不完全な人達

神崎

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対面

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 朝になり、始発で電車に乗った。そして家に帰ると、一度荷物をまとめる。パソコンはいらないだろう。清子はそのままバッグを持つと、部屋を出ていった。
「……。」
 史とセックスをすることはなかったが、抱きしめられながら眠った。その間に「愛」はあるのかわからない。だが心地良いと思えた。
 夜明け前に目が覚めて、まだ史が眠っていることを確認してから部屋を出ていったのだ。史は起きたら、清子に連絡をするだろう。だが清子から連絡をする気はなかった。
 駅で電車を待つ。そして休日の電車に乗り込んだ。ラッシュでいつも込んでいる電車とは大違いだ。ゆっくり座れる席の余裕すらある。
「西川ってライターが嗅ぎ回ってる。お前の所にも話が来るかもしれないな。」
 晶の言葉がぐるぐると回り、目を閉じると、昔のことを思い出した。
 海辺で仲良くなった姉妹がいる。妹とは歳が近かったが、姉とは五つくらいの差があった。水着になった泳いでいた姉は十代に入ったばかりだというのに、発育が良かった気がする。大人だといってはしゃいでいた。
 祖母からの忠告でその姉妹とは縁がなくなったが、殺人事件に巻き込まれていたとは運が悪い姉妹だ。いいや。もしかしたらあのまま付き合っていれば、自分も行方しれずになっていたかもしれないのだ。
 そう考えれば、今の方がまだましだ。体を売ることはないし、売るのは自分の腕だけだ。
 電車を降りると、乗り換えのホームをチェックした。そのとき電話が鳴る。相手は史だった。今起きたのだろう。
「はい……。すいません。やっぱり自分で行きます。帰ったら……連絡します。そのときは、どう責めてもらっても良いですから。」
 その言葉に史の笑い声が聞こえた。そしてこう付け加える。
「覚悟しておけよ。」
 夕べは抱かなかったのだ。今日は抱くかもしれない。生理でも来てくれないだろうか。内心清子はそう思っていたが、この間来たばかりだ。そう月に何度もあるものではない。
 乗り換えの電車に乗ると、いすに座った。あまりこの方面の電車はない。限られた人しか足を運ばないのだ。そのときふと、週刊誌の広告が目に留まった。
「AV女優の末路 ヤクザと薬」
 使い古された言葉だ。そしてその文言の隣には、見覚えのある人が悩ましげな顔で写真に写っている。あぁ。そうだ。この女優はいつか、「pink倶楽部」の表紙を飾るといっていたのに、薬で捕まってしまったのだ。よく見れば目の焦点は合っていないし、奇妙に頬がこけている。その割には大きな胸を持っていた。
 この女優は初犯で、保釈金の折り合いが付いたのでもう檻の外に出てくる。またAV女優をするのだろうか。それともストリップやソープ、デリヘルなどで働いた方が実入りがいいのか。
 最近はAV女優の敷居が低くなった。昔は借金があったり色んな事情があって、AV女優になるというのは身を落とすという言葉があった。香子も借金を返せるくらいの大金が転がり込むのでAVに出演したのだという。
 だがその分飽和状態だ。ちょっと可愛くて、胸が大きいくらいでは単体女優になれない。個性は必要だ。たとえば、濡れやすい、感じやすい、あえぎ声が色っぽいなど数を上げれば多くあるようだが、それでも数は限られる。それでもAVの世界で生きていくためには、サディストであったりマゾヒストであったり、それも縛られ、叩かれ、何人もの男の相手をして、身も心もぼろぼろにならないと生きていけないのだ。だから薬に手を出すのは、自分が楽になれる近道なのかもしれない。
 こんな世界は自分は生きていけないだろう。そう思いながら清子は、その週刊誌の違うネタを見た。それは週刊連載で、純文学の巨匠である男の新作が近々登場するらしい。清子はこの男の初期の本は読んだことがある。
 だが最近は手に取っていない。女に媚びるような文章になったと思ったからだ。
 どうでも良い。清子はそのチラシから目を離して、イヤホンを取り出した。

 駅はどこに出もある田舎の駅で、待合室にはキヨスクがある。駅員は一人常駐。交代制らしく、電車を見送るとあくびをかみしめていた。
 清子は駅を出ると、その海辺の光景に目を見張った。確かに道は舗装されたしコンビニが出来ているが、その海だけは変わらない。石浜で、波がたつ度にじゃらじゃらと音を立てる。
 海の匂いがして、心地良い。しばらくぼんやりと海を見て、ふと駅の前にあるバス停に目を向けた。
「すご……。」
 バスは一時間に一本ではなく、一日に二本。朝と夕方しかこないようだ。どうやら歩いていくしかない。清子はそう思いながら、荷物を減らしてきて良かったと内心思っていた。
 清子が住んでいた家は、歩いて十五分ほど。港から少し山側に入った集落の一つだ。
 この辺の人は男は漁に出て、女は海女をして生活をしているが、冬になれば魚もあまり採れないことが多いので、お茶を作ったりみかんを作ったりして生活をしていた。米は育たない土地なのだ。ただし、山の方へ入れば別だが。
 今はあまりそんなことがないようで、港へ来ても海女をしている女性は少ない。男の漁も遠洋に鞍替えしたようで、あまり若い男を見ない気がした。
 そして自分が住んでいた家への路地を上がろうとしたときだった。
「おい。」
 声をかけられて不意に振り返った。そこには晶の姿があったのだ。
「久住さん……。」
「張ってりゃ、来ると思った。」
 驚いた。そこまでして後を追いたかったのだろうか。
「いつから?」
「さっき。港に車置いたとたんに、石川さんから声をかけられてたまんねぇよ。」
「石川?」
「同級生にいたじゃん。ころころした女。その母親は、現役でまだ海女してるらしいぜ。そこのレストランに卸してるって。」
「覚えてないです。」
「だろうな。お前人に興味ねぇもんな。」
 嫌みか。そう思っていたが元々そう言う人だ。言うのも飽きてしまった。
「帰りに飯でも食うか?」
「いいえ。様子を見てすぐ帰ります。」
 清子はそう言って足を山側に踏み出した。
「待てよ。墓ってどこだ。」
「家の裏です。付いてこなくても結構ですよ。」
「いいや。行く。」
 清子の様子がおかしい。意地になっているようにも見えるが、足下が少しふらついている。おそらく、無理をしてきたのだ。
「……このあと、お前つき合えよ。」
「どこに?」
「病院。お前の祖母さんがいたところ。」
「……誰か悪いんですか?」
「まぁな。」
 晶はそう言って煙草に火をつけた。それ以上言いたくなかったのだろう。
「お、あそこだっけ?」
 古い門構えの家が見えた。家は立派なものだった。祖母と二人で暮らすには贅沢すぎるような家で、いつも一人で遊んでいた記憶しかない。
「何……これ……。」
 清子はその門を前にして、立ち尽くしていた。その門の表には、白いお札のような紙がべったりと貼り付けられている。その紙には読めない続き字が書いてあり、何のご利益なんかがあるのかもわからない。
「……魔除けの札みたいなものか。それか結界だな。」
「結界?」
「隣の国ではよく見た。宗教団体が住んでるってのは、本当みたいだ。ほら。見ろよ。
 門の横には「荒神」と書いてあった。おそらくこれが宗教の名前だろう。
 そのとき中から紺色の作務衣を来た男が出てきて鋭い目線で、清子たちを見下ろす。手にはほうきとちりとりが握られていた。
「何だ。家の一家に用事か。勉強をしたいならなら断りはしない。」
「あのさ……これ、どういう宗教?」
 すると男は表情を変えずに言った。
「この世は力で成り立っている。団体でまとまるよりも、この世界が崩壊したとき強く生きていける力を身につけるための教えを三澤修様から勉強をしているものだ。決して宗教ではない。」
「はぁ……。」
「教えを請いたいなら、案内しよう。」
「いいや。結構だ。行こうぜ。」
 そう言って晶は清子の手を引いて、山の方へ向かう。だがその男が二人に声をかけた。
「そちらの方向は山しかないが、どこへ行かれる気か。」
「あー。墓参り。」
「……墓地か。弱者の吹き溜まりへ行くのだな。」
 そう言って男は初めて表情を変えて、玄関先を掃き始めた。その様子に清子の手が震え始めたのを晶は感じて、その手を強く握る。
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