不完全な人達

神崎

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食卓

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 古い家だがあまり大きな家ではない。清子の家のように民宿も一緒にしていたわけではないので、普通の一般的な家庭なのだろう。だがその中にはいると、土間がありそこには濡れたエプロンや長靴、漁に使う道具などが置いてある。
 土間の先には台所があり、美味しそうな匂いが居間にも漂ってきていた。貝類と昆布の出汁の匂いだろう。
「晶、風呂沸かしておいてくれよ。」
 茂は台所に立って、白菜を切りながら晶にそういう。すると晶はげんなりしたように口を出す。
「えー?もう暗くなってきたし、ガスで良くねぇ?」
「天気が持ったから焚けよ。それに焚いた方がずっと温かいだろう?」
 すると清子が荷物を置いて、茂にいう。
「あの……私しますよ。」
「清子ちゃんが?」
「懐かしいと思って……こっちに帰ってくるから、焚く感覚を思い出したいし。」
 帰ってくるという言葉に、茂は少し意外そうな顔をしたが少し笑ってうなづいた。
「わかった。じゃあ、お願いしようかな。こっちの方に風呂場があるから。」
 家の中に風呂場があるのではなく、いったん家をでないと風呂場はない。トイレに至ってはさらに離れている。しかもくみ取りのようで、夏になれば蠅がたかるのだろう。
 田舎の家のさらに田舎だと思う。さすがに五右衛門風呂ではなかったが、風呂場は裸電球が一つでそこをつけると少し広めの湯船が見えた。
 清子はその中に水を溜めると、また外にでる。
 火を焚くための竈の蓋を開けて、その中に風呂場の脇にある薪を空洞が出来るように入れていく。そしてその中には少し細目の薪と、木くず。
 それをくみ終わったら新聞紙を手でくしゃくしゃにして、ジッポーで火をつけて中に入れる。この一連の行動は、祖母がしていたことだ。そしてある程度大きくなったら、清子の仕事になった。
 夜に祖母も清子も風呂に入っていたが、朝のうちから祖母は海女の仕事にでる。清子が学校へ行っている昼前に帰ってきて、その残り湯で海水を洗い流していたように思えた。
 焚いた風呂は、ガスと違って冷めにくい。だから昼間でも少し温かいのだ。
「清子。うまく付いたか?」
 振り返ると晶が手にざるを持ってやってきた。
「えぇ。燃えだした。」
 もうしばらくしないと風呂の湯は沸かない。清子は薪に火がついたのを見て、その横からまた薪を持ってくる。
「どうしました?」
「兄貴が、コレも一緒に焼けって。」
 清子にざるを手渡すと、そこにはアルミホイルでくるまれたものが四つある。
「何?コレ。」
「ジャガイモ。茹でたり蒸かしたりするより、こういうのが一番うまいんだよ。」
 すると清子は少し笑っていった。
「そうでしたね。うちも祖母の作ったサツマイモを良くくべてました。」
「焼き芋はうまいよな。」
 煙突から黒い煙が立ち上る。コレが地球環境の破壊だという声もあるのだろうが、そもそも木々は燃えた方が肥料になる場合もある。
「あまり灰がないですね。どこかに引き取ってもらっているんですか?」
「あぁ。この奥に西川ってヤツが帰ってきてさ、そいつが畑をしてるから肥料代わりに渡してるらしい。」
「西川って……昔養鶏場をしていた?」
「そう。息子が帰ってきてる。鶏とか山羊とか飼ってて、畑もついでにしてるらしい。そこの卵とか鶏肉とかたまにもらってきてるみたいだ。」
 ずいぶん年上の人だった。田舎が嫌で出て行ったと思っていたが、いつの間にか帰ってきていたらしい。
「兄貴を色眼鏡で見ないヤツはそう少なくないって事だろうな。」
 噂好きなおばさんなんかは祖母を殺した茂にあらか様に嫌な態度を示す人もいるし、子供を持っている親などはこの家に近づかない方が良いと子供に言っているのを聞いた。
 だがそんな人ばかりではない。茂の人間性を知っている人や、昔からのなじみは全くそんなことを気にしないでつきあいを続けているのだ。
「いい人たちに巡り会えて良かった。」
 清子はぽつりとそういうと、晶は煙草に火をつけて言う。
「田舎だからいいのかもしれない。だからお前も気にしないで住めばいいだろ?」
「そうですね。……と……そろそろかな。」
 清子はそういって竈の蓋を開けると、中の火の様子を見た。まだそんなに火がついていないが薪には火がついている。
「もう少しだろう?あぁそうだ。あとで火がついたら炬燵にも入れよう。」
「まだ掘り炬燵なんですね。それに……薪も買ってきたものじゃなくて、どこかからか切ってきたものみたいな。」
「あぁ。そのはずれに木工所があって、そこから買ってるらしい。あんまり高くはいわねぇらしいわ。まぁ、あっちにしてみたらゴミになる木を金で引き取ってもらえるんだから、いいんだろうけど。」
 煙を吐き出して、晶は清子を見下ろす。
 清子の実家を見た史は何を思っただろう。こんな古いだけの家とは違って、立派な家だ。そして二人で中に入ったのだろう。その間はあまり時間は経っていない。それでも二人はすっきりした顔になっている。
 セックスをしたわけじゃないのだろうが、キスくらいはしただろう。それがとてもいらつかせる。
 数時間前まで清子は自分のものだった。わかってる。自分のものではなく、史のものだ。頭では理解が出来るのに、いらつかせる。
「久住さん。」
 清子の声に晶はふと我に返る。
「何?」
「焼きたてがいいのだったら、芋はもう少しおいた方が良いと思いますけど。まだ史も帰ってきてないし、鍋が出来る前に芋が焼きあがってしまいます。」
「そうだな。じゃあ、少し待つか。」
 晶はそういって煙草を消した。そしてしゃがみ込むと、清子の視線に降りる。
「何?」
「……さっきさ……編集長とキスでもした?」
 その言葉に清子の頬が赤くなる。そして晶から視線をそらせた。
「してんだ。」
「……。」
「俺としたのは?」
「あくまで……久住さんとは何もない。史はずっとそう思ってます。」
「疑ってるだろ?」
「それは……そうだと思いますけど……。」
「はっきり言ってねぇんだ。悪いヤツ。」
 そういって晶は清子の肩に手を押いた。
「あの……。」
「軽くで良いから、もう一回させて。」
「駄目です。」
 清子は手を振り払うと、竈の蓋を開ける。すると晶は清子の手を握って自分の方に倒す。
「やめてくださいよ。」
「大声出すな。兄貴が来るだろ?」
 背中越しから晶の鼓動が聞こえる。温かくて、心地いい。清子は振り返ると、晶はその顎に手を伸ばした。のぞき込むように視線を合わせて、唇を軽く重ねる。
 そのとき車のエンジン音が聞こえて、清子はあわてて体を離した。そして晶もすぐに立ち上がる。そしてしばらくすると、史の白いバンがやってきた。
 車を降りて、史は買い物をした袋を取り出す。そして晶と清子が外にいるのを見て、少し笑った。
「久住。エノキは三袋で百円だったから、三袋買っておいた。」
「いいんじゃねぇ?悪いねぇ。使いっぱしりさせて。」
「良いよ。これくらい。ん?清子は何をしているの?」
「お風呂を焚いてるんです。」
 すると史は珍しそうにその竈を見ていた。
「へぇ……こういうのは初めて見るな。俺団地育ちだし。」
「でた。都会っ子。だったら掘り炬燵なんかも初めてだろ?」
「居酒屋にあるヤツか?」
「それとはまた違うんだよ。とりあえず中に入ったら?」
 そういって晶は史を連れて、家の中に入っていく。周りが暗くて良かった。清子の頬が赤くなっているなど史には知られたくない。
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