不完全な人達

神崎

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 清子は外に出ると、暗くなり始めた空を見上げる。史は今日、少し話があるからと先に帰っててと言ってきた。
 毎年、正月になると実家に帰ったり、帰省した子供夫婦が来ると周りが騒がしくなるが、清子にとってはあまり意味のない日だ。正月だからとおせちを食べたり雑煮を食べたりすることも、年賀状を送ることもない。ただ普通の日だった。
 気が向いたらレンタルショップなんかに行って映画を見る日でもあるし、ちょっと気の利いたウィークリーであれば映画の専門チャンネルがあってそれを日がな一日観ることもあった。
 だが今年は違う。史が実家に連れて帰りたいのだと言っていた。まるで結婚の挨拶をするようだと思うが、それでもかまわないのかもしれない。
 一緒に住むことはないかもしれないが、籍を入れたいとか言い出すかもしれないのだ。そのためにはもっと史に話しておかないといけないことがある。
 帰る前に春川の担当の男に、春川のことを聞いた。しかし男は口が堅く、何も話さない。春川のことがばれたら、春川はもう書かないと言っているらしいのだ。春川が書かなくなれば、今の出版業界が傾く。春川自身の自己評価は低いが、それだけ影響力があるのだという。
 もちろん男か女かもわからないし、ライターの秋野という人物とは別だという。
 清子の手の中で鍵が音を立てる。C区はここから電車で一本。あまり遠いところではない。トランクルームに何があるのかわからないが、きっと祥吾の態度の限りあまり陽気なことではないのだろう。
 そのとき、清子の後ろから声をかけられた。
「今帰り?」
 それは了だった。清子が出てきたのを待っていたのかもしれない。
「えぇ。何か用事ですか。」
「あのさ……頼みがあるんだけど。」
 了は頭をかいて、清子に言う。
「我孫子って人の講習が受けたい。っていうか……研究所とかないの?」
 すると清子は首を横に振る。
「我孫子さんは、今は大学の研究所にいて臨時の講師をしているそうです。我孫子さんの講習は確かに受けられないことはないのですけど、ある程度の資格も必要になってきます。」
「そっか……。やっぱ難しいかな。」
 了は了で、この二日間だけでも自分の力のなさを痛感したのだろう。自分の能力は時代遅れで、先端を行かないとこの業界で生き残るのは難しいと。
「とりあえず資格を取ってみたらどうですか。」
「資格?」
「資格は持っていて重荷になるものではないですよ。自分がこれだけ出来るという証明にもなるし。」
「そうか……。ん……そうだな。働きながら何とかなるかな。」
「本当は専門学校とか行った方がいいのかもしれませんが。」
 そういって清子は携帯電話を取り出した。前に観たサイトで、そういう一覧があったような気がしたのだ。
「そういえばさ……話は変わるんだけど、昼間に祥吾さんを見たよ。」
 会社に来ていたのだ。見かけていても不思議はないだろう。
「そうですか。」
「叔父だっけ。でも……。」
 そういって了は首を傾げる。
「どうしたんですか?」
「あと兄弟いたっけ?」
「冬山さんは三人兄弟の真ん中です。兄と弟がいます。」
「あんたはどっちの子供だっけ。」
「弟だと聞いてます。」
「会ったことがある?」
「ないですね。生まれてすぐに祖母に預けられたみたいですから。」
 弟。だったら話が合うのかもしれない。了は携帯電話を取り出すと、ウェブを開く。そして清子にそのページを見せた。
「これを知っているか。」
 見せて貰ったその画像には、外国のオーケストラの写真があった。その常任指揮者はこの国の人で、有名な指揮者らしい。
「えっと……ごめんなさい。私クラシックはあまり聴かないので。」
「俺も進んで聴こうとは思わないけど、うちのがこういう仕事をしているからさ。」
「音楽をしているんですか?」
「いいや。レコード会社。クラシックを担当してるんだよ。指揮者が永澤剛って言うんだけどさ、ピアニストでもあるらしいんだ。」
「それが何か?」
 すると了は違うページをタップする。するとそこにはバイオリンを持った男が映し出された。やはりこの男もこの国の人らしい。だがそれよりも清子には気になるところがあった。
「……え?」
 それはリハーサル風景で、永澤剛の指示をその男が伝えている。おそらくコンサートマスターらしい。そしてその男はどう見ても、祥吾に似ている。
「似てるよな。」
「えぇ……。」
 祥吾よりも柔らかな印象はない。笑顔一つ無く、厳しい視線でチェロに向かって何か話しているようだった。
「これは二、三年前の定期演奏会の写真らしい。で、次の年にはもう変わってる。うちのに聞いたら、一年間だけでコンサートマスターを任されることはないから、何か問題があったんじゃないのかって。」
「……。」
「こっちの国に帰ってるとか。」
「似てると言うだけでしょう。うちと関係があるのかはわからない。」
「けどさ……。」
「似ていると言うだけです。それに万が一、この人が私の父だとしても、会うことはありません。生まれて会ったことも、援助をして貰ったこともありませんから。」
 その言葉に了は頭をかいて、携帯電話をしまう。
「そうかもな。血が繋がってても、顔すら見てねぇのを親だとは思えねぇか。悪かったな。変なことを言って。」
「いいえ。」
 そのとき、了の携帯電話が鳴った。その着信の相手を見て、少し笑った。
「悪い。つれが迎えに来たらしい。」
「そうでしたか。では良いお年を。」
「あぁ。良いお年を。」
 了はそういって駅とは逆の方向へ歩いていく。慣れない作業と、慣れない職場で疲れているのだろうに、その足取りは軽い。きっと自分が心から好きだという人の元へ帰るからだろう。
 自分も心から史を好きだと思う。だが心のどこかで晶がいた。
 今朝、膝の上で眠っていた晶の額に、自然と唇を寄せた。
 それは同情なんかではない。自分がしたかったからだ。その感情が、清子を複雑にさせる。
 いけない。今日まで史が自分の部屋に帰ってくるのだ。食事はしてくるのだろうか。そう思いながら、清子は史にメッセージを送る。
 もし食事をしないのであれば、何か用意をしておこう。帰りにスーパーに立ち寄らないと、年末で食料品も残りが少なくなるからだ。
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