不完全な人達

神崎

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ツケ

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 「pink倶楽部」のウェブ上のページは、半裸の女性や男性、内容もきついことが載っていることもあるし、もちろん成人済みだが小学生ににしか見えない女性の半裸の写真も載っている。
 なのでページに入る前、年齢確認をすることになっていた。しかし保険証や運転免許証を見せるわけではない。なので高校生が成人済みですといってページを見ることもあるのだ。
 しかしそこから見るのは雑誌のグラビアなんかだけ。あとは乗っている女優のソフトが発売されたら、購入ページに飛んだりする。
 清子はユーザー登録のページを編集しながら、やはり住所も入れるべきか、それとも郵便番号だけでいけるか、それとも都道府県を選ばせるだけにするかと悩んでいた。
 その時一人の女性が「pink倶楽部」のオフィスに入ってきた。背の低い、香子ほどではないが豊かな胸を強調させたような女性だった。
「正木編集長。」
 女性は奥の史の席へ近づく。すると史はチェックしている文章から目を離して、その女性を見る。
「あぁ。高田さんだっけ。」
「やだ。覚えてたんですかぁ。嬉しい。」
 手に持っている大きめの封筒で顔をかくし、照れたように史を見る。
「これ、寮の間取りです。どれも家具家電付きで今日から入れますよ。」
「ありがとう。黒澤さんにも宜しく言っておいて。」
「わかりました。」
 女性は頬を赤らめながら去っていく。その様子を香子は見ていて、心の中で舌打ちをした。あの女性も史を狙っているのだ。史はこの容姿だし女性の扱いはあくまでソフトで、他部署の女性からも人気があるようだった。それに元AV男優ということで、お手並みを拝見したいと思っている人も多い。
 だがここ数ヶ月、史が女性とつきあっているという噂を聞いたことはない。その原因は、清子なのだろうか。
 清子を見ると相変わらずパソコンを前にして、ヘッドホンをつけたまま難しい顔をしている。だがその眼鏡の奥はとても美人で、史だけではなく恋人がいるという晶でさえ、清子を見ている気がした。
 その時史が席を立って清子の所へ向かう。
「徳成さん。」
 手を振られて、清子はヘッドホンをはずした。
「はい。」
「これ、寮の間取り。こっちが君の分らしい。」
「拝見します。決定したら、どこへ?」
「人事部に社内チャットでメッセージを送ればいい。そしたら総務部が用紙を持ってくるついでに鍵や契約書と一緒に持って来るみたいだ。」
「わかりました。だったら早めに決めてしまった方が良いですね。」
「そうなるね。俺もさっさと決めてしまうよ。」
 史はそう言って自分のデスクに戻り、携帯電話を手にした。清子は封筒の中にある数枚の紙を手にしてそれを見る。その時清子の携帯電話にメッセージが届く。
「2DKを選んで、一緒に住む?そしたら家賃も半分になるし。」
 史からのメッセージを見て、清子は少しため息をつく。そんな日は来ない。そう思いながら首を横に振った。

 今日は社員食堂ではなく、会社の近くにあるパスタがおいしい店にランチへやってきた。特に今日のパスタのボンゴレがおいしいと評判で、店内は同じような女性でにぎわっている。
 香子たちはそれを目当てにこの店にやってきたのだ。
「やっぱ、美味しいよね。」
「貝って何でこんなにうま味がでるんだろ。超美味しい。」
 だが香子は皿の中でパスタを巻きながら、少しため息をついていた。その様子に他の女性社員が声をかける。
「明神さんさ、まだ気にしてるの?」
「だってさ……昨日だっておかしいじゃん。あたし、昨日は定時で帰れてさ、その時編集長だって定時で上がってたよ。残ってたのは徳成さんとか、江口さんとかのライターくらいじゃん。」
「撮影があるって、久住さんもまだ帰ってきてなかったね。」
「久住さんは良いんだけどさ、何であの時間に二人でいたのかな。」
「それは……編集長が待ってたんでしょ?」
 冷静にそのパスタを口に運びながら、女性社員が言った。
「……。」
「明神さんさぁ、いい加減吹っ切ったら?」
 いらついているように女性は言った。
「だってさ……。」
「だっても何もないじゃん。もう別れたんだし、明神さんだって編集長と別れてから、何人かつきあったんでしょ?」
「うん……まぁ……そうなんだけどさ……。」
「あの美容師の男はくずだったとしてもさ、もっと他に目を向けるべきだよ。あんな男ばっかじゃないって。」
「そうだよ。合コン、また行けばいいじゃん。」
 合コンといわれて、香子はまた少し暗くなる。酔わせてベッドに誘い込むような男しか最近はいない。だいたい、男もそうだが仕事相手のメーカーとも話をするのに、顔でも名刺でもなく胸に目が向けられるのは失礼な話だと思う。
「あ、ねぇ。あの人知ってる?」
 話題を変えようと、他の社員がテーブルの片隅にいる女性に目を向けた。そこには先ほどオフィスにやってきた高田という女性がいる。同じようにボンゴレのパスタを食べていたが、向かいには長い金色の髪を一つに結んだだけの男がいる。
「……あれ?」
「彼氏かな。」
 彼氏にしては、様子がおかしい気がする。高田の顔には笑顔がないし、男は背をこちらに向けているがどう見ても仲良くランチをしているというわけではなさそうだ。
 その時、高田とその男性が食事を終えたのか、席を立った。そして二人で出て行こうとしたとき、男が香子に気がついて近づいてきた。
「あら。お久しぶりねぇ。」
 すっぴんだし、男性のような服装をしていたので全くわからなかったが、この人は以前、地下のバーで酒を作っていた仁という男だった。
「仁さん。」
「ここでランチは良くするの?」
「このボンゴレすごく美味しいから、これがランチの時には来るようにしてるんです。」
「そう。あたしもそうよ。またお店へいらっしゃいね。」
「えぇ。」
 仁はそう言って手を振って出て行った。その様子に二人の女性社員は、香子に詰め寄る。
「あの人何?」
「男?女?」
「男性。お店で女装しているのよ。」
「女装?ゲイとか?男の娘とか?」
「じゃなくて、趣味女装。性趣向は女性なんですって。」
「へぇ……。そうなんだ。」
「まぁ、珍しくはないよね。」
 女装をしているからといって男性が趣味ではない人は多いものだ。すべての女装家の性趣向が、同姓とは限らない。
「どんな格好をしてるの?」
「なんか、すごいゴシックロリータみたいな。」
「あの身長で?ヒールのある靴はいたら二メートル越すんじゃない?」
「あ、でも店は外国の人が多かったから、あまり見劣りはしなかったな。」
「楽しそう。ね。今度連れて行ってよ。」
「良いよ。」
 あの男には苦い思いでしかないが、店に罪はない。香子はそう思いながら、貝殻の中身の貝を口に入れた。
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