不完全な人達

神崎

文字の大きさ
19 / 289
映画館と喫茶店

18

しおりを挟む
 会社に行き同じフロアの週刊誌に呼ばれた清子は、そのまま仕事を始めた。いつものスーツ姿ではなく、ラフな格好をしている清子に男性社員がこそこそと話をしている。だが校了前。あまり余裕はないようだ。
「これで大丈夫です。」
 同じIT部門の男が感心したように画面を見ていた。
「休みの日に悪かったね。」
 でっぷりと太った男が清子に声をかける。
「いいえ。講習が終わった後だったので間に合って良かったです。」
 そばには史の姿もあったが、史は何をしているのかさっぱりわからなかった。だが清子がキーを押したとたんに、暗かった画面がぱっと明るくなったようで、正常に動いたことを安心の目で見ている。
「正木さんも悪かったね。」
「俺は休みって言っても暇でしたから。」
 すると男は、正木に封筒を手渡した。
「これ、良かったら持って行って。」
「何ですか?」
 封筒を開けると、映画のチケットがある。このチケットを出せば好きな映画をただで観れるものだ。それが二枚ある。
「この間、映画会社の人が来てね。それを置いていったんだ。」
「いいんですか?」
「いいよ。二枚しかないのに、ここの人たちにやったら争奪戦だ。」
 その言葉に史は少し笑う。
「じゃあ、ありがたくいただいていきます。」
 清子を見ると、同じ部門の男に簡易的な処置の仕方を教えているようだった。それもやり方がわからなかったのだろう。
「もし今度こういうことがあれば、このような処置でとりあえずはいけますから。」
「ありがとう。また何かあったら呼ぶよ。」
「はい。いつでも。」
 清子はそういって一礼すると、オフィスを出て行く。
「あ、徳成さん。」
 史もその後を追うように出て行った。その姿を見て、男たちは少し笑う。
「デキてる二人みたいだな。まるで夫婦だ。」
「でもほら、正木さんはあんな感じが好みだとは言ってなかったですけどね。」
「明神さんみたいな感じだろ?正木さんの好みって。」
「真逆っぽい。」
「だとしたら相当床上手なんだろうな。」
「言える。あの課にいても平然と仕事をこなしてるみたいだし。」
 そんな噂をされているとは思わないまま、清子はエレベーターホールへ向かおうとしていた。そこへ史が駆け寄ってくる。
「徳成さん。」
「どうしました?」
「さっきの編集長が、これを持たせてくれた。」
 さっきの封筒を清子に見せて、中身の映画のチケットを見せた。すると清子は少し笑った気がする。
「映画は好きですね。」
「意外だな。どんな映画が好きなんだろうか。」
「息抜きになりますし、出来るなら現実離れしたものがいいです。」
 そういって清子はその封筒を手にすると一枚抜き取った。
「ありがとうございます。ありがたくいただきます。」
 いい暇つぶしが出来た。そういって清子はまたエレベーターホールへ向かおうと足を進めようとしている。それをまた史が止めた。
「一緒に行かないか。」
「いいえ。映画は一人で見る主義なので。隣に誰かいると気が散りますし。」
「気を使わなくてもいい。」
 おそらく夕べのことを根に持っているのだろう。だからこんなに突っかかるのだ。
「それに、君と観たい映画がある。このチケットが使えるかわからないけれど。」
「……どんな映画ですか?」
 その言葉に史は携帯電話を取り出して、何かを検索した。そして画面を清子に見せた。
「……この映画って……。」
「古い映画館だけど、レトロなものが放映されている。お客さんも今の時間ならそんなにいない。」
「私は結構です。」
 史が見せたのは成人映画。昔の映画のもので、モノクロだったが男と女が抱き合っているポスターに、清子はすぐに拒否反応を示したのだ。
「現実離れしている。そして古い映画が未だに上映されているのは、内容はともかく芸術性に優れているからだとも言えるだろうね。君は、割り切ってうちの仕事をしてくれているみたいだけど、あまりにもそういう部分が幼いと思う。」
 清子は少し黙り込み、そしてため息を付いた。
「編集長は、とても言葉が上手いですよね。誰でも納得するでしょうし、説得力があるから反論もしないのでしょう?」
「そうかな。」
「わかりました。お付き合いしましょう。でも……。」
「どうしたの?」
「人のセックスを二時間も観るのは苦痛ですね。」
 その言葉に史は少し笑う。そして二人はエレベーターに乗り込んでいった。

 電車でS区にある繁華街にやってきた。その片隅に喫茶店があり、その隣には成人映画が専門でしている古い建物があった。
 清子はそれをいぶかしげに見ていると思ったが、清子の興味は映画館よりも隣の喫茶店に注がれている。
「どうしたの?」
「……この喫茶店、同伴喫茶ですね。珍しいと思って。」
 そんな単語が出てくると思わなかった。よく見ると、入り口に張り紙がしていた。「性交、スワッピングなどをお断りしています。」という書き込みに、思わず史も苦笑いをした。
「今時あるんですね。それに……この界隈は、ずっと昔にタイムスリップしたみたい。」
 ストリップ劇場、成人映画、ソープランドではなくトルコ風呂という看板が修正された跡があった。
「この辺はヤクザの力も強いんだ。興味があるからといって一人で来てはいけないよ。」
「……。」
「来るときは俺と一緒に来て。」
「来ることがあるんでしょうか。」
 清子はそういって映画館に目を向けた。入り口には今上映されている映画のタイトルが書かれている。この映画館では少し新しい作品が一番近くの時間にある。
「人妻ものが一番近いね。」
「それでいいですよ。」
「すいません。」
 史は受付をしていた年増の女性に話をする。さすがに今日もらったチケットは使えないらしい。
「料金も安いしね。昔の映画のリバイバルだから。」
 そういって史は清子にチケットを手渡した。もう二十分ほどで次の映画が始まる。
「あの……お金は……。」
「これくらいかまわないよ。」
 入り口のそばにあるある灰皿に近づくと、清子は落ち着かないように煙草を取り出した。何だかんだと強がっていてもまだ二十五の女性なのだ。史がいるとは言っても、どんな客がいるのかもわからない。
 そのとき隣の喫茶店から、若い男とその男の母だというくらいの女性が出てきた。
「あの人たちはこれからどこへ行くのでしょう。」
「さぁ……この裏にホテル街があるからね。」
「性交もスワッピングも禁止と書いているのに。」
「そんなこと誰も守ってないよ。本当に同伴喫茶ならね。今度一緒に来てみる?」
「いいえ。」
「取材対象にはなるかもしれない。」
「そのときは明神さんと一緒に来てみてください。」
 きっと香子は史をまだ見ている。だから邪魔をしたくなかった。だがこの関係はきっと誤解を生む。
「……そろそろ時間だね。」
 青い色あせたジャンパーを着た男が入っていき、そのほかは若いが太った男。ビジネスマン風の男も入っていく。女はきっと清子だけだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

処理中です...