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花火
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昼休憩になり、史は晶とともに外に出る。そのまま映画のスタジオへ行くためだった。正直晶は史といるのは苦痛だった。清子と三週間ほども一緒にいて、セックスをすることもあっただろう。それを想像すると腹が立つ。
「結構がっつり食うんだな。」
史が気に入っている定食屋に入った二人は、それぞれ注文したモノを見て驚いていた。安くてボリュームがあると評判だったが、晶は内心「高校生かよ」と思っている。
「久しぶりに仕事で外に出るしな。」
「編集長になれば、わざわざ取材なんか行かないよなぁ。」
唐揚げ定食を頼んだのだが、皿に大きな唐揚げが五つもあるしその上キャベツの千切りが小高くもられている。小鉢として冷や奴や小松菜のお浸し、ジャガイモとワカメの味噌汁。ご飯も多めだった。
晶が頼んだのも唐揚げが鰺フライに変わっただけだ。ボリュームのある鰺フライが二つもある。
「鰺フライってタルタル?」
「俺は醤油。」
そう言って晶は醤油をかけた。そう言えばいつだったか、清子の家に行って食事をしたことがある。簡単なものだと言っていたが、そう言う食事が好きだった。
「出身は海辺だと言っていたな。」
「あぁ。」
「清子の祖母が海女をしていたといっていた。」
唐揚げにかじり付き、ご飯を口に入れる。
「女は海女をしてる奴が多かった。結構実入りが良いらしいだよな。俺のところは女手がなかったから、よくわからなかったけど。」
その言葉に史少し違和感を感じた。
「実入りがいいのか?」
「あぁ。確か……近所の婆が、それで息子を大学まで出したって言ってたし。」
「……清子の祖母は、それにスーパーでパートもしてたといってたが……。」
「しらね。清子の祖母さんは、人嫌いで有名だったし。近所の集まりにも顔を出さないって言われてたな。」
人を遠ざけているのは、祖母の影響なのだろうか。そう思いながら、史はまた唐揚げに箸をのばす。
「そう言えばよ。」
「ん?」
「夏に花火するって言ってたじゃん。」
「あぁ。雨で流れた奴か。」
「秋祭りで花火あげるらしいぜ。」
「……いつもなら、そこの公園でしているやつか?」
「そうそう。」
そう言って晶は手を叩く。
「だから、会場も河川敷の公園だってよ。」
「まぁ……火薬だし、来年まで持つって事はないだろうから、そう言うところで使った方が有意義だな。」
「あれ、梶原が行きてぇっていってるわ。独身最後に遊びてぇんだろ?」
あと一ヶ月もしないで、梶原という社員は結婚式をする。性に奔放で梶原が書いた道具のレビューは評判が良かったのに、結婚するとなればよっぽど旦那の理解がないとこういう仕事を続けれないだろう。
「梶原さんは退職するのかな。」
「いいや。しねぇって。」
「え?」
「道具のレビューだろ?アレ、旦那が一緒になって使ってるらしいから、結婚したらさらにリアリティが出るんじゃないかって。」
意地悪そうに晶が笑う。それがまた史をいらつかせた。
車に乗り込んで、映画スタジオへ向かう。その間、史はいらついているように腕を組んで、指を動かしている。これは自分が想像していなかったような写真を撮ってきたときの史の表情と一緒だった。
晶は信号で止まると、ポケットから煙草を取り出した。
「気がのらねぇの?」
晶は聞くと、史は少しため息を付いて言う。
「別にもと同業と話すくらいはな。あの人は少し気難しいところもあるし、気は使うかもしれないと思ってた。」
「それだけじゃねぇだろ?」
「……。」
「あんた。清子と何回寝たんだ?」
その言葉に思わず史も煙草を取り出して、火をつける。やはりか。清子のことでいらついているのだ。
「寮にいて、ずっと同じ屋根の下にいたんだろ?手くらい出すわな。」
「……お前に言う必要があるのか。」
口調まで変わってきた。それだけいらついているのだ。
「……悪かったよ。」
素直に謝ると、史はため息を付く。
「正直、そんなに良いとは思ってなかった。十年間もセックスをしていなかったのだから処女と変わらないと思ってたし、面倒かもしれないとも思った。」
だがあの濡れやすく、感じやすい体。声、史を求める温もり。それを感じて、愛しくなる。
「抱けば抱くほど欲しくなる。麻薬か。あいつは。」
その言葉に今度は晶がいらついたように言う。
「俺に言うか?俺は十年も我慢してんだぞ。」
「……悪かったな。」
煙を吐き出して、灰皿に灰を落とす。数本の吸い殻があるくらいで灰皿の中も綺麗なモノだった。
「でも恋人ってわけじゃねぇんだ。」
「あぁ……。どうしても嫌らしい。」
恋人関係が嫌なのか。だったらどうして寝たのだろう。迫られたから寝たのであれば、ただ流されやすい女だ。十年も操を守ってきたのだから、そんな女ではないことはわかる。
だとしたらやはり史のことを想っているのだろうか。そう思うとハンドルを握る手が強くなりそうだった。
そのころ、清子はオフィスを離れて会社の一階にいた。受付の女性が見とれるくらいの男の前にいたからだ。だが男は受付嬢を見ようともしない。
「すいません。わざわざ届けてもらって。」
慎吾は首を横に振ると、バッグの中から一枚の紙を取り出した。そしてそれを清子に手渡す。
「印鑑がいるらしい。」
「講習代は振り込みですね。わかりました。」
新種のコンピューターウィルスは、まだこの国内に入ってきてはいない。だがその対処法についての講習があり、三回のコースを受けるのだ。講師は我孫子ではなく、同じような研究者でもある新城という人だった。この人に会ったことはない。
そのとき慎吾は、もう一枚の紙を出そうとしてまたバッグにしまう。その紙に、清子はふと首を傾げた。
「次の勉強会ですか?」
「いいや……。これは何でも……。」
戸惑っているようだった。だが深追いはしまい。
「そうですか。では私は仕事があるので……。」
ゲートをくぐろうとしていた清子に、慎吾はその手首を掴んだ。掴んでみて驚いた。あまりにも細くて、折れそうだと思ったから。
「どうしました?」
「あ……嫌……。実は……これを。」
先ほど取り出しかけた紙を清子に手渡す。すると清子はその閉じられている紙を開いた。
「祭りですね。」
「あぁ……。実は……俺は花火を生で見たことがなくて。」
「外国にもあるでしょう?」
「夜に子供が一人歩きできるようなところじゃない。」
なるほどそういう国もあるわけだ。清子はうなづいて、慎吾を見上げる。
「一緒に行きますか?」
その言葉に慎吾は驚いて清子をみる。
「え……。」
「実は、先ほど部署のみなさんで祭りへ行かないかと誘われていたんです。正直、気乗りはしないのですが。」
少しがっかりしたようなそんな気持ちになる。だが形はどうであれ、当初の目的を達成できた。
「俺も行っていいのか?」
「編集長とも、私とも、明神さんとも知り合いですし。」
「あの男も知ってる。あの目が隠れた男だ。」
「久住さんですね。」
「……あいつは苦手だ。」
「どうして?」
晶が苦手というのは珍しいと思った。
「たぶん、あいつはいろんなところに行っていろんなモノを見ているのだろうな。」
「世界をわたったと聞いてます。」
「……それで世界を知っているように思っている奴が苦手だ。それに……あいつ、俺に敵意を持っているだろう。」
「そうなんですかね。」
すると慎吾は少し笑い、清子の頭に手を置いた。
「気をつけろよ。手を出されないように。」
「出されませんよ。大丈夫です。」
そういって慎吾は手を離すと、玄関の方へ行ってしまった。不思議なこともあるモノだ。清子はそう思いながら、ゲートをくぐった。
「結構がっつり食うんだな。」
史が気に入っている定食屋に入った二人は、それぞれ注文したモノを見て驚いていた。安くてボリュームがあると評判だったが、晶は内心「高校生かよ」と思っている。
「久しぶりに仕事で外に出るしな。」
「編集長になれば、わざわざ取材なんか行かないよなぁ。」
唐揚げ定食を頼んだのだが、皿に大きな唐揚げが五つもあるしその上キャベツの千切りが小高くもられている。小鉢として冷や奴や小松菜のお浸し、ジャガイモとワカメの味噌汁。ご飯も多めだった。
晶が頼んだのも唐揚げが鰺フライに変わっただけだ。ボリュームのある鰺フライが二つもある。
「鰺フライってタルタル?」
「俺は醤油。」
そう言って晶は醤油をかけた。そう言えばいつだったか、清子の家に行って食事をしたことがある。簡単なものだと言っていたが、そう言う食事が好きだった。
「出身は海辺だと言っていたな。」
「あぁ。」
「清子の祖母が海女をしていたといっていた。」
唐揚げにかじり付き、ご飯を口に入れる。
「女は海女をしてる奴が多かった。結構実入りが良いらしいだよな。俺のところは女手がなかったから、よくわからなかったけど。」
その言葉に史少し違和感を感じた。
「実入りがいいのか?」
「あぁ。確か……近所の婆が、それで息子を大学まで出したって言ってたし。」
「……清子の祖母は、それにスーパーでパートもしてたといってたが……。」
「しらね。清子の祖母さんは、人嫌いで有名だったし。近所の集まりにも顔を出さないって言われてたな。」
人を遠ざけているのは、祖母の影響なのだろうか。そう思いながら、史はまた唐揚げに箸をのばす。
「そう言えばよ。」
「ん?」
「夏に花火するって言ってたじゃん。」
「あぁ。雨で流れた奴か。」
「秋祭りで花火あげるらしいぜ。」
「……いつもなら、そこの公園でしているやつか?」
「そうそう。」
そう言って晶は手を叩く。
「だから、会場も河川敷の公園だってよ。」
「まぁ……火薬だし、来年まで持つって事はないだろうから、そう言うところで使った方が有意義だな。」
「あれ、梶原が行きてぇっていってるわ。独身最後に遊びてぇんだろ?」
あと一ヶ月もしないで、梶原という社員は結婚式をする。性に奔放で梶原が書いた道具のレビューは評判が良かったのに、結婚するとなればよっぽど旦那の理解がないとこういう仕事を続けれないだろう。
「梶原さんは退職するのかな。」
「いいや。しねぇって。」
「え?」
「道具のレビューだろ?アレ、旦那が一緒になって使ってるらしいから、結婚したらさらにリアリティが出るんじゃないかって。」
意地悪そうに晶が笑う。それがまた史をいらつかせた。
車に乗り込んで、映画スタジオへ向かう。その間、史はいらついているように腕を組んで、指を動かしている。これは自分が想像していなかったような写真を撮ってきたときの史の表情と一緒だった。
晶は信号で止まると、ポケットから煙草を取り出した。
「気がのらねぇの?」
晶は聞くと、史は少しため息を付いて言う。
「別にもと同業と話すくらいはな。あの人は少し気難しいところもあるし、気は使うかもしれないと思ってた。」
「それだけじゃねぇだろ?」
「……。」
「あんた。清子と何回寝たんだ?」
その言葉に思わず史も煙草を取り出して、火をつける。やはりか。清子のことでいらついているのだ。
「寮にいて、ずっと同じ屋根の下にいたんだろ?手くらい出すわな。」
「……お前に言う必要があるのか。」
口調まで変わってきた。それだけいらついているのだ。
「……悪かったよ。」
素直に謝ると、史はため息を付く。
「正直、そんなに良いとは思ってなかった。十年間もセックスをしていなかったのだから処女と変わらないと思ってたし、面倒かもしれないとも思った。」
だがあの濡れやすく、感じやすい体。声、史を求める温もり。それを感じて、愛しくなる。
「抱けば抱くほど欲しくなる。麻薬か。あいつは。」
その言葉に今度は晶がいらついたように言う。
「俺に言うか?俺は十年も我慢してんだぞ。」
「……悪かったな。」
煙を吐き出して、灰皿に灰を落とす。数本の吸い殻があるくらいで灰皿の中も綺麗なモノだった。
「でも恋人ってわけじゃねぇんだ。」
「あぁ……。どうしても嫌らしい。」
恋人関係が嫌なのか。だったらどうして寝たのだろう。迫られたから寝たのであれば、ただ流されやすい女だ。十年も操を守ってきたのだから、そんな女ではないことはわかる。
だとしたらやはり史のことを想っているのだろうか。そう思うとハンドルを握る手が強くなりそうだった。
そのころ、清子はオフィスを離れて会社の一階にいた。受付の女性が見とれるくらいの男の前にいたからだ。だが男は受付嬢を見ようともしない。
「すいません。わざわざ届けてもらって。」
慎吾は首を横に振ると、バッグの中から一枚の紙を取り出した。そしてそれを清子に手渡す。
「印鑑がいるらしい。」
「講習代は振り込みですね。わかりました。」
新種のコンピューターウィルスは、まだこの国内に入ってきてはいない。だがその対処法についての講習があり、三回のコースを受けるのだ。講師は我孫子ではなく、同じような研究者でもある新城という人だった。この人に会ったことはない。
そのとき慎吾は、もう一枚の紙を出そうとしてまたバッグにしまう。その紙に、清子はふと首を傾げた。
「次の勉強会ですか?」
「いいや……。これは何でも……。」
戸惑っているようだった。だが深追いはしまい。
「そうですか。では私は仕事があるので……。」
ゲートをくぐろうとしていた清子に、慎吾はその手首を掴んだ。掴んでみて驚いた。あまりにも細くて、折れそうだと思ったから。
「どうしました?」
「あ……嫌……。実は……これを。」
先ほど取り出しかけた紙を清子に手渡す。すると清子はその閉じられている紙を開いた。
「祭りですね。」
「あぁ……。実は……俺は花火を生で見たことがなくて。」
「外国にもあるでしょう?」
「夜に子供が一人歩きできるようなところじゃない。」
なるほどそういう国もあるわけだ。清子はうなづいて、慎吾を見上げる。
「一緒に行きますか?」
その言葉に慎吾は驚いて清子をみる。
「え……。」
「実は、先ほど部署のみなさんで祭りへ行かないかと誘われていたんです。正直、気乗りはしないのですが。」
少しがっかりしたようなそんな気持ちになる。だが形はどうであれ、当初の目的を達成できた。
「俺も行っていいのか?」
「編集長とも、私とも、明神さんとも知り合いですし。」
「あの男も知ってる。あの目が隠れた男だ。」
「久住さんですね。」
「……あいつは苦手だ。」
「どうして?」
晶が苦手というのは珍しいと思った。
「たぶん、あいつはいろんなところに行っていろんなモノを見ているのだろうな。」
「世界をわたったと聞いてます。」
「……それで世界を知っているように思っている奴が苦手だ。それに……あいつ、俺に敵意を持っているだろう。」
「そうなんですかね。」
すると慎吾は少し笑い、清子の頭に手を置いた。
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