不完全な人達

神崎

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映画館と喫茶店

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 ちょうど昼時なので、エレベーターの前は混雑していた。清子は荷物を持ち直すと、その列に並びエレベーターを待つ。すると後ろから声をかけられた。
「徳成。」
 振り向くと、そこには晶の姿があった。いつものボックス型のバッグを持っているところを見ると、どうやら仕事の後らしい。
「久住さん。仕事ですか?」
「うん。こっちはもう少しかかりそうだな。」
 晶は「三島出版」の子会社が発売しているAVのジャケット写真や宣伝用のポスターを撮ることもある。今日はおそらくその撮影なのだ。
「お前、講習会って言ってたっけ。」
「そうですよ。」
「どんなやつ?俺が聞いてもわかる範囲で話してくれよ。」
「セキュリティーの講習です。新種のウィルスが蔓延しそうだと。」
「そっか。」
 わかっているようなわかっていないような曖昧な返事だ。おそらくわかっていない。
「そう言えばさ、こっちの世界でちょっとした騒ぎがあって。」
「何ですか?」
「AVの監督が飛んだらしくて。」
「飛んだ?」
「つまり借金を相当こさえて逃げたらしいんだわ。」
「あぁ……。」
 自分もそうしたようなものだ。借金はなかったが、ゼロからのスタートだった。まだ十六にもなっていなかったのに。
「残ってた修正前のAVがヤクザの手に渡って、無料公開されてる。」
「そういうのが餌になるんですよ。」
 エレベーターは一階へ行ったり戻ってきたりしているが、あまり進んでいない。この後の仕事はないが、さすがにいらいらしてきた。
「階段を使おうかな。」
「四階くらいなら余裕だろ?俺も行くわ。」
 そういってエレベーター脇の非常階段に手をかける。そして薄暗い階段を二人で降りていった。
「……昨日さ。」
「何ですか?」
 清子が後ろから階段を下りていっていたら、急に晶が足を止める。
「編集長が少し変だったなって。」
「……。」
 理由はわかる。だが晶に言うことではない。
「そうですか?」
「お前を降ろした後に、俺につっかかってきてさ。珍しく何だかんだってグチってきた。」
「編集長も人間ですから。そういうときもありますよ。特に……お酒を飲んでましたしね。」
「お前は素面とかわんねぇな。」
「酔ったことがなくて。」
「その言葉通りだと思ったわ。」
 晶はそういって笑っていた。だがさっきまで仕事の勉強をして気を逸らしていたのに、また史の言葉が蘇ってきそうになり清子は、また足を進める。
 そのとき階段下から一人の女性が上がってきた。それはエレベーターで上がるとき、一緒になった背の高い女性だった。何でもないジーパンとシャツだけだが、歩き姿も立ち姿もとても決まっている。
「晶。」
 女性は晶に声をかける。すると晶は少し笑って、女を見た。
「お前、まだ仕事?」
「別の雑誌の撮影。同じ建物で良かったわ。」
「へぇ……。」
 ずいぶんナチュラルな衣装だと思う。だがそのジーパン一つでもおそらくブランドものなのだろう。
「あら。そちらは?」
 女が清子の方に目を移す。一緒に階段を下りて行っていたのに、足を止めたということは知り合いなのだろう。
「同僚だよ。」
「え?あぁだったら、雑誌の編集の方?」
「違う。うちのIT部門。」
「あぁ。そういう……。初めまして。愛と言います。」
「派遣でお世話になっています。徳成と申します。」
 そういって清子はバッグから名刺入れを取り出した。そしてその一枚を愛子に手渡す。細い指で、その指にはピンク色のナチュラルなネイルがしてあった。
「派遣社員?」
「はい。」
「勉強会か何か?」
「講習会です。」
「そうか。日々進化するもんね。こんな世界も。」
 そういって愛はその名刺をバッグに入れた。あまり興味はないのだろう。
「晶はまだ撮影に時間がかかる?」
「そうだな。まだ真っ最中だし。終わったらパッケージの撮影。」
「夕方には終わる?ご飯にでも行かない?」
 その言葉に晶は頭をかく。
「いいや。撮影スタッフと飯行く話になってる。」
「そうか。そういう付き合いも大事だもんね。じゃあ、がんばってね。」
 愛はそういうと階の上に上がっていく。その姿に清子は少しため息を付いた。
「どうした。」
「格好いい女の人だと思って。」
「そうだな。」
「ただの仕事の相手ではないですよね。」
 その言葉に晶の足が止まる。だが否定もしなかった。
「あぁ。」
 恋人同士だ。一緒に住んでいる。昨日だってセックスをしてきたのだ。だがそれを一番知られたくない人に知られた気がする。
 だが清子の表情は変わらない。何も思わないのだろうか。
「清子。あのな……。」
「……清子ではなく、徳成です。何度か言いましたよね。」
 やがて一階に付くと、清子はまっすぐ建物から出ようとしていた。その後ろ姿を追う。
「徳成。あのさ……。」
「何ですか?」
 弁解しようとした。だがそれを阻む人がいる。
「徳成さん。」
 声をかけられた方を振り返ると、そこには史の姿があった。史はいつものスーツ姿ではなく、ジーパンやシャツと言ったどこにでも行るような男性の格好だった。
「編集長。」
「何度か電話をしたんだけど、繋がらないから来てしまったよ。」
「あぁ……すいません。講習中は電源を切ってましたから。」
 どうして史が来ているのだろう。晶は少し不思議に思いながら、もう今日は弁解できないと思った。
「何か用でしたか?」
「あぁ。会社にね。徳成さんを呼んで欲しいっていう連絡があってね。」
「どこから?」
 もう晶のことを忘れたように、二人は行ってしまう。その後ろ姿を見て、晶はぐっと拳に力を入れた。
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