不完全な人達

神崎

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告白

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 ジンライムは甘さがない。なのに少し甘い香りがどこからかすると、清子はふとカウンターの横を見る。するとそこには白い百合の花の切り花があった。そこから甘い匂いがするのだろうか。
「百合ですね。」
「えぇ。この間、お客様が結婚式の二次会をしてね。それの名残。」
 あまり広くない店舗なのに、貸しきりか何かでしたのだろうか。
「あたしも結婚式だけはしたいわね。」
 仁はそう言ってため息を付く。
「でも無理ね。結婚式どころか、結婚すら怪しいわ。」
「どうしてですか?明神さんは結婚願望があると思ってましたが。」
 すると仁は手元にあった銀色のグラスで、水分をとる。
「あたし、今の実家は普通の家なんだけど、母が昔ヤクザの愛人をしててね。」
「ヤクザの?」
「えぇ。村上組の今の組長のね。あたしはその血を受け継いでいる。追い出されるようにその家から出たけれど、母親の背中には大きな入れ墨があったの。」
 ある、ではなく、あった、と過去形なのはもう消したのか、それとも故人なのかは清子にわかるはずはなかった。
「少しでも繋がりがあったってわかったら、普通の家で香子は育ったもの。嫌がるはずだわ。」
 なんだかんだと因縁をつけて、金をむしり取ろうとする輩だ。そんな人が身内にいれば、自分の身が危ないと思っているのだろうか。
「あなたも気をつけた方が良いわ。」
「私ですか。」
「冬山祥吾さんの記事を読んだわ。身内はあなたしかいないのでしょう?」
「形だけですから。」
「それでもなんだかんだと言って、むしり取ろうとするはずよ。そうなったら風俗やAVデビューも見えてくる。」
「こんな体に価値はないと思いますが。」
「女であると言うだけで、女は価値があるのよ。ヤクザなんかに関わらない方が良いわ。」
 そんなものなのだろうか。ヤクザと対峙したことは確かにあるが、自分に興味は無さそうだった。それでも良いというのだろうか。
「あの子は、ちょっと危険ね。」
「あの子?」
「前に史が親睦会の帰りに、部署の人たちを連れてきていたでしょう?その中の、目の隠れた子。カメラマンって言ってたわね。」
「久住さんのことでしょうか。」
「久住って言ってたかしら。あの子、裏ビデオのパッケージを撮っていた時期があるのでしょう?」
 確かにそんな時期はあった。だが史に忠告されて、それからは手を引いているはずだ。
「繋がりはないと思いますが。」
「探してるのよ。うちの弟が依頼していたみたいだし……。」
「仁さんのお母様は、どちらの組の愛人をしていたのですか?」
「村上組よ。坂本組からのれん分けした、小さな町を本部にしている。そっちの方があがりが良いのかもね。」
「村上組……というと、この方でしょうか。」
 清子はバッグの中から、名刺入れを取り出した。そしてその中の一つの名刺を取り出して、仁に見せる。すると仁は驚いたように清子を見た。
「この名刺どこで?」
「年末に、この方に会うことがありました。」
「そう……だったら……。」
 この男は粘着質で、上納金のあがりもいい。上の幹部から評価も、悪くないと言う。もし村上組の本家である坂本組の噂が本当なら、この男が坂本組に若頭として入るだろう。
「久住さんをこの方が探していると?」
「そうかもしれない。この間、うちの店に来たとき「しとめ損ねた」と言っていたから。何かこの子あった?」
 あった。晶は正月に交通事故にあったのだ。体は思ったよりも無事だったが、車やカメラやパソコンは屑鉄になったしまったのだから。
「ありましたね。交通事故に巻き込まれました。」
「……強引な手を使うわね。圭吾は。」
 仁はそう言って腕を組んだ。すると清子は表情を変えずに言う。
「関わってしまったのは久住さんの責任でしょう。ですが無碍に放っておくのも気が引けます。どうにかならないでしょうかね。」
 口ではそう言っているが、それだけではないと思う。グラスを持つ手が震えていたから。それを見逃さなかった。
「徳成さん。あなた……。」
 やはり香子の言っていたとおりなのか。清子は史と恋人同士なのだというが、別の男の影もあるという。
「何か?」
「いいえ。あの……ヤクザと繋がりが?」
「昔、派遣されたところがそうでした。ヤクザによくありがちな、まともな屋号を出して本社が組だったところです。でもそこはもうないし……。」
 女らしさのかけらもない清子を売るという選択肢はなかった。了の恋人である亜矢子が売られなかったのが奇跡かもしれない。
「バカなことは考えないでね。大切だと言っても、あなたが犠牲になることはないのだから。」
「……久住さんには恩があります。それを返さないほど人でなしではないのでしょうね。」
 祖母に言われたことがある。人は簡単に信用するものではないが、受けた恩は必ず返さないといけない。何がきっかけでそれをネタにされるかわからないのだから。
 その様子に仁は軽くため息を付いた。
「その勤めていたヤクザの会社って、どこの組?」
 恋心はない。その真意を聞く予定だったが、清子が思ったよりも強情だったのだ。これ以上は聞けないだろう。
「確か……坂本組といっていた気がします。」
 その組の名前に仁は驚いて清子を見た。
「え?うちの本家?」
「村上組の本家ですか。」
「えぇ。その名刺の男が、もしかしたらそっちの組で若頭になるかもしれないといっていたわ。」
「なるかもしれない?」
「圭吾には兄が居てね。その男とどちらが坂本組に上がるかって、今年に入って少しもめているの。」
「……つまり、今はその男も金が必要なんですね。だから久住さんが欲しいと。」
「そう言うことかしら。」
 清子は少し考えて、席を立つ。
「あら?まだお酒が残っているみたいだけど。」
「……もう結構です。用事が出来ましたし。」
 出て行く清子の後ろ姿を見て、仁はため息を付く。恋心ではないのかもしれないが、どうやら清子は本当に晶を大事に思っているらしい。そうではないとヤクザと対峙するなどという無鉄砲なことはしないだろう。
 清子は店を出ると壁にもたれ、少しため息を付いた。そして携帯電話を手にする。坂本組とのれん分けをした村上組。それが晶を狙っている。悪夢のようだと思うが、夢ではない。そして自分に出来ることは何だろうと思う。
 失いたくない。それだけだった。
 清子はまた携帯電話を手にすると、メモリーを呼び出した。この男にまた連絡をするとは思ってなかった。
「もしもし……えぇ……お久しぶりです。そちらは相変わらずですか。」
 雨の音が響く。清子は電話を切ると、階段を上がる。思ったよりも近くにいるようだ。まだ電車もバスも動いているだろう。そう思いながら駅へ向かった。
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