不完全な人達

神崎

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来訪

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 清子の飲み代は結構だと言った言葉を撤回して良かった。そう思いながら、涼しい顔をしている清子を見る。清子は顔色一つ変えずに、携帯電話にメッセージを入れているようだ。おそらく仕事のことだろう。どんなに酔っても仕事のことは忘れないのだ。
「二次会行きますか?」
 同じ社員が優に聞いてきた。この男も清子と優の会話には全くついていけず、ほかの人たちと話をしていただけの男だ。
「明日も仕事だろう。今日はやめておこう。久住。タクシーを呼んでくれないか。」
 その言葉に了は、携帯電話を取り出した。すると清子は携帯電話をしまうと、優にいう。
「私は他で帰ります。」
「どこか寄るところがある?」
 まさかまだ飲むつもりなのだろうか。確かにまだ飲めないことはないだろうが、人の何倍飲んでいたのだろう。
「「pink倶楽部」の方はまだ仕事をしているそうなので、差し入れをしたいと思ってました。」
 確かに屋台もまだ開いている。差し入れが出来ないことはないだろう。だがそれに了が口を出した。
「あんた、そんな酒臭いのに職場によく行こうと思うな。」
 すると清子は言葉を詰まらせた。酔っている感じはしないが、確かに酒臭いだろう。みんなしたくて残業をしているわけではないのに、都合で酒を飲んでいた清子がオフィスにはいるのは確かに失礼だ。
「確かにそうですね。ありがとうございます。」
「いいや……。別にあんたが非常識だったから言っただけで……。」
「その辺がずれているとよく言われます。」
 しかし心配だ。史からのメッセージで「今日は帰れない」というのを受け取って、自分だけ飲み会に参加したのが罪悪感になっている。
 すると了が口を出した。
「そんなに心配なら、俺が言付けようか。」
「いいんですか?」
「別に。俺は迎えが来るし。」
 そういえば結婚したいという恋人がいた。その人が迎えに来るのだろう。
「部長。タクシー何台呼べばいいですか?」
「そうだな。二台でいいんじゃないのか。同じ方面の人が相乗りで帰ればいいし。」
「わかりました。じゃあ二台呼びますね。」
 そういって了はタクシーを近くのコンビニを目印に二台呼んだ。平日だから捕まりやすい。
「徳成さん。あんたはそこの屋台で何か買えば?」
「何がいいかな。ちょっと見てきます。」
 そういって清子は公園へ向かった。小走りなのを見て、本当に酔っていないんだなと優は感心しながら、清子の後ろ姿を見る。

 手にはサンドイッチの箱が数個、ビニール袋に入れられて清子は持っていた。サンドイッチの具は、ハムやトマトなんかもあるが、ガッツリとメンチカツを挟んだものもあって、小腹を満たすにはちょうどいいだろう。
「サンドイッチ?」
「あまり食べ過ぎると眠くなるだろうし。」
 割と気がつく女だ。こういうところもあの家に住んでいた祖母に似ているのだろう。
「久住さんは、お正月は実家に帰らないんですか?」
「金がかかるし、茂兄貴とは顔を合わせたくない。」
 金のことは結婚資金を貯めたいからだろう。それだけではなく茂とはまだ隔たりがあるらしい。
「漁師をしてました。」
「あんた、この間うちの実家で泊まったって言ってたな。」
「久住さんが言ってましたか。」
「あぁ。茂兄貴があんなに楽しそうだったのは久しぶりに見たって言ってた。」
「結婚なさるんだったら、相手の方をいやでも実家に連れて行かないといけないんじゃないんですか。」
「何でそれを?」
 驚いたように清子を見る。すると清子は、表情を変えずに言った。
「久住さんが教えてくれました。」
「晶兄貴か。くそ。口が軽いな。」
 そういって道ばたの石を蹴っ飛ばす。
「三沢さんの研究所に学生の時から出入りしてたんだけど、結婚するんだったら安定した職に就いた方がいいって思ったんだよ。」
「そんなものですかね。」
 きっと好きなことを突き詰めていくのだったら、研究所にいた方がいい。だが研究所であれば、収入は限られてくる。驚くようなウィルスの対処法やアプリの開発が出来れば金にはなるのだろうが、あまりそういったことで収入は求められないだろう。だったら定期的に収入がある企業に勤めた方が安定している。
「あんたは何でこの企業にはいるの?ずっと派遣でも食っていけないことはないんだろ?」
 それは言いたくない。家のことが関係しているとか、そんな弱みを見せたくなかったからだ。
「あまり派遣ばかりしていると、求めてくる企業が躊躇すると言われたんです。あの人は、問題があるから企業が取らないのだと。」
「なるほどな。擦れてくるって事か。」
「そういうことです。」
 ただ単に都会にあこがれただけではない。自分だって、出来ればあの海の町に帰りたいと思う。だが、どうしても「殺人者の弟」というレッテルは取れない。
「ところで、何で敬語なの?俺、ずっとタメ口だけど。」
「私はまだ派遣ですからね。入社は来年の春です。久住さんはもう入社されているのでしょう?」
「あぁ。」
「だったら年下だろうと先輩ですから。」
 嫌みか。どう考えても仕事は清子の方が出来るし、ジャンルによっては優よりも詳しいことがあるだろうに。こういうところが、清子の嫌みに繋がると気がついていないのだろうか。
 やがて二人は会社に着くと、裏口に回る。もう正面玄関は閉まっていて、裏口からしか入れないのだ。
「あんた、ここで待ってるか?」
「そうですね。」
「そしたら、あんたのところもうちのが送るわ。」
「いいんですか?」
「別にいいんじゃないか。狭い車だけど。」
 清子は少し笑ってサンドイッチを渡すと了を見送った。了は全く酒が飲めなかったから助かった。
 清子は入り口に置いてある灰皿を見て、そこに近づくと煙草を取り出した。
 それを一本吸い終わる頃、出口から一人の男が出てきた。
「清子。」
 聞き慣れた声だった。それは晶だった。
「久住さん。」
「了が送るっていったんだろ?でもちょっとパソコン関係のトラブルがあってさ、ちょっとかかりそうなんだよ。」
「そうだったんですか。少し遅いなと思っていたから、何かあったのだろうと。あ、SNSはどうでした?」
「運営に連絡して、凍結してもらった。どっちにしてもヘイトはルール違反だってな。」
 SNSにもある程度のルールがある。人格否定をすれば、運営が勝手にアカウントを凍結することもあるのだ。
「だと思いました。」
「それにしても、お前飲んでる?」
「飲み比べをさせられました。」
「それにしては素面っぽいな。酒臭さがなければ仕事をこのまま出来そうだ。」
「すいません。勝手に抜けて。」
「いいよ。別に。俺も少ししたら帰れるし。編集長は泊まるって言ってたけど。」
「大丈夫ですか。」
「心配?こっそり行くか?」
「やめておきます。」
 そういって清子は少し笑った。暗がりだが、それもまた綺麗だと思う。
「清子。俺さ、もう少しで終わるんだ。」
「さっき言ってましたね。」
「うちに来ねぇ?」
「行きません。了さんが送ってくださるそうだし、帰ります。」
「冷てえの。だったら、キスくらいさせろよ。三十日の前に。」
「やです。」
 そのときだった。
「きゃあああっ!」
 裏口に面する駐車場から叫び声が聞こえた。清子は晶と顔を見合わせて、そちらに自然と足を向けた。その叫び声は聞き覚えのある声だったからだ。
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