不完全な人達

神崎

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食卓

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 あらかた片づけが終わり、清子はそのまま風呂に入っていった。そして茂は眠くなったと自室に帰っていく。居間には、史と晶だけだった。日本酒はもう残りが少ない。清子がほとんど飲んでしまったようなものだと、史は少し笑っていた。
「ワインがあるんだ。」
「清子に飲ませろよ。俺、もう酒は良いわ。」
 そういって晶はお茶を湯飲みに注ぐ。
「清子はワインには弱いよ。」
「洋酒は苦手か?前にバーで見たときはジンを水みたいに飲んでたけどな。」
「ジンは厳密には焼酎みたいなものだろう。」
「そうはいってもな……あいつに付き合ったらこっちがつぶれる。」
「そう?」
 史も湯飲みにお茶を注いでそれを飲む。
「清子は、前からあんな感じか?」
「え?」
「今日、実家っていうのを見せてもらった。すごい立派な日本家屋で、驚いた。」
「でも、あそこは民宿みたいなものだったから、そんなもんじゃねぇの?」
「あそこに一人で居させるのは、少し不安だと思った。」
 すると晶は湯飲みを置いて史にいう。
「だったらあんた、転勤願いでも出すか?」
「え?」
「支所があるだろ?この近所。」
 確かに隣町には「三島出版」が経営するタウン誌の支所がある。そこならここから通えないことはないだろう。だが今はエロ本の編集長だ。そんな勝手は言えないだろう。
「そんなことを言えるわけがない。会社にも都合があるんだから。」
「……遠距離でも良いっていってたじゃん。何だよ。弱気になって。」
「まぁ……あの家に一人で居るっていうのは、大丈夫かとも思うし、寂しいとは思わないのかと……。」
 すると晶は呆れたように史をみた。
「何だよ。」
「嫌……編集長って案外ぼんぼんだなって思って。」
「え?」
「清子はずっと一人だったんだよ。だから一人で居るのなんか慣れてるし、祖母さんが死ぬ前なんかずっと一人だったんだから。」
「……。」
「寂しいなんか思わない。」
 そんな人が居るのだろうか。だが清子があの部屋に一人で居るというのは、どうも納得できない。
 それに晶にはもっと聞きたいこともある。
「……久住。お前さ……本当に清子と寝ていないのか?」
「十年前一度寝たよ。」
「そうじゃなくて、最近の話だ。」
 その話題に晶はため息を付く。結局誰と寝たかとか、そういうことに厳しい男だ。自分のものにしたいという独占欲と、とられたくないという気持ちがあるのだろう。
「いいや。何で?」
 へらっとまた笑った。それはさっきもみた笑いだ。何か誤魔化すことがあれば、晶は笑って誤魔化そうとする。
「清子は流されやすいところがあるから、強引に押せば寝るんじゃないのかって。その……十年前もそうだったんじゃないのかって思うんだが。」
「違うね。あのときは、お互いに色んなことがあったし傷を舐め合いたいと思うところもあった。」
「傷?」
「清子のところは祖母さんが死にそうだったし、俺のところは兄貴がずっとばーさんの介護をしてて疲れてた。家のことも、弟としてたし。」
「弟か。今は何をしているんだ。」
「大学この間卒業して、どっかの研究所の研究員らしいわ。」
 そして結婚したいという女性が居た。だが女性の親から反対されて、その話も流れた。そして恋人とも別れたのだという。親は、茂のことを気にもんだのだ。
「わからねぇでもねぇけど、コレばっかは本人のことじゃねぇし、父親の葬式にも顔を出さなかったんだ。正月にも来るとは思えねぇな。」
「そんなものなのか。」
 清子の家も家計は希薄に見えるが、ここの家もきっと希薄なのだ。まだ晶がこうやってやってくるから保っているようなものなのだが。
「それで良いのか?」
「いいんだろ?兄貴とは会わないっていってたけど、俺とはたまに飲みに行ったりするし。」
 そのとき、清子が外から帰ってきた。浴衣姿で半纏を上から羽織っている。
「お風呂先にいただきました。」
 風呂が熱かったのか、頬が上気している。それがとても色っぽいと思った。
「お茶をいただいて良いですか。」
「あ……あぁ。」
 晶はそういって炬燵に入ってきた清子に湯飲みを手渡す。そして史を見ると、史に言った。
「編集長、先風呂に入って良いよ。」
「え?」
「ここで盛られても困るから。」
 その言葉に清子は驚いたように史をみた。そんな気だったのか。他人の家で何をするつもりだったのだろう。
「あーじゃあ、先に入るよ。」
 史はそういってコンビニの袋を持って外に出て行った。買い物へ行ったときに、ついでにコンビニで下着を買っておいたのだ。それは清子のものもあって、清子が今身につけているのは新品の下着だった。
「お酒はまだ残ってますか?」
「少しな。いる?」
 そういって晶は一升瓶を清子に見せる。少しと言っても清子がまた一人で飲むような量ではない。
「あとはお兄さんに飲ませてください。」
「あの人、普段は飲まないみたいだけど。」
「え?」
「酒を飲んだのも、出所してからだからあまり慣れてなかった。だから結構今日は頑張るなって思ってた。」
「そうだったんですか。すいません。無理させたみたいで。」
「良いよ。どうせ酒には慣れないといけないんだ。漁師ってのはみんな酒を水のように飲むんだし。」
 お茶を口に入れると、清子は眼鏡をかけて携帯電話を取り出した。メッセージのチェックをしているのだろう。
「お前さ、普段目が悪くないのか?」
「えぇ。本当は……。」
 史の前だから言ったのだが、コレを言って良いのだろうか。清子は少し戸惑ったが、別に隠すようなことでもない。
「パソコンの画面とか文字をじっと見てると疲れてきますけど、普段はいらないんです。」
「何だ。そうだったのか。前は眼鏡かけてなかったと思ったから、パソコンのせいで視力が落ちたのかと思った。」
「適度に休憩はとってますから。」
 メッセージの中には慎吾のものもある。慎吾の気を使ったメッセージを見ると心が痛い。
 その様子に晶は清子の携帯電話に手をのばす。
「何だ。慎吾からか。」
「……返してください。」
「……あいつ、好きだとか何とか言ったのか?」
 その言葉に清子は少し頬を染める。
「何がいいんでしょうね。普通の女性の方が……。」
「俺にはお前が良いけどな。」
 そういって晶は携帯電話を返すと、煙草に火をつけた。
「答えられませんよ。」
「そうでもないじゃん。お前、今日応えてくれたし。」
 ますます頬が赤くなった。恥ずかしがっているのだろう。
「仕事の締めが三十日で終わるじゃん。」
「そうですね。」
「そのあと、来いよ。」
「どこに?」
「俺のうち。」
 その言葉に清子は首を横に振る。
「行けない。私には……。」
「編集長から逃げて来いよ。」
「逃げる?」
「あの様子だったら、お前、だいぶ縛られてるだろ?何だったら、俺が……。」
「望んでない。何を言っているんですか。」
 お茶を飲み、清子は炬燵から立ち上がると部屋に戻ろうとした。しかしその裾を引っ張り、晶はそれを止める。
「……清子。」
 その裾を持つ手を離すと晶は立ち上がり、清子の体に手を回す。
「やめて……。」
「声出すなよ。兄貴が起きるだろ?」
 湯上がりで温かい体だ。そしていい匂いがする。その首もとに晶は唇を寄せて、そして赤くなっている清子の唇にキスをする。
「ん……。」
 夢中だった。舌を絡ませて、その口内を舐め回す。アルコールの匂いと煙草の匂いがした。
 だがそれを離すと、清子は晶の体を押しのけて居間を出て行った。
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