不完全な人達

神崎

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実家

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 史が電話をしている間、晶はシャワーを浴びていた。風呂場からぎゃあぎゃあと声がする。どうやら切っているところにお湯がばっちりしみたらしい。
 やっとシャワーを浴びて、ジャージのズボンを一枚だけ羽織った晶が出てくる。その上半身を清子は見て、視線をそらせた。一度この体に抱かれたことを思い出したのだ。あまり背が高く見えないのは猫背だから。だが男らしく少しは筋肉がついている。文乃からだとは全く違うが、清子の体とは別物だと言われているように見えた。
「傷が超しみる。」
 額の切っているところからまた血が出てきたのだろう。頬に薄い血が流れてきた。それを見て、清子は座った晶に近づいた。
「まだ編集長電話してんの?」
「ちょっと時間がかかるみたいですね。」
「ん?何だよ。編集長が居るからそんなに積極的になるな。」
「違う。」
 薬の袋には絆創膏や、塗り薬がある。それを手にして、額の髪を避けた。
「まだ髪が濡れてますよ。もっとよく拭いて。」
「るせーな。おかんか。お前は。」
 タオルで髪を拭き、その額に薬を塗って絆創膏を貼る。そしてまだ傷はないかと体を見た。徐々に体の各所が青のような紫のような色に変色していた。
「湿布貼らないと。」
「薬が効いたのかな。痛くねぇの。」
「でも貼らないと。」
 少し塗れているところにタオルで水気を取り、そこに湿布を貼っていく。湿布は白いものではなく、透明なシートのようになっている。その透明なシートを剥いで、各所に貼っていく。
「変なプレイみたいだな。」
「やめてくださいよ。そんな言い方。」
「太股にもあるかもな。見る?」
「そこは自分でしてください。」
「けち。」
 湿布を張り終わると、晶は押入に手を伸ばす。押入の中は、段ボールや写真を撮るときに使う機材があるようだ。どうやら表にでているのは入りきらなかったものらしい。
 その中にある黒いバッグを手にして晶はそのバッグを開ける。その中には、どうやらカメラがあるようだった。
「カメラあるんですね。」
「一台しかねぇんじゃねぇよ。何台かあるけど、用途が違うからな。まぁ……レンズ変えれば何とかなるかもな。」
 そう言ってそのカメラを手にして、コードをつなげた。どうやらデジタルのようで、充電が出来ていないらしい。
「これは海外に行ったときのやつ。あんまり上等じゃねぇんだ。」
「そうなんですか?」
「広告とかジャケットには出来ないかもしれないけど、年明けはその仕事ねぇし丁度良かったかもな。」
「カメラは発注してどれくらいで来るんですか?」
「どうだろうな。俺の結構特殊だったし、二、三週間はかかるかもな。それよりハードディスクとパソコンが駄目になったのがいてぇ。」
 ビニールの袋に入れられたパソコンとハードディスク、それからカメラの残骸が片隅にあった。
「せめてハードディスクでも何とかならないもんかな。」
 カメラを置いて、その袋をのぞき見る。すると清子はその袋に手を突っ込んだ。
「何?」
 清子が手にしたのは、円盤型のハードディスクの部品だった。ぴかぴかで音楽用のCDにも見える。
「傷は入っているけど、割れてはない。もしかしたらこれだったら……。」
 清子はそれを手にしたまま、自分の携帯電話を手にする。そして通話をした。
「もしもし……あ、今年もよろしくお願いします。はい……えっとですね。ハードディスクなんですけど、はい……中の磁気ディスクには少しですけど傷がある程度なので、復元が出来るかと……はい……それはないです。」
 電話を切ると清子は、晶の方を見る。
「ハードディスクの復元が出来るかもしれません。」
「マジ?」
「私はそれ専用の機材はないのですけど、我孫子さんの大学の研究所にはあるみたいなので、それで復元することが出来るかもしれないと。」
「やった。マジで嬉しい。」
 きらきらした目で清子を見る。よっぽど何か必要なデーターが入っていたのかもしれない。
「あぁ。寒いな。上着を持ってくれば良かった。」
 そのとき史も外から帰ってきた。そして上半身が裸の晶を見て、むっとした顔になる。
「久住。何か羽織れ。」
「え?別に良いよ。」
「風邪を引くだろう?」
 本当はそんな格好で清子の前に立って欲しくないだけだったが、つい強い口調になってしまった。
「さっきまで湿布貼ってもらってたんだよ。それに何か体がぽっぽする。」
 その言葉に史と清子が顔を見合わせた。そして史が近づくと、晶の額に手を当てる。
「冷てぇ!編集長の手、すげぇ氷みたい。あんたもシャワー浴びたら?あんたこそ風邪引くだろ?」
「久住。熱が出てるぞ。」
「え?」
「解熱剤飲んで寝た方が良いですよ。それからスポーツドリンク、買ってきます。」
 清子はそう言ってコートを羽織ると、部屋を出ていった。その間に、史は晶に上着を手渡ず。
「着て寝ろ。」
「俺、寝るときはいっつも裸なんだけど。」
「良いから今日くらい着て寝ろ。風邪をこの上引かれても困る。」
 渋々晶はトレーナーに袖を通し、布団を敷いた。
「で、桂って奴は何て言ってたんだ。」
「……今はその春川って人と、実家に帰っているらしい。帰りは明日だ。」
「だったら明日会えるのか?」
「どうだろうな。春川自体が、あまりもう冬山さんに関わりたくないと思っているらしい。」
 仕方がないのかもしれない。自分の作品を盗作して、小説家だと名乗っていた男を尊敬できないと言った春川の気持ちが分からないでもない。
「とりあえず明日、春川はバイトへ行くらしい。」
「バイト?あれだけ売れてる作家だろ?バイトなんかしなくても食っていけるんじゃないのか?」
「それも小説のネタのためらしい。」
「小説家ってのはそんなものなのかね。そう言えば、今年の夏くらいだっけか。女がコラムのネタを探しに、AVの現場を見学しに来てたな。」
「珍しいな。あまり一般の人を入れることはないんだが。」
「嵐って監督のお気に入りみたいだ。何か印象的だったよ。」
「何が?」
「ほら、やっぱ他人のセックスって映像だったら、こう……気分を高めたり性欲をもり立てたりするけどさ、実際生の現場ってそんな気持ちになんねぇだろ?」
「そうかな。」
「あんたは場慣れしすぎてんだよ。」
 少し笑って晶は布団の上に座る。
「で、その女が何だって?」
「嵐さんの現場でさ、嵐の娘の東って女がいるじゃん。あいつが余計なことを言ったらしくて、つまみ出してたんだよ。」
「ふーん。何をそんなに文句を言ったのか。」
「里香の引退の作品だっけか。二人の男のストーリーセックスで、最後は二穴差し。だからア○ルまで犯されてたんだよな。そしたら、こんなことまでしてって言ったらしいわ。」
「……別に二穴なんて珍しくないけどな。」
「あのさ、編集長さ。」
 こうなったら言ってしまおう。熱のせいで変なことを言ったとあとで言えるから。
「そりゃさ、男と男でも女と女でもさ、SとかMとかあると思うよ。どっちかだろうけどさ、まだ未開発の奴にそれを強要するのってどうかと思うぜ。」
「は?」
「清子に何かしたんだろ?あいつがずっと落ちてたのって、そういうことだろうし。」
「……。」
 確かに昨日、嫌だという清子に強要してセックスをした。でもそれはいきなりだったからだ。徐々に開発すれば、史から清子が離れないと思ったから。
「あいつ、ずっとセックスしてなかったんだろ?経験でいったらその辺の高校生よりも全然ねぇよ。あれか?編集長って、何にも知らない女にそういうのするの好きなのか?」
「いいや……そんなつもりは……。」
「そういうつもりに取っただろ?だから「性癖が合わないかも」なんて言ってきたんだ。」
「お前にか?」
「祭りの時にあんな暗い顔してる奴、放っておけるか。」
 だから晶の方が清子を理解している。そう言われているようだった。
「買ってきましたよ。常温の方が良いですね。」
 清子はそう言ってスポーツドリンクを、手にしてテーブルに置いた。
「なるべく飲んで、おしっこをしてください。」
「わかったよ。悪かったな。面倒をかけて。」
「いいえ。じゃあ……そろそろおいとまします。」
「清子。」
 史はそう言って清子の方を見る。そしていつもの笑顔で言った。
「帰るのは俺の家でいいのだろう?」
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