俺にまで負けるとは思っていなかったよ。学園始まって以来の秀才にしては、問題を間違えすぎだろ。」 

「いったいどうして。」 

「俺達三人は近所の幼馴染でな。小さな頃から、それはもう遊びの一環のように勉強をさせられてきたんだ。本当に面白くてそれが遊びだと錯覚していたよ。エリックの親父さんにな。」 

「エリック ホフマンの父親って。 ……もしかして。その方は、あらゆる分野で革新的な論文を発表し続けてきた天才。ホフマン伯爵なのですか?」 

「なんだ。知ってたのか。」 

「知っているなんてもんじゃありません。私はあのお方の大ファンなのです。」 

「そんな事はどうでも良いから、早く例の約束をやれよ。」 

「……し……仕方ありませんね。約束は約束ですから。私はあなた達を認めます。そして、私は――」 

「ロイスの兄貴。ちょっと良いかな? アーニャさんは僕達の事を認めてくれたんだし、それで十分なんじゃないか? 彼女がSクラスを去っても僕達には何の得もないし、裸でグラウンドを走るとか、そんな事をしたらお嫁に行けなくなるよ。」 

「エリックは甘いんだよ。二度と難癖をつけられないよう、時には厳しさも必要だ。だが、罰を有用なものに変えても良いぞ。これから毎日エリックが強くなるまで、その戦闘訓練に付き合って貰う。」 

 ロイスの提案にアーニャは涙を浮かべながら顔を上げる。もはや、そこに今までのような高慢な態度はない。

「毎日酷い事を言って来たのに、そんな事で許してくれるの?」 

「簡単な事ではないぞ。今のエリックには能力はあるが、いまいち根性が足りないんだ。自分より弱い女の子を守る。その決意が勇気を齎すかもしれない。もし、エリックが勇気を持てなかったら、二人とも死ぬ事になるぞ。アーニャを鑑定する限り、今のままだとエリックよりも弱い。だが、相性が良い。お前の異能でサポートすれば、エリックは強くなれるんだ。」 

「それなんだけど。私の異能はいったい何? 私は勉強ばっかりで自分の異能を鑑定する事もしてこなかった。」 

「ああ。お前の性格、そのままの【自尊心】だよ。平たく説明すると、自分への攻撃を拒絶きょぜつしたりするという意味のバリア。ただし、そんなチート効果は自分にしか使えないし最終系の話だ。数種類の属性から一つを選択し、自分と自分が心から認める相手の体に纏わせる。それには各属性によってさまざまな効果がある。それに伴いお前の異能は、複数の魔法に適正があるぞ。努力すればお前自身も戦闘向きだと言える。」

「知らなかった。わかったわ。私、エリック様と一緒に努力する。」 

「え? エリック様? 兄貴。それって僕にとっても罰ゲームなんじゃ。」 

「仕方ないだろ。俺がついていくとお前はいつも俺を頼る。お前には自分の力で壁を乗り越え、自信をつけて欲しいんだ。それとも、アーニャの裸が見たいのか?」 

「わかったやるよ。」 

「エリック様。助けてくれて本当にありがとうございます。これからよろしくお願いします。」 




 ここで、メイブの姿が薄れていく。だがそれはいつもと違っていた。またもノイズが走り、ゆっくりと、記憶世界の時間と場所を移動させていく。 


「コンラート。呼び出さないでよね。あんたは従兄だけど嫌いなの。で、大切な話って何よ。」 

「お前の婚約者、ロイスの想い人はアネモネだ。そして、アネモネもロイスを愛している。」 

「……嘘よ。アネモネが私を裏切るはずがないわ。」 

「この鏡を見ろ。アネモネとロイスが愛し合っている事実が映されているぞ。」 

「なにこれ。……信じない。アネモネは絶対に裏切らないって言ってるでしょ。」 

「だが本当にそう思うのか? 本当は辛いんだろう? フローラ。腕を出せ。お前にはこのアイテムをやるよ。これは精神を安定させるアイテムだ。」 

  

 放心状態のフローラと教室を出て行くコンラート。メイブが教室を出るコンラートを追跡するとコンラートはその先で怪しい女性と話をしていた。これはある日の放課後、ロイスがまだ学園内にいる為に、メイブはフローラと離れても記憶世界の中を移動する事が出来た。 

「コンラート。うまくいった?」 

「はい。アンジェリカ様♡ 幻惑の鏡を見せ。憎悪のブレスレットを渡しました。」 

「そう。よく出来たわね。これでフローラは、アネモネへの憎悪を爆発させるでしょう。それにしてもギルバートのブレスレットは本当に恐ろしいわ。小さな猜疑心でも持ったらおしまい。時が経つ程に殺したい程の憎悪へと変わっていく。まあ、私の魅了や幻惑とは違って憎悪の対象が1人だけって所は改良の余地があると言え……」   

  

  アンジェリカの話が終わる前に、メイブの体は完全に消え、精神世界へと戻っていった。

  
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