不完全な人達

神崎

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 次の日から、清子はどうにも居心地が悪いと思っていた。女性社員が清子を見て何か話しているのが、気になっていたのだ。史はその理由を知っているが、あえて否定もしなかった。そして清子もめんどくさいと思いながらも、その声を無視してヘッドフォンを付けて仕事をする。
 そして昼休憩に入って、清子はバッグを手にして席を立つ。そして一人、エレベーターに乗る。一階には社員食堂があるので、一階に降りる人は多い。
 エレベーターを降りるとパスをかざして、ゲートをくぐる。一時間以内なら休憩として認められるが、外に出ることが多い晶のような取材陣はあまりパスの時間は重要視されていないようだ。
 外に出ると、空が曇ってきているようだ。雨が降りそうだと思いながら、清子は近くのコンビニへ向かう。そして店内でコーヒーを手にすると、声をかけられた。
「よう。有名人。」
 その声に清子は怪訝そうな顔になる。そして大きな荷物を持っている晶を見上げた。
「どういう意味ですか。」
「編集長とデートだって?」
 その言葉に清子の手が止まった。
「は?」
「飲みに行ったって聞いた。二人で仲良く赤提灯に入っていくところ、結構出回ってるぜ。」
 それでか。清子は聞きたくもないその話題に、ため息を付く。
「仕事の話しかしてませんが。」
「人はそれでも噂を立てるんだよ。女は噂好きだからな。」
 晶の手には弁当が握られている。それが食事なのだろう。
「編集長は何か聞きたかったみたいですが、プライベートのことは話したくありません。」
「へぇ。じゃあ編集長は噂立てられ損だな。」
 その言葉を無視してレジへ向かうと、清子はコーヒーと煙草を買う。普段なら自動販売機のコーヒーで良いが、煙草が切れそうだったのでここに来たのだろう。精算を終えると、そのまま出て行こうとした清子を、晶が呼び止める。
「ちょっと待てよ。」
 話も聞きたくない。そう思いながら、清子の足は止まらなかった。それを追いかけて、晶は急いで精算を終えるとその背中を追っていく。
「それでもお前はかまわないのか。」
「何が?」
「股の緩い女だって言われてる。派遣で行く先々で男をくわえ込んでるって。そんな噂が立ったら次も決まらないんじゃないのか。」
「根も葉もない噂を誰が信じますか。」
「根はあるだろ?二人で飲みに行ったりしたんだし。」
 だから人間関係は面倒なんだ。だが晶の言うことも一理ある。派遣先が見つからなければ食いっぱぐれるのだから。一年は契約上、ここにいれるがその先はわからない不安定な派遣の弱いところだ。
「確かにその通りですね。仕事をしていればいいと思ってましたが、そんな噂は困ります。」
「だろ?だったら俺に良い考えがあるんだけど乗るか?」
 いやな予感しかしない。だがこのままではらちがあかないだろう。

 近くにあるうどん屋でうどんを食べ終わった史は、会社に戻ろうとしていた。その時、ふと目に付いた人たちがいる。それは晶と清子だった。
 晶の手にはコンビニの袋が握られている。会社に戻って食べる気だろう。だが清子はいつものスタイルだ。表情も変わらない。だが晶は少し上機嫌そうに清子に話しかけている。
 やはりあのとき誘えば良かった。清子がどんなセックスをするのか、どんな風にあえぐのか、それが気になる。晶が元恋人ならば、それを知っているはずだ。まさか手もつながないまま恋人が終わるわけがない。
 その時晶の方が史に気が付いて、手招きされた。史は何も考えずに二人に近づく。
「どうしたの。二人して。」
「飲み会をしたいって話をしてたんですよ。」
「飲み会?」
「徳成さんが来て一ヶ月くらいたつけど、まだ歓迎会をしていないって話になって。」
「……酒は……。」
 すると清子は少しため息を付いて言う。
「嫌いじゃないです。」
 飲めないと言うことにしていたのに、あっさり晶には酒のことを言ったのだろうか。
「だったら行こうぜ。みんなの都合聞いてさ。」
「校了前にしてくれよ。」
「わかってますって。お、もうあまり時間ねぇや。じゃあ俺、飯食うからですね。」
 そういって晶は会社の中に入っていく。
「飲み会なんてイヤだと思っていたんじゃないの?」
「仕方ないですよ。妙な噂が立ってるみたいですし。」
「俺は歓迎してるけどね。」
「は?」
 思わず史の方を見上げた。しかし史は少し笑っているだけだった。
「あのとき言っただろう?デートしたいって。」
「本気ですか。」
「飲み会のあとで二人で抜ける?」
 その言葉に清子はますます不機嫌そうになった。
「編集長がいなかったら話になりませんよ。部内の飲み会でしょう。」
「その通りだ。じゃあ、いつ会う?」
「二人で行ったから、こんなことになったんです。出来ればもうない方がいいんですけど。」
「俺は気にしないけどね。」
 これだけ拒否しているのに引き下がらないのは、何が目的なのだろう。清子はそう思いながら、肩からかけているバッグを持ち直した。

 十階に戻ってきて、清子は喫煙所に立ち寄った。そしてそこから出てくると、そこには数人の女性社員がいる。同じ部署の人たちで、みんなでまとまって食事をしていたのだろう。清子の姿を見てさっと視線をそらせた。
「でさぁ……。」
 全く違う話をしようとしている。だから女は。清子はそう思いながら、後ろからその女性社員たちと同じ方向へ歩いていく。そして清子だけはトイレに入っていった。
 やりにくいな。
 人間関係でごたごたすることはあったが、やはり出版業かというのは思ったよりも閉鎖的なのかもしれない。まぁ、噂だからすぐに消えるとは思うが。
 用を足して個室を出ると、手を洗った。その時別の個室から香子が出てきた。あの女性たちの中で香子もトイレに入ってきたのだろう。香子は手を洗うと、化粧を手直しし始める。まるで清子が見えないように。
「徳成さん。」
「はい?」
 鏡を見ながら話しかけてくる。声をかけられるとは思ってなかった。清子は手を拭いて香子の方をみる。
「編集長って、セックス上手いでしょ?」
 その言葉に清子は首を傾げる。
「知りませんが。」
「え?だってデートしてたんでしょ?」
「当初、歓迎会をしたいと言っていたみたいですが、私がそう言うのを苦手としていたので、せめて個別に話したいと思ってたんじゃないんですか。」
「それで……二人で?」
「えぇ。」
「あの駅編集長の最寄り駅でもないのに?」
「私の最寄り駅です。」
 女性に優しい史だ。それくらいならするかもしれない。
「じゃあ、飲んですぐ解散?」
「はい。電車のあるうちに帰った方が良いと。」
 史はどう見ても清子を狙っている。イヤだからと言って手を出さないようなヘタレではなかったはずだが。まさか本気で好きになっているというのだろうか。
「……もう良いですか?」
 そう言って清子はトイレを出ていこうとした。だがそれを香子は止める。
「待って。ねぇ。何で何も聞かないの?」
「何を聞いて欲しいんですか?」
「……編集長がなんでセックス上手いって知ってるのかとか。」
「さぁ……別にどうでも良いです。」
 さすがにかちんとした。どうしてこんな女に言い寄っているのだろう。
「編集長とつきあってたことがあるのよ。」
「あぁ。そうですか。」
「けど……勝手に別れたいって言い出して……。」
「……。」
 きっと未練があるのだ。だからこんなにムキになる。だからといって無責任なことは言えない。
「今度飲み会があるそうですよ。その時言ってみたらいいんじゃないんですか。」
 この二人がよりを戻してくれれば、自分に言い寄られることはない。正直面倒だ。だからそれが良いきっかけになればいい。
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