不完全な人達

神崎

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嫉妬

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 我孫子と別れて、清子は自分の職場へ戻ろうとしたときだった。ふと見ると、来客用の端末をいらいらしているように当たっている人が目に付いた。和服を着た細身の後ろ姿だ。おそらくあまり機械に慣れていないのだろう。
 お節介かもしれないが、清子はその人に近づく。
「お困りですか。」
 声をかけると、男は振り返る顔に清子は少しひきつった。それは冬山祥吾だったのだ。
「清子さん。」
「……こちらに用事でしょうか。」
「ここで働いていたのですね。」
「派遣ですけど。」
「そうですか。いや……こちらの文芸誌の方へ打ち合わせに来てほしいと言われているのですけど、機械は苦手でしてね。こういったことは助手がいつもしてくれるのだが……。」
 その助手では手が回らないこともあるのだろう。表にほとんど出ない祥吾がここまでやってくるのだから。
「一度ホームに戻りますね。」
 清子はそういって画面を元に戻す。
「どこの文芸誌ですか。」
 機械を器用に触れる清子の手の先を見る。短い爪だ。それにあまり手入れをされていないのか、手荒れがひどい。わずかに手が切れていて血が固まっているのが見える。あかぎれは痛いだろう。
 ふと自分の母のことを思いだした。母の手もあかぎれだらけだったから。それでも冬には新しいセーターを編んでくれた。日々成長する子供のために、編み直してサイズを大きくして編んでくれたのだ。
 若い頃は手編みなどと思っていたが、それを何枚も手で編んでいたことを思うと相当な労力だと思う。そしてそれが温かく、冷たい海風を防いでくれるようだった。
「これで大丈夫です。このカードをお持ちください。ゲートの入り口にそれをかざせば、扉が開きますから。」
「ありがとう。助かりました。」
「いいえ。ではこれで。」
 本当ならもうオフィスに行っても良いと思っていた。だがこのままエレベーターに乗ると、祥吾と鉢合わせをするかもしれない。この空間に二人っきりは結構きつい状況だろう。
 そう思うと自然に玄関の外に足を向けてしまう。冷たい風が吹き込んできた。しまった。コートがオフィスにあるのだった。このままどこかコンビニにでも行けないだろうか。
「清子さん。」
 振り向くと、そこには祥吾の姿があった。
「まだ何か?」
「……あ……少しいいですか。」
 気はすすまない。祖母をあんな風に言った人だ。祖母がどんな人だったかは知らない。だが祥吾はきっと祖母の力で大学まで出して貰ったのだ。それを「あんな女」のような言い方をされたくないと思っていた。
「何でしょうか。」
「母の墓を掃除して貰ってありがとう。」
「……。」
 意外な言葉だった。清子は驚いたように祥吾を見上げる。
「墓は移転させたんです。兄は合同の墓に入れ込めばいいと言っていたが、私はあまりそこまでしたくはなくて。」
「……叔父は管理もしたくないと言っていました。だから家も他の方に貸すことで管理をして貰っていると。」
「その通りです。家賃として金も入ってくるからいいだろうと。君を住まわせるだけなら、家賃は入ってきませんからね。」
「……その程度なんですよ。叔父は……。経営者としては立派なのかもしれませんが、情が余りにも欠けている。」
「あんな母ですからね。私も似たような感覚は持っています。私が小説で早く身を立てたのは、母に苦労をさせたくなかったから。」
「建前でしょう。」
 冷たく清子はそういうと、ふと祥吾が笑う。
「もう宜しいですか。休憩時間が終わりそうです。」
「あぁ……そうですね。私ももう行きます。えっと、これを翳せばいいと言っていましたね。」
「はい。エレベーターもそれで動きますから。」
 そのとき向こうから女性の集団と、史がやってきた。その中の一人に長井の姿がある。長井は祥吾を見て急ぎ足で駆け寄ってきた。
「先生。」
「あぁ……君か。」
「課を変わったので担当者も変わったと思いますが、ご挨拶に伺っていなくて申し訳ありません。」
「良いよ。今の担当も有能なようだ。」
 祥吾の隣にいるのは清子だった。どうして清子と祥吾が一緒にいるのだろう。知り合いなのだろうか。若い女が好きだが、こんな色気のかけらもない女性がどうして言い寄られているのだろう。
「徳成さん。お知り合いですか?」
 すると清子は首を横に振る。
「端末機で困っていらっしゃったので、口添えをしただけです。」
 やはり知り合いでも何でもない。考え過ぎか。そう思いながら長井は胸をなで下ろす。しかし祥吾が口を開いた。
「違うでしょう。清子さん。」
「は?」
 どうして下の名前で呼んでいるのだろう。それだけやはり近しい間柄なのか。
「親戚なんだよ。うちの姪だ。」
 じろっと清子は祥吾を見上げる。だがその言葉は長井だけではなく他の人たちにも伝わったようで、特に史は驚いたように祥吾を見ていた。
「え?親戚なの?」
「有名人の親戚なんてすごいねぇ。徳成さん。」
「うちの弟の娘だ。よろしく頼むよ。」
「はい。」
「じゃあ、清子さん。案内して貰っていいだろうか。」
 清子は口をとがらせて、少しため息をついた。
「わかりました。文芸誌は……五階でしたね。」
 これで案内しないという選択肢はない。計算高い男だ。
「編集長。少し戻るのが遅れるかもしれません。」
 清子は史にそういうと、史は少し苦笑いをしてうなづいた。
「いいよ。行っておいで。」
 編集長という言葉に祥吾は、史の方をみる。どこかで見た顔だと思った。
「……編集長ですか?ずいぶん若い……。」
 文芸誌の編集長とは違うようだ。三十代そこそこくらいだろうか。祥吾はそう思いながら、史をみる。
「あぁ。すいません。挨拶が遅れました。徳成さんの上司です。正木と言います。」
 そういって史は名刺を祥吾に手渡す。すると祥吾は首を傾げてその名刺を見た。
「「pink倶楽部」?聞いたことのない雑誌ですね。」
「あぁ……十八歳未満は手に入れられない雑誌です。一応読み物も載せてますけど、純文学とはかけ離れてますからね。」
 少し嫌みかと思ったが、祥吾は気にしないでうなづいたあと名刺を鞄に入れる。
「そういう読み物もないと、子孫は繁栄しませんからな。しかし……そういったものまで売り物にするとはね。爛れた世の中だ。」
 その言葉にはさすがに悪意がある。清子は驚いたように祥吾を促した。
「行きましょう。先生。」
「あぁ。待ち合わせは十三時だった。そのあと十四時に別部署へ。」
「忙しいですね。」
 清子はそういって祥吾を会社の中に入れる。そしてゲートをくぐり、エレベーターに祥吾のパスを翳した。すると、エレベーターはすぐにやってきて、二人を乗せる。扉が閉まると、祥吾は少しため息をついていった。
「いや……あの編集長には悪いことを言ってしまいました。」
「自覚はあったんですね。」
「あぁ。最近、あぁいう性を売り物にした奴らがいらついてくるんです。以前の妻が、そういった輩に転んだからかもしれない。」
 そして自分の妻と思っていた女もまた、他の男にとられそうになっている。それだけは阻止したい。なんとしてでも。
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