不完全な人達

神崎

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実家

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 病院に運ばれた晶は頭を少し打っていて額に切り傷ができていたのを手当され、そのあとCT検査機で十分に調べられた。そしてその結果は異常なしと判断される。
「レントゲンやCTではわからない影響があるかもしれません。」
「むち打ちとか?」
 女性の医師は、どことなく清子に似ていた。深夜のしかも正月に勤務するような医師だ。研修医にしては若くはないように見える。ほとんど化粧気はなく、縁のない眼鏡をかけていた。
「むち打ちもそうなんですけど、首や背中に影響があるのだったら入院して検査をした方が良いですね。」
「何の科になるの?」
「脳神経外科。」
 その辺はよくわからない。
「それが、いつ影響が出るかわからないんです。半年後、一年後に影響が出るときもありますから。周りの人たちに「歩き方がおかしい」とか姿勢がおかしいと言われたら、受診をしてください。」
「あー。わかった。」
「外傷がないので軽く考えているのかもしれませんが、事故というのはいつどこでその後遺症が出るかわからないです。二、三日は無理をしないようにしてくださいね。」
「そうだな。カメラも車もパソコンも全部おじゃんだ。仕事も出来ねぇよ。」
 その言葉にも表情を変えることはない。パソコンに向かってカルテを書いている。
「診断書を発行します。保険会社と、相手方の保険会社、それから会社宛ですね。」
「会社?」
「仕事の帰りだったのだったら、労災が降りると思いますよ。」
 これが会社の良いところかもしれない。全てが無くなっても、自分が手出しすることなくまた全てを用意してくれるのだ。
「薬と、湿布を受け取ってください。処方箋を持って調剤薬局の方へ行ってください。」
「わかったよ。世話になったな。」
「明日も来てくださいよ。」
「わかってるって。」
 世話好きな医師だ。姿は清子に似ているかもしれないが、あまりこういうところは似ていない。あまり世話を焼かれるのは、好きじゃない。自分は自分で勝手にしたいからだ。
 診察室を出ると、その横にあるソファーに四人の人影があった。
「晶兄貴。」
 一人は了だった。隣には亜希子がいる。おそらく連絡があって来たのだろう。
「悪いな。こんな遅く来てもらって。」
「良いよ、別に。体は大丈夫なのか?」
「わりと平気。でも車は廃車だろ?」
「あぁ。さっき見たけど、あれはもう買い直した方が良いよ。」
「くそ。あの車ビンテージだったのにな。」
 珍しい形の車だったのは、晶の趣味だった。海外を転々としていたときに一目惚れした車で、海外からこの国に持ち込むのは色んな手続きやエンジンの細かい規制などが面倒だったがそれだけに愛着があった。
「車は国産の方が良いわよ。不具合があったらケアしてくれるし。」
「そんな問題じゃねぇんだよ。あーあ。車もそうだけどカメラがなぁ……。」
 割と元気そうだ。史はそう思いながら、その様子を見ていた。すると晶はそちらに気が付いて、史と清子の前に立つ。
「編集長と清子も悪かったな。わざわざ来てくれて。」
「良いよ。もうそろそろ出ようかと思っていたから。」
 隣に座っている清子は、何も話さない。思ったよりも元気な姿を見て、ほっとしているのだろうか。
「清子が心配していた。」
 その言葉に晶は清子の方をみる。
「悪かったな。清子。心配した?」
 意地悪そうに聞く晶に、いつも通りだと清子は首を横に振る。しかしその頬につっと涙がこぼれた。
「何だよ。泣くなよ。死んだ訳じゃねぇよ。」
 眼鏡を外して、清子はたまらずに顔を両手で覆う。
「良かった……何事もなくて……。これ以上、誰かが死ぬのは……嫌だから。」
 大事な人を次々に失った清子の言葉は重かった。両親は行方不明。祖母は死に、祖母の長男は拘置所にいる。そしてこれからきっと祥吾を失うのだ。
 それを感じて、晶は手を伸ばしかけた。しかしその役目は自分ではない。隣にいる史が、清子の肩に手をかけてその感情を抑えるように肩を撫でた。その行動に、晶は延ばし掛けた手をぐっと握りまだ泣いている清子に言う。
「俺は死なねぇよ。前に言われたことがあるわ。「殺しても死にそうにない」って。前にさ、撮ってきて欲しいって言う戦争の激しい地域に行ったけど、普通に帰ってきたら「マジで帰ってきた」って驚かれたもん。そんなに簡単に人は死なねぇから。」
 その言葉に綾子は少し笑う。すると向こうから看護師が晶を呼んだ。
「久住さん。診断書発行と処方箋が出来てますから、受付に来てもらって良いですか?」
 その間にも救急車の音がする。正月は救急外来が一年で一番多いらしい。

 薬局で薬を受け取っている間、史は会社の方へ連絡をしていた。晶の事故は、新聞社からの依頼でT山の方へ行っていたので、労災はどっちから降りるかという話をしていたのだ。
 依頼をしていたのは新聞社。だが籍は「三島出版」にある。新聞社の仕事はアルバイトみたいなもので、別に新聞社と契約をしていないのだ。
「大きな額になると思う。社用車ではなく、個人の車だしカメラもパソコンも個人のものだからね。」
 堀が会社に出ていて、事故の内容を聞いていたのだ。結局「三島出版」がその新聞社の指示を受けたからということで労災はこちらから出るらしい。
「診断書と事故証明が必要だろう。今から届ければいいのか?」
 時計を見ると、もう日が変わろうとしていた時間だ。検査に結構時間がかかってしまったらしい。
 堀との連絡を終えて、調剤薬局の方をみる。まだ四人は出てきていない。
 清子があんなに取り乱したのを初めて見た。それは晶だったから慌てていたのか、それとも自分が事故をしてもあんなに取り乱すのだろうかとどうしても疑心暗鬼になってしまう。
 他人に興味が無く、自分にすら興味がないような清子が、他人をあんなに思うことがあったのだろうかと思う。
 やがて四人が出てきた。晶の手にはビニールの袋がある。その中には湿布や痛み止めの薬が入っているのだろう。
「痛くねぇって言ってんのにな。」
「事故はあとからくるんですよー。あたしがそうだったから。」
 亜希子もまた昔事故に巻き込まれて生死をさまよったらしい。だから言えることだ。
「このまま何もなければいいんですけどねぇ。」
「何もねぇよ。」
「兄貴。家に送ろうか?」
 了がそう言うと、晶は首を横に振る。
「お前ら家が逆方向だろ?別に良いよ。」
「でももうバスとかもないからさ。歩いて行くには、ちょっと距離あるし。」
「タクシーでも何でも捕まえるから。」
 その答えに、史が口を出す。
「久住。今から会社の方に事故証明と診断書を出しに行くから。俺が送る。」
「誰か居るの?」
「堀さんが来てくれているらしい。」
「あぁ。あんたの元カノな。」
 晶には悪気はない。だが清子は気分が良くないだろうと思う。
「清子は一旦家に帰る?」
 史の問いに清子は少し首を横に振った。そして晶の方をみる。
「食欲はありますか?」
「俺、昼も食いっぱぐれたんだよ。検査受けてるときも腹がぐーぐー鳴ってさ。」
「だったら何か作ります。うちで……。」
 すると晶はポケットに入れていた鍵を清子に手渡す。
「うちの近所にさ、二十四時間営業のスーパーがあるんだよ。作ってくれないか。」
「久住さんの家で?」
「家わかるか?」
「行ったことないです。」
「地図アプリ出せよ。」
 そう言って清子の携帯をのぞき見て、指さした。会社から歩いても十分くらいだろう。
「ここの交差点の所に、スーパーがあるんだよ。」
「そうですか。でしたらそこで何か買います。」
「酒もな。」
「それはやめておいた方が良いです。明日も病院なんですよね。影響でますよ。」
「大丈夫だよ。俺、昨日も飲んでねぇんだよ。お前らすげぇ飲んでたから良いかもしれないけど。編集長。用事終わったら酒買いに行こうぜ。」
「駄目。」
「けち。」
 頬を膨らました晶を見て、やっと清子の顔に笑顔が見えた。その表情に心が少し痛い。
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