不完全な人達

神崎

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 向こうの席にも同じようなカップルがいる。あとは上司と部下や、同僚同士で上司の悪口を言っているようだ。どちらにしてもサラリーマンが多いような飲み屋で、二人はカウンター席に座る。
「卵と、牛すじと、白滝をもらおうかな。徳成さんはどうする?」
 清子はメニューを見ながら少し考えていたようだが、決まったように言う。
「卵と、大根をください。あと生を。」
「あぁ。じゃあ俺も生をください。」
 いきなり酒を言うとは思わなかった。史は少し笑って、お手拭きで手を拭く。
「お酒は適度じゃないって言ってたね。」
 清子はバッグの中から煙草をとりだして、それに火をつける。
「あまり酔ったことがなくて。」
「へぇ。だったら今度訂正しようか。徳成さんはザルですって。」
「やめてください。」
「知ってるの俺だけか。」
 うれしそうに史は店員からビールを受け取る。それでなくても上機嫌だ。清子が居てくれるから。
 会社にいるときよりも距離が近い。向こうでおでんを分け合って食べているカップルのように見えるだろうか。
 生ビールのグラスを軽くあわせてぐっと飲む。突き出しは、春菊の和え物だった。
「すげぇ。この女のおっぱいみた?」
「AV女優だろ?」
 カウンターの並びにいる男たちが、携帯を見ながら何か話している。その様子に清子は、ビールのグラスをおいた。そして煙草を消すと、史に言う。
「紙の媒体は廃れてきてますね。」
「そうだね。今はタダで画像も見れる時代だし、海外のポルノだったら無修正だってみれることもあるんだ。」
「それでも紙で販売を?」
「……うちも躍起なんだよ。紙が売れない時代だし、さらにうちの雑誌はお荷物と言われている。部数を上げるために、男性向けだけではなく女性向けの記事を載せようとしていてね。」
「はぁ……。」
「女の人の方が隠さないね。たとえば、レンタルショップで十八禁のコーナーと言えば、昔は男の人が中心だった。今は女性向けのコーナーもあるし、女性が出入りしていることもある。」
「……そんなものなんですね。」
「そう言えば、昔、先輩の男優さんのイベントへ行ったこともあるよ。」
「女優さんではなくて?」
「男優のイベント。お客さんは女性ばかりだったな。」
「何が目的で行くんですかね。」
 それぞれの具材の乗った皿を受け取ると、清子はからしを添えた。
「男優だからセックスがうまいと思われてるのかな。」
「数をこなしてれば、うまくなるものなんですか?」
「そうでもないよ。俺は、まず気持ちからはいるし。」
「気持ち?」
「そう。俺がしてたときは、スタジオで初めて会う女優さんでも好きになろうとする。」
「ナイーブですね。」
 十年前、清子は晶とセックスをしたことがある。お互いに気持ちがあったのかわからない。だがこれ以上ないくらいに乱れた。口内を征服するようなキスも、体が震える度に互いの体を抱きしめ合った温もりも、なぜか忘れられない。
 だがそれが恋愛感情だったのかと言われるとよくわからなかった。
「今度明神さんに連れて行ってもらったら?」
「何を?」
「男優のイベント。明神さんなら知り合いもいるみたいだし。」
 この男はきっと香子がAVに出たことがあることを知っているはずだ。なのにそのことは口にしない。割と卑怯だと思う。
「ん……美味しいね。卵。」
「えぇ。」
 ビールが空になってしまった。まだ大根が残っているのに。一杯だけと言っていたのに追加を頼むのはしゃくだ。
「何か飲む?」
「あ……。」
「ペース早いね。俺ももう少しで飲み干すし、熱燗でも頼もうか。それから君はもっと食べた方が良い。つみれも美味しいんだ。ここ。」
 気遣いできる男だ。距離を置こうとしていた清子にもうまくペースを掴んで、それでも自分のペースに持ち込んでいる。
「よく来るんですか?」
 注文をして史はメニューを閉じる。興味が出てきたのだろうか。それなら少し関係は前進したかもしれない。
「この駅にはよく通ったんだ。恋人が居てね、よく途中下車した。その時、帰りにここによく寄っていたよ。結構遅くまでしているしね。」
 恋人という単語に、清子は納得した。これだけいい男なのだから、恋人が居て当然だろう。
「そうでしたか。」
「会社の近くではなくて、この辺を選んだのはどうして?」
「家賃が高いから。」
 一人で生きていくのだからそれで良い。いつまで生きるのかわからないが、将来施設なんかに世話になるにはある程度まとまった金が必要だ。
「それに派遣の延長もしないみたいだね。」
「一年で結果を出すようにしています。あとは社員さんの力量次第ですし。」
 きっと本社員にならないかという話もあっただろう。本社員であれば、保険も年金もある。保証もある。なのにそれを断っていた。
「そうだね。うちの会社も一応デジタル部門がある。だけど君が来てから躍起になっているようだ。」
「勉強会とか行った方が良いですよ。日々進化していますから。」
 休みの日は、ほとんどそう言うことに費やしているのだろう。元々一年や半年の契約をしているので、恋人を作る暇もないのかもしれない。
「俺が行ってもわかる?」
「ある程度の予備知識は必要です。」
「だったら行ってもわからないか。だったら今度の休み、その講習会が終わってからで良い。」
 つくねと厚揚げの飲った皿を受け取り、清子も熱燗を受け取った。店員が離れていくと、史はまっすぐ清子を見て言う。
「デートしないか。」
 その言葉に思わずお猪口を手から放しかけた。だが動揺しているのを悟られてはいけない。これはきっとリップサービスなのだから。
「恋人から怒られますよ。」
「ずっと居なくてね。仕事が忙しいってこともあるけど、すぐに別れを切り出されるんだ。」
 二つあるつくねのうちの一つを、清子の皿に移した。そして厚揚げも半分に切ると、同じように皿に移す。
「厚揚げも美味しいんだよ。」
 さっきの会話が嘘のようだ。清子はとっくりを持つと、史のお猪口に酒を注ぐ。すると史もそのとっくりを持つと、清子のお猪口に酒を注いだ。
「どこで勉強会がある?」
「今度はT区です。電車で一駅で良かった。」
「だったらその帰りに待っていても良いかな。」
 まだ続いていたのか。清子はその酒を口に入れると、お猪口を置く。
「私ではなくてもいいんじゃないんですか。ほら。もっと女性らしい人の方が……。」
「十分女性らしいと思うよ。可愛い。」
 だが清子は表情を変えずに大根を切り分けると、清子はその半分を史の皿に置く。
「酔ってますね。お酒弱いんですか?」
「こんな量で酔わないよ。本気だから。」
 ますますたちが悪い。そう思いながら、大根を切り分けて口に運ぶ。その口元を見て、思わずそこに吸いつきたくなる。
「だったら尚更たちが悪いですね。電車のあるうちに帰った方が良いですよ。」
 あくまで冷たい対応だ。相手にしたくないと行っているようにも見える。
「じゃあ、一つ聞きたいことがあるんだけど。」
「何ですか?」
「久住とはどういう関係だったの?」
 その名前に思わず清子の箸が止まった。
「クラスメイトです。それ以上のことは……。」
「嘘だろ?ただのクラスメイトを俺はそんなに覚えてない。」
「歳が違いますから。」
「年寄り扱いしないでくれよ。」
 清子は一気に不機嫌そうになって、煙草に手を伸ばした。
「恋人だった時期があるんじゃない?」
「ありません。」
 恋人だった時期はない。だがセックスをしたことがある。ただししたということだけだ。明確に恋人だった時期など無いのだから。
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