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葬儀
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近くの本屋では早速、冬山祥吾の本を店頭に並べている。その有名な本などは手に取る人も多かったが、ここ最近のものは確かにあまり店頭にはない。
その一冊を手にすると、清子はその中身を軽く読む。内容はどうやら、田舎で育った青年が上京し紆余曲折して会社を立ち上げ、そして転落していく話だ。どこかで聞いたことのある話だなと思いながら、清子はその本を置いた。そのとき、清子に声をかける人が居た。
「徳成さんだったかしら。」
振り向くと、そこには愛の姿があった。
「あ……お疲れさまです。」
「今日、仕事じゃなかったの?」
「身内に不幸があって、今日葬儀だったんです。」
「なるほど。大変だったわね。」
「愛さんは?」
「あたし、これからまた撮影。ちょっと時間があったから本をたまには読みたいなって思って。」
「はぁ……。」
「おすすめある?」
手に置いた本を愛はめざとく見つけて、手にした。
「冬山祥吾かぁ。」
「お好きですか?」
「あまり読んだことはないわ。なんて言うか……気取った文章で。」
そうとる人もいるのだ。小説だって百人が読んで百人が納得するのは不可能だろう。
「どんなジャンルが好きですか?」
「ミステリー。」
「あぁ。殺人事件ものとかですか。」
「そう。どきどきするわ。誰が犯人だろうって想像しながら読むの。だいたいこう……普通の顔をした人が犯人じゃない?実際そうなんだろうね。」
「殺人犯ですか?」
「人を殺して涼しい顔をしているのよ。普通じゃないわ。」
きっと愛は茂に会ってもこんなことを言うのだろうか。愛と晶がつきあっていたとき、茂に会わなくて良かったと清子は内心思っていた。
「徳成さんはどんなジャンルが好き?」
「ジャンルにはこだわりませんが、最近読んだのはこれですね。」
棚に移動して、文庫本を手にする。
「八百比丘尼の話?これって人魚伝説のことよね。」
「人魚の肉を食べれば不老不死になれるといいますね。」
「不老不死ね……。そんなものがあっても何か微妙だわ。」
いつか清子が言っていた。歳を取ったら取ったなりの綺麗さがある。無理に時に逆らう必要は無いという。今になってそれが何となくわかった気がした。
正月に海外で撮影があった。そのとき、同じ雑誌に載ったのは凛とした八十歳の海外の現役モデルだった。もちろんスタイルの維持や、ウォーキングのレッスンを欠かすことがないその女性は、とても綺麗に見えた。顔もしわやシミがあるし、腕だってだるだるなのに一本筋の通ったものがあるように見えて、自分が安っぽいように思えたのだ。
「あぁ……愛さん。聞きたいことがあったんです。」
「え?あたしに?」
「本を買ったらちょっと外に出て話を聞いて貰って良いですか?」
「良いけど、史のこと?それとも晶のこと?」
どうして女性というのは男の話題しかないのだろうか。清子は少し頭を抱えながら、同じ作者の別の本を選んでレジに並ぶ。
本屋を出ると、もうあたりはすっかり暗くなっていた。清子の後を本のは言った袋を手にした愛が出てきた。
「どこかでお茶でもする?」
「いいえ。ここではないと。」
「え?」
「これを知っていますか?」
清子はバッグのポケットから小さな香水の瓶を取り出す。そして愛に手渡した。
「何?香水?」
「えぇ。」
「どこのブランド?」
「わからないんです。でも愛さんなら知っているかもと言っていたので。」
「誰が?」
「久住さんが。」
「晶ね……。」
そんなことで紹介していたのか。相変わらず清子のことだと見境がないのだ。それだけ愛されているのに、清子は晶の方を見ようともしない。
だが香水には罪はない。愛は香水の瓶を受け取ると、それを手の甲に振りかけた。そして匂いをかぐ。
「あら。良い匂い。甘い匂いで、どっかでかいだ匂いだけど……どこだったかな。」
「知りませんか。」
「ううん。心当たりはあるけど、こういう匂いが好きなの?」
「いいえ。香水も化粧も苦手ですけど……ちょっと事情があって、その香水を調べたいと思って。」
晶は香水を苦手としていた。余計な匂いが嫌いだと、愛が風呂上がりにつけていた化粧水やボディクリームも嫌だといっていたのだ。だが清子はそれを調べているのは、何かしらの事情があるのだろう。
「そうね……。あたしでは詳しくわからないけれど……あたしこれから撮影だし、メイクさんならわかるかも。」
「あぁ。そういう専門ですものね。」
「今日はこれから予定は?」
「史に会うようにしてます。」
「だったらわかり次第、史に連絡をするわ。」
そういえば愛は史と往来の場で抱き合っていたことがあったのだ。そういうことがさらっと史も出来るのだろう。背が高い史と、その横に立っても何の違和感もなくお似合いだと思う史は、きっと並べばお似合いなのだろう。
「やだ。徳成さん。何か暗い顔をしてる。」
「そうですか?」
「史と連絡を取っていると言っても、滅多に取らないわ。そりゃね、昔は色々あったけど、今は笑い話だし。」
愛は少し笑うと、清子を見下ろすようにみる。
「あたし、春にまたオーディションを受けるの。そこでうまくいったら秋に海外へ行く。」
「え?」
「だから、うまくやってね。史と。」
「……そうですね。」
そのときの清子の表情は、複雑だった。何か迷っているようなそんな感じに見える。
「徳成さん。どうかしたの?」
「……すいません。あの……。」
そのとき清子の眼鏡の奥の瞳に涙が溜まっている。そんな気がした。
「……どうしたの?」
「いいえ。あの……何でも。」
ハンカチを取り出してそれを拭う。我慢しているように見えた。
「何もないわけ無いじゃない。ちょっとお茶でもする?あたしもう少しだったら時間とれるし。」
「いいえ。本当に何でもないんです。あの……。」
清子はごまかすように言葉を発する。
「今日、身内のお葬式で……。私、あまり身内がいないものですから。」
「そっか……。ちょっと疲れちゃったのかな。そんなときに史は会いたいなんて言ったの?結構振り回されてるよね。」
「そうじゃないんです。私も……そうしたいって。」
「自分がそうしたいならそれで良いけどさ。無理して自分が潰れちゃったら元も子もないよ。ゆっくり今日は休ませて貰ったら?」
「そうします。」
そういって愛と別れた。買った本をバッグに入れて、清子は大通りを目指した。
泣いたのは、別の理由があった。自分の心の中に、確実に史以外の人がいる。それは晶だった。自分が弱いときに近くにいてくれる人。史を裏切っている気がして心苦しかった。
その一冊を手にすると、清子はその中身を軽く読む。内容はどうやら、田舎で育った青年が上京し紆余曲折して会社を立ち上げ、そして転落していく話だ。どこかで聞いたことのある話だなと思いながら、清子はその本を置いた。そのとき、清子に声をかける人が居た。
「徳成さんだったかしら。」
振り向くと、そこには愛の姿があった。
「あ……お疲れさまです。」
「今日、仕事じゃなかったの?」
「身内に不幸があって、今日葬儀だったんです。」
「なるほど。大変だったわね。」
「愛さんは?」
「あたし、これからまた撮影。ちょっと時間があったから本をたまには読みたいなって思って。」
「はぁ……。」
「おすすめある?」
手に置いた本を愛はめざとく見つけて、手にした。
「冬山祥吾かぁ。」
「お好きですか?」
「あまり読んだことはないわ。なんて言うか……気取った文章で。」
そうとる人もいるのだ。小説だって百人が読んで百人が納得するのは不可能だろう。
「どんなジャンルが好きですか?」
「ミステリー。」
「あぁ。殺人事件ものとかですか。」
「そう。どきどきするわ。誰が犯人だろうって想像しながら読むの。だいたいこう……普通の顔をした人が犯人じゃない?実際そうなんだろうね。」
「殺人犯ですか?」
「人を殺して涼しい顔をしているのよ。普通じゃないわ。」
きっと愛は茂に会ってもこんなことを言うのだろうか。愛と晶がつきあっていたとき、茂に会わなくて良かったと清子は内心思っていた。
「徳成さんはどんなジャンルが好き?」
「ジャンルにはこだわりませんが、最近読んだのはこれですね。」
棚に移動して、文庫本を手にする。
「八百比丘尼の話?これって人魚伝説のことよね。」
「人魚の肉を食べれば不老不死になれるといいますね。」
「不老不死ね……。そんなものがあっても何か微妙だわ。」
いつか清子が言っていた。歳を取ったら取ったなりの綺麗さがある。無理に時に逆らう必要は無いという。今になってそれが何となくわかった気がした。
正月に海外で撮影があった。そのとき、同じ雑誌に載ったのは凛とした八十歳の海外の現役モデルだった。もちろんスタイルの維持や、ウォーキングのレッスンを欠かすことがないその女性は、とても綺麗に見えた。顔もしわやシミがあるし、腕だってだるだるなのに一本筋の通ったものがあるように見えて、自分が安っぽいように思えたのだ。
「あぁ……愛さん。聞きたいことがあったんです。」
「え?あたしに?」
「本を買ったらちょっと外に出て話を聞いて貰って良いですか?」
「良いけど、史のこと?それとも晶のこと?」
どうして女性というのは男の話題しかないのだろうか。清子は少し頭を抱えながら、同じ作者の別の本を選んでレジに並ぶ。
本屋を出ると、もうあたりはすっかり暗くなっていた。清子の後を本のは言った袋を手にした愛が出てきた。
「どこかでお茶でもする?」
「いいえ。ここではないと。」
「え?」
「これを知っていますか?」
清子はバッグのポケットから小さな香水の瓶を取り出す。そして愛に手渡した。
「何?香水?」
「えぇ。」
「どこのブランド?」
「わからないんです。でも愛さんなら知っているかもと言っていたので。」
「誰が?」
「久住さんが。」
「晶ね……。」
そんなことで紹介していたのか。相変わらず清子のことだと見境がないのだ。それだけ愛されているのに、清子は晶の方を見ようともしない。
だが香水には罪はない。愛は香水の瓶を受け取ると、それを手の甲に振りかけた。そして匂いをかぐ。
「あら。良い匂い。甘い匂いで、どっかでかいだ匂いだけど……どこだったかな。」
「知りませんか。」
「ううん。心当たりはあるけど、こういう匂いが好きなの?」
「いいえ。香水も化粧も苦手ですけど……ちょっと事情があって、その香水を調べたいと思って。」
晶は香水を苦手としていた。余計な匂いが嫌いだと、愛が風呂上がりにつけていた化粧水やボディクリームも嫌だといっていたのだ。だが清子はそれを調べているのは、何かしらの事情があるのだろう。
「そうね……。あたしでは詳しくわからないけれど……あたしこれから撮影だし、メイクさんならわかるかも。」
「あぁ。そういう専門ですものね。」
「今日はこれから予定は?」
「史に会うようにしてます。」
「だったらわかり次第、史に連絡をするわ。」
そういえば愛は史と往来の場で抱き合っていたことがあったのだ。そういうことがさらっと史も出来るのだろう。背が高い史と、その横に立っても何の違和感もなくお似合いだと思う史は、きっと並べばお似合いなのだろう。
「やだ。徳成さん。何か暗い顔をしてる。」
「そうですか?」
「史と連絡を取っていると言っても、滅多に取らないわ。そりゃね、昔は色々あったけど、今は笑い話だし。」
愛は少し笑うと、清子を見下ろすようにみる。
「あたし、春にまたオーディションを受けるの。そこでうまくいったら秋に海外へ行く。」
「え?」
「だから、うまくやってね。史と。」
「……そうですね。」
そのときの清子の表情は、複雑だった。何か迷っているようなそんな感じに見える。
「徳成さん。どうかしたの?」
「……すいません。あの……。」
そのとき清子の眼鏡の奥の瞳に涙が溜まっている。そんな気がした。
「……どうしたの?」
「いいえ。あの……何でも。」
ハンカチを取り出してそれを拭う。我慢しているように見えた。
「何もないわけ無いじゃない。ちょっとお茶でもする?あたしもう少しだったら時間とれるし。」
「いいえ。本当に何でもないんです。あの……。」
清子はごまかすように言葉を発する。
「今日、身内のお葬式で……。私、あまり身内がいないものですから。」
「そっか……。ちょっと疲れちゃったのかな。そんなときに史は会いたいなんて言ったの?結構振り回されてるよね。」
「そうじゃないんです。私も……そうしたいって。」
「自分がそうしたいならそれで良いけどさ。無理して自分が潰れちゃったら元も子もないよ。ゆっくり今日は休ませて貰ったら?」
「そうします。」
そういって愛と別れた。買った本をバッグに入れて、清子は大通りを目指した。
泣いたのは、別の理由があった。自分の心の中に、確実に史以外の人がいる。それは晶だった。自分が弱いときに近くにいてくれる人。史を裏切っている気がして心苦しかった。
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