不完全な人達

神崎

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亀裂

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 町よりはずれにある小さな町にある割烹で史は食事をしたあと、連れてこられたのは元AV女優である蝶子のしているクラブだった。きらびやかなクラブで黒いソファーと高い酒を頼まれ、隣には相当肌を露出している女性がいる。綺麗だとは思うが、清子よりは落ちるというかどんな女性が来ても清子には適わないと思った。
 そしてその向かいにいるが、「三島出版」の若き社長と、その親である会長。そして新聞社の頭取や専務。二社の合作で作る雑誌の編集長たちが集められて、顔合わせをするのが今日の目的だ。
 史ほど若い人はもう一人居るくらいだ。女性で、何となく堀に似た感じの背の高い女性だった。
「失礼いたします。」
 蝶子というのは史が現役の時はあまり繋がりはなかったし、あったとしても汁の時だった。女優は汁なんかに目をくれない。だから史は知っていても蝶子は史が元AV男優だと言っても知らなかった。
 その女性が酒を持って、社長の隣に座る。ママをしているらしい蝶子は、さすがに目配り気配りがすごいモノがある。これだから女優としても大成したのだ。
「正木さんは蝶子さんは知ってますか。」
「絡んだことはないですけど、汁の時にたぶん何度かお会いしてますね。」
 すると蝶子は驚いたように史をみる。男優だったのかと口を押さえた。
「あら。元同業だったのかしら。ごめんなさいね。あまり覚えていないので。」
「男性モノの時は汁でしたから、覚えてないのは当然ですよ。」
「そう……。男性モノの時と言うことは、別のモノに出ていたことが?」
「えぇ。女性用のモノに一年くらい出てました。」
「ゲイビではなくて?」
「そっちは趣味がありませんから。」
 その言葉に周りが笑う。ゲイに好かれそうな容姿をしているのに、それは違うのだろう。
「今は編集長を?」
「えぇ。「pink倶楽部」というエロ雑誌ですよ。」
「あぁ。たまにお見かけしますわ。」
「これからは正木さんは、タウン誌の編集長だよ。」
 誰かがそう言って、史は少し笑う。もちろん愛想笑いだ。その人が「若造に何が出来るのか」と思っているのは、当然だろうと思うから。
「どんな雑誌にしていくのかは、正木さんのこれからの手腕ですね。十八歳未満の人でも手に取りやすいモノ。でも十八歳以上の人でも楽しめるもの。そんな雑誌になると良いですね。」
 若いその女性編集長は、そう言って酒を手にした。
「一番悩んでますよ。今まで男女のあれこれしか見てませんでしたから。」
「三大欲求の一つですものね。食欲、睡眠、性欲。それを満たすための雑誌ですから、売れないわけがない。タウン誌だと……何でしょうね。」
「ベタなのは食事か。遊べるスポットとか、映画とか。」
「タウン誌ですから、遊びがメインでしょう。」
 そんなありふれたものでいいのだろうか。史はそう思いながら酒に手をつける。
「そう言えば、「pink倶楽部」のホームページをこの間拝見しましたよ。」
 女性はそう言って史をみる。
「あぁ。見てくれましたか。」
 この女性は、スポーツ雑誌の編集長になるらしい。ずっとサッカーをして、プロから誘いも来たそうだが今は新聞社のスポーツ新聞のサッカーコーナーを担当しているらしい。
「良く出来てるホームページでしたね。アイコラも出来ないようにしているし。」
「そうしないと事務所だけではなく、他の一般の芸能事務所の人からもクレームがきますから。」
「えぇ。うちもその方法を知りたいと思ってまして。そちらのウェブ担当の方とお話は出来ませんか。」
 清子のことを言われて少し心が痛んだ。
 清子は今日倒れたのだという。貧血で会社の玄関先で意識を失ったらしい。それに付き添ったのはたまたまいた晶だった。
 病院へ行ったあと晶と食事をして大人しく帰ったと言っていたが、晶のことだ。そのまま清子の家になだれ込むこともあるだろう。付き合っていなかった時期とはいえ、清子と関係はあったのだ。それも容易いことだろう。
「正木さん?」
 女性は不思議そうに史をみる。すると史は我を取り戻して、少し笑った。
「うちのウェブ担当は、今、会社のIT部門と兼任していて忙しいみたいです。なかなか時間は取れそうにないですけど。」
「お話だけでもしてもらえませんか。」
「わかりました。伝えておきます。」
 その言葉に社長が少し笑った。多少犠牲は払ったが、思惑通り清子は自分の会社に入った。AV男優だった史が女を一人口説き落とすのは容易いことだろう。そう思っていたが、はまったのは史の方だった。
 それはそれでかまわない。清子が幸せであればそれでかまわないのだ。

 晶の車は、清子のアパートに向かっているようだ。その間清子は何も話さない。晶をアパートの部屋に入れたら終わりだ。きっと求めてくるだろう。
 やがて駐車場に車を停められる。さっとシートベルトをはずして車から出ようとする清子に晶は声をかけた。
「上がって良い?」
 やはり部屋に上がるつもりなのだ。清子は少しため息を付くと、晶の方を向く。
「駄目です。」
「心配なんだよ。お前、帰ったら仕事をするだろ。」
 図星だ。気になることがあったから少しだけでも仕事をしようと思っていたのだから。それが表情に現れていたのだろう。晶はその手を握る。
「やっぱ部屋に行くわ。お前が寝るまで見るから。添い寝でもした方が良い?」
「しなくても良いです。それに……史が来るかもしれないし。」
「こねぇよ。この時間になっても連絡がないんだろう。体調が悪いのに、そのままここに来るなんて編集長はしないだろ?」
 優しいからそうしないだろう。心配でもメッセージの一つ送るくらいでそっとしておく。それが史の優しさだ。
「心配なんだよ。お前がまた無理するんじゃないのかって。」
「心配する相手が違います。私は……。」
「俺はお前が好きだから。心配するのは当たり前だろう。」
 すると清子は首を横に振る。
「史を待ちます。」
「清子。」
「あなたじゃないから。」
 冷たいことを言ったと思う。だがそうしないと晶は付いてくるだろう。だが手が震える。
「だったら、お茶くらい飲ませろよ。こんだけ面倒を見たんだから。」
「……何もしないんですか?」
「体調が悪い奴に襲いかかるような鬼畜に見えるか。」
「見えますね。」
 その言葉に晶は少し笑う。
「出したら出したときだろ。」
「そのリスクは出来るだけ取り払いたい。今日はお世話になりました。このお礼は明日にでも。」
「菓子とか食い物よりも、お前が良い。」
「……チャンスはありませんから。」
「本当にないのか。なぁ……。」
 シートベルトをはずして、助手席に近づく。すると清子は少しうつむいた。
「こっち向いて。」
「こんなところでするのは嫌です。」
「誰も見てねぇよ。暗いしさ。」
 頬に手を当ててゆっくりと近づいていく。軽く唇が触れて、わざと音をさせた。その音に清子の頬が赤くなる。
「ここでは……。」
 外を見る。まだ人が歩いている時間だ。どんな拍子でこちらを見るかわからないのだからして欲しくない。
「だったら部屋に行くわ。」
「来ないで。」
「ついて行くから。」
 ドアノブに手をかけると、清子は車をでる。すると向こうで晶が降りた音がした。やはり付いてくる気なのだろう。
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