138 / 289
食卓
137
しおりを挟む
前に見た実家とは違う。妙なお札も張っていない代わりに、私有地という看板が建てられている。それを見て清子は少しため息を付いた。そして史をみる。
史は予想以上に大きな家で驚いていた。祖母の父が建てた家だというから築百年近く経っているのだろうが、全くそんな風に見えない。確かに古い建物ではあるのだろうが、門構えもその柱も手入れされていて木々の手入れの怠りもない。
「ずいぶん立派な家だ。家というよりも……寺のような……。」
「寺ではないです。でも祖母が若い頃は、民宿であふれた漁師の世話をしていたと聞いています。」
「三島出版」と契約したときから、清子の手には鍵を手渡された。社長個人の物件のようだが、社長本人がきたのは一度きりだという。清子は鍵を開けてその中にはいっていった。
門をくぐり、中にはいるとやはり立派な日本家屋が見えた。玄関の横にある棚も、その奥の広間も、畳やふすまを張り替えないといけないのかもしれないがすべてに歴史があるようだった。
「叔父が……あの宗教団体に貸していたのも良かったのかもしれない。」
「え?」
「人気がなければ家は痛む。宗教団体であれば、修行として家の手入れもしてくれるだろうと思ってたみたいですから。」
これからは自分がやってきて空気を入れ替えたり、庭の手入れをしないといけないだろう。住んでいなくてもそんなことをしなければ家はさび付くのだから。
「清子。一人で住むつもりか。」
「……そのつもりです。」
こんなところに一人でいるつもりなのだろうか。この広い家にぽつんと明かりがつき、その部屋の中で黙々とパソコンに向かい合っている清子の姿が安易に想像できる。だがそんなことをさせられない。
「俺が来ても?」
「編集長が通える距離ではないですよ。それに……私ではなくても……。」
柱に手を当てる。立派に見える家だが、それでもガタがきていた。それにすきま風がある。修理は必要かもしれない。そう思いながら、奥の部屋へ行こうとした。そのとき後ろから腕が伸びる。史が清子を抱きしめていたのだ。
「清子。今日は不安にさせた。悪かったね。」
すると清子は首を横に振る。そしてやっと二人は向かい合うと目を合わせた。
「まだ、信じてもいいんですか。」
「信じてくれるのか。」
「……そうですね……私も今日は裏切ってしまいましたし。」
「え?」
「慎吾さんから好きだと……。」
史は改めて、清子をみる。清子の首には見覚えのない白いマフラーがあった。それが慎吾の気持ちなのだろうか。
「手を出されたの?」
正確には慎吾だけではない。晶ともキスをしたのだが、それをいうつもりはなかった。
「いつもだったら押しのけていたのでしょうが……私の気持ちが揺れていて……。」
「そんなにさせたのは俺が悪かった。軽く抱きしめたりするのが悪かったのか。うーん。こんな事は普通だと思っていたから。」
「普通ではないです。」
「だったらこれからはやめておくよ。抱きしめるのは君だけだ。」
史はそういって清子を正面から抱きしめる。そしてその額にキスをした。
「……。」
すると清子の頬が赤くなる。どうしてだろう。慎吾の震えているキスよりも、晶の激しいキスよりも、自分の感情が高ぶる気がした。
「どうしたの?」
「あの……こんな事を言って良いのか。」
「ん?」
「嬉しくて。」
すると清子はマフラーに顔を埋めて恥ずかしそうに少し微笑んだ。その姿に、史は清子の手を引くとぐっと顎を持ち上げる。
「こっちを見て。」
「え……。」
「正直に言って。」
すると清子はその視線を逸らそうとした。だがその優しげな瞳に触れたいと思う。
「好き……です。」
「俺も好きだから。良かった。セックスの時に言うんじゃなくて、こう言うところで聞きたかったから。ねぇ?もう一度、聞かせて。」
「やです。もう恥ずかしくて……。」
風呂上がりのように顔が赤くなっている。すると史は少し笑って、清子の唇にキスをする。すると清子も史の首に手を伸ばして、それを求めた。
二人は港に戻り、それから清子の案内で晶の家に向かう。晶の家は駅から少し離れたところにある山の上の集落だった。
清子の家とは比べものにならないほど小さい家だが、普通の広さとも言える。最近まで父が暮らしていて、そして兄が住むようになった。一人で暮らしているらしいが、その掃除が行き届いていないなんていうこともない。
車は数台停められるようだが、その下は崖になっていて少し怖い。
「土砂崩れなんかはないのかな。」
そういってみかんの山を見上げる。すると清子は少し笑っていった。
「この辺は地盤がしっかりしているんです。地震でもない限りは大丈夫でしょう。」
すると家の中から茂の声がした。
「晶。お前、何でキノコ類っていったらエノキなんだよ。シメジ買って来いよ。それから鶏肉何で買ってこないんだ。」
「いるって言わなかったじゃん。あー。もうわかったよぉ。買ってくるから。」
その声に二人は顔を見合わせる。これでは近所の人には、すべてがダダ漏れだろう。
史はその勝手口を開けると、出て行こうとした晶に声をかける。
「久住。俺が行ってこようか。」
「え?」
「声、すごい漏れてた。シメジと鳥モモでいいのか?」
「あー。うん……。あ、清子。ついて行くか?」
「良いよ。行きがけにあったスーパーでいいんだろう?清子は食事の用意を手伝ったら?」
「そうします。」
「あぁ。その前に、これを冷蔵庫に入れてくれるか。」
そういって史は自分の車の後部座席から、白い箱を取り出した。
「何ですか?」
「ケーキ。今日はクリスマスだからね。」
すると晶は少し笑って、史に言う。
「二人で食うつもりだったんだろ?いいのか?俺らも食って。」
「良いよ。明日も食べればいいと思ってたから。」
史はそういってその箱を清子に手渡すと、車に乗り込んだ。すると中から茂がエプロン姿で勝手口から出てきた。
「あ、スーパー行くんなら、ビールもついでに。」
すると史は窓を開けて、微笑んだ。
「良いですよ。銘柄の指定はありますか?」
「あのスーパーは二種類しかビール無いから、どっちでも良いです。」
「わかりました。」
そういって史はハンドルを切って、麓に降りていく。
「あ……今の誰だ?」
茂は首を傾げて聞くと、晶は笑いながら言った。
「今更?俺らの上司だけど。」
「マジか?使いっぱしりさせて悪かったなぁ。」
「させとけ。させとけ。こんな事でもねぇと編集長を使いっぱしりさせれ無いしな。」
すっきりした顔をしている清子が去っていく車を見ている。それを見て、元の鞘に戻ったのかもしれないと思った。
元の鞘なんかに戻って欲しくないと、どこかで思うところがあった。だがそれを清子が望んでいなかったのだ。
史は予想以上に大きな家で驚いていた。祖母の父が建てた家だというから築百年近く経っているのだろうが、全くそんな風に見えない。確かに古い建物ではあるのだろうが、門構えもその柱も手入れされていて木々の手入れの怠りもない。
「ずいぶん立派な家だ。家というよりも……寺のような……。」
「寺ではないです。でも祖母が若い頃は、民宿であふれた漁師の世話をしていたと聞いています。」
「三島出版」と契約したときから、清子の手には鍵を手渡された。社長個人の物件のようだが、社長本人がきたのは一度きりだという。清子は鍵を開けてその中にはいっていった。
門をくぐり、中にはいるとやはり立派な日本家屋が見えた。玄関の横にある棚も、その奥の広間も、畳やふすまを張り替えないといけないのかもしれないがすべてに歴史があるようだった。
「叔父が……あの宗教団体に貸していたのも良かったのかもしれない。」
「え?」
「人気がなければ家は痛む。宗教団体であれば、修行として家の手入れもしてくれるだろうと思ってたみたいですから。」
これからは自分がやってきて空気を入れ替えたり、庭の手入れをしないといけないだろう。住んでいなくてもそんなことをしなければ家はさび付くのだから。
「清子。一人で住むつもりか。」
「……そのつもりです。」
こんなところに一人でいるつもりなのだろうか。この広い家にぽつんと明かりがつき、その部屋の中で黙々とパソコンに向かい合っている清子の姿が安易に想像できる。だがそんなことをさせられない。
「俺が来ても?」
「編集長が通える距離ではないですよ。それに……私ではなくても……。」
柱に手を当てる。立派に見える家だが、それでもガタがきていた。それにすきま風がある。修理は必要かもしれない。そう思いながら、奥の部屋へ行こうとした。そのとき後ろから腕が伸びる。史が清子を抱きしめていたのだ。
「清子。今日は不安にさせた。悪かったね。」
すると清子は首を横に振る。そしてやっと二人は向かい合うと目を合わせた。
「まだ、信じてもいいんですか。」
「信じてくれるのか。」
「……そうですね……私も今日は裏切ってしまいましたし。」
「え?」
「慎吾さんから好きだと……。」
史は改めて、清子をみる。清子の首には見覚えのない白いマフラーがあった。それが慎吾の気持ちなのだろうか。
「手を出されたの?」
正確には慎吾だけではない。晶ともキスをしたのだが、それをいうつもりはなかった。
「いつもだったら押しのけていたのでしょうが……私の気持ちが揺れていて……。」
「そんなにさせたのは俺が悪かった。軽く抱きしめたりするのが悪かったのか。うーん。こんな事は普通だと思っていたから。」
「普通ではないです。」
「だったらこれからはやめておくよ。抱きしめるのは君だけだ。」
史はそういって清子を正面から抱きしめる。そしてその額にキスをした。
「……。」
すると清子の頬が赤くなる。どうしてだろう。慎吾の震えているキスよりも、晶の激しいキスよりも、自分の感情が高ぶる気がした。
「どうしたの?」
「あの……こんな事を言って良いのか。」
「ん?」
「嬉しくて。」
すると清子はマフラーに顔を埋めて恥ずかしそうに少し微笑んだ。その姿に、史は清子の手を引くとぐっと顎を持ち上げる。
「こっちを見て。」
「え……。」
「正直に言って。」
すると清子はその視線を逸らそうとした。だがその優しげな瞳に触れたいと思う。
「好き……です。」
「俺も好きだから。良かった。セックスの時に言うんじゃなくて、こう言うところで聞きたかったから。ねぇ?もう一度、聞かせて。」
「やです。もう恥ずかしくて……。」
風呂上がりのように顔が赤くなっている。すると史は少し笑って、清子の唇にキスをする。すると清子も史の首に手を伸ばして、それを求めた。
二人は港に戻り、それから清子の案内で晶の家に向かう。晶の家は駅から少し離れたところにある山の上の集落だった。
清子の家とは比べものにならないほど小さい家だが、普通の広さとも言える。最近まで父が暮らしていて、そして兄が住むようになった。一人で暮らしているらしいが、その掃除が行き届いていないなんていうこともない。
車は数台停められるようだが、その下は崖になっていて少し怖い。
「土砂崩れなんかはないのかな。」
そういってみかんの山を見上げる。すると清子は少し笑っていった。
「この辺は地盤がしっかりしているんです。地震でもない限りは大丈夫でしょう。」
すると家の中から茂の声がした。
「晶。お前、何でキノコ類っていったらエノキなんだよ。シメジ買って来いよ。それから鶏肉何で買ってこないんだ。」
「いるって言わなかったじゃん。あー。もうわかったよぉ。買ってくるから。」
その声に二人は顔を見合わせる。これでは近所の人には、すべてがダダ漏れだろう。
史はその勝手口を開けると、出て行こうとした晶に声をかける。
「久住。俺が行ってこようか。」
「え?」
「声、すごい漏れてた。シメジと鳥モモでいいのか?」
「あー。うん……。あ、清子。ついて行くか?」
「良いよ。行きがけにあったスーパーでいいんだろう?清子は食事の用意を手伝ったら?」
「そうします。」
「あぁ。その前に、これを冷蔵庫に入れてくれるか。」
そういって史は自分の車の後部座席から、白い箱を取り出した。
「何ですか?」
「ケーキ。今日はクリスマスだからね。」
すると晶は少し笑って、史に言う。
「二人で食うつもりだったんだろ?いいのか?俺らも食って。」
「良いよ。明日も食べればいいと思ってたから。」
史はそういってその箱を清子に手渡すと、車に乗り込んだ。すると中から茂がエプロン姿で勝手口から出てきた。
「あ、スーパー行くんなら、ビールもついでに。」
すると史は窓を開けて、微笑んだ。
「良いですよ。銘柄の指定はありますか?」
「あのスーパーは二種類しかビール無いから、どっちでも良いです。」
「わかりました。」
そういって史はハンドルを切って、麓に降りていく。
「あ……今の誰だ?」
茂は首を傾げて聞くと、晶は笑いながら言った。
「今更?俺らの上司だけど。」
「マジか?使いっぱしりさせて悪かったなぁ。」
「させとけ。させとけ。こんな事でもねぇと編集長を使いっぱしりさせれ無いしな。」
すっきりした顔をしている清子が去っていく車を見ている。それを見て、元の鞘に戻ったのかもしれないと思った。
元の鞘なんかに戻って欲しくないと、どこかで思うところがあった。だがそれを清子が望んでいなかったのだ。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
17歳男子高生と32歳主婦の境界線
MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。
「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる