不完全な人達

神崎

文字の大きさ
199 / 289
プロポーズ

198

しおりを挟む
 正月休みが終わって数日。街はいつもの活気を取り戻し、清子はいつものように街に出る。相変わらず寒い。息をはく度に白くなる。
 正月の間はいろんな事があった。
 春川に会い、コンテナハウスの鍵を渡した。それを春川が見たのかはわからない。忠史から桂越しに話を聞く限り、春川はそのコンテナハウスに入っているものを全て処分したらしい。「過去を振り返りたくない。大事なのはこれからだ。」というのが理由なのだ。前向きでうらやましいと思う。
 そして荷物を処分したのは春川だけではなかった。史も今住んでいるところの荷物を処分する。
 いつか史が居た社宅に引っ越すらしい。名目は、新聞社と三島出版が競作で作り上げるタウン誌の編集長になるから。そのために打ち合わせや、新聞社とのかねあいもあって少し離れすぎている史の家は不便だという。
 本音はそこに清子と暮らしたいからだ。清子も荷物をまとめている。それで良いと自分に言い聞かせながら。

 正月明けから、清子は午前中はIT部門に行ったまま戻ることはなく、昼から「pink倶楽部」のオフィスに戻ってくる。それでも双方の仕事をパソコン上でこなしていた。どちらにいても清子への内線や社内チャットは多い。仕事量が倍になった気がする。そう思いながら、眼鏡を外して目を押さえた。
「徳成さん。大丈夫ですか。」
 了は当初の通りIT部門に配属された。そしてやってきた部長という人にびしびしと鍛えられているようだ。部長は若い人だが、元々は大学の研究所に籍を置いていた人で、清子は何度かこの人の講習へ足を運んだことがある。そうだ。いつか慎吾と講習会に行ったときの講師がこの人だった。
「あなたこそ大丈夫ですか?目が血走ってますよ。」
 パソコンの画面ばかり見ているからだろう。それでなくてもコンタクトなのに。
「俺は別に……。」
「無理をしない程度にやってください。」
 自信たっぷりで仕事をしているわけではない。だが頼る相手が居るというのは楽だ。今までどうしたらいいかわからないときは、我孫子や慎吾を頼ることが多かったが、今はこの男が居るから早急に答えも出る。
「徳成さん。」
 声をかけられてそちらをみる。ここの部署ではヘッドホンをつけてはいけないと言われているのだ。緊急時に気がつかない場合があるからだろう。
「はい。」
 立ち上がると部長の方へ向かう。
「こっちの分は終わったと言っていたけれど、変更があったのは聞いてた?もう一度やり直して。」
「すいません。早急にやり直します。」
 去っていく清子の後ろ姿を見て、部長である朝倉尊は少し笑う。へこたれない女だ。少しきつく言えば泣き出したり、「辞める」と言い出したりする女ばかりだったのに、清子はそれが見えない。強引に社長直々にハンティングした女なのだ。それなりにしてもらわないと困る。IT部門は、男が中心だ。女性の姿は珍しい。清子の他は、もう一人女が居るだけだった。話では給料の面で折り合いがつかなかったからここに入社したと言っていたが、真実はその会社の課長と不倫関係にあり居づらくなったらしい。そういう女だ。男関係でごたごたする女はどうせまた男でごたごたする。手の先のきらきらしたマニキュアがそう言っているようだ。
「川西さん。このデーターはどうなっている。」
 朝倉はそう言って、川西に聞いた。すると川西は席を立ち、説明を始めた。だが朝倉の表情は険しくなっていく。
「違う。こっちのデーターではなく、こっちを使えと言っておいたはずだ。」
「あっ……。すいません。」
「一度言われたことはしっかり守ってくれないと困る。」
 きつい言い方だな。清子はそう思いながら、また自分の仕事の画面に目を移す。まぁ、言われているのは川西だけではない。了も、清子も同じくらい言われているのだ。
 だがもう少し言い方があるだろうに。清子はふと史のことを思い出していた。史はもっと言い方がソフトだが、笑顔で冷たいことを言う。ライターが数日かけて取材して文章にしても「やり直し」と言うことは結構あるのだ。
 やがて昼休憩になる。清子はぐっと背伸びをすると、パソコンをスリープ状態にする。休憩を挟んで、清子が再びここに来るのは退社時間ぎりぎりの時間だ。それまでここのパソコンと「pink倶楽部」のパソコンを繋げておく。そうすれば、遠隔でも作業ができるからだ。
 トイレへ行ってコーヒーでも買ってくるか。清子はそう思いながら、バッグとコートを持った。すると朝倉が清子に近づいてくる。
「何でしょうか。」
「社員食堂へ行くのか。」
「いいえ。昼は食べませんから。このまま「pink倶楽部」へ行きます。」
「あんな低俗の雑誌のためにご苦労なことだ。」
 いちいちいらつくようなことを言う人だな。清子はそう思いながら、朝倉から視線を外す。
「ここのセキュリティーを指示したのは徳成さんだと言っていた。」
「そうですね。紙のようなフリーのセキュリティーでは不十分だと思ったので。」
「なるほど……。徳成さん。詳しい話が聞きたいが、今夜は空いていないだろうか。」
「すいません。今日は用事があって。」
 やっと我孫子の都合がついたので、今日は晶とともに大学へ行くつもりだ。ハードディスクの復元に何が入っているのかと少し疑問に思っていたのだ。それは個人的な興味かもしれない。
「そんなに四六時中居たいものかな。」
「は?」
「「pink倶楽部」の編集長とは恋人関係だと言っていた。職場でもプライベートでもそんなに一緒にいたいというのが理解できない。」
 その言葉に川西の動きが泊まった。色気も何もないように見える清子の恋人が、元AV男優で、今でも人気のある昌樹だと思ってなかったからだ。
「関係ないですよね。プライベートのことなので。」
「結婚でもしたら、関係なくはないだろう。あんたみたいな人が、いきなり子供ができた、辞めると言い出したら困るのはこっちだ。」
「……そんな無計画なことはしません。」
「AVなどに出ていた男が、節操があると思えない。」
 その言葉にはさすがに頭に来た。
「取り消してもらえます?」
 背の高い男だ。だから清子が見下ろされる感じになる。だが清子は負けていない。
「そんな人ばかりだろう。」
「イメージだけでものを言わないでください。あなたみたいな人が不用意な言葉をネットにあげるから、炎上するのです。」
 そう言う男を見た。それが大きな渦になり、犯罪に繋がるのだ。
「荒らしと一緒にするな。」
「どうでしょうね。少し頭が良ければ、そう言ったことに頭を働かせるでしょう。それに……今日の用事は、編集長には関係ありませんから。」
 清子はそう言ってコートを手にした。そしてオフィスを出て行く。
 正直このオフィスはやりにくい。エンジニアが集まっているのだからここの個性が強すぎるのだ。そしてそれは衝突を招く。
 会社をでようとゲートをくぐったときだった。
「よう。お前も外でるのか?」
 振り返るとそこには晶の姿があった。最初はぎこちない歩き方だったが、今日はそうでもない。
「久住さんも出ますか?」
「ラーメン食べたい。今朝から今日はラーメンライスの気分なんだよ。」
「お元気ですね。体はいかがですか?」
「今日は痛み止めを飲まなくても生きてられるな。」
「それは良かった。」
 額の絆創膏がとれて、傷が残っている。だがもうふさがっているのだろう。
「お前、今日退社何時くらいになりそう?」
「定時とはいかないかもしれません。でも我孫子さんには十九時と言っています。」
「さすがに十九時には終わるだろうな。俺も今日は撮影が午後から一軒あるだけだ。」
「それでもあるんですね。」
「週刊誌のグラビアだって。AVじゃねぇだけ布があるよな。ほらでも見えそうで見えないのがいいんだよ。」
「そんなものですか。」
 そう言いながら、会社をあとにする。その二人の後ろ姿を見て、川西は首を傾げた。さっき史が恋人だと言っていたのに、他の男とどうして出て行くのだろう。
「晶兄貴。」
 川西の後ろから、了がやってくる。了もゲートをくぐると、二人に近づいていった。
「昼どこに行くの?」
「ラーメン。」
「俺も行くわ。この間兄貴に教えてもらった店美味しかったから。兄貴が言うの外れないわ。」
「だろ?清子も行くか?」
「昼は食べないんですって。」
 清子も先ほどまでと表情が違う。力の抜けた顔をしていた。史と居るところを何度か見たが、こっちの方がより自然に見えた。
「どうしてつきあってないのかしら。」
 するとその後ろから朝倉がやってきて、やはり川西と同じ事を思っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

処理中です...