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対面
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病室を出てエレベーターで一階に降りていく。その間も清子は何も語ることはなかった。おそらく頭が混乱しているのだろう。降りていく室内で、思い切って晶は声をかける。
「なぁ……。」
「何ですか?」
「……どっちの顔もお前の祖母ちゃんのことだろう。股が緩かったのも男に惚れやすかったのも……世話好きだったのも事実だ。」
「……世話好きだったのに、どうして人を信用しなくなったのか。それがわかりません。」
「だからってお前まで人を信用しない考えってのはちょっと違う気がするけどな。」
だから自分を見て欲しい。そう思うのに言葉が出なかった。愛のことがちらついたから。
それから、こうやって上から清子を見下ろせば清子の着ているシャツの襟元からわずかに見える赤い跡。
夕べ、電話をしたときは外にいたと言っていた。だが外にいるような雑音はしなかったのだ。だったら部屋の中にいる。誰の部屋なのか。
史だろう。
史は花火が終わってバスで駅に着くと、みんなで飲み直そうと言っていたのに帰って行ってしまったのだ。普段はあのオフィスにいることが多い史は、人混みにあまりなれていない。だから疲れたのだと思っていたが、あのあとに清子と会っていたなら話は別だ。
やがてエレベーターが一階につく。そこを降りて待合室を通ってから表に出る。
「腹減ったな。飯でも食わねぇか?港に食堂あったじゃん。海のものを食わせてくれるらしいぜ。」
「昼は食べません。」
「不健康だな。ちょっとでも食えよ。あの貝の味噌汁食べてぇ。」
確かに昼は食べないが、あの貝の味噌汁は魅力的だ。アサリや蛤に限らず貝のだしで取った味噌汁は絶品で、その中にクロメなどを入れたらさらに美味しくなる。
「直売所に行って帰ろうかな。」
「良いねぇ。行こうぜ。」
「久住さんも行くんですか?」
「冷たい奴だな。」
そう言って待合室を横切ろうとしたときだった。清子は声をかけられた。
「……徳成清子さん?」
思わず振り返ると、そこにはこの街には似つかわしくない男が立っていた。こういう人を見たことはあるが、声はかけられたことはない。
眉や鼻にピアスをしていて、耳には拡張したボディピアス。こういう人を人体改造をした人というのだろうか。
「……お前、知り合い?」
晶の知り合いにもこういう人が居るが、清子の知り合いにしては奇妙だ。ピアスすら開けていない清子が、こういう人と知り合いなのだろうか。
「いいえ。」
「初めまして。こういうものです。」
やはり初めてだったのか。清子は名刺を受け取ると、納得したようにうなづいた。
「どこかでお見かけしたことがあると思いました。うちの出版社ですね。」
清子の手にある名刺をのぞいてみると、そこには「西川充」と書かれてあった。フリーライターで、記事を売り込んで収入にしている男だ。週刊誌には欠かせないのだろう。
フリーの良いところは、他の出版社のように規制がないところだった。自由に動き回り、スクープを取れば一番高く買い取ってくれるところに売り込むことが出来る。だがそれはスクープが取れたらの話だ。ほとんどは生活は出来てなくて、バイトと掛け持ちをしている。
だが西川はそれで生活できているのだろう。
「ちょっと聞きたいことがあるんですけど。」
「何でしょうか。」
「この街で殺人事件があったの知ってますか。」
その話に清子の表情が少し変わった。昔のことを思い出したからだろう。
「……私はずっとここにいたわけじゃないから……。」
「でも仲が良かったんでしょう?あの姉妹とは。」
「仲が良かったと言っても、五歳とか、それくらいのレベルです。」
「それくらいでいいんですよ。詳しい話が聞きたい。」
清子が十四歳ほどの頃。まだ祖母が元気だった。
近所に住む普通の家庭が崩壊した。父親が母親を殺し、二人の娘は行方知れずになったのだ。そのときの家がまだとり壊されずに残っている。
「あの事件な……俺の所にも警察がすげぇ来たよ。」
晶はそう言うと西川は晶の方を見る。なるほど、晶もこの街の出身なのか。そうすれば詳しい話がもっと聞けるかも知れない。
「この姉妹と父親は血の繋がりがなかったと言ってます。」
「らしいですね。祖母が、余所の男を家に入れるなど何か間違いが起きるかも知れないと言ってましたし。」
「間違い?」
遠くから見る限りだったが、あの姉妹の姉は中学生くらいの頃にはもう大人のような雰囲気を醸し出していた。背が高く手足も細く長く、何より中学生にしては放漫な胸や尻を持っていた。
「そうだったな。近所の漁師の男が連れ込もうとして、騒ぎになったな。」
「ふーん。で……妹も?」
「妹さんは、あまり似てませんでしたね。中学も一緒でしたが背も低くてまるで少年みたいな人でしたから。」
少年ね。西川は少しうなづいて、それをメモに取った。
「あぁ。そうだ。あの妹の方は、どっか施設に入ったんだよ。両親も居なくて姉ちゃんも居なかったから。」
「そうなんですか?」
「そっからは俺もわかんねぇけど。なんせ別の街のことだしな。」
晶はそう言うと、西川は納得したようにうなづいた。
「また、何かあったら連絡してください。」
「私はあと半年ほど「三島出版」にいますから、そこで声をかけてください。」
「三島……あぁ。そうだった。えぇ。続き部屋みたいだし、そうさせてもらいますよ。」
そう言って西川は、玄関を出て行った。その様子を見て、晶は舌打ちをする。
「あいつ、気にくわねぇな。」
「そうですか?」
「元々性差別を扱ったライターだったんだろ。」
「性差別?」
「いつだったかアフリカと彼女の性差別を記事にして、有名な賞をもらってる。でもそのあとはぱったりだ。こんな下世話な記事を書いてるとは思ってなかったけど。」
「久住さんも似たようなものでしょう?」
清子はそう言うと晶はムキになったように言う。
「俺は、最初自然物しか撮ってなかった。僻地に行ってな、火山とか、海とかばかりだ。でもまぁ……人を撮った方が金にはなるな。」
根底は金なのだろう。清子は少しため息を心の中で付くと、玄関を出て行く。
「おい。直売所行くんだろ?」
「そうですけど……。」
「俺も行くから。」
晶はそう言って清子を駐車場に連れてく。このままどこかへ行けないだろうか。街に帰れば、愛の所に戻らないといけないのだから。
このままゆっくりした時間が過ぎればいいと思う。
「なぁ……。」
「何ですか?」
「……どっちの顔もお前の祖母ちゃんのことだろう。股が緩かったのも男に惚れやすかったのも……世話好きだったのも事実だ。」
「……世話好きだったのに、どうして人を信用しなくなったのか。それがわかりません。」
「だからってお前まで人を信用しない考えってのはちょっと違う気がするけどな。」
だから自分を見て欲しい。そう思うのに言葉が出なかった。愛のことがちらついたから。
それから、こうやって上から清子を見下ろせば清子の着ているシャツの襟元からわずかに見える赤い跡。
夕べ、電話をしたときは外にいたと言っていた。だが外にいるような雑音はしなかったのだ。だったら部屋の中にいる。誰の部屋なのか。
史だろう。
史は花火が終わってバスで駅に着くと、みんなで飲み直そうと言っていたのに帰って行ってしまったのだ。普段はあのオフィスにいることが多い史は、人混みにあまりなれていない。だから疲れたのだと思っていたが、あのあとに清子と会っていたなら話は別だ。
やがてエレベーターが一階につく。そこを降りて待合室を通ってから表に出る。
「腹減ったな。飯でも食わねぇか?港に食堂あったじゃん。海のものを食わせてくれるらしいぜ。」
「昼は食べません。」
「不健康だな。ちょっとでも食えよ。あの貝の味噌汁食べてぇ。」
確かに昼は食べないが、あの貝の味噌汁は魅力的だ。アサリや蛤に限らず貝のだしで取った味噌汁は絶品で、その中にクロメなどを入れたらさらに美味しくなる。
「直売所に行って帰ろうかな。」
「良いねぇ。行こうぜ。」
「久住さんも行くんですか?」
「冷たい奴だな。」
そう言って待合室を横切ろうとしたときだった。清子は声をかけられた。
「……徳成清子さん?」
思わず振り返ると、そこにはこの街には似つかわしくない男が立っていた。こういう人を見たことはあるが、声はかけられたことはない。
眉や鼻にピアスをしていて、耳には拡張したボディピアス。こういう人を人体改造をした人というのだろうか。
「……お前、知り合い?」
晶の知り合いにもこういう人が居るが、清子の知り合いにしては奇妙だ。ピアスすら開けていない清子が、こういう人と知り合いなのだろうか。
「いいえ。」
「初めまして。こういうものです。」
やはり初めてだったのか。清子は名刺を受け取ると、納得したようにうなづいた。
「どこかでお見かけしたことがあると思いました。うちの出版社ですね。」
清子の手にある名刺をのぞいてみると、そこには「西川充」と書かれてあった。フリーライターで、記事を売り込んで収入にしている男だ。週刊誌には欠かせないのだろう。
フリーの良いところは、他の出版社のように規制がないところだった。自由に動き回り、スクープを取れば一番高く買い取ってくれるところに売り込むことが出来る。だがそれはスクープが取れたらの話だ。ほとんどは生活は出来てなくて、バイトと掛け持ちをしている。
だが西川はそれで生活できているのだろう。
「ちょっと聞きたいことがあるんですけど。」
「何でしょうか。」
「この街で殺人事件があったの知ってますか。」
その話に清子の表情が少し変わった。昔のことを思い出したからだろう。
「……私はずっとここにいたわけじゃないから……。」
「でも仲が良かったんでしょう?あの姉妹とは。」
「仲が良かったと言っても、五歳とか、それくらいのレベルです。」
「それくらいでいいんですよ。詳しい話が聞きたい。」
清子が十四歳ほどの頃。まだ祖母が元気だった。
近所に住む普通の家庭が崩壊した。父親が母親を殺し、二人の娘は行方知れずになったのだ。そのときの家がまだとり壊されずに残っている。
「あの事件な……俺の所にも警察がすげぇ来たよ。」
晶はそう言うと西川は晶の方を見る。なるほど、晶もこの街の出身なのか。そうすれば詳しい話がもっと聞けるかも知れない。
「この姉妹と父親は血の繋がりがなかったと言ってます。」
「らしいですね。祖母が、余所の男を家に入れるなど何か間違いが起きるかも知れないと言ってましたし。」
「間違い?」
遠くから見る限りだったが、あの姉妹の姉は中学生くらいの頃にはもう大人のような雰囲気を醸し出していた。背が高く手足も細く長く、何より中学生にしては放漫な胸や尻を持っていた。
「そうだったな。近所の漁師の男が連れ込もうとして、騒ぎになったな。」
「ふーん。で……妹も?」
「妹さんは、あまり似てませんでしたね。中学も一緒でしたが背も低くてまるで少年みたいな人でしたから。」
少年ね。西川は少しうなづいて、それをメモに取った。
「あぁ。そうだ。あの妹の方は、どっか施設に入ったんだよ。両親も居なくて姉ちゃんも居なかったから。」
「そうなんですか?」
「そっからは俺もわかんねぇけど。なんせ別の街のことだしな。」
晶はそう言うと、西川は納得したようにうなづいた。
「また、何かあったら連絡してください。」
「私はあと半年ほど「三島出版」にいますから、そこで声をかけてください。」
「三島……あぁ。そうだった。えぇ。続き部屋みたいだし、そうさせてもらいますよ。」
そう言って西川は、玄関を出て行った。その様子を見て、晶は舌打ちをする。
「あいつ、気にくわねぇな。」
「そうですか?」
「元々性差別を扱ったライターだったんだろ。」
「性差別?」
「いつだったかアフリカと彼女の性差別を記事にして、有名な賞をもらってる。でもそのあとはぱったりだ。こんな下世話な記事を書いてるとは思ってなかったけど。」
「久住さんも似たようなものでしょう?」
清子はそう言うと晶はムキになったように言う。
「俺は、最初自然物しか撮ってなかった。僻地に行ってな、火山とか、海とかばかりだ。でもまぁ……人を撮った方が金にはなるな。」
根底は金なのだろう。清子は少しため息を心の中で付くと、玄関を出て行く。
「おい。直売所行くんだろ?」
「そうですけど……。」
「俺も行くから。」
晶はそう言って清子を駐車場に連れてく。このままどこかへ行けないだろうか。街に帰れば、愛の所に戻らないといけないのだから。
このままゆっくりした時間が過ぎればいいと思う。
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