不完全な人達

神崎

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亀裂

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 顔合わせのための食事会を終えて、タクシーが数台やってくる。社長クラスになるとお抱えの運転手がいる車に乗り込んでいったが、今度新たに編集長クラスだとまとまってたクシーに乗るのだ。
「やれやれ。明日も仕事なのにな。」
 社長などがいなくなってやっと男たちが愚痴をこぼした。進んでやってこようと言う人はいなかったのだろう。史だってそうだ。出来れば清子についてやりたかったのだから。体調が悪いなら晶ではなく自分がついていてやるべきだったのに、晶に丸投げをしたのは悔やまれる。
「正木編集長は、どちらの方面ですか。」
 清子に連絡を入れようとしたとき、その中の唯一の女性である村山聖子が声をかけてきた。
「あ、俺はS区方面です。」
「でしたら、私たちとタクシーを同乗しましょう。」
 てきぱきとタクシーの数や、あまり酒が強くない人をカバーする聖子はどことなく清子とかぶった。清子は基本、人を信じないところがあるが、面倒見が悪いわけではない。頼まれたことはきちんと面倒を見るし、相談したいことがあれば自分のわかる範囲で乗ってくれる。
「正木編集長は変わらないですね。お酒を飲んでもあまりふだんと変わらないように見える。」
 そう言ってきたのは、別の編集長になる男だった。史よりも遙かに年上で、やっと編集長になれるのだという。それまでは人気マンガを量産する敏腕編集員だったのだ。
「これからは編集長か……。」
 この男はマンガ雑誌を作っていく。マンガは飽和状態にあるというのに、今から創刊するのは難しいかもしれない。しかも男が創刊するのは、今までの少年誌ではなく青年マンガだった。
「みんな方向性の違う雑誌に関わるんですね。正木編集長もタウン誌ですか?」
「えぇ。どこから手をつけていいのか手探りですけどね。」
 隣に乗っているのは、聖子だった。背が高い女性で、ずっとサッカーをしていたのだという。プロになりかけたが、膝を壊して以来スポーツ雑誌の編集をしていたのだという。
「私も、今までサッカー雑誌でしたからね。他の競技にも目を向けないと。そうだ。今度、みんなでボルタリングでもしません?」
「ボルタリング?というと、壁をよじ登るあれですか?」
 怪訝そうに男が眉をひそめる。マンガばかり読んでいた男にとって、体を動かすのは苦手としていることだった。
「そう。誘われてたんですけど、はやっているし一度行ってみたいと思ってて。体を動かすのは、気持ちいいですよ。」
「でしょうが……どうも、体がなまっていてね。正木さんはスポーツは?」
「たまにジムへ行くくらいですよ。今はしてません。」
 そんなことよりも早く付いてくれないだろうか。清子に連絡を取りたい。あまり遅くなったら寝てしまうだろうから。そのそわそわとしている史に、聖子は少し笑う。何か連絡を取りたい人でもいるのだろうと安易に想像が付いた。

 やっと目的のコンビニが見えた。家の前までは連れて行かれたくない。
「運転手さん。そこのコンビニで下ろしてください。」
 史はそう言うと、財布をとりだした。メーターを見て三で割った金額を払おうと隣に乗っている聖子に、お金を渡そうとしたのだ。
「村山編集長。これで足りますか。」
 すると聖子は驚いたように史をみる。
「ごめんなさい。私もここで降りますから。下村編集長。お金を預けててもよろしいですか。」
「あぁ。わかった。そうだったね。村山さんはこの近くだったか。」
「えぇ。」
 二人分の金を男は受け取ると、タクシーはコンビニの駐車場で停まった。そして聖子と史が降りると、タクシーは行ってしまう。やっと連絡を付けることが出来る。そう思って聖子を見ると、聖子も少し微笑んで史に挨拶をする。
「今日はお疲れさまでした。」
「はい、また今度は会社ですね。お疲れさまでした。」
 史はそう言ってコンビニの中にはいる。そして煙草を買うと、もう聖子の姿はない。帰ってくれた。ほっとして、携帯電話を取り出して清子に連絡を入れる。
 すると清子は少し眠そうな声で答えた。やはりうとうとと眠っていたのだろう。邪魔をしてしまった。
「そう……。悪かったね。こんな時についてやれなくて。」
 それでも清子の声は少しほっとしているように聞こえる。明日には体調が良くなっているだろうか。側にいてやれなかった今日は少し悔やまれる。それにその場に晶は本当にいないのだろうか。
 だがそれを聞くこともなく電話を切った。ため息を付くと、川に橋が架かっている方へ足を進めようとする。その時コンビニから、聖子が出てきた。
「あれ?まだ居たんですか?」
 それはこっちの台詞だ。そう思いながらも、あくまで笑顔で答える。
「連絡を取りたいところがあって。」
「あぁ……恋人が居ると言ってましたね。」
 プライベートのことは言いたくなかったが、清子のことを考えたのだろう。社長がわざと史に女の影があることを臭わせていたのだ。
 今日の顔合わせでも聖子は、史によく絡んできた。おそらく、狙っているのだろうと史もそして周りの人もそれは感づいていたことだ。
 だが史には恋人がいる。しかし聖子はそんなことで諦めない。
「さっき話していたんですけど正木編集長の恋人って、そちらの会社のIT部門の?」
「えぇ。」
 隠すつもりはないし、堂々としていれば諦めてくれると思った。だから正直に言ったのだ。
「徳成さんっていう人ですよね。」
「知り合いですか?」
「直接は知りませんよ。噂でしか聞いたことはありませんけど……。」
 言葉を濁した。あまり評判がいい人ではないのは史でも知っている。だが本人はあまりその事について何とも思わないらしい。しかし史にとっては嫌な気分になる。
「何か知ってるんですか。」
「……まぁ……こういう仕事ですから、ゴシップは仕方ないと思ってください。」
 あまりいい噂ではないのだろう。言葉を濁したというのはそう言うことだろうから。
「いい噂ではないのでしょうね。でも彼女がそれを気にするとは思えないので結構です。」
「……あ……でも……。」
「女性は噂話が好きなのでしょう。でも知らない方が良いことも沢山ありますから。」
 すると聖子は首を傾げていう。
「徳成さんって、珍しい名字ですよね。」
「そうですか?まぁ……俺の周りには居なかったですね。」
「父はこの国の有名なオーケストラの団員なんですけど、そこに「徳成」という人が居たのを覚えています。」
「え?」
「父と仲が良かったみたいで……。」
「今は何をしているとかわかりますか?」
 すると聖子は少し首を傾げていった。
「わからないです。契約が切れたらフリーになるのが一般的なんですけど……。父もそうしてましたし、でも徳成さんはどうなったかというのは聞いたことがなくて。」
 やはりオーケストラの団員だった時期があるのだ。そして何かしらの理由で隣の国へ行った。清子を捨てて。
「その徳成さんと繋がりがあるのですか?」
「わからないです。まだ。」
 すると聖子は首を横に振った。
「あまり……いい人ではなかったようですよ。相当遊んでいたみたいで、うちの家庭も崩壊しかけたんですから。」
 その男は、聖子の母と不倫関係にあったのだ。だから父が母を追い出そうとしていた。だがそれを止めたのは聖子だった。
 聖子がサッカーをしていたから。それが二人を再びつなぐきっかけになったのだ。そして今はそれを忘れたように「徳成」の名前すらでなくなった。
 もしも史の恋人である徳成清子と、その男に繋がりがあるならばろくでもない女だ。史をそんな女に渡せない。
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