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実家
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テレビの駅伝は企業のものらしく、中には「三島出版」のカメラが見えた。それは晶ではなく、違うスポーツ雑誌のカメラマンが撮っているのだろう。清子はお茶を口に入れて、テーブルにあるおせちをみた。黒豆やだし巻き、エビもあって豪華なものだった。
「有香さんが作ったんですか?」
清子はおせちを見てそういうと、有香は少し笑っていった。
「えぇ。恥ずかしいんだけど、実家では毎年作っていたから。」
「買ったものみたいですね。すごい。」
「エビは、奮発したんですよ。史さんが恋人を連れてくるからと言って見栄を張るんだから。治は。」
治とは父のことだろう。相変わらず美和子の口はうるさい。
「おせちは清子さんの所では作らないの?」
「私は祖母と二人でしたから、正月と言っても正月らしいことはしてませんでしたね。」
祖母と二人というのに美和子が聞き耳を立てる。
「ご健在かしら。」
「いいえ。十年近く前に亡くなりました。」
「あら。だったら今はお一人?」
「えぇ。」
史はそれが一番美和子が気に入らないところだろうと思った。清子の人格ではなく家柄だけを見て判断するだろうと。思わず史は美和子に声をかける。
「美和子叔母さん。」
するといぶかしげな表情をしていた美和子が、今度は史の方をみる。
「何かしら。」
「清子は俺が気に入って連れてきた人で、この家のお客様です。母が出て行ってあなたが面倒を見てくれたのは助かりましたが、うちのことはうちで決めますから。」
美和子はその言葉にかちんと来たように史に言う。
「何を言っているのかしら。ここに帰って来るのも何年ぶりだと思っているの。今更ここの人の顔をしないで。」
だから他人だとでも言うのだろうか。他人はそっちだと言いたいが、ずっと帰ってこなくて縁がないように過ごしていた史がいきなり恋人を連れて帰ったというのに不満があるらしい。
それに史自体にも不満がある。
「だいたい、あなたが雑誌の編集をしていると言っても嫌らしい雑誌でしょう?裸の女性が載っているような雑誌なんて低俗だわ。」
さすがにそれはない。父である治が美和子に声を上げる。
「別に雑誌で差別をするような真似はしないけどな。」
「治。何を言っているの。」
すると治は立ち上がり、部屋を出ていく。そして帰ってきたときには、一冊の雑誌があった。それは「pink倶楽部」で、最新号のようだ。
「買ってくださっていたんですか。」
すると治は照れたように史に言う。
「この歳でこんな雑誌を買うと思ってなかったよ。店員から変な目で見られた。」
その言葉に清子が治をみる。確かに史の父であるというなら、六十代以上だろう。そんな人がエロ本を買うのは気が引けるという言葉には、納得する。
「だが読み物がおもしろかった。この……秋野という人のコラムが面白い。」
秋野というのは、前には春川という名前で書いていた人だ。作家にも春川という人がいるので、改名したのだという。だが名前などはどうでもいい。確かに秋野のコラムはほかでも評判が良かった。
綿密に下調べをして書いている。特に評判が良かったのは、AV男優のことだった。
「この人は、男性だろう。」
「どうしてそう思いますか?」
史は治にそう聞くと、治は少し笑った。
「あまりにもリアルでね。読んでて恥ずかしくなった。」
「ははっ。お父さんもそう思う?」
成はそういって笑った。
「兄さんのコラムも面白いよ。」
「あぁ。文系の大学へ入ったかいがあったな。そのまま教職になると思っていたのに。」
それが一番悔やまれるのだろう。苦しい思いをして仕送りをしていたが、都会ではそれが足りないとバーテンダーのバイトをして、AV男優になったというのにやはり納得ができない。
だがそれも糧になりながら雑誌を作っている。方向は間違っていなかった。今なら治もそう思える。
「そんな問題じゃないでしょう。治。」
美和子がたまらずに声を上げた。その声に、有香の手で眠りそうだった啓太がわあっと泣き出す。
「ごめんね。啓太。」
有香はそういって立ち上がると、また子供をあやし始める。だが今の美和子には、その余裕もなかった。
「嫌らしい映像なんかに出て、恥ずかしくないの?それに、今はこんな雑誌を作っているなんて……まともじゃないわ。それに……。」
ちらっと清子をみる。黒縁の眼鏡だが、よく見れば美人だ。色気があるタイプではないが、女であればAV女優になることも可能なのだろう。
「どうせ、その世界の人なんでしょ?お一人ですものね。何を文句を言われる人もいらっしゃらないだろうし。どれくらい前からお一人なの?」
「十年前ですね。」
「二十六と言ってたわね。と言うことは高校もまともに行っていないのでしょう?」
「はい。半年もしないで自主退学をしました。」
学歴もない。若いというだけだ。きっとそういう女優ではなければ、生きていけないだろう。または、夜の世界にいたのかもしれない。この所作は、そのときに身につけたと考えれば納得する。
「だったら、夜の世界にいらっしゃったのでしょう?」
「いいえ。夜は眠くて、そういう世界にいることはなかったです。」
「は?」
「地元を出て職業訓練校に行きながら生活のためにバイトをして、それからずっと派遣です。」
「……。」
「お酒は好きですが楽しい話はできないので、夜の世界は諦めました。作り笑顔もできません。」
それに割と空気を読まないところもある。史はそう思いながら、清子の方を見ていた。だがそういうところが好きだ。
「だったら、まともにしか稼いでいないと?じゃあどうして正社員ではなく、派遣を転々としてたのかしら。だいたい、そういうところは気に入られれば正社員になるでしょう?」
すると清子は首を横に振っていう。
「だから文句を言われないように努力をしました。色んな所へ行けば、色んな目がある。その中に自分が身を置きたいと思った企業が無かったというだけです。」
「ずいぶん自分を高く評価しているのね。」
本当は違う。企業を信用していないから、籍を置く気にはなれなかっただけだ。だがそれを言うとまた印象が悪くなるだろう。だからあえて言わなかった。
「何せ学がありませんから。」
「は?」
「実力だけ見て「欲しい」と言っているのだったら、他の社員と衝突します。何せ学生時代をあまり過ごしていないので。学生というのは、学校だけの勉強ではなく社会に適合するように学ぶ場でしょう。私にはそれが欠けています。」
清子もまた不完全なのだ。そう言いたかったのだろう。
「生意気な子……。」
「よく言われます。」
「史さん。こんな子をうちに入れるのは嫌ですよ。結婚したいなら、お見合いの相手を紹介しますから……。」
「嫌です。」
史はたまらずに、美和子に言う。
「叔母さんにはお世話になったと思いますけど、それとこれとは別ですから。俺が嫁にもらいたいのは、清子だけです。」
こんなにきっぱりと物を言う男だっただろうか。学生時代は言い寄られて断れなかった男とは別人だ。それも清子の影響なのかもしれない。
いいお嬢さんを連れてきた。そう思いながら、治は清子に皿を差し出す。
「清子さん。何か食べないかな。お昼はまだだろう。」
「あ、私お昼は食べないのでお茶だけで。史……さんは、食べた方が良いですよ。久住さんの家で、雑煮を食べただけですよね。」
「あぁ……そうだね。」
普段は名前で呼ぶ。最初は名前で呼んで欲しいと願っていたが、最近はずっと史と呼んでいる。呼び捨てで呼ぶのが自然になったのか、あえて「さん」をつけると違和感になったらしい。
「有香さんが作ったんですか?」
清子はおせちを見てそういうと、有香は少し笑っていった。
「えぇ。恥ずかしいんだけど、実家では毎年作っていたから。」
「買ったものみたいですね。すごい。」
「エビは、奮発したんですよ。史さんが恋人を連れてくるからと言って見栄を張るんだから。治は。」
治とは父のことだろう。相変わらず美和子の口はうるさい。
「おせちは清子さんの所では作らないの?」
「私は祖母と二人でしたから、正月と言っても正月らしいことはしてませんでしたね。」
祖母と二人というのに美和子が聞き耳を立てる。
「ご健在かしら。」
「いいえ。十年近く前に亡くなりました。」
「あら。だったら今はお一人?」
「えぇ。」
史はそれが一番美和子が気に入らないところだろうと思った。清子の人格ではなく家柄だけを見て判断するだろうと。思わず史は美和子に声をかける。
「美和子叔母さん。」
するといぶかしげな表情をしていた美和子が、今度は史の方をみる。
「何かしら。」
「清子は俺が気に入って連れてきた人で、この家のお客様です。母が出て行ってあなたが面倒を見てくれたのは助かりましたが、うちのことはうちで決めますから。」
美和子はその言葉にかちんと来たように史に言う。
「何を言っているのかしら。ここに帰って来るのも何年ぶりだと思っているの。今更ここの人の顔をしないで。」
だから他人だとでも言うのだろうか。他人はそっちだと言いたいが、ずっと帰ってこなくて縁がないように過ごしていた史がいきなり恋人を連れて帰ったというのに不満があるらしい。
それに史自体にも不満がある。
「だいたい、あなたが雑誌の編集をしていると言っても嫌らしい雑誌でしょう?裸の女性が載っているような雑誌なんて低俗だわ。」
さすがにそれはない。父である治が美和子に声を上げる。
「別に雑誌で差別をするような真似はしないけどな。」
「治。何を言っているの。」
すると治は立ち上がり、部屋を出ていく。そして帰ってきたときには、一冊の雑誌があった。それは「pink倶楽部」で、最新号のようだ。
「買ってくださっていたんですか。」
すると治は照れたように史に言う。
「この歳でこんな雑誌を買うと思ってなかったよ。店員から変な目で見られた。」
その言葉に清子が治をみる。確かに史の父であるというなら、六十代以上だろう。そんな人がエロ本を買うのは気が引けるという言葉には、納得する。
「だが読み物がおもしろかった。この……秋野という人のコラムが面白い。」
秋野というのは、前には春川という名前で書いていた人だ。作家にも春川という人がいるので、改名したのだという。だが名前などはどうでもいい。確かに秋野のコラムはほかでも評判が良かった。
綿密に下調べをして書いている。特に評判が良かったのは、AV男優のことだった。
「この人は、男性だろう。」
「どうしてそう思いますか?」
史は治にそう聞くと、治は少し笑った。
「あまりにもリアルでね。読んでて恥ずかしくなった。」
「ははっ。お父さんもそう思う?」
成はそういって笑った。
「兄さんのコラムも面白いよ。」
「あぁ。文系の大学へ入ったかいがあったな。そのまま教職になると思っていたのに。」
それが一番悔やまれるのだろう。苦しい思いをして仕送りをしていたが、都会ではそれが足りないとバーテンダーのバイトをして、AV男優になったというのにやはり納得ができない。
だがそれも糧になりながら雑誌を作っている。方向は間違っていなかった。今なら治もそう思える。
「そんな問題じゃないでしょう。治。」
美和子がたまらずに声を上げた。その声に、有香の手で眠りそうだった啓太がわあっと泣き出す。
「ごめんね。啓太。」
有香はそういって立ち上がると、また子供をあやし始める。だが今の美和子には、その余裕もなかった。
「嫌らしい映像なんかに出て、恥ずかしくないの?それに、今はこんな雑誌を作っているなんて……まともじゃないわ。それに……。」
ちらっと清子をみる。黒縁の眼鏡だが、よく見れば美人だ。色気があるタイプではないが、女であればAV女優になることも可能なのだろう。
「どうせ、その世界の人なんでしょ?お一人ですものね。何を文句を言われる人もいらっしゃらないだろうし。どれくらい前からお一人なの?」
「十年前ですね。」
「二十六と言ってたわね。と言うことは高校もまともに行っていないのでしょう?」
「はい。半年もしないで自主退学をしました。」
学歴もない。若いというだけだ。きっとそういう女優ではなければ、生きていけないだろう。または、夜の世界にいたのかもしれない。この所作は、そのときに身につけたと考えれば納得する。
「だったら、夜の世界にいらっしゃったのでしょう?」
「いいえ。夜は眠くて、そういう世界にいることはなかったです。」
「は?」
「地元を出て職業訓練校に行きながら生活のためにバイトをして、それからずっと派遣です。」
「……。」
「お酒は好きですが楽しい話はできないので、夜の世界は諦めました。作り笑顔もできません。」
それに割と空気を読まないところもある。史はそう思いながら、清子の方を見ていた。だがそういうところが好きだ。
「だったら、まともにしか稼いでいないと?じゃあどうして正社員ではなく、派遣を転々としてたのかしら。だいたい、そういうところは気に入られれば正社員になるでしょう?」
すると清子は首を横に振っていう。
「だから文句を言われないように努力をしました。色んな所へ行けば、色んな目がある。その中に自分が身を置きたいと思った企業が無かったというだけです。」
「ずいぶん自分を高く評価しているのね。」
本当は違う。企業を信用していないから、籍を置く気にはなれなかっただけだ。だがそれを言うとまた印象が悪くなるだろう。だからあえて言わなかった。
「何せ学がありませんから。」
「は?」
「実力だけ見て「欲しい」と言っているのだったら、他の社員と衝突します。何せ学生時代をあまり過ごしていないので。学生というのは、学校だけの勉強ではなく社会に適合するように学ぶ場でしょう。私にはそれが欠けています。」
清子もまた不完全なのだ。そう言いたかったのだろう。
「生意気な子……。」
「よく言われます。」
「史さん。こんな子をうちに入れるのは嫌ですよ。結婚したいなら、お見合いの相手を紹介しますから……。」
「嫌です。」
史はたまらずに、美和子に言う。
「叔母さんにはお世話になったと思いますけど、それとこれとは別ですから。俺が嫁にもらいたいのは、清子だけです。」
こんなにきっぱりと物を言う男だっただろうか。学生時代は言い寄られて断れなかった男とは別人だ。それも清子の影響なのかもしれない。
いいお嬢さんを連れてきた。そう思いながら、治は清子に皿を差し出す。
「清子さん。何か食べないかな。お昼はまだだろう。」
「あ、私お昼は食べないのでお茶だけで。史……さんは、食べた方が良いですよ。久住さんの家で、雑煮を食べただけですよね。」
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