不完全な人達

神崎

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同族

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 清子は機嫌が良さそうに電車に乗り込むと、いすに座った。その隣で史も座ると、傘をおいた。帰宅ラッシュはもうとっくにすぎているので、電車の中は座れるほどの余裕があって良かった。
「バスはまだ出てますね。」
「電車でもこの様子だと混んでないよ。」
「だったら濡れるのもイヤだし、電車だったら濡れないで済むかな。」
 清子はそう言って携帯電話を取り出す。どうやらメッセージが入ったらしい。その相手は誰かはわからない。だが薄く笑みを浮かべているところを見ると、慎吾なのか、それとも晶なのかと聞きたくなる。
「……いい話し相手が出来たみたいだね。」
「そうですね。こういったことをあまり話すことも出来なかったので、紹介していただいて良かったです。」
 どうやら慎吾が勉強会に参加するのは、我孫子以外のモノが多かったらしく決まった講師ではないところが良かったのかもしれない。視点が違えば、また違う道が開かれるといわれているようだった。
「今度勉強会へ行くのを誘われました。」
「一緒に?」
「つてがないと講義を受けれないこともあるからです。」
 そう言った意味で慎吾と出会えて良かった。清子はそう思いながら、慎吾のメッセージに張り付けてあったリンクを開いてみる。
 その一つ一つが史をいらつかせる。そしてふと清子から視線をはずして、向こうで座っているカップルをみた。電車の中は人が沢山乗っていれば冷房が利いていないのと変わらない。
 だが閑散としていれば、とても冷える。それを見通して、女は膝にタオル地の膝掛けを足にかけていた。そこまでして短いスカートをはきたいのだろうか。史はそう思っていたが、その膝掛けの理由は違うところにあったらしい。
 徐々に女の顔が赤くなる。そして男の顔が薄く笑っていた。
「駄目だよ……強くしないで。」
「我慢できないの?」
 その様子に史は視線をはずした。AVを見過ぎるとこういうプレイをしたくなるモノなのだろうか。
 清子はそんなよう住に全く気が付かないまま、そのリンク先を見ていた。
「コレにしよう。」
 慎吾にメッセージを送り、清子は携帯電話をしまった。そして不思議そうに見ている史を見上げる。
「どうしました?」
「……次で降りていい?」
「でも駅は……。」
「食事をしたいと思った。君と一緒に。」
「いいえ。私は……。」
「今日のお礼と言ったら?」
 それを言われると何も言い返せない。清子は言葉に詰まり、口を尖らせた。今日は世話になったのだ。それくらいは史の望み通りにしないといけないだろう。それくらいの恩義は感じているのだ。

 最寄り駅に到着して、二人は傘を差す。その直前、清子の目は時刻表に写した。帰る時間を想定しているのだろう。その時間に帰れるだろうか。
 史は清子の酒の飲み方を知っていた。ビールを飲んで、それから日本酒や焼酎をロックで飲む。水のように飲むので、酔わないと勘違いしているのだろう。酒はそんなものではない。飲み方次第では酒豪でも酔っ払うのだとわかっていないのだ。
 駅の前は暗くなった周りに、酔ったサラリーマンに合コン帰りのOL。もうみんな良いだけ飲んでいい気分になっている。仕事帰りの人も多いが、目に付くのは酔っぱらいだ。
 雨が降っているのはあまり関係ないのかもしれない。
「こっちだ。」
 史はそう言って清子を連れていく。史のビニールの傘は先ほどコンビニで買ったものだ。雨が降っていても傘は清子が持っている折りたたみの小さな傘しかなく、二人が入るとやはりどちらも濡れてしまうと思ってやはり買ったのだ。
 史が連れてきたのは会社の近くにある、公園近く。その公園の向こう側に酒屋があり、その奥はまたビルがあったりマンションがある。飲み屋はあまりないので、ここにはあまり人がいない。
 その奥へ行くと、住宅街。その一角に、ほんのりと明かりの灯る場所がある。その建物の前で史は足を止めた。
「ここですか?」
「あぁ。イタリアンだ。古くからの知り合いがいるんだよ。」
 清子はあまり外国の料理を好みとしない。祖母と暮らしていたからかもしれないが、和食が中心だった。肉より魚、チーズよりも野菜が好きなのも知らないのだろう。
「……気が乗らない。」
「まぁ、そんなことを言わないで。」
 ドアの前には木の看板がある。屋号だろう。そのドアを押すと、からんからんとドアベルが鳴った。ひんやりとした空調の利いた店内で、ニンニクとオリーブオイルの匂いがする。
「……いらっしゃい。」
 店内は騒がしく、お客の声も聞こえるのに音楽も流れている。どうやらイタリアのオペラのようだ。店内はあまり広くない。なのに客は結構いるようで、その男同士や女同士、恋人同士、または家族連れもいる。
「あら。史さんじゃない?お久しぶりねぇ。」
 水色のワンピースと白いエプロンをつけた体格の立派な女性が、皿を抱えながら史を見て笑顔になる。
「一子さん。席空いてるかな。二人だけど。」
「ちょっと待ってくれる?席を片づけるから。」
 そう言って一子と言われた女性は、皿を奥の厨房へ運ぶ。ほかにもホールの担当者がいるようだが、一子よりも動きが悪い。清子はそう思いながら、店内を見ていた。
 有名なイタリアオペラのポスターやワインのボトルが飾られている。普段はあまり外国のモノに触れない清子には目新しかったようで珍しそうに周りを見ていた。それを見て史は声をかける。
「……あまりこういうところはこないかな。」
「そうですね。外で食べたりもあまりしないし。」
「昼は食べないときいているけど、夜は?」
「基本、自炊です。」
「今度食べさせてくれないか。」
「人に食べてもらうような食事は作れませんよ。簡単なものです。煮たり、焼いたり、茹でたり、それだけです。」
「そう言うのがいいんだよ。」
 史はそう言って少し笑う。それに、きっと清子の作ったモノだったら、何でも美味しいと思える。
 だが清子は少し暗い気分になっていた。世話になったからと言って、どうしてあのとき晶を部屋にあげたのだろう。そしてキスをしたのだろう。しかしあのときの唇の感触や、舌の感触が、今でも体を熱くさせる。
「お待たせ。テーブルセットできたわ。」
 一子がやってきて、二人はその後ろをついて行く。
「珍しいわねぇ。史さんが彼女を連れてくるなんて。」
「恋人ではないよ。部下。」
「あら。そうなの?部下でも何でも人を連れてくるのが珍しいわ。普段はカウンター席に一人で、何か思い詰めてるみたいなのに。」
「そうかな。大したことは考えていないよ。話しかけてもらってもいいのに。」
「今度そうするわ。」
 席は壁側にひっそりとあるような席で、一子は清子や史のためにかごを用意してくれた。この中に荷物をおいて良いと言うことだろう。
「今日はいい魚があるのよ。」
「今日は肉じゃないの?」
「お肉はいつでも美味しいわ。でも魚はそうはいかない。旬が魚はちゃんとあるのよ。今日はサンマが美味しいわ。トマトソースとパン粉でこんがり焼いたら、パンと一緒に食べるとワインが進む。」
「それはいいね。それをいただこうかな。」
「良いわ。ワインはいい?車じゃないの?」
「車はずっと乗ってないよ。今は編集長だから、あまり外に出ることもないし。」
「そうだったわね。」
 一子は清子の方を見ると、清子はメニューを見ながら難しい顔をしていた。
「お嬢さんは、あまりこういう店に来ないかしら。」
「外食自体あまりしないので。」
「あらそう。今日はトマトも美味しいわ。パスタは嫌い?」
「そうですか……。パスタですか……。蕎麦やうどんなら好きなんですけど。」
 その言葉に一子は豪快に笑っていた。明らかに史よりも年下に見えるのに、とても歳をとった人のような言葉を投げかける女だと思ったのだろう。
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