不完全な人達

神崎

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入社

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 祖母が入院した春。学校を辞めた清子は、その足でバイトの面接へ行った。祖母の名前があったからと、昼間はスーパーの総菜コーナーの総菜を作る仕事。スーパーが終わったら祖母の元へ行き、その足でまた居酒屋の厨房のバイト。
 仕事は深夜まで続いた。
 いよいよ祖母が危ないと医師に宣告された夜。清子は疲れた体で、光のない暗い家に帰ってくるとその家の前に誰かいるのに気が付いた。それが数ヶ月間だけ通った高校のクラスメイトであった久住晶。
 何かしらの事情があって、晶は清子の家の前にいた。それがなんなのかは忘れてしまったが。
 ただ覚えているのは清子は晶を家に入れ、お互い風呂に入ったあとセックスをしたという事だった。お互い初めてで、どうすればいいのか手探りだったのを覚えている。
 ただ清子はその時のことを忘れてない。自分以外で触れたことのないようなところに触れられて、酷く興奮していたのを覚えている。
 それは晶も一緒だった。清子の中は酷く濡れてて、声を上げる度に絞まって、見せたこと無いほど乱れていた。こんな綺麗な人が居たのだろうかと思ったくらいだった。
 ただその一度きりで、もう二度とお互い会うことはなかった。
 そう思っていたのに、清子は驚いたように晶をみているだけだった。だがふっと視線を逸らして、バッグを持つ。
「清子。」
 晶が声をかけるが、清子はそのまま部屋を出ていった。それを晶は追いかけるように、部屋を出ていく。
「何?知り合い?」
 香子は驚いたように史を見上げた。しかし史も何のことかわかっていない。
 廊下を行く清子にやっと追いついて、晶は清子の肩に触れる。
「清子。」
 さすがに無視は出来ない。清子は晶を見上げて言う。
「悪いけど付いてこないで。」
「そんな言い方ねぇだろ?」
「お手洗いに行きたいのよ。」
 清子はそういって肩に置かれた手を振りきると、トイレの中に入っていった。その様子に晶は舌打ちをして、その前の壁にもたれ掛かった。
 個室に入った清子も少なからず動揺していた。まさかこんな都会で知り合いに会うとは思ってもなかったからだ。しかもただの知り合いではない。
 今でもリアルに覚えている。自分の中に晶が入ってきたこと。熱くて、堅くて、自分がどうにかなりそうだったのを覚えている。
 だがそれ以来男とどうこうしたことはないし、今考えてもどうしてそんなことをしてしまったのかわからない。
 ぐじぐじと考えていても仕方ない。
 個室を出ると手を洗い、ヘッドフォンで乱れてしまった髪を軽く整える。そしてトイレを出ていった。するとそこにはまだ晶がいる。
「……よう。」
「……どこで会ったかしら。」
「つれねぇな。俺の童貞奪っておいてさ。」
 その言葉に清子の顔が赤くなる。そして晶の前から去ろうとした。しかしその後ろを晶が付いてくる。
「清子。なんでいなくなったんだよ。」
 清子はその言葉に何も言わずに、エレベーター前の透明なアクリル版に囲まれた喫煙所の中に入っていく。まだ早い時間だからか、人は居ない。そちらの方が都合がいいと思う。
 そしてそのあとを晶も入っていった。清子はその奥に立つと、バッグの中から煙草の箱を取り出した。そしてジッポーで火をつける。
「あなたこそ、何でこんな会社にいるの?」
 晶もポケットから赤い箱の煙草を取り出すと、口にくわえた。
「カメラマンだよ。」
「カメラ?」
「フリーでしてたら、誘いが来た。」
「軽い会社。歴史がある割に、あまりその辺を考えてないのね。」
「お前は何だよ。」
 煙を吐き出して、清子は表情を変えずにいう。
「派遣。」
「派遣?」
「ウェブに弱い会社だから、補強させて欲しいって。お金も時間もかかりそうだけど。」
 午前中にみた限りではかなりずさんな管理をしている。これは時間がかかりそうだと思った。
「一人でするのか?」
「基本一人よ。」
「そんなのって外部に依託しないのか。」
「さぁ……私は呼ばれただけだから、自分の仕事をするだけ。あなたはカメラマンなんでしょう?」
「あぁ……。」
「私は基本的にこの職場しか居ない。あなたは外にでる。だったらそのまま他人のふりをすればいい。関わりはあまりないでしょうし。」
 灰を落として、携帯電話を取り出す。メッセージをチェックするためだった。
「だったら一つ聞きたいことがある。」
「何?」
 手を止めないまま、目線も携帯に向けたまま、清子は晶の問いに答えた。
「どうして何も言わないまま出てったんだよ。」
「……。」
「家に行っても誰も居ないし、しばらくしたら変な家族が住みだしたし……。」
「祖母が亡くなったの。住みだしたのは叔父か、叔父の関係者かしらね。関係者なら家賃が入るし。金にならない私が住んでても一銭の徳にもならないからでしょう。」
 希薄な人間関係だ。それを望んでいたのだろうか。それが清子の人間形成に繋がっているのだ。
「清子。」
「その名前で呼ばないでください。久住さん。」
「……。」
「徳成ですから。」
 そういって清子は煙草を消した。その時喫煙所に史が入ってきた。
「やぁ。」
 さっきの会話が漏れているとは思えない。清子はそう思いながら、少し会釈をして喫煙所を出ていく。
 その様子に清子からは何も聞けないと、史は喫煙所のドアを閉めて、晶の隣に立って話かける。
「知り合いだったのか?」
「……えぇ。でも……何か色々ショックでした。」
 フリーで仕事をしていたときは、AVのジャケット写真や、スカトロの現場、SMショーもみたことがある。だがそんなことよりも、もっと胸が苦しいと思った。
「初恋の君?」
「は?」
 からかうように史が聞くと、晶はあきれたように煙草を消した。
「同じ歳くらいだろ?徳成さんも二十五って言ってたし。」
「同級生ですよ。」
「若いなぁ。俺が二十五の時はやっと汁男優卒業したかな。」
「それから鞍替えしたじゃないですか。女性向けAVに出てて、超人気あったくせに。」
 史はその言葉に少し笑う。そして煙草を取り出すと火をつけた。
「昔の話だよ。それにもう見せるセックスはうんざりだと思ってたしね。」
「案外ロマンチストですね。」
「そうでもないよ。」
 アクリル版の向こうに清子が行く。手にはコーヒーの缶が握られていた。無糖で、甘いものが苦手そうだというイメージがぴったりだと思う。
「でも気になるよな。」
「何が?」
「あんな堅い女が、どんなセックスするのかって。案外淫乱だったりするかもなぁ。」
 いらつく。どうしてだろう。
「誘えばいいじゃないですか。元AV男優なんだから、お手の物でしょ?」
「現役だったらな。もう三十五だし、ナンパする歳じゃないし。」
 陽気に笑う史に、いらついたように晶は喫煙所を出ていこうとした。その時史はまた声をかける。
「久住。飯行くか?」
「あんま時間がないから、コンビニ行きます。」
「だったら俺も行くわ。」
 食堂はまた今度にしよう。その時は清子も連れていければいい。史はそう思っていた。
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