不完全な人達

神崎

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北と南

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 仕事を終えて、清子はビルの外に出る。明日もここに来ないといけないだろう。明日の飛行機は、夕方に出発する。それまでに父の現住所へ行ってみたい。
 遠くから来てくれている清子に気を使って、支社長が食事に連れていってくれると言っていたがそれは丁重に断った。この夜の間にでも動けるなら、動いておきたいと思ったからだ。
 清子は住所をメモをしていた手帳を開く。携帯電話の地図アプリで検索すると、父の現住所はこの駅よりも少し離れたところだ。電車かバスを使った方が良いだろう。
 そのとき清子の携帯電話が鳴った。メッセージのようで、それを開くと史からのメッセージが届いている。画像付きで、どうやら温泉街の様子が写っている。植物園があるのだろう。花畑と、温泉の煙はとても幻想的だった。
 いつか二人で来れると良い。史はメッセージにそう書いてあった。正月に史の実家へ行った。史の実家は温泉街だったから、実家に立ち寄ったついでに温泉でも入れればいいと思っていたが、晶のごたごたでそんな暇はなかったのだ。ゆっくり温泉でも入れるようなそんな時間がこれからあるのだろうか。
 そのメッセージに返信を終えて、バス乗り場を探しているとまた携帯電話が鳴った。今度は着信だった。
「もしもし?」
 相手は晶だった。晶は空港に着いた時点で、レンタカーを借りていたのだ。撮影するところは、車がないと行けないようなところだったらしい。
「えぇ……今終わりました。えっ?」
 晶は勝手に清子の分のホテルの変更もしていたらしく、そこへ連れて行ってくれるのだという。そしてそのついでに、父親の現住所に連れて行こうと言ってくれた。
「ありがたいですけど……いいんですか。」
 水くさい。そう言って晶は、会社の近くにあるコンビニで待っていろと清子に言うと、電話を切った。周りを見渡すと、確かにコンビニはあった。そこへ足を踏み出すと、後ろから声をかけられた。
「徳成さん。まだ居たんですか。」
 振り向くと、そこには智也が居た。厚手のダウンコートを着ていて、帽子までかぶっている。
「重装備ですね。」
「夜は冷えますよ。そんな軽装で、良くこの街に来ましたね。」
「噂では聞いていたんですけど、そんなに寒いんですか。」
「水道が凍るのは当たり前ですし、水道管も破裂しますから。」
 それは予想以上だ。やはり手袋くらいは買っておいた方が良かったかもしれない。
「誰か待っているんですか?」
「あ、同僚が一緒に来ている人が居て。」
「同僚?」
 この会社の同僚ならここに来ているはずなのに、そんな人は見ていない。同僚と言っても違う部署なのだろうか。
「新聞社の仕事で、撮影に来たそうです。」
「あぁ。スキーの大会をやってるから。」
 この会社が新聞社と提携をしたというのは、こっちでも少し話題になったことだ。だから、本社から来たカメラマンや記者がうろうろしているのはよく見ている。
「ホテルも一緒ですし、慣れない土地ですから一緒に行動した方が良いかと。」
「彼氏とかじゃなくて?」
 彼氏という言葉に清子は首を横に振る。
「違います。」
 支社長が気を使って、食事に誘っていた。だがそれを断ってまで、その同僚と居ることを選んだのだ。だから恋人なのだろうと思っていたら違うらしい。
「そう言えば、徳成さんは今課を兼務していると聞きましたけど。」
「はい。」
「ごちゃごちゃしません?」
「しませんね。やっていることは全く違うことなので。」
 清子がいる課は、IT部門と、エロ雑誌なのだという。と言うことは、母のことも知っているかもしれないし、あのスキルを見たらもしかしたら弟のことも知っているかもしれない。
「あの……もしかして……。」
 そのとき清子の携帯電話が鳴る。相手は晶だった。
「あ、すいません。同僚が来たみたいなので、コレで失礼します。また明日来ますから。」
 携帯電話を手にして、清子はコンビニの方へ向かう。そして智也も相手は誰なのかと、ちらっと見るつもりでコンビニの方へ向かった。
 するとコンビニの駐車場に、レンタカーの軽自動車が停まっている。それに清子が近づくと、運転席から男が降りてきた。親しげに清子に話しかけて、後部座席から手袋を取り出すと清子手渡している。
 その様子はまるで恋人のようだと思った。いいや。もしかしたら恋人なのかもしれない。
 そして清子も男も車に載ると、エンジンがかかった音がした。智也は急ぎ足で駅の方へ向かう。ばれないようにと。
 自分にもあんな甘酸っぱい時期があったはずだ。初めてキスをしたときも、体を重ねたときも雪が降っていた。お互いの温もりだけが世界だと思っていたこともあったのに、今は、その体を重ねることも苦痛だ。妻が智也をその気にさせようと画策しているのが見えるから、かえってそれが苦痛に拍車をかけている。
 帰る道を歩く足が重い。

 晶は清子が持っていた住所をナビに入れて、車を走らせる。中心地から少し離れた閑静な住宅街のようだ。元々は山のようだったが、それを切り崩して、住宅街になっている。
「車がねぇと不便そうだな。」
 残っている雪が道路脇にあり、スタッドレスタイヤだから行けるようなものだ。道路自体は水で濡れているように見えるが、夜になればこの道路自体が凍り歩くのもままならないだろう。
「スーパーはあるんですね。」
 麓にはドラッグストアもあるし、頂上にそびえるのはショッピングモールのようだ。
「あまり古くない住宅街だな。家も建て売りみたいな新しい家が多いし、本当にここなのかな。」
 窓から見える家は、どことなく史の実家を想像できた。こんなところに父が住んでいるのだろうか。
 探さないでくれと祥吾に宛てた手紙には書いてあった。そして兄弟がみんな金で失敗しているところを見ると、父親も似たようなものかもしれない。ヤクザが探しているのだから、想像はできるだろう。
「どうした。顔色が悪いな。変な想像するなよ。」
 信号で停まって、晶はそう清子に言う。清子の顔色が真っ青だったからだ。
「どちらに転んでも最悪だなと思ったんです。」
「どちらに転んでも?」
「……家を建てたは良いけれど、借金が返せずに夜逃げをしているとか。」
「考えられないことはないよな。冬山祥吾とはどれくらい歳が離れてるんだっけ。」
「三つと聞いてます。」
「五十一で死んだから、今は四十八くらいか。お前を作ったのが二十二って所だろ。二十一くらいの時に仕込んだら、大学の時に仕込んだって事か。」
 自分よりも少し若いときに清子が出来ているのだ。音楽をしていたと言うところを聞くと、あまり計画的に産まれた子供ではないことは安易に想像できる。
「でも……もし、建てている家に他の家族と一緒に住んでいたら、と思っても微妙な感覚になります。」
「お前を捨てて自分がのうのうと幸せな家庭を築いているのも、無責任な男だよな。でも……まぁ、行けばはっきりするだろ。」
 信号が青になり、晶はアクセルを踏み込む。ナビは次の交差点を左だと、アナウンスした。
 清子の手には手紙が握られている。自分の父親が祥吾に宛てた手紙だった。古い手紙の消印は、この土地のものだ。やはりこの土地にいるのだろうか。清子はそう思いながら、流れる景色を見ていた。
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