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実家
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しばらくして、美和子は帰っていった。どうやら清子に言い負かされたところもあって、いたたまれなくなったらしい。
「やれやれ。姉さんが来ると気が休まらないな。」
治はそう言って酒に手を伸ばす。
「史は飲まないか。」
「いいや。俺は車だしね。」
「清子さんは?」
「昨日から飲みっぱなしで……今日は遠慮します。」
「飲めるんですか?」
成はそう言って清子をみる。意外に見えた。酒も煙草も吸いそうにない、真面目な人に見えたからだ。
「成。清子と飲み比べをしようと思うなよ。」
「え?」
「お前が強いのは知っているけど、たぶんこっちが潰れるから。」
すると清子が頬を膨らましていった。
「人を酒豪みたいに……。」
「君を酒豪と言わなくてなんていうんだろうね。」
その言葉に有香が少し笑った。やっと子供が寝たらしい。片隅にあるベビーベッドに寝かせた。そしてその様子を史が立ち上がってみる。
「何ヶ月だっけ?」
「三ヶ月。もう首が据わったんですよ。」
「早いね。」
「ほら。何か目元は成に似ていて。」
「そう見える。成が小さい頃によく似てるね。」
成と史は歳が離れている。成は二十八。有香は二十九だった。この中では清子が一番年下だ。
「父さんは今年が定年?」
「いいや。あと一年あってね。そのあとは、図書館に誘われている。」
「図書館?司書か何か?」
「あぁ。あの湖の畔にある個人の図書館があるだろう。今は市が運営しているが。」
その湖の畔にある図書館というのは個人の持ち物で、とある富豪が道楽で作ったらしい。最新の本ではなくどちらかというと古書を中心に集めているのだ。
「国語の教師をしていたから、詳しいだろうと思われているようだ。」
「いいんじゃない?そういう古書とか古いものが好きだったよね。」
「フルタイムで働くわけではないから、気が楽だよ。啓太の面倒もみれるわけだし。」
それが一番の目的だ。なんだかんだいっても初孫は可愛いのだろう。
「清子さんは名字は徳成と言っていたね。」
「はい。」
「お祖母さんの名字かな。」
「はい。そのようですね。」
すると治はまた再び席を立つ。そして次にやってきたときには、厚い本を手にしていた。
「これを見て。」
昔の卒業アルバムのようだ。そのページをめくり、清子は手を止めた。
「これは……。」
学生が沢山載っている中、見覚えのある人がいた。顔写真の下には、徳成祥吾と書かれている。
「あの……私の住んでいた町にいたことが?」
「あぁ。いつだったかな。海の綺麗な町に配属された。そこでその徳成祥吾という人を教えたことがある。とても頭のいい人だった。身内かな。」
そこに載っている祥吾は、とても美青年だった。白黒の写真だが、柔らかそうな髪や、切れ長の目はどこかの映画俳優のようにも見える。
「私が祖母と住んでいたとき、祖母に子供が三人いたのは知っていたんですけど、誰も顔を見せることがなかったんです。つい最近、祥吾さんという人にお会いすることがありました。」
「小説家になっているね。」
「おっしゃるとおりです。有名な作家になっていました。」
横から有香がその写真を見る。するとぱっと笑顔になった。
「今でも通用しそうな男前ですね。俳優の誰だったかに良く似てる。」
そんな俳優は知らないが、誰が見ても美青年なのだろう。
「確かに当時ももてていたよ。女子生徒だけではなく、男子生徒も、教師まで声をかけられていたことがあった。」
そのころから手が早かったのか。清子は少し呆れたまま、そのアルバムを閉じる。
「ただ……断らないタイプだったようでね。しょっちゅう女性から怒鳴られていた。次第に、孤立していったように思える。」
「……。」
「兄の方がうまく渡っていたな。」
「兄……。」
長男は海外で捕まり、今は拘置所にいる。裁判でも有罪は確定するだろう。
「そう言えば、いつかその兄と会ったことがある。スーツを着ていてね。社長だと言っていたからいつもそんな格好をしているのかと思ったが、どうやら祥吾君が結婚するとかでね。」
確かに祥吾には結婚歴がある。そのときに会ったのだろうか。
「どれくらい前ですか?」
史がそれを聞くと、治は少し首をひねって言う。
「七年前と言ったところだろうか。ずいぶん若い女性を嫁にして、娘といっても良いくらいの歳だと言っていた。それが気に入らないとね。」
おかしい。前に結婚をしていたというときは、もっと祥吾が若かったときの話だ。そんな最近の話ではない。
「誰のことだったんでしょう。」
清子はぽつりとそう言うと、バッグに入っている鍵を取り出した。それは春川という女性に渡して欲しいというもので、まだその春川に会えていないのでまだここにある。
「清子。一度、そのコンテナハウスへ行ってみる?」
「中を見るつもりですか?」
「気になるよ。俺は。」
「野次馬ですね。」
その言葉に有香が笑う。その声で子供が起きないだろうかと思うが、気にせずに眠っていた。きっと有香の笑い声も、子守歌変わりなのだろう。
「あと、気になることがある。ほら、この雑誌でね。」
雑誌を手にして、清子に見せた。それはいつか地下のスタジオで見かけた牧原絹恵という人物と、祥吾の姿があった。どうやら対談しているらしい。
「大学の時の同級生か。それにしても、牧原絹恵は歳を取っても美人だな。」
成はそう言って雑誌をみる。だが史はあまり絹恵のような感じが苦手だった。何となく蛇のように見えて気持ちが悪い。
「ずいぶん痩せていると思わないかな。」
「痩せ形でしたけどね。確かに少し痩せすぎのような気もします。病気なんでしょうね。」
「知っているのか。」
「はっきりとは言いませんでしたけど。だから、おそらく……自分の身辺を綺麗にしているのでしょう。助手の方にすべてを任せたかった。だけど、何かしらの事情でそれが出来なくなったから、私に急に近づいてきたのでしょう。」
「病気だとわかっていて、放っておくのか。君は。」
すると清子は首を横に振っていった。
「決めるのは本人です。私が何を言うことはないでしょう。ずっと連絡も取ってませんでしたし、援助をしてもらったこともありません。だから私が口を出す問題ではありませんよ。」
やっとわかった。清子は、こういう人間なのだろう。他人に興味が無く、冷たい人だ。
だったら史もそういう扱いをされるのではないだろうか。少し見た限りでは、史が清子を振り回しているように見えるが清子が史を振り回しているのかもしれない。
だから、「結婚したい」ではなく「恋人を紹介したい」なのだろう。史の年齢から言うと遊んでいる暇はないのに。
「やれやれ。姉さんが来ると気が休まらないな。」
治はそう言って酒に手を伸ばす。
「史は飲まないか。」
「いいや。俺は車だしね。」
「清子さんは?」
「昨日から飲みっぱなしで……今日は遠慮します。」
「飲めるんですか?」
成はそう言って清子をみる。意外に見えた。酒も煙草も吸いそうにない、真面目な人に見えたからだ。
「成。清子と飲み比べをしようと思うなよ。」
「え?」
「お前が強いのは知っているけど、たぶんこっちが潰れるから。」
すると清子が頬を膨らましていった。
「人を酒豪みたいに……。」
「君を酒豪と言わなくてなんていうんだろうね。」
その言葉に有香が少し笑った。やっと子供が寝たらしい。片隅にあるベビーベッドに寝かせた。そしてその様子を史が立ち上がってみる。
「何ヶ月だっけ?」
「三ヶ月。もう首が据わったんですよ。」
「早いね。」
「ほら。何か目元は成に似ていて。」
「そう見える。成が小さい頃によく似てるね。」
成と史は歳が離れている。成は二十八。有香は二十九だった。この中では清子が一番年下だ。
「父さんは今年が定年?」
「いいや。あと一年あってね。そのあとは、図書館に誘われている。」
「図書館?司書か何か?」
「あぁ。あの湖の畔にある個人の図書館があるだろう。今は市が運営しているが。」
その湖の畔にある図書館というのは個人の持ち物で、とある富豪が道楽で作ったらしい。最新の本ではなくどちらかというと古書を中心に集めているのだ。
「国語の教師をしていたから、詳しいだろうと思われているようだ。」
「いいんじゃない?そういう古書とか古いものが好きだったよね。」
「フルタイムで働くわけではないから、気が楽だよ。啓太の面倒もみれるわけだし。」
それが一番の目的だ。なんだかんだいっても初孫は可愛いのだろう。
「清子さんは名字は徳成と言っていたね。」
「はい。」
「お祖母さんの名字かな。」
「はい。そのようですね。」
すると治はまた再び席を立つ。そして次にやってきたときには、厚い本を手にしていた。
「これを見て。」
昔の卒業アルバムのようだ。そのページをめくり、清子は手を止めた。
「これは……。」
学生が沢山載っている中、見覚えのある人がいた。顔写真の下には、徳成祥吾と書かれている。
「あの……私の住んでいた町にいたことが?」
「あぁ。いつだったかな。海の綺麗な町に配属された。そこでその徳成祥吾という人を教えたことがある。とても頭のいい人だった。身内かな。」
そこに載っている祥吾は、とても美青年だった。白黒の写真だが、柔らかそうな髪や、切れ長の目はどこかの映画俳優のようにも見える。
「私が祖母と住んでいたとき、祖母に子供が三人いたのは知っていたんですけど、誰も顔を見せることがなかったんです。つい最近、祥吾さんという人にお会いすることがありました。」
「小説家になっているね。」
「おっしゃるとおりです。有名な作家になっていました。」
横から有香がその写真を見る。するとぱっと笑顔になった。
「今でも通用しそうな男前ですね。俳優の誰だったかに良く似てる。」
そんな俳優は知らないが、誰が見ても美青年なのだろう。
「確かに当時ももてていたよ。女子生徒だけではなく、男子生徒も、教師まで声をかけられていたことがあった。」
そのころから手が早かったのか。清子は少し呆れたまま、そのアルバムを閉じる。
「ただ……断らないタイプだったようでね。しょっちゅう女性から怒鳴られていた。次第に、孤立していったように思える。」
「……。」
「兄の方がうまく渡っていたな。」
「兄……。」
長男は海外で捕まり、今は拘置所にいる。裁判でも有罪は確定するだろう。
「そう言えば、いつかその兄と会ったことがある。スーツを着ていてね。社長だと言っていたからいつもそんな格好をしているのかと思ったが、どうやら祥吾君が結婚するとかでね。」
確かに祥吾には結婚歴がある。そのときに会ったのだろうか。
「どれくらい前ですか?」
史がそれを聞くと、治は少し首をひねって言う。
「七年前と言ったところだろうか。ずいぶん若い女性を嫁にして、娘といっても良いくらいの歳だと言っていた。それが気に入らないとね。」
おかしい。前に結婚をしていたというときは、もっと祥吾が若かったときの話だ。そんな最近の話ではない。
「誰のことだったんでしょう。」
清子はぽつりとそう言うと、バッグに入っている鍵を取り出した。それは春川という女性に渡して欲しいというもので、まだその春川に会えていないのでまだここにある。
「清子。一度、そのコンテナハウスへ行ってみる?」
「中を見るつもりですか?」
「気になるよ。俺は。」
「野次馬ですね。」
その言葉に有香が笑う。その声で子供が起きないだろうかと思うが、気にせずに眠っていた。きっと有香の笑い声も、子守歌変わりなのだろう。
「あと、気になることがある。ほら、この雑誌でね。」
雑誌を手にして、清子に見せた。それはいつか地下のスタジオで見かけた牧原絹恵という人物と、祥吾の姿があった。どうやら対談しているらしい。
「大学の時の同級生か。それにしても、牧原絹恵は歳を取っても美人だな。」
成はそう言って雑誌をみる。だが史はあまり絹恵のような感じが苦手だった。何となく蛇のように見えて気持ちが悪い。
「ずいぶん痩せていると思わないかな。」
「痩せ形でしたけどね。確かに少し痩せすぎのような気もします。病気なんでしょうね。」
「知っているのか。」
「はっきりとは言いませんでしたけど。だから、おそらく……自分の身辺を綺麗にしているのでしょう。助手の方にすべてを任せたかった。だけど、何かしらの事情でそれが出来なくなったから、私に急に近づいてきたのでしょう。」
「病気だとわかっていて、放っておくのか。君は。」
すると清子は首を横に振っていった。
「決めるのは本人です。私が何を言うことはないでしょう。ずっと連絡も取ってませんでしたし、援助をしてもらったこともありません。だから私が口を出す問題ではありませんよ。」
やっとわかった。清子は、こういう人間なのだろう。他人に興味が無く、冷たい人だ。
だったら史もそういう扱いをされるのではないだろうか。少し見た限りでは、史が清子を振り回しているように見えるが清子が史を振り回しているのかもしれない。
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